第十九話 真実の一端
屋上に予鈴の音が鳴り響く。
おそらく、三時限目の授業が始まったのだろう。
でも、僕達はそこから動こうとはしなかった。
まだ、話すべき大切なことが残っていたから。
「三月…その、実はこれから話すことは全部って訳じゃないんだ。
話すことが出来ない部分があって、多分曖昧な話になると思う。
それじゃあ、納得いかないかもしれない、でも三月には聞いて欲しいんだ」
自分でも勝手なことを言っているとは自覚している。
でも僕が五月になった原因、それ自体の存在を話してはならない。
それは、契約であり誓約であるからだ。
でも三月は話せないことではなく、違う事に疑問を持ったようだった。
「…なぜ、態々そのことを私に言ったんだ?
話せない部分は適当にでっち上げれば済むと思うのだが…。
七月は、そのことで私の不信感を買うとは思わなかったのか?」
三月は責める風でもなく心底分からない、といった様子だった。
確かにその事を伝えれば三月には失望されてしまうかもしれないとは思っていた。
でも、それ以上に
「三月にもう嘘はつきたくなかったんだ。三月は僕を信じてくれた。ずっと傍にいてくれた。
僕はそんな三月を裏切りたくない」
三月の想いに報いたいと思った。
結局三月に全て話せないのなら、それは自己満足に過ぎないのかもしれない。
でも、大切な人にこれ以上嘘は重ねたくなかった。
「ふふっ、その気持ちだけでも私は嬉しいよ。
それに話さない、ではなく話せないのだろう?
ならばそれも仕方のないことだ。七月が責任を感じる事じゃない」
おそらく、本当は全てに納得がいっている訳ではないだろう。
今はそんな三月の心遣いが本当にありがたい。
だから、そんな三月の好意を無駄にしないため、
僕は三月に話し始めることにする。
始まりの物語を。
「三月。君が僕のことを五月じゃないと確信したのはいつ?」
「六年前、一週間ほど七月との連絡が取れなくなり、ようやく学校に来た七月を見た瞬間だな」
…それって、僕が五月の振りを始めた初日じゃん。
そんなバレバレだったのか…
「むぅ、勘違いしないで欲しいが気付いていたのは多分私だけだぞ。
大好きな七月をずっと見ていた私だから分かったことだ。
他の奴らは少し変わったな、程度のものだ」
昔にも言われたような言葉に顔を赤く染めながらも話を続ける。
「僕が五月の振りをしていたのは何でだと思う?」
質問ばかりで三月には悪いと思うが、
僕一人で話すと曖昧な表現が多くなり伝わり難いと思ったからだ。
「…わからないな。だが、久しぶりに会った七月は雰囲気ですぐ分かった。
でも、五月は…あれは本当に五月なのか?まるで本当の七月のようだった…
あれは演技と言うよりも本当に自分を七月だと思っているような…」
三月の洞察力には本当に舌を巻く。
三月の言う通りあの五月は七月でもある。
つまり、
「そうだよ、三月。五月は…お兄ちゃんは自分の事を七月だと思っている」
ということ。
「…それは、あの日が原因なのか?」
三月が具体的表現を躊躇う様に発言する。
三月の言うあの日。
確かにあの日から僕の非日常は始まった。
「あの日…二人の妹、桜が
死んだ日…」
そうだ。
僕達の妹、春野桜は六年前のあの日、
死んだ。
「あの日の事はよく覚えているよ。七月達三人が登校していないのを不思議に思っていたら、
担任から桜の訃報が伝えられたんだ。事故で亡くなったと聞いた私は急いで七月の家に向かった。
でも、七月の家は誰もいなかった。連絡も取れない。行方も分からない。
なぁ、七月?連絡の取れない一週間、どれだけ私が不安だったか分かるか…!」
三月は次第に当時の事を思い出したのか、声を荒げていく。
そんな自分を自覚したのか一度話すのを止め、心を落ち着けるように深く息をつく。
「…こんな事を言えば七月に嫌われるかもしれないが、桜が死んだと聞いた時は
悲しかったが、それ以上に七月がいなくなった事の方が気懸りだったんだ。
七月がひょっとしたら死んでいるかもしれない。
そう考えるだけで胸を掻き毟りたいような衝動に襲われるんだ。それ以外の事を考えられなかった。
…軽蔑してくれて構わない。私が最低だということは事実だからな…」
自分を卑下するように、自嘲の笑みを浮かべ項垂れる三月。
「そんなことないよ三月。三月は最低なんかじゃない。
悪いのは一週間も三月を心配させた僕だ。僕は自分のことで手一杯で、
三月が心配してくれているなんて考えもしなかった。そんな僕が、
桜の死を悲しみ、僕のことを心配してくれた三月のことを責められる筈が無い。
そんな三月が責められていい筈が無い。だからそんなに自分を責めないで三月」
僕のその言葉に弱弱しくだが笑みを返す三月。
昔から桜と一緒にいた三月はそんな自分が許せないのだろう。
その気持ちだけで、優しい桜は充分だろうに。
これ以上は三月の心の問題だ。僕がとやかく言う事じゃないし、三月もそれを望んでいない。
だから、三月には悪いが話を続けさせてもらおう。
「あの日…端的に言えば桜が死んだ日。五月はおかしくなってしまった。
あれは今の僕だからそう思えるけれど、悲しい事故だった。
でも、当時の僕も五月もそうは思わなかった。全て自分のせいだと思い込んだ。
結果として五月は狂い、僕は…五月になった」
三月が気付くよう意図的に話を省略をした僕。
三月はそれにちゃんと気付いたようだ。
「今、過程が飛んで結果だけを話したな。つまり、それが話せない部分なのか?」
「もう少しなら話せると思う。だから、気になったことは質問してくれると助かる。
出来る限り三月の疑問には答えておきたいから」
「ん、わかった。七月は、五月が自らを七月と思い込んだから五月を演じようと思ったのか?
