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ソロウス  作者: 七鏡
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第二章 開戦篇

バーティマの街には、革命の旗であるゼル・マックールとその恋人を襲った悲劇が話題となっていた。彼の家族でもある少女は、帝国のスパイによって暴力を受け、その精神に重大な傷を受けた。スパイたちは、錯乱した少女の手によって殺されたが、十数人にも及ぶ孤児が殺されていた。

ゼル・マックールは箝口令を敷き、この事実を広めないようにしたが、アンセルムスの手で噂は尾ひれがつき、市民の間に広がっていった。それにより、ゼルへの同情と、帝国への怒りが強くなり、一層の団結をもたらすことにつながった。

ゼルは対帝国に向かうためにはまず、帝国と友好的な国々をバーティマの制圧下に置くことは必至だとし、市民に対し挙兵と支援を要請した。新たに発足したバーティマの代表委員たちは皆惜しみない拍手でこれを承認し、市民会も多数の賛成でこれを支持した。

バーティマに集う勢力の強大さを恐れ、すでにバーティマ強力になびいていた国々は多かった。

その中でも未だバーティマに対し従う意思を見せていなかったゼレフェン王国に対し、ゼル・マックールは武力による攻撃を宣言し、二万の歩兵とその他一万の兵力を率いて進軍を始めた。



ゼル・マックール率いる本体よりわずかに先行して、斥候を含む暗躍部隊が一足先にゼレフェンまで到着していた。バーティマの傭兵軍団の総長を務め、ゼルの参謀を務める青年アンセルムス。

黒い瞳は爛々と輝き、口元にはニヒルな笑みを浮かべている。望遠鏡で前方の村を見ると、ニヤリと彼は笑う。


「あの辺で休憩といこうか」


そういい、隣の少年を見る。ソロウスは焼鉄色の短髪を風に揺らしながらアンセルムスを見る。


「兵士たちの欲望を満たすため、か」


そう寡黙に呟いた少年に答えず、静かに笑うと実働部隊の隊長を務める禿げ頭の大男を見る。褐色の肌で、筋骨隆々、片目には眼帯をしており、歴戦の蛮勇といった雰囲気を醸し出している。

名をラ=クリーという。元よりクエンティン傭兵団に所属しており、アンセルムスが団長に成井z年から在籍している。言葉はしゃべれないわけではないが、たいていのことはジェスチャーのみで済ませる。彼の副官である、同じく褐色の不健康そうな男に彼は頷く。副官がピューッと指笛を拭くと、実働部隊の傭兵たちがニヤリと笑い、前方の村に向かっていく。

そして、しばらくすると略奪により燃える村がそこにあった。逃げ惑う声に混じり、欲望にまみれた醜悪な笑い声が各地で響いた。

燃える街を遠方から見ながらアンセルムスとソロウスはそのさらに遠くにあるゼレフェンの王都を見据える。


「王都ゼレフェン。王国の名前と同じ名前を持つそこには、長い歴史をかけて形成された雄大で見事な城下街があるそうな・・・もっとも、それもあと数日の命だが」


「すでに手は打っているんだろう。いい加減教えてくれてもいいだろう」


ソロウスの言葉にアンセルムスはそうだな、と呟く。


「ゼレフェンで最も恐るべき存在は魔女だ。魔女と比べればゼレフェンの常備軍も市民軍もバーティマに規模も士気でも負ける。寄せ集めとはいえ、傭兵が多いバーティマだ。練度もこちらが上。では」


そこまで言い、息を吸って数秒。アンセルムスは再び口を開く。


「魔女さえ押さえればどうとでもなる。王族は傀儡だ。魔女がすべてを握っている。その魔女を押えればいい」


アンセルムスがそういうと、彼の横に一つのシルエットが現れる。気配もなくいきなりそこに現れたそれに、ソロウスは剣を構えようとするが、アンセルムスがそれを制する。


「味方だ。彼女が魔女を押えてくれる」


小柄なシルエットは水色のローブを着こんでいた。魔女か、とソロウスが察する。魔女はフードをとった。銀の長髪がフードから零れ、彼岸花の簪と無機的な顔が現れる。病的な白さで両目は布で覆われていた。


