番外編 三月と七月の出会い
私は生まれた時から人と違っていた。
人よりも卓越した運動能力と類稀なる知能を持ち生まれた。
身体的にも、人には有り得ない耐久力と再生力を持つ私。
私を生み出した存在は、私に
「あなたの力は誰にも知られてはいけない」
そう言って人と違う処を隠すように言った。
でも、それは私を案じての事じゃない。
怖かったからだ。
私の存在が露見することが。
私が造物主に牙を剥くことが。
この世に私が望むものなんて無い。
ただ、惰性で生きているだけだ。
だけの筈だった。
天使のような彼と出会う、それまでは。
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私の名前は 叶野 三月
現在は七歳であり小学二年といったところだ。
私はこれまで各地を転々としていたが、
ようやく一所に腰を据えることが出来たため、この度学校に通う事になったのだ。
これは私の意志ではなく、親からの指令によるものであった。
しかし、一般的学業課程を既に習得している私が、
勉学を学ぶ学校という機関に通う必要性が見いだせない。
おそらくは、一般社会に溶け込むための演習といったところなのだろうが。
まぁ私は人間と慣れ合うつもりはない。
私は人間の進化した存在であり、人とは一線を画す存在だからだ。
脆弱な存在と関わるつもりもなければ関わりたくもない。
それが私の本音だった。
教室の壇上でそんな事を考えていた私は、
手短に名前だけを伝え自らの席を目指していた。
そんな時遠くから誰かが走る様な音がした。
段々と近づいてくるその音はおそらく三人。
発達した私の聴力はそう伝えていた。
音は私のいる教室の前で止まり、
一気に扉を引き開けた。
「すいません遅れました」
「ななちゃんのせいで遅れました〜」
「ぇえええ!?僕のせいなの!?」
三者三様の答え。
一人は凛凛しく、一人は元気一杯に、一人は驚き。
男子が二人に、女子が一人。
三人共天使の様に整った顔をしていた。
三人の内二人は同じ顔をしていた。
片方は大人びた、もう片方は情けない顔をしていた。
同じ顔でもここまで違うのかと私が思っていると
情けない顔をした少年と目が合った。
少年は目をまん丸にしてこちらを見る。
一体何なんだ?
「きれい…」
笑顔を浮かべ、とても奇麗なソプラノでそう言う少年。
私は少年のその言葉よりも表情が気になった。
先程からは想像出来ない程の極上の笑みだった。
なぜか、その笑みを見た瞬間私の胸がざわつくような感覚がした。
しかし、そんな感覚をこれまでに味わった事が無かった私は
何か分からないその存在に僅かばかりの不安を覚えた。
今思えばそれが切っ掛けだったのだろう。
私が少年 春野 七月を意識するようになった最初の切っ掛け。
それから私は何と無く春野七月を観察する様になった。
こうして見ていると春野七月という存在は特筆すべき存在には思えなかった。
自己主張が無く、自分に自信が持てない、それでいて他人と接するのに気後れしている。
逆に兄弟の春野 五月は全てにおいて万能であった。
人間の枠を出るものではないが、その能力は同年代からすればかなりの規格外であるだろう。
物腰にも大人びた姿勢が見受けられ、自信に満ち溢れた雰囲気を醸し出している。
また、二人の妹の春野桜は能力こそ春野五月に劣るものの、
やはり同年代からすれば規格外である。
春野七月のあの弱弱しい態度はおそらく、そのあたりが影響しているのであろう。
と、そんな事を分析できるくらいには観察を行っていた。
なぜそこまで彼が気になるのだろう?
彼の笑顔を見た時の不安感などとっくに消え去っている。
ひょっとしたら、私は彼のあの不安定さが気になるのかもしれない。
彼は存在がとても希薄だ。
ふと、目を逸らしたその瞬間には消えてしまっているのではないか、
そんな、同年代の子供には無い儚さが彼には有った。
私は確かな理由も分らぬまま彼を見続けた。
彼には一切見ている等と気付かれないように。
ある時、彼がもし私が見ている事に気付いたらどうするのだろうか?
そんな疑問が頭を過った。切っ掛けは恐らく無い。
それは、ずっと胸の内で燻っていたことなのだろうから。
私は彼を見た。座って妹と話している彼の事を。
じっと見つめる。
彼が私の視線に気付きこちらを見る。
少し驚いたような表情。
そして、私に笑いかけた。
私の心にあの時の感覚が蘇る。
理解出来ない不安な感覚。
その後、春野七月は妹に話しかけられ目を逸らしてしまった。
私はその後も彼に態と気付かれるように見続けた。
彼は私に気付く度、あの嬉しそうな笑みを浮かべる。
それを見た私は、またあの感覚を覚える。
そんな事を繰り返して一月程が経った。
彼は自分から誰かに話し掛けたりしない。
余程の用でもない限り兄弟にすら話しかけない。
それは、一月以上にも及ぶ観察に基づく事実のはずだった。
なのに
「あのぅ・・・えっと・・その・・叶野さん・・・」
夢でも見ているのだろうか?
彼が私に話しかける筈が無い。名前を呼ぶ筈が無い。
ないはずなのに…
「か、叶野さん!僕と、僕と友達になって下さい!お願いします!」
信じられない。彼がそんなことを言う筈が無い。
だけど、その言葉で私の胸は一杯になっていた。
胸が締め付けられるような感覚。
思考が空回りする。
何も考えないまま彼に答えようとして
目が覚めた。
…夢、か。
ベッドから起き上がりカーテンを開ける。
朝の光を浴びながらぼんやりと考える。
この胸の空虚感を。
私は望むことなんて何も無い筈だった。
では、なぜこんなにも虚しいのだろう。
やはり、分からない。
でも一つだけ決めたことが有った。
夢で私は返事が出来なかった、だから代わりにこちらから聞いてやろう。
「私と友達にならないか?」
とな。
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その後は知っての通り三人と友達になり、
私はあの時の感覚も理解することが出来た。
七月様様といったところだな。
結局は、人間の進化種だなんだと粋がっていたが、
恋を知って女の子になった。ただそれだけの話。
まぁ、その話もまだ終わってはいないんだがな。
覚悟しろよ?私の愛しい七月。
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読者の皆様、本当にありがとうございます。
最近はラブコメと言いながらコメがほとんど無い状況です。それでも読み続けている方がいらっしゃるというのはとても有り難い事です。
なんとかコメディー方向に持って行きますのでそれまでお付き合い頂けると嬉しいです。
次こそは・・・・頑張ります!