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ソロウス  作者: 七鏡
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第一章 暗躍篇

彼が初めて人を殺したのは、12歳の時であった。相手は彼の父親であった。酒浸りでろくでなしだった父親は、母の死後さらに荒れた。娼婦を傷つけ、売り物にならないと娼館のオーナーと揉め、金のほとんどをその片に取られた。取り返そうとしてチンピラと争い、片足を折られた父親は、それまでは名ばかりであったが騎士としての称号も持っていたが、それすら剥奪され、何もかもを失った。そんな中、彼は父親に罵倒され、殴られながらどうにか生きてきた。

彼、ソロウスが父を殺したのは、父が悪かったわけではない。ただ、何となく、であった。父が使っていた剣がたまたま目に入り、それを振ったら、ちょうどよく父親の首があったのだ。子供の力で振り回した剣は、首を切断できず、骨を半ばまで進んだくらいで止まった。だが、人が死ぬのには、それくらいで十分だった。首の皮と半分の骨だけで、ぶらりと首が浮いた状態の父は、突然の死を理解できなかったのだろう。ソロウスは父親の剣を鞘に戻すと、それを父の腰に紐で括った。そして、そのまま家というには粗末すぎる小屋を後にした。


街から街へ、村から村へ、荒野を彷徨い、山を越え、見知らぬ大地を踏みしめ、彼は歩いた。目的もなければ、理由もない。ただただ、歩き、世界を見ていた。

跋扈する魔物どもや、盗賊との遭遇で、何度か命の危険を感じはしたが、幸い死に至ることはなかった。彼にはどうやら、『死を回避する』才能があるようだった。旅先での伝染病にかかったこともあったが、自然回復したことからも、どうやらそういった力が働いているのだろうな、と勝手に考えていた。

ソロウスのそういった手のないたびが終わったのは、父親を殺して三年ほど立った日のことである。15歳になったソロウスは、雪と氷と魔物の住む、極北の地獄である男と出会った。

黒曜石のような瞳には、野心を秘め、その端正な顔は皮肉そうに歪められている。瞳と同色の髪には少し雪が着いているが、青年は気にせずにソロウスを見ている。薄汚れた服装でみすぼらしい平民かとも思えるが、どこか貴族のような振る舞いや雰囲気が漂っている、ようにソロウスは感じていた。


「いい目だ」


黒髪の青年が言う。背丈は同じくらいで、若干青年のほうが大きい。ソロウスの藍色の瞳を見て、満足そうに青年は笑う。


「それに、何度も死を経験している。だが、中身は虚空だな」


「・・・・・・」


「生きる理由もなければ、何かをしたいという願望もないか」


それでは、死者と同じだな、と彼は言った。


「俺は生きている」


「果たしてそうかな、ソロウス」


青年が言い、ソロウスをのぞき込む。


「俺がお前に理由を与えてやろう、ソロウス」


彼はそういい、血塗られた手を差し伸べた。


「このアンセルムスが、お前に世界を見せてやろう」


その言葉に、なぜかソロウスは希望を見出した。その希望は、光輝くものではなく、暗い暗黒に染まった希望であったが、ソロウスが初めて見た「希望」であった。

差し出された手を、ソロウスは握り返した。




数か月後。


ソロウスは息をつき、剣についた血を払う。ソロウスの足元には先ほどまで敵対していた相手がこと切れていた。首から血を流し、両目を見開いている。それを見ても、特にソロウスの中に何か感情が芽生えることはなく、冷徹に死骸を見て、興味を失くしたように逸らした。

戦闘は各地で終わりを告げているようで、先ほどまで騒がしかった市内も、今では戦闘の音は聞こえず、勝利の喜びの声が響いている。ソロウスは表情を変えず、無表情なまま、剣を鞘に収めた。

ここは自治都市バーティマ。西の大陸の東側の内陸に位置するこの都市では、長きにわたり大商人や、他国の貴族豪族が権力を握り、その利権を食い漁ってきた。西大陸内で強力な力を持ち、世界的にも有数の巨大国家である帝国の庇護もあり、力ない市民や、市民以下の階級の者は地獄のような生活を送ってきていた。

しかし、そのバーティマにおいて一部の者が革命と称し、暴動を起こした。街を支配する12人からなる最高権力機関を潰し、金持ちや商人たちを捕え、裁判にかけた。抵抗した者は、立ち上がった市民たちにより無残な死を遂げるか、命は助かっても奴隷にされるかの二択であった。