「『南の魔女』だ」


「魔族か」


ソロウスが言うと、ピクリと魔女の耳が動いた。魔女の耳は人間のそれではなく、エルフのような長い耳であった。外見こそエルフに見えるが、魔族と称される者たちの一種族に数えられるダークエルフなのだとわかる。顔の左側に押された黒い刻印がそれを表している。


「魔女を抑えるには魔女で、ということだ。ゼレフェンまでの道のりの護衛としてお前には働いてもらうことになる」


「・・・・・・了解した」


ソロウスは頷いた。アンセルムスは満足そうにそれを見た。


「傭兵どもの性欲やらが収まったころに動き始める。しばらくしたら、俺らの舞台とは別でお前たちはゼレフェンに向かえ。こちらが注意をひきつけている間に王都に入るんだ」


そして、二人分の身分証を渡す。ソロウスはそれを受け取った。

この男は全く、と感心し、呆れるソロウスであった。



夜が明ける前にソロウスと魔女の二人はアンセルムスの部隊と別行動をとることとなった。街道沿いに進撃するアンセルムスたちに対し、ソロウスたちは山を越え、野を超えゼレフェンへの最短コースをとった。

二人の間に言葉はなかった。ソロウスも魔女も無言で道を進んだ。保存食を口にし、時折道すがら採ってきた食料を食べた。ソロウスが寝ずの番をしながら、魔女は眠った。魔女は人形のようであったが、寝ている時だけは生き物であることを感じさせた。

ダークエルフはエルフのように長い命を持っていない。人間よりもやや長い程度。ゆえに、彼女たちはエルフとして生まれながらも、エルフとして同族からは受け入れられない。ダークエルフは、昔から滅びをもたらす象徴であり、人間などからも忌み嫌われてきた。獣人や淫魔、魚人といった同じく差別を受ける魔族たちくらいしか、理解者はいない。

アンセルムスの協力者には魔族も多い。彼のもとに集うものは、世界の理不尽と戦うために集まっているものが多い。ソロウスのように目的らしい目的のないものは少ないだろう。


「・・・・・・」


満たされない己の魂。それに僅かな寂しさを覚えるソロウスは、上弦の月を見る。



混乱中のゼレフェンに入り込むのは容易であった。王都とはいえ、バーティマ進軍による混乱のせいで王都からは逃げる国民であふれているから、身分証によって王都に入る必要もなかった。

ゼレフェンを支配する魔女アテナは、無能な王族や大臣たちを罵倒し、どうにか対策を練ろうとするがうまくはいかない。帝国への助力は断られている。周辺の同盟国はバーティマにつくか、または既に討伐された後であった。

魔女は爪を噛む。妖艶な美貌を持つ魔女は、己の執務室で地団太を踏む。


「まったく、厄介なことになったわね」


バーティマのよくわからない小僧によって自分の庭が荒らされるのは魔女にとって面白いことではない。

50年。それだけの時をゼレフェンで過ごし、統治してきた。王宮魔術師として先王に仕え、その信頼を勝ち取った。そうして成り上がり、ここにいる。手に入れた地位を、みすみす奪われてなるものか。


「・・・・・・っ」


そんな彼女は、ふと膨大な魔力を感じ取る。そして、即座に魔術師気を展開し、自身の周囲に強固なシールドを張る。それと前後して、彼女のいた塔が爆発する。

ドゴ。

爆音、そして炸裂する炎。降り注ぐ瓦礫の中、魔女アテナは緑色の障壁に包まれながら重力に任せて落下する。城内部の庭に、一人の少女がいた。銀髪で、水色のローブの、自分と同じ『魔女』の姿が。


「今代の『南の魔女』か!」


すぐに察するとアテナはシールドを解除し、即座に作り出した無数の雷撃を放つ。雷撃の矢が降り注ぎ、敵対する魔女を襲う。目が見えていないはずなのに、『南の魔女』は軽やかにそれを交わす。時折、彼女の白い肌から血が飛び、痛みに口元が歪む。だが、少女はなおも敵意をむき出しにして、落ちてくる魔女に照準を向け、魔術を放つ。溶岩が大地より飛び出し、アテナを襲う。

