これもラブコメですか?(仮) ~後輩の憂鬱~
前作「これもラブコメですか?(仮)」で頂いた感想に甘えまして、後輩視点を書かせていただきました。
こんな後輩実際いたらちょっとうっとおしいかもです。
それでもよろしければどうぞ~。
先輩との出会いは、俺が大学生の時。バイト先を最寄り駅近辺で選んで見つけた構内の本屋だった。
俺はバイト店員で、先輩は常連客。レジを打つうちに好みが被っていると思ったので、手を動かす間の世間話に好きな本を勧めてみる。そうしたら、それを気に入ってくれたので、調子に乗った俺は度々好みの本を勧めていた。
だが、それも長くは続かない。俺が内定を決めてバイトを辞めたのだ。
●
それから2年経った。
その間に、俺は営業に出る以外は野暮ったいメガネをつけるようにしていた。
新人の頃、直属上司にアプローチされ、同僚にセクハラをされた末の、自衛のためだった。男の同僚からは「イケメンの自覚ないのか」と言われたのだが、意味が分からない。そして野暮ったいメガネのままで大学時代からの彼女に会えば、別れを告げられた。
そして、有能なんだけどな、と言葉を付けられながら俺は部署を変えられた。
そこで再会したのが常連客だった川崎さまだ。
店であうラフな格好と素の表情とは違って、雰囲気は堅苦しく、いわゆるお局様のようだったのには驚いた。しかし、休憩時間に本を読んでいる時の表情が「川崎さま」なのは嬉しかった。
バイトを辞めて1年ほど経った頃、元同僚から「川崎さまがオススメ無くて寂しがってる」と連絡がきたので最近面白かった本を伝えたらビンゴだったそうで、それから何度か元同僚と連絡している。
それなのに!
それなのに、先輩は俺に気づかない。
「営業課から来ました、麻生奏です。宜しくお願い致します」
フルネームで名乗っても。
「貴方の指導にあたる川崎よ。宜しく」
と、冷たい。
メガネをかけて、髪形を変えるだけで他人に見えるのだろうか。
本を抱き締め、表情を綻ばせて笑う「川崎さま」を見ていたので、余計にクる。
趣味の話をしようと食事に誘ってもスルーされる。
休み時間に、勧めた本を読んでいる先輩を見かけ、感想を聞いたら素っ気ない返事が帰ってくる。後で元同僚から来たメールに「川崎さま、嬉しそうにしてたよ」と書いてあったのには、苛立ちすら感じた。
そんな時だった。
友人の誘いで飲み会に行く途中の電車で、先輩を見かけた。
急ブレーキによろめき、支えようと動いたが間に合わず、転がった携帯だけでもと拾い上げた。
目に入った画面は、まさしく濡れ場な描写。思考が一瞬固まる。こんな趣味は知らなかった。ずっと嬉しそうに携帯を覗きこんでいたから、良いことでもあったかと思ったのに。
「有難うござ…」
「へぇ、先輩こんな趣味があったんですね」
自然と、声がからかいじみた風になる。
今まで俺が知っていた先輩とは違う面を持つ先輩。知って、どこか嬉しくなる。
けれど、先輩はまるで知らない人を見上げているようだ。
なんか悔しい。
「あの、携帯返して頂けませんか」
だから、少しからかおうと思った。
高校時代、文化祭の劇で王子役をやったときから、卒業まで王子と呼ばれ続けていた俺の本気を見せてやる。俺は王子、クラウドってやつが王子かどうかは知らないが、王子。
「クラウドは、ミラーヌの頬に口付けしてから、耳許に囁いた。『愛している』」
自分で言って、ドン引きしつつ驚く。とたん、心臓が大きく鳴った。愛しているだって!?
いや、なんでそんなチョイスしたんだ俺!いや、横目で見えた部分だったんだ、仕方ない。
内心パニックに陥っていると、視線を感じたので先輩に目を向ける。
「麻生くん?」
バレた!?なんてタイミングだ。王子なりきり恥ずかしすぎる。
そんな内心でありながらメガネのない俺は、不自然にならない笑みを浮かべている。
「先輩は、つい1時間前まで近くで仕事をしていた後輩も忘れるほど鳥頭なんですか」
イヤミに感じたのだろうか、先輩の眉が寄る。
職場から離れた先輩は表情豊かで、俺の中にあった氷が、溶けていく感じがした。
「いや、本体がないから」
「本体?」
俺は俺であるから、本体がよく分からない。
何かの引っかけか、比喩か。
「メガネ」
真剣に悩んだ俺がバカだった!
「………先輩が俺をどう認識しているのか、よくわかりました」
よりによってメガネ。
つまり、俺の存在はメガネかけた後輩、むしろメガネとしか見られてない訳だ。
ムカつく。
なら、望むメガネであればいいんでしょう?