アンセルムスはソロウスを含む傭兵たちを率い、このバーティマに来た。一連の革命騒動の首謀者である青年ゼル・マックールとどのようにして繋がったかは不明だが、報酬を対価に協力した、というわけだ。

アンセルムスが率いる傭兵集団はクエンティン傭兵団というかつては名の知れた傭兵団であるらしく、ソロウスもその一員である。もっとも傭兵団、というのはアンセルムスが活動するための隠れ蓑でしかなく、彼の持つ駒の一つでしかない。

アンセルムスという人物の詳しい情報はソロウスは知らないし、どうでもいい。ただ何となく、彼は流されるようにここにいるだけであった。

傭兵団の任務は、街にいる諸外国の貴族たちの護衛の無力化と、外部からの介入阻止である。

この任務に関しても、早期に終わった。諸外国も介入が失敗したと判明すると、様子見に転じた。しばらくの間は、大きな動きもないだろう。アンセルムスの読み通りに事態は進行していた。


戦闘終了後、傭兵の多くは休暇が出されていたが、ソロウスはアンセルムスから呼び出しを食らっていた。ソロウスは別段これを迷惑には思わなかった。どうせほかの傭兵のように酒や女遊びに興じるわけではないし、することもないからだ。

少年がアンセルムスが拠点としている館に向かう。街は祭りのようであり、通りで酒を飲んだり、小躍りしたり、と無秩序そのものであった。

やがてアンセルムスの提示した場所に辿り着く。革命前は貴族の館であったものを、アンセルムスが合法的に手に入れたものらしい。その貴族とは友好的に話し合いをしたというが、それが本当化は疑わしい。

ソロウスは館の前の護衛たちに顔を見せる。護衛はソロウスを知っているから、疑いもせずに通してくれた。


ソロウスがアンセルムスのいる客間に通されると、そこには彼以外の者が既に揃っている状態であった。アンセルムスはソロウスの姿を認めると、ニヤリと笑い、椅子に深く腰掛けたまま、座るように指示した。ソロウスは空いている椅子に腰かけた。

一同を見まわし、アンセルムスは口を開いた。


「とりあえず、皆ご苦労だった」


アンセルムスがそう言うと、ソロウスを含む招集された者は小さく頷いたり、薄ら笑いを浮かべたり、とそれぞれの反応でアンセルムスの言葉に反応した。


「それでは、次の動きに入ろうと思う。我々は依頼主の要望に応え、帝国とアクスウォード王国との間に戦端を開くための下準備をする」


アクスウォード王国は、西の大国である帝国と大陸を隔てて存在する国の一つであり、東の大陸では有力な国家の一つである。長年、帝国との間には蟠りが存在し、現在は一応の友好関係を結んでいるが、少しのことで崩壊しかねない、薄氷の上の停戦状態、といった様相である。

今回の革命に対し、帝国がバーティマへの介入をしないわけがない。それを防ぐためにも、帝国にはアクスウォードとの先端を開いてもらい、そちらに専念してもらおう。それが、アンセルムスの計画であった。

アンセルムスの壮大で、実現できるか不可能なこの計画に疑問を持つものは、この場にはほとんどいなかった。ある一人を除いては皆がアンセルムスという男の能力をよく理解していたからだ。

その一人である男の名をレイド・タッカートという。筋骨隆々で、凶悪な顔つきの男である。くすんだ金髪に、少しくぼんだ目。欲望でぎらぎらと目は輝き、ガチャガチャとした、お世辞にも歯並びがいいと思えないその口元には、冷笑を浮かべている。


「おいおい、そんなたいそうなことができんのかよ、大将?」


アンセルムスの率いる傭兵団に入ったのは、バーティマ革命のわずか二週間前。アンセルムスの確約した報酬に釣られただけの男は、アンセルムスのことなど興味はないし、信念などというものは無縁であった。もともと、奴隷商人の真似事をしたり、強盗強姦といった罪を繰り返してきたこの男は自分の欲望を満たしてくれる者には利用価値がある限りは働くつもりだ。だが、別の雇い主が出てきて、条件が良ければそちらに乗り換える。そんな男であった。

レイドの言葉に、一部の者が冷たい視線を向けるが、嘲笑されたアンセルムスは不敵にほほ笑んでいただけであった。


「できるとも。そのためにはレイド。君の助けがいる」


「ほう、俺の?」


「そうだ。君に腕利きの傭兵を率いて帝国に入り込んでもらいたい。身分証や交通許可証、装備はこちらで手配している。帝国とアクスウォードとの国境地帯まで行き、手筈通りにしてもらえればいい」