小癪、とアテナは呟く。こぶしを振り上げ、魔力を叩きこみ、溶岩を粉砕する。その溶岩の後ろより飛んできた氷の槍がアテナの右肩を貫く。と同時に、アテナが放っていた雷撃の矢が『南の魔女』の両手首を突き刺す。


「キャアぁ!」


『南の魔女』が叫ぶ。苦悶の表情に浮かぶ少女に対し、余裕の表情を浮かべるアテナ。伊達に50年以上生きていない。魔力ではほぼ同等のようだが、経験の差は拭えない。

勝った。アテナはふわりと大地に降り立つと、少女に向かって歩いていく。抵抗しようとした少女の体を、大地から生えてきた蔦が拘束する。声による詠唱を防ぐため、少女と自分の間にある空気を支配下に置くと、魔女は痛まない左手で少女の頬を打った。


「バーティマの小僧の差し金か!この、小娘め」


そういい、もう一度殴る。『南の魔女』が呻く。


「いい気味だ、痛めつけ、男どもの慰み者に・・・・・・」


そういい、熱中する魔女は気づかなかった。自身の背後に立つ少年の存在に。

直前までアンセルムスから託された魔術道具でその存在を隠し、欺いてきたソロウスは、魔女の首に種痘を打ち込んだ。

魔女は考える間もなく意識を刈り取られ、バタリと倒れた。

魔女アテナは利用価値があるからなるべく殺すな。アンセルムスからの指示は守った。それと。

ハァハァ、と喘ぐ『南の魔女』。彼女の手当てもしなければならない。それも、アンセルムスの指示であるからだ。


「ここまでシナリオ通りにやった。あとは」


遠く、ゼレフェンの向こうからこちらに来る軍勢を見て、ソロウスは息をつく。アンセルムス、そしてゼルの率いる本体のご登場だ。

指導者である魔女の不在に混乱したゼレフェン軍。かねてより不満を持っていたゼレフェン平民による反乱軍がバーティマと合流したことにより、ゼレフェン軍は呆気なく負け、王国はバーティマの制圧下に置かれることになった。

バーティマが動き出して一週間もたたないうちにゼレフェンが制圧された、という知らせは、帝国に重く響いた。

アクスウォード・セアノ連合軍のみならず、バーティマまでを敵に回し、戦争に勝てるか。

皇帝は大いにこの問題に頭を悩ませることとなる。



王都ゼレフェンでは捕まった王族と、魔女を除く重臣の処刑が行われた。不満を持つ民衆を前に、執行人として斬首台に立つラ=クリーが次々と首を刎ねていく。王族の女どもは奴隷商人に売り飛ばされ、男たちの慰み者とされた。制圧されたゼレフェンの民は、かつての政治よりも新たな革命王ゼルの統治のほうが圧倒的に自分たちにとって楽であったから、彼の支配を喜んで受け入れた。

西大陸の帝国領を除く北側を支配下に治めたゼルは、ここにファムファート北部同盟の結成を高らかに宣言したのであった。


死を逃れた魔女アテナは、その後個人的な恨みを持つゼル・マックールとアンセルムスにより制裁を受けた。そして、アンセルムスに従うこととなった。とはいえ、彼女は未だ恭順ではなく、魔術の誓約により従わざるを得なくなっていた。魔術さえ解除されれば、すぐにでもアンセルムスやゼルを殺してやろうとさえ思っているが、それを許すほどアンセルムスは愚かではない。

魔女から一通りの情報を引き出すと、アンセルムスは部下の一人であるキアラのいる北大陸に彼女を送り込み、凱旋するゼルとともにバーティマに戻った。当然ソロウスも戻る運びとなった。

