46 変態シスター現る
女は捕まる。
女は掴まる。
女は拘束される。
女は大火に焼かれ、冷水に沈められ、土石に埋められ、雷を浴びる。
痛みと、狂気と、悪意の中、女は只生存する。
肉を潰され、骨を削られ、血を抜かれ、その身を絞られようと女は生存する。
絶えぬ憎しみの中、女は光を目にする。
潰れた目で、聞こえぬ耳で、削がれた鼻で、焼かれた舌で、確かに女は感じる。
神を。
絶対たる者を。
これは試練なのだ。
痛みも、苦しみも、怒りも、悪意も、全ては試練である。
女は唄う。
聞こえぬ耳で聞き、動かぬ舌を動かし、裂かれた喉で歌い出す。
受難あらんや。
動かぬ腕を動かし、千切れた足で立ち上がる。
苦難あらんや。
折れた指を組み合わせ、臓物を落としながら祈る。
存在は信仰する。
ー◇ー
帝都近郊にある『背信者のダンジョン』には主にアンデッドに属するモンスターが多くいるらしい。
スケルトンやバッドはこのダンジョンに多くいるらしい。
こんなの倒して何の意味があるのだろうと思ったがどうやら定期的に減らさないとダンジョンの外まで溢れてくることがあるらしい。
そんなわけで俺たちは薄暗い湿った洞窟の中を歩いていた。入り口周辺は案外綺麗に石造りだったので油断していたが中は墓場に穴を掘ったかのような洞窟だった。
不思議なことに壁や天井は一見もろそうな土に見えるが掘るとすぐに固い土が出てきてそれ以上掘ることが出来なかった。
「ダンジョンなんだな……」
「ダンジョンですから少々不思議なことも当然のこととしてあります」
「例えば……おかしの家とか?」
「それはスイーツダンジョンというダンジョンですね」
「あるの!?」
「女性に大人気です。始めはダンジョン内のお菓子に含まれる障気や毒により食べることも出来なかったそうですが……女性の執念……というより妄執によって浄化され今では問題なく食べる方法があるそうです」
お菓子への情熱が怖い。
「その過程を見ていた男性陣からは「あれは女じゃない修羅だ」と言わせるほどだったそうです」
修羅って……。
「おっと、敵のようです」
そこには角を曲がってこちらへ向かってくるスケルトンがいた。
白い骨をカタカタと動かし俺たちに気付くと手に持った剣と盾を構え向かって来る。
キュクはゆったりと歩きそのまま近付くとスケルトンの剣を僅かな動きで避け懐へと入り込んだ。
ゆらゆらと揺れるように歩きながら腕一本でスケルトンを薙ぐようにして破壊していった。
なぜ片手か?俺がキュクに抱き締められたまま動いていないからである。
「この程度ならば大した強さではありませんね」
確かに悪魔などよりは弱いが比べるのは間違っているのでは……まぁいいか。
スケルトンを破壊しながら歩き続けていると先の方から戦闘音がした。
鋼をぶつける音がし怒号が飛び交っていた。
「どうやら先にある広間で戦っている者がいるようです。どういたしましょうか?」
「覗いて見て考えよう」
「わかりました」
広間の入り口へと行くと中の様子が見えてきた。
広間の中心には黒いスケルトンが立っていた。サイズが他のスケルトンより大きく3m程度な上全身から黒い魔力が溢れだしていた。
両手に持った大剣サイズの剣を振り回し冒険者と激しく打ち合っている。冒険者側は大楯を持った男達が攻撃を防ぎつつ魔法や弓をぶつけながら20人程で囲んで戦っていた。
「クソッ!なんで、こんな所に、変異種がいるんだ!!」
「うるせぇ、手が足りねぇ!」
黒いスケルトンが大きく腕を振り上げた。
「デカいのが来るぞ!!!」
「回復用意!堪えろ!」
背後の魔法使いらしき冒険者達が呪文を唱え前衛の冒険者達の力が増した。
黒いスケルトンが腕を振り降ろす。
「おおおおおおお!!!」
轟音が響き大楯と大剣が衝突する。
「パーリング」
大楯の冒険者達が一斉に盾を押し上げ大剣を打ち上げる。黒いスケルトンの腕が大きく跳ね上がった。
大楯の冒険者達の後ろに控えていた冒険者達が飛び出し黒いスケルトンの肋骨や足を切りつけ、殴り破壊する。
「畳み掛けろ!!!」
冒険者達は声を上げ一斉に攻勢へと出る。
なんか楽しそうだな……。
「どうやらもう終わりそうです」
黒いスケルトンは段々力を失い倒れこんだ。
「やった……!」
「うおおおおおおおおお」
「はぁ……はぁ……」
冒険者達は勝鬨を上げてそれぞれ喜んでいた。
「なんかお邪魔そうだし他行くか」
「そうですね」
俺たちはジャイアントバットを探し他の道へと進んだ。
程なくしてジャイアントバットが天井に張り付いている部屋を見つけ『極光』で全て撃ち落とした。
「クエストは終わったけど……うーん」
「どうかしましたか?」
