『おめでとう』と『ありがとう』の日
欠伸を一つしてから、ベッドから起き上がって伸びをする。
カーテンを開ければ洗濯物日和と言わんばかりの晴天で、朝から清々しい気持ちにさせられた。
パジャマのまま隣の部屋を訪ねれば、机に突っ伏して眠る彼の姿がある。
あぁ、寝落ちしたんだなぁ、なんて思いながらタオルケットを彼にかけた。
規則正しい寝息を立てる彼は、太い黒縁眼鏡をかけたままで寝にくそう。
「頑張ってたんだもんねぇ……」
聞こえるはずもないけれど、彼に向かってそう吐き出して髪を撫でた。
少し固めの黒髪に指を通せば、彼は小さく唸ってからまた気持ち良さそうに寝息を立てる。
そんなところも好き。
そんなところが可愛い。
朝から彼にキュンキュンしながらも、彼の目の前に置いてあるノートパソコンに目をやって、彼の頑張りを称える。
今日は私も彼も休日なので、ゆっくりのんびりだらだら出来るということ。
だから、まだ起こす必要はない。
もう一度だけ彼の髪を撫でてから、静かに扉を閉めて部屋を出る。
まずはシャワーでも浴びようか。
その後に着替えて朝ご飯を作ろう。
***
丁度朝ご飯が出来た頃に、彼が起きて来た。
眼鏡の奥の瞳は半開きでまだ眠そう。
その上クマがはっきりくっきり浮かび上がっている。
「……おはよ」
もにょもにょと口を動かして言った彼に、自然と笑みが溢れてしまう。
私も彼に「おはよう」と言って、コンロの火を止めた。
彼はのんびりとキッチンにいる私を歩み寄ってきて、背中にぴったりと張り付いて手元を覗き込んでくる。
「朝ご飯、何?」と彼が言うので、私はにっこりと笑みを浮かべて「カツカレー」と答えた。
その瞬間に彼の意識が完全に覚醒する。
指紋でベタベタになっているであろう眼鏡の奥の瞳を、これでもかってくらいに見開いて「カツカレー?」とオウム返し。
だから私も頷いて更にオウム返し。
「朝から重くない?」
「え、カツカレー好きだよね?」
話が噛み合ってないよ、と彼が眉を下げて苦笑。
私が首を傾げると「食べるけど」と結局かよ、な答えをくれる。
彼の好きな食べ物なんて網羅していて当然だ。
今日の朝はカツカレー。
お昼は肉まん。
晩御飯はピザだ。
そのことを彼に告げれば「高カロリーだ」と青ざめる。
どうにも彼はダイエットにうるさい。
いや、私達もお互いにどんどん年を食っていくので、健康維持のためにはいいことだけれど。
豆腐を食べ続けたり、一日八キロ走ったりと、彼は意外とストイックなのだ。
因みにそれで見事に八キロ落としている。
大好きなカツカレーもピザもなるべく食べないようにして、豆腐ばかり食べているのを見た時は、何だからこちらが泣きたくなったくらいだ。
そんな彼も勿論大好きなのだけれど。
「良いじゃない。だって今日は、誕生日なんだから」
ケーキだって手作りにするんだよ、プレゼントもちゃんと用意したんだよ、なんて子供の相手をしているように言えば、彼が笑う。
仕方ないなぁ、なんて口を開けて笑ってくれる。
彼の笑顔が好き。
温かくて包み込んでくれるような笑顔。
「食べるよ。全部食べる」
眼鏡の奥の瞳を細めて笑う彼に胸が高鳴る。
大きな口から白い歯が覗く。
彼は優しい。
ずっとずっと優しいまま。
愛しくて愛しくて仕方がなくなるから、私は寝癖のついた彼の髪を撫でる。
ありがとう、そういう気持ちで溢れる。
好き、そういう気持ちが増える。
愛してる、そういう気持ちが止まらない。
「じゃあ、明日から一緒にダイエットだ」
「ははっ!良いねぇ」
くるりと彼の腕の中で体を反転させて向き合えば、私の言葉に同意した彼が頷く。
私よりも高い身長に、私の頬を撫でる骨ばった手。
好きになって付き合って同居して、どれほどの月日が流れただろう。
それでも異性として愛しい気持ちは膨らむばかり。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
額に瞼に頬に彼の唇が押し付けられる。
こうしてる間にもカレーはどんどん冷めていくんだろう。
でも大丈夫。
直ぐに温め直せるから。
「産まれて来てくれて、出会ってくれてありがとう。愛してる」
愛しい彼にHappy Birthdayを送る。