栄光とともに凱旋するゼルとは異なり、誰から歓迎されるわけもないアンセルムスとソロウス。彼らは勝利の後も、次なる陰謀のために青空の下、深い闇の中で話し合っていた。


「いよいよ帝国との戦いだ。帝国との戦いと同時に、北大陸でも争いが始まる」


ククク、と青年は笑う。


「俺も、ほかの大陸でやることも増えてくる。そのため、お前にこちらの方面を任せることも多くなる。作戦案は常に頭に叩き込んでおけ、どうとでも対処できるようにな」


「・・・・・・」


沈黙を了解ととらえ、アンセルムスは椅子に深く腰を下ろし、椅子の頭に首を持たれかける。


「いよいよだ、いよいよ俺の復讐が始まる。この世界に対する・・・・・・」


そういい、首からぶら下げた錆びた指輪を見るアンセルムス。その目は、遠い過去、幸福を見るように儚く、哀しい。

ソロウスには、そんな思い出すらない。だが、この男にもかつてそのような時期があったことを、意外に思った。

アンセルムスのことについて、詳しくソロウスは聞いたことはなかったし、今後も聞きはしない。だが、彼も人間なのだな、となんとなしに思ったのであった。


「お前も一人では荷が重いだろうからな、『南の魔女』を引き続き使え」


頷くソロウス。彼の後ろにはいつのまにか、ダークエルフの少女が控え、顔を下に向け床に膝をついていた。相変わらず目の部分は布で覆われ、表情は硬く、伺い知ることはできない。

部屋から退出するように言われ、二人はともに部屋を辞した。

部屋を出る直前、フッと部屋の中に魔人ハザが現れ、アンセルムスの前に座る。それを見ながら、ソロウスは扉を閉めた。


熱の冷めない街を見渡し、ソロウスは無言で沈みゆく夕日を見た。不吉な死の影が、この世界すべてを覆うように、闇が訪れる。


「なぜあなたは」


か細い声で、『南の魔女』が言う。


「なぜあなたは、あのヒトに従うの?」


その言葉に対し、ソロウスはなぜか、と考える。


「さぁな、俺がカラッポだから、かな」


そう答え、ソロウスは少女を見る。ダークエルフの少女が理解できないという顔を浮かべている。わずかにだが、彼女の表情が読み取れるようになっていた。

彼女が理解できないように、ソロウスも他人は理解できない。自分すら理解できていないのに。

この世界には答えなんてない。答えは、アンセルムスのもたらす世界にこそある。今はそう信じるだけだった。



ファムファート北部同盟の発足から一週間。盟主バーティマの若き英雄にして、元首代理という地位に就いたゼル・マックールは正式に帝国への宣戦を布告し、ここに帝国との全面戦争が始まることとなる。

奇跡的な連戦連勝と、統治により、ゼル・マックールの勢いはすさまじいものであり、彼の指揮のもとならば民衆も喜んで剣をとり、戦争に参加した。

同盟の最初の帝国領土への侵攻先は、帝国内では東部に位置し、現在国境線沿いにあたる部分にある穀倉地帯であるクラフトへイル辺境伯領などである。

東部の守りはそれまでの守りのみでは足りない、と判断され、辺境伯他該当する地域の者たちから援軍の要請があった。帝都オーフェンでは皇帝が切り札であるラトナ騎士団の投入を決定した。

ラトナ騎士団団長クロヴェイル・ラウリシュテンはその決定を受け、穀倉地帯へと出兵。その数は一万。元よりある国境警備隊も含めれば、その数は四万になる。

対する北部同盟もバーティマの二万の兵力に加え、同盟国の兵士四万を動員した。

しかしながら、相手はラトナ騎士団。世界最強の騎士の集まり。一騎当千の英雄クロヴェイルを始め、人間では最高峰の逸材の集団である。これだけでは到底足りるとは思えなかった。


数日間のにらみ合いと小競り合いが続く中、参謀アンセルムスは密かに傭兵たちを使って決戦場所となる草原に近い沼地に罠を仕掛けていた。大規模なその罠は、戦争が始まるよりもはるか昔からアンセルムスが研究し、その罠の基盤を作ってきた場所であった。大規模な火炎魔法。それに合わせるための爆発魔法。その他多くの術式が複雑に組み合わせられた、凶悪無慈悲な魔道の罠。