そういうと、アンセルムスはレイドのすぐそばまで来て、耳元で囁く。


「混乱に乗じて女を犯そうが、略奪しようが構わん。俺の指示に従ってくれさえすれば・・・・・・」


それを聞き、レイドの目はギラリと光り、ニヤリと笑う。


「気に入った」


そういい、腕を組み踏ん返る。


「いいぜ、乗った」


アンセルムスは満足そうに頷いた。そして、フードを被った小柄な人物を見る。


「キアラはそのまま例の計画を進めてくれ」


そして、別のフードの男を見る。こちらはフードからわずかに白髪が見えている。ひどく気配が薄く、注意しなければいないようにさえ、錯覚してしまう。おそらく、気配を消そうと思えば消せるのだろうが、故意にそうしていないだけだろう。


「シャンクシーションクは諜報を担当してくれ」


「は」


きびきびとした声で応えるフード男。

その後、二言三言アンセルムスの言葉があって、それで会合は終了となった。

足早に去っていくレイド。一礼し、静かに去って行ったシャンクシーションク。キアラと呼ばれた小柄なフードはアンセルムスと少し会話すると、その場にいたソロウスをちらりと見て、去っていった。残りの面々も似た様子で去っていく。

残ったものはソロウスと館の主アンセルムスだけとなった。


「さて、ソロウス」


アンセルムスはソロウスの傍まで来て言う。


「お前にはレイド・タッカートとともに帝国に向かってもらう」


「・・・・・・あいつの監視か?」


ソロウスが言うと、そうだ、とアンセルムスは返す。


「奴は飽くまで捨て駒に過ぎない。それに、いつ裏切るかもわからないからな。もしもの時は殺せ。いいな?」


「ではなぜやつを引き入れた?最初からお前の目的を理解したものを送り込めば・・・・・・」


アンセルムスは首を振る。


「下手に計画を知るものがたくさんいても、足手纏いになるだけだ。情報とそれを把握し、使う能力さえあれば、如何様にもなる。少数で世界を変えることだってな」


そういい、アンセルムスはソロウスを見る。


「俺はお前には期待しているんだ、ソロウス。俺の期待に応えて見せてくれ」


「・・・・・・善処する」


そう返したソロウスに、追って連絡するとだけ言い、青年は去れ、と身振りした。ソロウスは椅子から立ち上がり、一礼して部屋を辞した。




レイド・タッカートに託された傭兵300人のほとんどは、アンセルムスが最近になって雇い入れたものばかりであり、ソロウスや元よりクエンティン傭兵団に存在していた者はそのうちの一割にも満たなかった。

魔術や薬によって洗脳したり、暗示をかけられたりした者も混ざっていた。一割に満たないアンセルムスの駒以外は、捨て駒であった。それを率いるレイド・タッカートさえも。

レイドにはソロウスがアンセルムスとの連絡役、ということで話は通していた。アンセルムスとの連絡用に使う魔術器具も、ソロウスように調整されているし、傍聴出来ないように魔術式を重ねている。そこまで説明すると、レイドはソロウスの動向を許可した。レイドは自分の行為に口出しさえしなければ、別に文句はなかった。

アンセルムスが調達した帝国兵の格好をした一団は、帝国領内に入り、帝国南部の国境地帯の要所、プレウーリを目指す。プレウーリの街そのものが一種の要塞であり、高い城壁と最低でも三か月は籠城できるという備蓄を持っている。駐留する帝国軍も、帝国内でもっとも高い練度を誇るラトナ騎士団にやや劣る程度の精鋭ぞろいであった。帝国の軍事は、世界でも一二位を争うレベルであるから、必然的にプレウーリ駐留軍の実力も図れる。当然ながら、アクスウォードもこれを承知しているから、国境地帯にはともに国境を接する南大陸の同盟国セアノとの連合軍を駐留させている。

この二軍が争ったとすれば、大きな混乱に陥るのは必至である。

ソロウスも詳しくは聞いていないが、アンセルムスがいろいろと仕込みをしているから、混乱はたやすく引き起こせるだろう、ということだそうだ。ソロウスはアンセルムスの用意周到さに感心するほかなかった。

旅の道中、ソロウスはともに向かう者たちと話すわけでもなく、黙々と進んでいた。時折アンセルムスに連絡を入れる以外で、口を開くことはなかった。

レイドは街で休憩をとるたび、娼館に行ったり、通りの売春婦を捕まえていたりした。目立った悪事は働いていなかったが、もしもそういった行動をとるようならば、殺す用意はできていた。ソロウス以外にも監視はいるだろうから、自分がそこまで気を使う必要もないだろう、と疲れをとることも多々あった。