あと、五月はどうやって、七月と私しか知らない事を知り得たんだ?
試しに五月にそういう質問をしてみたが、
五月は完璧に答えることが出来た。あれは、事前に七月に話を聞いていたとしても、ほぼ不可能だろう。
あれではまるで…まるで、七月の記憶をそのまま知っているかのような…」
確かに五月について疑問に思っていたのなら、それを確かめるだろう。
ただ、今の質問には答えられない部分が含まれていた。
話せない部分を脳内で削りながら僕は質問に答える。
「一つ目については三月の言う通りだ。五月が七月になったから、代わりに僕が五月になった。
二つ目も三月の想像通り。五月は僕の記憶を持っている。ただ、どうしてか?という事については話すことが出来ない。
あの日に何が有ったかということについて触れることになるから。僕が話せないのはあの日の出来事全てなんだ」
全てを三月に話してあげられないことに、もどかしさを感じる。
これでは、話していないも同然ではないか。
「…そうか、わかった。これ以上は七月を困らせてしまいそうだしな。
なぁ、七月。五月の身体もその影響なのか?七月と同じの銀の髪は白くなり、
一日の半分を寝て過ごさなければならない。そのせいで碌に学校にも来れやしない。
あれは心因性のものではなかったのか?七月の話せない事情とやらを聞くと
私の想像の及び付かない存在が、介在しているようにおもえるのだが」
…まぁ、これだけおかしなことだらけだと気付くよな。
でもそれを話す訳にはいかない。
その存在が桜だなんて。
言う訳にはいかない。
「五月の身体の問題は心因性であるとも言えるし、そうでないとも言える。
…ごめん、これ以上は難しい」
今の時点でもかなり際どい部分まで話している。
だから、今話せるのはこの辺りまで、と話を終わらせる。
「これからは、何か疑問が有ったら僕に聞いて欲しい。
三月にはなるべく話しておきたいけれど、今は頭が上手く整理できてないから、
時間を置いてから聞いてくれれば、もう少し話せると思う」
話していけない事を常に考えながら話すのは思っていたより脳を疲弊させるようだ。
普段避けていた話題であったのも原因かもしれないが、少し頭に鈍い痛みが走っている。
今の僕ではきちんと三月の疑問に答えられそうにない。
「ああ、了解した。…っと、そうだ。あまり関係のない質問ならまだ大丈夫か?」
あまり関係が無いのならまだ大丈夫そうだ。そう判断し、三月に首肯する。
「そうか。七月の呼び方の事なんだが、皆の前では五月でいいのだよな?
ただ、私の事は三月ちゃんと呼んで欲しい。七月の口調も昔に戻ってきてる事だしな」
七月に言われて初めて気付いたが、何時の間にか僕の口調が少し昔のようになっていた。
…どうしよう、意識したら恥ずかしくなってきた。
つい昔に戻った気がして三月に話し掛けていた僕。
このまま、皆に会えば今までイメージが崩れていたことだろう。
でも、三月ははそんな僕を見て
「七月は気にしすぎだと思うぞ。実際、今までも混乱すると昔の口調が出てたしな。
それにな、七月。何が切っ掛けで私に話そうと思ってくれたのかは知らないが、
今の七月は昔のように心の底から笑えている。だから、そのままの
不器用だけど優しい、私の大好きな七月を大切にして欲しいし、勿体無いが
皆にも七月の魅力を知ってほしい」
昔から三月のこういう所は全然変わってない。
真顔で照れるような事を平然と言うのだ。
しかも、僕限定で。
今は三月の気持ちも知っているので効果倍増どころの話じゃない。
僕がこのまま爆発するんじゃないかというぐらい顔を赤くしていると、
三月が
「では、教室に戻ろうか。たぶん委員長には怒られるだろうが、
私も弁解を手伝おう。さぁ、行こう七月」
そう言って僕の手を取る。
三月の手は、とても柔らかくて温かい。
僕は顔を上げ、三月の顔を窺う。
「七月。私の告白の返事は七月の成すべきことがすべて終わり
春野七月を名乗れるようになってからでいい。
…何、九年越しの片思いだ。想いを伝えられただけでも大進歩なんだ。
そう簡単に振られては悲しいからな」
顔を薄く朱に染め微笑む三月。
こんな奇麗な笑顔は生まれて初めて見た。
僕の心臓は鼓動を速くし、芯から身体が熱くなっていく。
僕は今までそういった恋愛事は考えないようにしていた。
三月は多分その事に気が付いていた。
そんな僕の事を考え気遣った三月の想い。
それを感じ取った僕はこの暖かな喜びを三月に伝えたいと思った。
三月の気持ちに向き合おうと決意する。
だから僕は想いを乗せた言葉を紡ぐ
「うんっ、ありがとう三月ちゃん!」
今はまだ返事はできないけれど。
全てが終わったその時には、
三月への気持ちは今とは違うはずだから。
だから、
待っててね三月ちゃん!
書いていた自分ですらよく分からない話です。その上今迄で一番長いです。
そもそも、七月と五月というややこしい名前が分かり難さを助長している気がします。
もう少し文章力が有れば分かり易く書けるとは思うのですが、儘ならないものです。
これからも、こんな感じのよく分からない話がぐだぐだ続きます。
それでも読んで下さる読者様には頭が下がります。
途中で読むのを止めた読者様には申し訳ないです。
なるべく、面白く、読み易く、驚愕のお話を書けるように頑張ります。
次は番外編になると思います。ありがとうございました。