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非日常は敵ですか?  作者: TS
第一部
1/40

始まりの夢



この小説は一応ラブコメです。

なお、この序章を読まず一話に飛んでもらっても問題はありません。

読むと逆にノリの違いに愕然とされるかもしれませんのでご注意下さい。

 まだ生徒達の登校していない閑散とした時間の学校。

そこには一人の少年がいた。少年は一人窓際の席に座り、頬杖を突いている。

少年の名は 春野はるの 五月さつき 


少年はとある女性との逢瀬のため、ここにいる。

こんな早朝から出会う程なのだからよほど親しい仲なのだろう。


しかし、少年が浮かべていたのは、親しい女性との逢瀬に相応しくない憂いを帯びた表情であった。


少年は一体どのような気持ちで外を眺めているのだろう?



そんな少年に、背後から少女が現れ話しかけた。


「おはよう、五月。……君は相も変わらず酷い顔をしているな」

少女の鈴のように美しい声が教室に染みわたり、朝特有の静寂が打ち破られる。

しかし少女のそんな言葉とは裏腹に、声にはどこか弾むような響きさえ感じられた。


少年に話しかけたのは、叶野かのう 三月みつき

容姿端麗、文武両道、性格死亡と見事三拍子揃った少女。

この少女こそが少年の逢引きのお相手である。

無表情を装ってはいるが、ほとんど変化のない表情には僅かにだが喜色が見て取れた。



「……おはよう、三月。その酷いという言葉が僕の顔についてなのだとしたら、

君に市中引き回しの刑を執行しなければいけないところだけれど、どう?」

それに対し少年は、一見にこやかだが瞳は一切笑っていないという、

人の不安をかきたてるような表情で返答をする。



「あぁ、五月!何を言いだすかと思えば、私が愛しい五月の顔にケチをつけるはずが無いではないか!


酷いというのは当然、私を射殺さんばかりに歪ませている、まだ死んだ魚の眼の方がマトモな


ドブのように濁りきったその瞳に決まっているっ!!」


少女は少年のその恐ろしい表情など見ていないかのように芝居がかった仕草で悲嘆を表現するも、

その表情は変わらず無表情である。



「あぁ…そうだったんだ……変な誤解してごめんね。お詫びとして股裂きの刑も追加しておくよ」

少年も負けじと悲しげな表情を浮かべてみるも、その瞳は爛々としており、溢れ出る怒気は隠しきれてはいない。


―――少年にとってはそんな怒気すら演技の内ではあるのだが。



「ふむ…股裂きとは随分大胆な発言だな。それは、私への遠まわしの告白と捉えてもいいのかな?


むむっ!春野 三月!中々良い響きだな。さて、それでは愛し合う私たちの挙式はいつ行うのだ?

私としては結婚式は和式の方が好ましいのだが、五月が望むのであれば洋式もやぶさかではないぞ?」


冗談めかしながらも、少女は自らが愛するのは少年であるという事を伝えるため言葉に思いを乗せ熱く語る。



そんな少女は少し潤んだ瞳で愛しい少年をじっと見つめる。



―――二人の視線が交わる



「………はぁ」

少年は視線を反らし、少女のその言葉に呆れたように溜息をつく。



「ふふっ五月、溜息ばかりついていると私という幸福が逃げて行ってしまうぞ?」


「………で?」

少年はそんな冗談には一切頓着せず冷めた瞳で少女を見る。



「……五月、いくら私が可愛いからといってそんな熱い視線を向けられたら照れてしまうではないか」

少女は少年の視線を感じ、恥ずかしそうに身をよじらせる



「……ねぇ、いつまでこの茶番劇を続ける気なの?」

少年はうんざりとした様に言葉を放つ。



いや、実際少年はうんざりしていた。


何度も繰り返される、この二人の茶番とも言うべき滑稽な劇に。



「……ひ、酷いぞ五月!私のこの溢れんばかりの愛を受けとっておきながら茶番劇だなどとのたまうとは五月にとって

所詮私などは遊びでしか―――」



結局、少女は最後まで少年の態度が冗談の延長であると信じ、気付く事が出来なかった。


だからこそ、少年は自らの手で引導を渡す決意をする。


少女の抱く感情が完膚なきまでに幻想であることを伝えるために。



「いい加減、終わりにしよう?三月。


君は現実での出来事に気づかない振りをした揚句、僕に嘘の愛を囁いている。


そして、本当のことも苦しいことも全て初めから無かったことにしようとしている。


……君は気づかずに滑稽な茶番劇を毎日繰り返しているんだ。


なるほど、大した逃避だよ。それは。そこまで徹底されるとむしろ清々しさすら感じるね。


……まぁ、それが現実逃避だと君がきちんと理解をしているのなら僕は気にしない。


でも…でもね、三月。


僕は五月だ。君の大好きだった七月ななつきじゃない。僕は君にとっては愛する人の弟。ただそれだけのはずだろう?


君は忘れてしまっているんだ。忘れちゃならない、とても大切なことを…」



「君は七月がいなくなったショックで、記憶から七月自体を消してしまった。


初めからそんな人物なんていなかったかのように……


けれど君の心に在るとても大きな気持ちまでは消すことも偽ることもできなかった。

だから、君は自分の気持ちに潰されないため、気持ちの捌け口を探した。

そして君は見つけたんだ。

自分と同じ時を過ごし、最も七月に近い、けれど七月ではない存在。


この僕を…」



「…僕はね、君が七月に向けていたあの感情が僕に向けられたとき、正直嬉しかったんだ。

絶対に手に入らないとわかっていた君を手に入れられたような、そんな気がして。


だけどそれは違ったんだ。ずっと気付いていながら見ない振りをしていた。

これを手にしていいのは僕じゃない。これを持つべきなのは世界にたった一人のはずなんだ。


そう、七月ただ一人がそれを手にするのを許されているんだ。


だから、三月。僕は君が壊れてしまわないと信じ、言うよ。

七月のため。そして、君のために。


……ねぇ、三月。君が好きだったのは七月だ。そして七月は―――」


そこまで言ってから少年は今まで溜めこんでいた感情が溢れ出る衝動なのかやけに饒舌になろうとする口を一度噤む。

少年はこれから伝える真実が本当に少女のためになるのか自信がなかった。


これは、少女から逃げるために自分の行為を正当化しているだけではないのか?そんな考えが少年の頭をよぎる。

しかし、少年にとって少女も兄も大切な存在である。それだけは絶対に変わりようのない事実だった。


だからこそ、少年は決意する。どんな結果になろうと後悔しない。全てを受け止める。その決意を。


そして、少年は自ら滑稽な茶番を終わらせるために、非日常を日常に返すための第一歩をふみ出す。


もう後戻りはできない。少年は口を開けそのための言葉を紡ぎ出す。




「七月は……三月の大好きな七月は、君の目の前で―――




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