帝国領内はバーティマ革命後もさほど生活に変化はない様子であった。もっとも、少しずつ徴兵が増えたり、税が上がったり、ということはある様子だった。レイドたち300人が移動していても、特に不審がられることがないのも、そういった情勢が手伝ってのことであった。

帝国領内でソロウスが小耳にはさんだ話では、世界各国でなにやら不穏な気配がある、ということであった。それがおそらくはアンセルムスによるものだと思えるのは、ソロウスが一部ではあるが、彼の計画を聞いているからであろう。

アンセルムスという男はこの世界を生きていくうえで欠かせない『才能』や魔力を有していない代わりに、狡猾で邪悪な知性と野望を持っている。そして、それを隠すことにも長けている。一騎当千の英雄ではないが、アンセルムスを敵に回すのは、それ以上に恐ろしいことであろう、とソロウスは思っている。

その男に惹かれているソロウスはただ、信じて着いていくだけだ。いずれ、切り捨てられようとも。

どうせ、この世に未練はない。感情は欠落し、痛みは麻痺している。好きに死ぬこともできないのならば、死ぬまでアンセルムスに従うまでだ。


そうして旅は続いた。約一か月半の旅で300人のうち、十数名が脱落した程度で目的地プレウーリに到着した。脱落した数十名は、疲労で離脱したり、行方不明になったものであるが、それはソロウスや監視人によって始末された者たちであった。問題行動を起こした者を排除し、危険性を減らすためであった。

これはアンセルムスも許可してのことであったため、躊躇なくソロウスらは排除を実行した。

こうして偽造された通行手形や書類、身分証を持ったレイドたちは無事にプレウーリに入ることに成功した。

その晩はレイドや傭兵たちは派手に遊び、酒を飲み、で夜を明かした。その間にソロウスと一部の者たちは、警備の目を盗み、街の外に抜け出した。

プレウーリは街そのものが要塞とはいえ、もしもの時の秘密の抜け道がある。それについての文書はアンセルムスより預かっており、つい先ほど、密偵が確認した。これをアクスウォード側に流し、ついでアクスウォード人を数人洗脳して連れてきて、街の中で問題を起こさせる。それで、争いは大きくなるだろう。

元よりストレスの多いこの地には、血気盛んな連中が多い。帝国駐留軍司令官のマウーリ少将も過激な反アクスウォード・セアノ派の軍人であり、昇進に関しても並々ならない意欲を持っている。もともと副司令官であったマウーリ少将は、次の司令官が来るまでの代理司令官であるから、焦りも大きい。餌に食いつくだろう、とアンセルムスは見ていた。

唯一の不確定要素であるラトナ騎士団の団長であるクロヴェイル・ラウリシュテンが少し前までいたというが、今は帝都に帰還しているという。状況はアンセルムスの想定通りであった。

ソロウスたちは国境地帯を歩く。夜であるから、監視の目も完全に捉えることは難しい。アンセルムスに仕える密偵・暗殺の専門家である一族の者の手引きもあり、アクスウォードへの侵入は容易く行えた。

事件を起こすための用意を終えるとソロウスはアンセルムスに連絡を取った。


『首尾は?』


「滞りなく」


『そうか、では計画を実行させろ』


「わかった」


連絡を終え、ソロウスは計画の実行をレイドに伝えるため、街に戻っていく。


かくして陰謀の炎が燃え上がる。多くの人々を巻き込む、死の宴の幕が開く。それを知るものは、この日の時点ではまだ、ほんの一握りに過ぎなかった。




翌日、平穏な一日を迎えると思われたプレウーリの街は、騒乱に包まれていた。どこからか入り込んだアクスウォードの軍人たちが侵入していたのだ。

市民の家に押し入り、殺人強姦をした兵士を取り押さえ住民たちは殴り殺した。唯一生きて捕えられたものからアクスウォード軍人であることを聞いた兵士たちは怒り、司令官にやり返すべきであると抗議した。

本来であれば、外交によって侵犯の事実を確認すべきで、早まった行動はとるべきではないのだが、新任者の着任が間近ということもあり、マウーリ少将は報復活動を許可した。

血気盛んな帝国兵は怒りの進軍をし、アクスウォード側国境地帯の村々を襲った。レイド・タッカートもその中に入り込み、女を犯し、子供もろとも殺し、悪行の数々を重ねた。さすがに正規の帝国兵は軍人以外に手を出していなかったのに、レイドらは民間人を手にかけていた。この事実がより事態を深刻化させた。引くに引けなくなった両軍が激突するのはもはや止めようがない。

