19 ハリー困った
一章の設定資料追加しました。
狂愛のダンジョンに程近い町ラムスのギルド長室で一人の男が頭を悩ませていた。
「困ったことになったなぁ」
彼はギルド長のハリー・マンソンである。
「あー困ったなぁ」
彼は好物のハニードーナッツを自分の大きなお腹へと送り込みながら呟いた。
メガネに小太りで服の輪郭を大きく押し上げるその体は中々良い服を着ているにも関わらずあまり覇気や気品を感じさせなかった。
むしろ無能な貴族といった風貌である。
「実に困ったなぁ」
「あの、何で私達は呼ばれたんでしょうか?」
彼の前にいた鎧を着た女の冒険者ソニアはおずおずと声を掛けた。
彼の前には二人の女と二人の男がいた。
彼女達、冒険者パーティ『蒼窮の若草』はクエストを終えてギルドに戻ってくるなりギルド長室に呼ばれたのだ。
「ちょっと前に変わったモンスターが目撃されたのは知っているかなぁ?」
頬肉を揺らしつつハリーは首を傾げた。
「バイコーンの亜種のことですか?それ以外は僕たちは知りませんね」
ローブを着た魔術師の男は言った。
「いやーそれじゃないんだよねー。一つ目のさ、人型のモンスターなんだけどね?狂愛のダンジョンに入っていくのを『蝙蝠の爪』のパーティの面々が報告してくれたんだよ」
「はぁ、狂愛のダンジョンですか」
嫌な予感がするなぁとソニアは思いながら話の続きを聞いていた。
その予感は続くハリーのセリフを聞いて確信に変わった。
「それでねぇそのモンスターが外に出てきたんだよね」
このセリフに『蒼窮の若草』のメンバーに動揺が走った。
狂愛のダンジョンはこの近辺の冒険者には有名な冒険者殺しのダンジョンだったのだ。
「ちょっと待って下さい。私達にはそんなものどうしようも無いですよ」
「いやいや倒して欲しいとかは言わないよ。ただね、そのまま放置はまずいかなぁって思ってさ」
続くハリーのセリフにソニア達は顔をなお引きつらせるのだった。
「ちょっと調べてきてよ」
ソニア達はギルド長に出された強制クエストを行うために町で準備をしていた。
彼女達『蒼窮の若草』はAランク冒険者パーティである。
冒険者にはランクがあり一般的にS~Eと言われている。
Sランクは国家戦力レベルと言って差し支えの無い冒険者を指す言葉でありパーティに付くことは基本的に無い。
では、パーティのランクとはどうやって決まるのか?答えは平均値や依頼の成功率などでギルドが公開することになる。
『蒼窮の若草』はパーティメンバー全員がAランクのAランクパーティであった。
「あーやだなーやりたくないなー」
ソニアはそうぼやきながら仲間の治癒術師ルーアニスと市場を歩いていた。
「そうは言っても強制クエストだからやらないとギルドから追放されちゃうよ?」
白いローブを着た少女ルーアニスは自分より少し高い背をしたソニアの顔を見上げるようにして言った。
「わかってるわよーだからーやりたくないのー」
ソニアは『蝙蝠の爪』のガルバッドと言う男をよく知っていた。
彼は危険をいち早く察知し回避することに長けていた。
さらに転生者だけあって実力もある。
そんな彼が危険かもしれないと言ったモンスターを調べるなど命がいくつあっても足りない。
(しかも狂愛のダンジョン踏破したってもうそれSSランク依頼でしょ)
SSランクとはSランクよりも強いとされる冒険者の為の名誉ランクであった。
Sランクは国と戦えば始めは優勢でも数で押し潰される程度であるがSSランクは国を一撃で吹き飛ばしかねない者に与えられたランクであった。
まさに災害以外の何者でもなく皆が口を揃え「あたまがおかしい」と言われる者である。
なので冒険者が目指す一流とはAランクでありSランクのことであった。
つまりSSランク依頼とは達成不可の依頼の名称とも言われている。
「あーあのデブ、ドーナッツばっか食べてるから頭にも穴でもあるんじゃない?」
「あのドーナッツ美味しそうだったねー」
ルーアニスは能天気にハリーの食べていたドーナッツを思い出していた。
「でも、偵察だけだしトマスのおじさんが気付かれなかったなら大丈夫じゃない?」
「まーあのトマスが大丈夫だったなら少しは希望があるかもね」
トマスは女性冒険者からの評価が低い。
ギルド内で一日中スリーサイズを計っていれば当たり前だが……。
「まーささっとやって帰ってきましょ」
そう言ってソニアは買ったドーナッツをルーアニスに一つ渡し自らもドーナッツを頬張った。