ため息を吐きつつ、俺はメガネを取り出す。
かけて先輩を見たら、どこかホッとされた。
「視力いいの?」
「日常生活に支障が出ない程度には見えます。メガネは…切り替えみたいなものですね。かけると仕事の気分になります」
この部署を離れたくないからな。
メガネで解決するなら願ったりだ。
けれど、この部署には比較にならないほどのイケメンがいる。
社内のツートップといわれる高橋部長と、同僚の中島だ。二人が営業に行けば俺が逆セクハラ被害に会わずにすんだというのに。
かといって、野暮メガネをやめると今より30分も早く起きないといけないので、この自堕落生活を正す気にはなれない。
そうこうしていると、友人との約束の店がある駅についた。先輩に頭を下げてホームに出ると、メガネを外しケースに直そうとカバンを覗く。
見えたのは、明らかに自分のものではない携帯。
「先輩」
振り返ると、電車が動き出した後だった。
困るだろうなと思って追いかけようとしても、住所が分からない。
そして、どこか心の中でイタズラめいた気持ちもあった。
一瞬だった画面の中身を知りたい。もしかして、俺の好みかもしれない。
そう思うと、友人にキャンセルの連絡を入れて、次の電車に飛び乗った。
●
少しだけスクロールし、サイトとタイトルをメモると、先輩の携帯を閉じた。
電池切れを起こすと大変だろうと昔の携帯のコードを出してきて充電をしておく。
「よかった、俺のコードが先輩の携帯に合っ…て…」
さっきまで見ていた画面(濡れ場)とつぶやきが相まって、不埒な想像をしてしまったのは、男の性だ。
決してミラーヌとやらが先輩イメージで出てきたわけじゃない。出てきたわけじゃない。
「違う、違うから落ち着け俺!!」
戯れに口走ったなりきり王子なセリフさえ脳裏によぎって全身が熱くなる。
「大体!言うまで全く認識してくれない先輩なんか……」
きっと、会社の中で素の先輩を引き出せるのは俺だけ。堅苦しい先輩が、こんな文章を読んでいると知っているのも俺だけ。
「……なんてことだ」
変な優越感に染まっている。ただの常連客と店員で、先輩と後輩なのに。
気になって、気になって仕方がない。
俺は、ひとまず気持ちを脇に置いて、携帯サイトを見ながら先輩が好きそうな本を探し始めた。
携帯を持ち帰ったのはわざとではなく、しかし申し訳ないからお詫びだと。
そう、あくまでお詫びなのだ。
●
翌日、昨晩元同僚にメールしてキープしておいたお詫びの本を、朝イチで取りに行った。ついでに、次の先輩オススメ一覧を渡す。
すると、元同僚はニヤリと笑った。
「ねえ麻生くん、この一覧順番渡す変えていい?」
正直順番は気にしてないので頷くと、元同僚はさらに笑みを深めた。
「何?」
「いやぁ、やっと言う気になったかと思ってね」
「は?」
誰に何を言うのだろうか。
分からず眉をしかめていると、元同僚が渡したメモを見せた。
「麻生くん、川崎さまの事好きなんでしょ?」
「…………は!?」
意味が分からない。
請われるままオススメして、お詫びの本を買っただけなのに。
「だって、オススメ一覧と一緒に愚痴ってたら気付くわよ普通。気になって仕方ないのに、向こうは興味なさげでムカつくとか、わざわざお詫びのために本を渡すとか。他の方なら違うけど、麻生くんの言動を見てると好きな人に服送るみたいなもんでしょ」
一気に言われて、一気に熱が篭った。
親しかったのにそっぽ向かれて、冷たくされたのに素を見せられて、勘違いして、俺は。
先輩が。
自覚してしまい、その場でしゃがみこむ。
「注文承りました」
止めをさすように元同僚がレジの奥に消える。
「佐々木さ……っ!」
呼び止めようと立ち上がると、携帯が鳴った。確認すると、出勤ギリギリの時間だ。
仕方なく、俺は店を後にする。
その後、職場について早々先輩が来て携帯とお詫びの本を渡した。
「お好きかな、と思って」
と言葉を添えて。
案の定気に入ったらしい表情に、今朝の元同僚が浮かぶ。
お礼を言われて高なる心臓に、益々自覚する。
ああ、俺は先輩が、川崎さまが好きなんだ。
●
「喜べ若人よ、今日が最後の2冊だ」
レジで先輩が会計しているのを見て、元同僚がニヤニヤと笑う。
若人と言っても、二つほど元同僚の方が上なだけだ。
そう、今日で元同僚曰く「元バイト店員麻生の告白注文」が完成する。
「良かったね、川崎さま全部買って行かれたみたい」
先輩が買わなかった分は、自分で買い取る予定だったのだが、先輩は全部買ってくれたようだ。
まるで告白を受け止めてくれたみたいに、顔が赤くなる。
「いつ言うの?今でしょ!」
「いや、近いうちに」
「うん、ガンバレ」
元同僚が、注文メモを俺に返す。順番と搬入日と入荷日が書かれたソレに、後押しされる気持ちになる。
「ちなみに、こっちもあげよう。たて読み告白用」
元同僚が無駄にきれいに書いた順番を変えたメモ。
本当にたて読みすると告白になっていた。
「マジですか」
「マジだね」
無自覚過ぎて笑えてくる。思えば、久方ぶりの恋だった。正直ここまで足掻くのは初めてかもしれない。知人に協力を仰いだのも、初めてだ。
だから、どうしても叶えたい。
「おまたせ」
緩んでいる表情で、先輩が声をかける。
今や会話も繋がるようになり、この後先輩と食事に行く予定だ。
「川崎さま、こんにちは」
元同僚が先輩に声をかける。
すると先輩は嬉々として勧められた本が良かった、今回も楽しみと伝えてきた。それが俺だと知ったらどうするだろうか。
意地悪に口を開こうとする元同僚を遮って、俺は出口に向かう。
元同僚の挨拶が、妙にわざとらしくて若干の後悔をした。
少し歩くと、横にいる先輩がニヤニヤしながら俺を覗きこんだ。
不意討ちに視界に入ったぷっくりした唇に、心臓が止まるかと錯覚する。
「な、何ですかぁ…っ!?」
ヤバい、先輩が超可愛く見える。何このフィルター。軽く生殺しですか。
「さっきの店員さん、可愛かったね」
次いで紡がれた言葉に、冷や水を浴びせられた心地になる。
勘違いされてないか?
