表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◯◯くんシリーズ

東条くんは、今世も私に恋をする。

作者: 美紗登

私、古室井 佳菜子(こむろい かなこ)は至って平凡な人生を送って来た。


「やっと見つけた!君は運命の人だ!」

「………は?」


高校の入学式の日、全校生徒の前でこの男にそう言われるまでは。





私の1日の学校生活は、靴箱の前で奴とエンカウントすることから始まる。


「おはよう佳菜ちゃん。今日も可愛いね。」

「だから何。」

「佳菜ちゃんがキラキラ輝いて見えて、眩しくて目が開けられないよ。」

「そのまま一生閉じとけば。」


仕切りに声を私にかけてくるこの男子生徒は東条 和泉(とうじょう いずみ)。入学式の日に私の平凡人生をぶち壊した張本人である。

なんでも、東条くんは前世の記憶があるらしい。彼と私の前世は恋人で、大恋愛の末、結ばれたのだと言う。

この説明を聞くだけでも東条くんは完全に関わっちゃいけない人ということがお分かりいただけただろうか。


あの日以来、私たちは一躍有名人となり、東条くんは高校入学早々に顔は良いけど変人という残念イケメンのレッテルを張られてしまった。

当の私はこの変態に付きまとわれ、毎日この歯の浮くようなキモい台詞を浴びせられなければいけないという苦行を強いられている。


「あっ佳菜ちゃん、ちょっと待ってよ!」


私を引き止める変態の声を無視し、いつものように私は靴箱から教室まで全力疾走した。

奴を撒くのは最早私の特技と化している。


息を切らしながら教室へ入り、机の上にドンっとカバンを置いた。

奴と私のクラスは離れているため、ここへ来ればひとまず安心である。


「おはよー。今日も大変だねぇ。」

「他人事だと思って…。」


この声は友人の真美ちゃんだ。

私と東条くんの関係を冷やかし、完全におもしろがっている。彼女の辞書に“慈悲”という言葉はない。


「もう付き合っちゃえば?東条、性格はアレだけど、見た目は悪くないじゃん。」

「付き合うも何も、告白されたことなんてないし。」

「何言ってんの。毎日毎日、運命の人やら君は花のようやらくっさいセリフ言われてんじゃない。」

「だから、そういうポエムみたいなのは何回も言われてるけど、“付き合おう”とか“好き”だとかは言われたことないの。」

「………………………………はあ?」


たっぷり間を空けて、真美ちゃんはそう言った。

そして眉間と鼻の頭にシワを寄せ、目を盛大に細める。おいおい、美人が台無しですよ。


「東条のやつ、あんだけポエってるくせに、そんな大事なこと言ってなかったの!?」

「ポエってるって何。」


突然訳の分からない造語が生まれた。

いつもマイペースな真美ちゃんがここまで怒るのは珍しい。


「東条くんが好きなのは、“私”じゃなくて“前世の私”だからね。」


“古室井 佳菜子”は、その代わりに過ぎないのだ。






その日の放課後は、委員会があった。

私は美化委員なので、指定された教室へと向かう。


「佳菜ちゃん!こんなところで会えるなんて!」

「………げ。」


ガラリと教室の扉を開けた瞬間、私は家に帰りたくなった。


「同じ委員会を選ぶなんて運命だね。」

「ジャンケンで負けただけなんだけど。」


こんな事なら意地でも違う委員会に入るんだった。後悔先に立たずとはこの事である。

私が席に着くと当然のように奴もその隣に座る。できればあと15メートルほど離れてほしい。


「おー、揃って美化委員を選ぶとはさすが夫婦だな。」


教卓の前にいた私と同じクラス兼、美化委員長の田中くんが私たちをニヤニヤして見ながらそう言った。田中、そんなんだから君はモテないんだよ。


「聞いた?夫婦だ「違います。」


嬉しそうにこちらを見る東条くんにはとりあえずガンを飛ばしておいた。


そうこうしているうちに、田中くんの説明のもと、美化委員会が始まった。


「2人1組になって、決められた場所の美化点検をしてくれ。」


2人1組というワードに嫌な予感がする。

田中くんの顔を見ると、目があった。

あ、あれは真美ちゃんと同じ面白がっている目…!おい田中、まさか…!


「まあ誰と誰が組むとか決めるのめんどくせえし、隣同士でペアな。」


たなかああああああああ!!!