それは着々と完成に近づいていた。

合戦の開始までにその作業はすべて終了していた。

そして、戦闘が始まった。戦闘は予想通り、帝国に優勢に進んでいた。

ソロウスも前線で戦闘をしていた。

ラトナ騎士団の騎士は一人一人が強敵で、ソロウスも苦戦を強いられていた。『南の魔女』がいなければ、何度死んでいたことか、というほどに。


「ある程度すれば、後ろに引け。沼地まで敵を誘い込め」


アンセルムスからはそう指示されていた。味方もろともラトナ騎士団を魔術で葬る算段なのだろう。これを知っているのは、味方でもソロウスや『魔女』、ラ=クリーなど少数である。ゼル・マックールですら、預かり知らぬこと。

ふと戦況を見ると、こちら側の戦力はもはや少なく、また兵たちの指揮も低下の一方であった。潮時だな、とソロウスは感じ、撤退命令を出す。同時に、別の場所で戦っていたラ=クリーも命令を発した。

騎馬を捕まえ、『魔女』を後ろに乗せ、ソロウスは撤退を開始する。逃げる一般兵士とは異なり、沼からなるべく遠く、遠くへと向かう。そして、魔術の起点となるスイッチを踏む。別の場所で、ラ=クリーも押していたのであろう。その瞬間、大きな爆発と煙が起こり、敵味方双方を巻き込む災厄が起こった。

混乱が戦場を支配した。味方と敵の死体で埋め尽くされた戦場で佇む者は、少なかった。

前面に出ており、被害が大きかったラトナ騎士団は幹部も多く戦死しており、立て直しは困難であった。一方、アンセルムスはこのことも予期し、兵力を大幅に温存していたから、反撃を即座に開始できた。アンセルムスも馬に乗り、前線に飛び出してきていた。彼は、今なお前線で立て直しを図るラトナ騎士団団長クロヴェイルに向かっていく。


(無謀な!)


心中で叫ぶソロウス。アンセルムスは策士としての能力はあるが、前線で戦う兵士の才能は全く持ち合わせてはいないのだ。みすみす殺されに行くようなもの。

ソロウスは自身にあてがわれていた騎兵を顧みると、命令した。


「アンセルムスを守れ、その命を捨ててでも」


「・・・了、解・・・・・・」


虚ろな目の、洗脳された騎士が屍の馬を操り戦場を駆ける。死を恐れぬ操り人形がアンセルムスのもとへ向かっていく。クロヴェイルが投げた短剣からアンセルムスをかばい、騎士の一人が大地に横たわり、馬が倒れる。続いて複数の騎士がその間に入る。そのために、アンセルムスはクロヴェイルから逃げる時間を稼ぐことができた。

クロヴェイルはアンセルムスを追跡し、殺そうとするが、それができないと悟ると敵を打ち払いながら後退を余儀なくされた。


ソロウスのもとに駆け寄ってきたアンセルムスは馬を下りると、笑いながらソロウスを見る。凶器に満ちた黒曜の瞳はいつも以上に爛々と輝く。


「よくやった、おかげで奴の悔しがるあの顔を見ることができた」


愉快そうに言うアンセルムス。


「無茶はやめてくれ」


「フン、たまには危険を味わわねば生きている気がしない」


「俺が死んだ気になるから、やめてくれ」


ソロウスの言葉に考えておこう、と返し、アンセルムスは戦場を見る。


「どうだ、あのラトナ騎士団を相手に勝利したぞ」


そういうアンセルムスの前に広がるのは、死と混沌と炎で埋め尽くされた大地であった。果たしてそれは、勝利と呼べるものであったのか。それは、ソロウスには分からなかった。




ラトナ騎士団の敗走により、帝国はその穀倉地帯を奪われることとなった。多大な犠牲を出した北部同盟だが、帝国の持つ領土と農産資源を得たことでその犠牲はほとんど無視されるようになった。ゼル・マックールはアンセルムスへのかすかな不信を覚えながらも、勝利をつかんだことを同盟諸国に示し、更なる戦いへの支援を叫んだ。

ゼルとともにアンセルムスは一度バーティマへと帰還した。その間の穀倉地帯での情報収集はソロウスに任された。ソロウスはここでラトナ騎士団の草を刈りながら、しばしの時を過ごした。

大規模な戦闘は起こらず、にらみ合いが続く中、ソロウスは再び行われる大新劇の前の静かな休息をとることとなったのである。

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