そんなこと、貴女に思わせるなんて嫌だ。他の奴ならともかく、先輩、貴女にだけは勘違いして欲しくない。
「分かってない」
「んー?」
先輩の軽い返事に、逆撫でされる。
俺は、さっき元同僚から貰ったメモと注文メモを重ねて先輩に差し出した。
「題名、一文字目を縦に読んで」
それだけを言って俺は先を進む。
先輩の性格なら、ふざけた返答はしないはずだ。
「っ!!」
背後で息が詰まる声が聞こえた。次いで俺を追いかけてくる足音。
「麻生くん!これっ!」
「ご飯何がいいですか?この辺だと美味しいパスタ屋があります」
背後にやってきた先輩の手を、笑みを浮かべて掴む。
そして、メモを掴んだままの指先に、唇を寄せた。
「すぐに返事はしないで。じっくり考えて下さい」
そして、メモを抜き取る。
じっくり俺だけの事を考えて。今まで気が付いてない分まで、気にかけて悩めばいい。
「あの…」
「じゃあパスタにしましょうか。案内します」
動揺しているのだろう、掴んだ手をさりげなく恋人繋ぎに変えたのにも、先輩は気づかない。
ああ、とか、うう、とか、乙女ゲーチャラメガネ、とか言っているが軽くスルーして、俺は足を速めた。
(終わり)
その後の先輩後輩。
恋に気づいた後、結局俺はダサ野暮メガネをやめた。
先輩に「ダサいから好きになれない」とか言われたらへこむからだ。
朝30分早く起きて、軽いコンタクトをつけて、身だしなみを整える。
出勤して、先輩と会ったらハグ。
指が触れあったらつなぐ。
説明など話し合いがあれば、耳元でささやく。
昼休憩中に居眠りしようものなら、左薬指に指輪を付けようとする。
などなどをしていたら、すっかり先輩にさけられてしまった。
あんなに王道で濡れ場付きの恋愛小説を読んでいるんだし、好きなんじゃないの?と思っていたのだが、それは2次元だからと言われた。
しかし、逆に職場からは生暖かい視線とともに応援してもらうようになった。
先輩の居場所を聞くと、誰かは答えてくれる。
それはともかく、先輩は本当に鳥頭なんじゃないだろうか。
恋愛小説を読んでいたらいい加減気づくだろうに。
「男は追われると逃げる、でも逃げられると追わずにいられない生き物なんですよ?」
ってこと。
今日は給湯室だった。
コップを片手にこそこそしている先輩の背後に忍びよりコップを奪う。
「ちょうど喉乾いてたんですよね」
「麻生く……っ!?」
わざとらしく、口紅のついた部分から飲むと、先輩が声にならない声を上げる。
「ここ、いい場所ですね。壁ドン、顎クイ、肩ズン、何がお好きですか?」
先輩の顔が一気に赤くなる。
「ど……どれもいらな~~~~い!!!」
(終わり)
いかがでしたでしょうか?
前作の補足を文章にしたらこうなりました。
携帯で打っていた時は「チャラ男成分どこいった」みたいな感じだったんですが、ところどころ修正したら、チャラ男成分しか残らなかった結果に。どうしてこうなった。
文章内に「後輩はイケメン」とありますが、すらりとしていて、身だしなみ整えた人懐っこいさわやか笑顔なフツメンです。センスはいい設定なので、休日に先輩と遭遇したら「デートしましょう」といって服一式用意するチャラさです。
うわぁ……ドン引きされたらどうしよう。