私は思わず机に突っ伏した。ゴンッと割と鈍い音がしたが、今はそれどころじゃない。


「佳菜ちゃん、おでこ大丈夫?」

「…石頭だから大丈夫。」


東条くんが甲斐甲斐しくぶつけた私のおでこをさすってくれた。こいつはオカンか。


「おいお前らイチャつくのは後にしろよ。」

「田中マジぶっとばす。」

「怖えよ!めっちゃドスのきいた声怖えよ!」

「佳菜ちゃんの少し低い声もいいね。」

「東条、お前も止めるとかなんとかしろよ!」


とりあえず田中、お前は後で必ずシメる。





憂鬱だった東条くんとの美化点検は、そこまで酷くなかった。常時あのクサい台詞を吐いてくるかと思いきや、割と真面目に美化点検をやっていて少し見直した。

そういや東条くんが変人過ぎて忘れていたが、彼は先生には評判がいい優等生だったのだ。


美化点検を終えると、外はあいにくの雨だった。そういえば昨日天気予報で晴れのち雨って言ってたな。


「わぁ結構降ってるね。佳菜ちゃん、傘ちゃんと持ってる?」


当然のように東条くんは、美化点検を終えた後も私の隣にいる。

177㎝と身長が結構高めなので、背の順が前の方の私は横に並ぶと見上げなければいけない。


「もし持ってないなら、一緒に……って何してるの!?」

「何って…、走って帰ろうとしてる。」


カバンを頭の上に置き、走り出そうとしたところを東条くんに止められた。


「傘なら俺持ってるから!一緒に入ろう?」

「別に走って帰ればすぐだし、そんなに気を遣わなくてもいいのに。」

「気を遣ってるというか、俺が濡れて服が透けた佳菜ちゃんを他の奴に見せるのが嫌っていうか…。」

「誰も見ないよ。それにキャミソール着てるし。」

「佳菜ちゃんはもうちょっと危機感を持った方がいいよ!」


今度はオトンか。


あまりにも必死に頼む東条くんに、私は折れた。

2人で1つの傘に入り学校を出る。相合い傘は恥ずかしいがお陰で濡れずに済んだ。


「東条くん、ありがとう。」

「……」

「…東条くん?」

「佳菜ちゃんに、お礼言われた…。」

「そりゃ、私だってお礼くらい言うよ。」


私は冷血漢か。

鬱陶しいほど目を輝かせ、ニコニコする奴の顔を見て、私はため息をついた。


「雨をバックに憂いを帯びた顔も素敵だね。まるで佳菜ちゃんは水の妖精のようだ。」

「そうだね、東条くんにハイドロポ◯プくらわせられる力があったらいいね。」

「佳菜ちゃん、それは水の妖精じゃなくて水タイプのポケ◯ンだよ。」


東条くんはおだてるとすぐ調子に乗るタイプのようである。





「ねぇ東条くん。」

「何?佳菜ちゃん。」

「前世の私って、どんな人?」


他愛ない会話の中で、なんでもないように私はその話題を振った。


私の言葉に東条くんが目を見開いた。自分でもなんて馬鹿な質問してるんだろうと思う。


「前世の佳菜ちゃんは、ある貴族のお嬢様だったんだ。俺はその護衛騎士。」

「私が、お嬢様…。」


前世の私はオーホッホッホとか言ってたのだろうか。自分がやっているのを想像してみると、なんだか微妙な気分になった。


「誰にでも優しくて、お人好しな、可愛らしい方だったよ。」


そう言った東条くんの目は、今までにないくらい優しかった。

私は胸の奥で何かがジリジリと焼き切れていくような感じがした。胸が、なんだか苦しい。


「…そう。私と正反対だね。」

「そんなことないよ、佳菜ちゃんとヴェラは似てるよ。」


へぇ、私の前世はヴェラって名前なんだ。

お嬢様と似てるなんてすごいじゃん、私。


頭の中で警告音が響く。私の理性が早くこの場を離れろと言っている。


なのに、足と口が言うことを聞かない。



「でも、今は「ねぇ、東条くん。」


抑揚のない私の声が、彼の言葉を遮る。



「私のこと、好き?」

「え?」

「“私”のこと、好き?」



––––東条くん、私は“古室井 佳菜子”だよ。






気がつけば何故か私は雨の中全力疾走していた。

ようやく言うことを聞いた足はいつもより重く、目に入ってくる雨粒のせいで前が滲む。


「何してんだ、私。」


私の呟きは、雨音に掻き消された。





「風邪ひいた…。」


あの後、雨の中家まで走って帰った私は、案の定風邪をひいた。

体がだるいし熱いし、頭がぐわんぐわんする。


いい加減、天井シミを数えるのにも飽きた私は汗で気持ち悪くなった服を着替えることにした。


「佳菜子ー!お友達来てるわよー!」


一階からお母さんの声が聞こえてくる。

恐らく真美ちゃんだろう、さっきお見舞いに来ると連絡があった。

真美ちゃんアイスとかお見舞いに持ってきてくれないかなぁ。


しばらくすると階段のギシギシという音が近づいて来た。

真美ちゃん、うちのお父さん並みに床鳴ってるよ…。友人の体脂肪率に思いを馳せているとコンコンとドアをノックの音が。


やべっ、しょうもないこと考えてたらまだ下着しか着てなかった。


「真美ちゃんしばし待たれ「佳菜ちゃん?寝てるの?」