俺の頭からは先程見た黒いスケルトンとの戦いが頭を回っていた。あんな楽しそうな戦いをしたくて仕方が無かったのだ。
「もう少し奥へ行ってみようかと思ってな」
「ロプス様の相手となるともっと深くに潜らないと相手にならなら無いかと思われます」
キュクはそう言うが俺はそんなに強くもないと思うのだが……。
「もう少し先まで行って戻るか」
「わかりました」
俺たちは歩き続けいくつか階層を降りた。キュクが言うには大抵の強いモンスターはダンジョンのきりの良い階層に居るらしい。
いわゆる階層長とかボスと呼ばれる者である。
俺たちはその辺りのモンスターを蹴散らしながら進んでいった。
やがて何度も見た巨大な扉を見つけた。
「ごくり……鬼が出るか蛇がでるか……」
俺は緊張しながら扉を見つめた。
「………………」
キュクが近付き扉を思いきり蹴飛ばして開けた。
爆発でも受けたかのような音を立てて扉を開け中へと入った。
「何故穏便に開けないのか……」
「こういうのは舐められたら終わりだと言いますから」
「殴り込みとかじゃないから」
中には巨大なスケルトンがいた。壁に張り付いて……いや、壁に張り付けにされていた。
「…………」
「ふー……ふー……んっ……」
張り付けにされた巨大なスケルトンと周囲に散らばる大量の骨の中に一人の修道服の女がいた。
「…………?」
何かがおかしいと思い見ていると……女が振り向いた。
女は修道服の上に皮の拘束具を着け目隠しをしていた。さらに口にはギャグボールをしており先ほどから女の息がくぐもって聞こえていたのはこれが原因だったらしい。
「へ……変態だー!」
「んー……んー……!」
俺たちは直ぐ様部屋の入り口を抜け全力で駆け出した。
「何あれ?変態?シスターとかじゃないの?」
「…………」
俺は困惑の極みだったがキュクからの返答は無かった。どうしたのかと思い顔を上げるとキュクは必死な顔で走っていた。
「ふー……ふー……」
女は逃げた俺たちを追って走ってきた。凄い速度で追いかけて来る拘束具のシスターとか変態以外の何者でも無い。
「クッ!」
キュクは逃げ切れないと思ったのか反転し女の胸へと蹴りを放った。
しかし女の胸に蹴りが入ったにもかかわらず女は平気で俺たちを見るように顔を近付ける。
「ふー……ふー……」
「ヒッ……」
キュクからなんか可愛い声が漏れた。
「ふぉんすたー……」
「!?」
擬態している俺たちを見抜くとはこの女鑑定持ちだろうか?だが、町中でもバレなかった俺たちを見抜くこの女は何者だろうか?
「チッ……!」
キュクは舌打ち一つ【おにの腕】を出し女を殴った。
鋼をぶつけたような音がし地面が放射状に亀裂が走ったにも関わらず女は俺たちを見ていた。いや目隠しがあるので見えてはいないと思いたい。
「ふー……んっ……」
女は【おにの腕】を無視しズンズンと近付いて来る。
「気持ち悪い!!」
【おにの腕】【むしの腕】【あくまの腕】などで殴りつけ止めようとしても何一つ効いていないかのように女は歩いて来る。
俺はキュクから飛び降り、背中から触手を出し女を拘束する。同時に毒などを触手から出しておいたので暫くは動けない筈である。
「…………!?」
【ミミックセット】で擬態している時は他のセットを同時に使う事が出来ないのだが【這いよる混沌】と【ふぇにっくすセット】のみ使用することが出来た。キュクは問題無さそうなので俺の技術の問題だと思う。
「飛んでけ」
俺は女をそのまま持ち上げ投げ飛ばした。
壁を砕き女は叩きつけられた。今の内に止めを刺しておこう。
「『極光』」
九色の光が女へと放たれる。女の周囲ごと壁を融解させた。
「やりすぎたか?」
しかし……ザリッと音がするとゆらゆらと女が立ち上がった。その体には一切の傷は無く俺たちを見ていた。
「ちょ!?」
「ふー……ふー……」
女は俺たちの目前へと駆けてきた。
「クッ……」
キュクが俺を回収し離れようとするがそれよりも速く女は目前で土下座した。
「………………」
「………………」
いわゆるスライディング土下座である。周囲に陽炎が立ち込め融解した壁を纏っているのでエクストリームスライディング土下座でも良いかもしれない。
その上腕を拘束しているので足と頭で地面を滑っている。
「……ふぁみさま……」
俺はキュクと顔を会わせ全力で逃げ出した。
「ヤバイ……何がやばいって説明出来ないぐらいヤバイ」
「追ってきます」
「ふー……ふー……」
俺たちは逃げ続けたが一切振りきることも出来ずダンジョンを出た。
後日『背信者のダンジョン』で変態とメイドが凄い速度で駆けて行くのを見たと言う頭の痛くなるような噂が広がったのは言うまでも無い。