第十三話 運命に抗う者達(中編)
…眩しい光が瞼の外から僕の目を焼き目覚めを促す。
でも、もう少し寝ていたい…
「こらぁ〜!さっちゃん、いい加減起きないと遅刻するぞぉ!」
耳元でとても大きな声が鳴り響く。
余りの大音響に思わず飛び起きる僕。
声のした方を見ると腰に手を当てて得意げにしている妹の姿があった。
「うぅ〜、ひどいよ桜。もし僕の鼓膜が破れたらどうするのさ」
「大丈夫、大丈夫。さっちゃんは強い子だからねぇ〜」
怨みがましくいうも妹の桜には全然効果がないどころか、子供の駄々を諫めるお姉さんのような物言いだ。
「ほらっ、早く着替えて降りて来てね。洗濯もしたいし、料理も片付かないからね。
桜がいなくなったからって二度寝なんかしちゃ駄目だぞっ」
…僕の方がお兄ちゃんなのにどう考えても弟扱いされてる。
桜が怒ると怖いので着替えを済まし下に降りる僕。
「あ、五月おはよう。まだちょっと眠そうだな」
爽やかな笑顔でそう言ったのは僕のお兄ちゃんの七月だ。
「おはよう、お兄ちゃん。さっき桜に無理やり起こされたから…」
「お前も、そろそろ自力で起きれるようにならないとな。
いつまでも、桜におんぶにだっこじゃ恥ずかしいぞ」
確かに自力で起きる位は出来ないと恥ずかしいなぁ。
お兄ちゃんは運動も勉強も得意で大人っぽいのに比べ、
僕は運動は苦手、勉強は出来るけどお兄ちゃんには遠く及ばない。
はぁ〜。本当に情けないよ…
「…五月。別に今すぐ変われって言ってる訳じゃないぞ。
お前のペースでゆっくりと変わっていけばいいんだ。
お前はそんな自分が嫌いかもしれないけど、
俺も桜もお前のことが大好きだからな。それだけは覚えといてくれよ」
こういう思わず照れてしまうようなこともさらっと言えるところも
お兄ちゃんのすごいところだと思う。
僕もいつかこんな風になりたいなぁ…
その後朝食を済ませ兄弟三人で学校に向かった。
そのまま一つ下の桜も一緒に教室に入ってくる。
まぁ、いつものことなんだけどね。
お兄ちゃんと桜と別れ僕は一人席に着く。
桜はお兄ちゃんと仲良く何か話している。
「おはよう五月。君は相変わらず天使のように可愛いな」
話しかけてきたのは、とても奇麗な女の子三月ちゃんだ。
僕と同い年には全然見えない。
「か、からかわないでよ、三月ちゃん。
大体それなら何で、同じ顔のお兄ちゃんには言わないのさ」
僕とお兄ちゃんの顔は本当によく似ている。
だから、お兄ちゃんにも言ってないとおかしいのだ。
「ふふっ。確かに五月と七月の顔は似ているとよく言われているな。
でも全く同じではない。多分それは性格によって、滲み出る雰囲気の影響だろうな。
でも、その違いは大好きな五月をずっと見つめている私からしたら大きな違いなんだ」
うぅ、大好きとか言われると照れちゃうよぅ…
三月ちゃんみたいな奇麗な女の子が僕なんかを好きになる筈ないんだけど、
真剣な顔で言われると時々本気で言っているんじゃないかって勘違いしそうになっちゃう。
「こ、これ以上からかったら怒るよ!」
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「ふむ、仕方ないな。私の愛を伝えるのは後に取っておくよ」
すごく楽しそうに笑いながら離れていく三月ちゃん。
…今の僕の顔は茹でダコみたいになってそうだ。
「さっちゃん。大好きな三月さんとのお喋りは堪能できたかなぁ?」
ニヤニヤしながら近づいてくる桜。
「だ、だ、だいすきって、ぼ、僕はそんなんじゃ…
それに僕じゃ三月ちゃんに釣り合わないよ…」
「そんなことないと思うけどなぁ。むしろお似合いの二人だと思うけど」
桜ってば絶対面白がってるよぅ…
僕なんかが三月ちゃんと付き合える筈もないのに。
でも、少しだけ想像してみた。三月ちゃんの隣に並ぶ僕の姿を…
僕の腕に抱きつく三月ちゃん。僕の腕に柔らかい感触が…
って!何変なこと考えてるんだよぉ!
うぅ、三月ちゃん、えっちなこと考えてごめんなさい…
「あっ、先生来た。じゃあ教室戻るねさっちゃん。三月さんとお幸せに〜」
最後まで茶化す桜。ほんとに性質が悪いよ…
僕の日常は概ねこんな感じだ。
少し生意気だけど大好きな桜。
カッコいい僕の憧れのお兄ちゃん。
奇麗で、一緒にいるとドキドキする三月ちゃん。
そんな三人が中心の狭い世界。
でも、僕はこれで満足だった。
大切な人達と楽しく過ごせるだけで他には何もいらない。
変化なんて必要ない。
平凡な日常が一番なんだ。
こうやって平凡な日常を何事もなく過ごしている僕に不満なんて有る筈がない。
有る筈がないのに。
最近、よくわからない焦燥感のようなものを感じる。
とても大切なことを忘れている。そんな感覚。
僕の世界は桜とお兄ちゃんと三月ちゃんだけの筈だ。
それ以外は必要無い筈なのに。
誰かが呼んでいる気がする。
桜でもお兄ちゃんでも三月ちゃんでもない誰かの声。
でも、僕を必要とする人なんている筈がない。
僕の世界の三人だってそうだ。
僕には必要だけど、三人からしたらいなくても問題ない存在なんだ。
そんなことない
えっ?どうして僕はそう思ったんだ?
だって僕は臆病で怖がりで卑怯者で
純真で傷つきやすいけれど頑張り屋で優しい…
って僕はそんな人間じゃない!
だって、大切な人が困っていても何も出来ないんだ。
でも、傍にいることが出来る。話を聞いてあげることが出来る。
違う、そんなの何の役にも立たない。
でも、それで救われた人もいたんだ。
違う、そんな人はいやしないんだ!
手を繋ぐだけでいいんだ。
それが何になるのさ!
(それが先輩の助けになるのならずっとこうしてますよ)
それは覚えのない言葉のはずなのに、僕の心を強く揺さぶった。
(先輩を抱きしめて、先輩の話を聞いて、先輩がお礼を言う。
ただそれだけのことで、私がどれだけ救われたか先輩は知ってますか?)
笑って言う君に僕も救われていたから。
(競争しませんか?どちらが先に願いを叶えられるか。
勝った方は負けた方に何でも命令出来る権利です。
さぁ、どうしますか?先輩)
僕は弱いけれど思ったから。
守りたいって思ったから。
君も、君の約束も全部守りたい。
だから、ここで優しい偽りの夢は終わりだ。
行かなきゃならないんだ。
僕のいるべき残酷な非日常の世界に。
今行くよ
「せんぱいっ!」
君のもとに
……前の話で前後編と言いつつ更新したのは中編です。ホラ吹いてすいません。
書いてるうちにどんどん話が変わっていった結果こうなりました。
後編で多分終わりです。もし延びたら・・・もうサブタイトル変えると思います。勝手ですいません。