ガチャリと開いたドアの先には真美ちゃんはいなかった。


「「……」」


代わりにいたのは私の中の“今会うのが気まずい人ランキング”で堂々の1位に輝いている東条くんである。


「…佳菜ちゃん、とりあえず服着よう。」

「承知。」


私達はお互いに後ろを向いた。







「…それで、今日はお見舞いにこれなくなった坂口さんの代わりに宿題のプリント届けに来たわけなんだけど。」

「そういや、真美ちゃん今日バイトだったね。メール送ってから思い出したのかな?」


坂口さんとは真美ちゃんのことである。

あの後、服を着た私は東条くんを持て成そうとしたのだが、病人は寝なさいと布団に戻されてしまった。


「佳菜ちゃん、着替えてるならノックした時になんで言わないの!?」

「いや、真美ちゃんだと思ってたから。」

「俺も一応健全な男子高校生なんだからさ…。」

「え、なんて?」

「なんでもないです。」


東条くんの頰は先程から少し赤い。

風邪うつったんじゃないの?


というか、私達こんな平和な会話してていいのだろうか。昨日修羅場だったよね?あれ夢?


「…佳菜ちゃん、話聞いてもらってもいい?」


首を傾げていると東条くんが口を開く。

いつになく真剣な表情に、私も真面目くさった顔でコクリと頷いた。


「俺、佳菜ちゃんに一度もちゃんと気持ち伝えたことなくて、もし拒絶されたらどうしようって怖気づいて佳菜ちゃんの優しさに甘えてた。ずっと佳菜ちゃんのこと傷つけて、ごめん。」

「……」

「初めから佳菜ちゃんが好きだったって言ったら嘘になる。佳菜ちゃんに近づいたのは君の前世がヴェラだってわかったから。」


東条くんは言葉を続ける。


「でも、佳菜ちゃんのことを知っていくごとにどんどん好きになっていった。いつも無表情だけど、笑うとえくぼができてすごい可愛いところも、言いすぎた時は1人で反省会してるところも、意地っ張りだけどたまに素直になるところも、なんだかんだ俺の相手してくれる優しいところも、」

「も、もういいよ。」

「まだあるのに…、」


東条くんは不服そうな顔をする。いや、これ以上は恥ずか死んでしまう。


「いつのまにか前世なんて関係なく佳菜ちゃんが好きになった。ヴェラや誰かの代わりなんかじゃない、俺は“古室井 佳菜子”が好きだ。俺と、付き合ってください。」


東条くんは私を見た。私も東条くんを見つめ返す。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします。」


私は東条くんの手を取り、ギュッと握る。

その瞬間東条くんは、先程までキリッとしていた顔をふにゃりと緩めた。


「…佳菜ちゃん、可愛すぎる。」

「ま、またそういうこと言って…。」

「お世辞なんかじゃない、全部本心だよ。今まで言ってたのも全部、俺の思ってること。」


東条くんの大きな手が、私の頭を優しく撫でた。


「あ、あのクサい台詞も本心とか、全然嬉しくない。」

「あれ?嬉しくない割に、顔が真っ赤だよ?」

「こ、これは、熱のせい。」


急に東条くんのS度が増した気がする。

こ、これが恋人効果か…!


「ねぇ、佳菜ちゃんは俺のことどう思ってる?」

「え、」

「まだ佳菜ちゃんから、聞いてない。」


そう言いながら東条くんはそれはもうニコニコニコニコしている。

こ、これは言わないといけないよね…。


「わ、私も、東条くんのこと、好き。」

「…聞こえなかった、もう一回。」

「と、東条くんのこと、好きなの。」

「もう一回。」

「だ、だから、東条くんのこと、大好きって言ってるの!」

「もういっ「何回も言わせんなこのバカ!」


東条くんはおだてると調子に乗るタイプだったのを忘れていた。


「もう、東条くんが近くにいると、心臓もたない…。」


顔でお湯が沸かせそうなほど熱い。熱のせいか涙まで滲んできた。




「ねぇ、佳菜ちゃん、襲ってい『ピリリリリリリリ』


突然東条くんの携帯が鳴り私達はビクリとした。


「…はい、もしもし。」


電話に出る東条くんの声がいつもより2オクターブくらい低いような気がする。


「あ、東条?おれおれ、田中だよ!覚えてる?美化委員長の田中!急にごめんなー、何か坂口に古室井が危ないから東条に電話かけろってLIMEされて『ピッ』


ブツリと田中くんの声が強制的に終了させらる。




「……田中、マジぶっとばす。」


そう笑顔で呟いた東条くんの目は笑っていなかった。


田中はいつか報われる日が来ることでしょう。

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんでや最後の田中は悪ないやろ!
[良い点] 登場人物の気持ちが分かりやすい点 [気になる点] なし [一言] 田中か、あいつは良いやつだったぜ
[一言] 真美ちゃん、エスパーかな? 面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