国境地帯で始まった小さな争いは、国家間の戦争に発展していった。

レイド・タッカートが手に入れた女たちで自身の欲望を満たしている中、ソロウスはアンセルムスに報告を入れた。アンセルムスは静かに頷くと、レイドを戻すように伝えてきた。


『レイド・タッカートが口を滑らせないとも限らない。呼び戻し、痕跡を完全に消さなくてはならない』


そういうアンセルムスに黙ってソロウスは従った。

粗末な小屋の中で裸の女を屈服させ、下品に笑う裸のレイドは、呼びに来たソロウスに今にでも殺しかねない視線を送る。だが、それに動じないソロウスに渋々従った。

アンセルムスの手配した船にレイドは乗り込み、バーティマへと帰っていった。そして、あれは二度と生きて女にも金にも触れることはなかったのである。



マウーリ少将は事態の悪化に伴い、顔を真っ青にしていた。今にして思えば、どうかしていたと思うが、今更どうにもできない。

帝都からは報告を求められているが、ありのままを伝えても自分の更迭、いや、更迭どころか刑に服するかもしれない。それだけは避けなければならない。

どこか他国に亡命を、と思い、戦火の中心であるプレウーリから腹心の部下とともに逃げ出そうとするマウーリ。だが、その前にソロウスと傭兵たちが現れる。


「何者か!?」


叫ぶマウーリ。彼の護衛たちが剣を抜くが、あっという間に取り囲まれ、護衛たちはほとんど抵抗できずに殺されていく。

マウーリはでっぷりと太った体を揺らし、腰に下げた剣を引き抜き、ソロウスに切りかかる。だが、ソロウスにとってはあまりに鈍重な動きであり、切っ先を向けられても恐怖は全くなかった。

ソロウスは剣を抜くと、マウーリの両腕を半ばから断ち切り、続いて頭を斬り飛ばした。断面から血が飛び散り、脳が零れ落ちる。絶句したまま死んだマウーリは、どさりとその場に倒れた。

ソロウスは少将の死を確認すると、アンセルムスの私兵とともに戦地を離脱した。



アンセルムスは地図上に示した情報を眺め、満足そうに頷いた。大方彼のシナリオ通りに事は進んでいた。


「よくやった、ソロウス」


「・・・・・・」


無言で返すソロウスにアンセルムスはただ笑った。

アクスウォード・セアノ連合軍と帝国との戦いは泥沼にはまった。これにより、帝国も自慢のラトナ騎士団の投入に踏み切った。とてもバーティマに構っていられる余裕はない。

一方のアクスウォード王国も、かねてより計画していた魔族との戦闘を行い始めていた。戦力を二分せざるを得ないアクスウォードだが、セアノとの連合軍でどうにか拮抗状態を保っている。


「これで西と南の大陸は戦乱の渦に飲み込まれる」


そういい、地図に記された北と東、そして四つの大陸に海を隔てて囲まれる中央大陸を見る。


「別の大陸でも、お前の計画は進んでいるんだろう」


ソロウスの問いに青年は頷く。


「ああ、そちらはすでに着手済みだ。ソロウス、お前にもそちらに行ってもらおう、と言いたいが、お前にはまだこちらでやってもらいたいことがある」


だが、とアンセルムスは言い、目を細める。


「まずは疲れをとるといい」


「俺は別に」


休息はいらない、とでも言いたげなソロウスにアンセルムスは制した。


「休息をとれ、これは命令だ。いいな」


「・・・・・・了解」


ソロウスは答え、アンセルムスの部屋を後にした。ふぅ、と息をしたアンセルムスが魔術道具を前にして何かを話している。


「キアラか。首尾は・・・・・・」




バーティマの街を当てもなく彷徨うソロウス。年が年だけに、酒を飲むなどということはするわけもなく、かといって趣味らしい趣味もない。友人など、存在したことがないからこういう時間が一番億劫であった。まだ旅をして、死線を彷徨っているほうが、生を実感できるとさえ、少年は思っている。

バーティマの街は、革命の熱も冷めない様子だ。カリスマを発揮し、若きリーダーとして君臨するゼル・マックールはアンセルムスを参謀にし、その勢力を徐々に、だが確実に拡大していた。かつては男娼であり身分は最底辺と言ってもいいゼル・マックールは、野心を抱き、革命を主導した。

アンセルムスとはどこか似ているが、アンセルムスほど非常に離れない人物だ、と伝え聞く話の印象では思える。矢面に立つ英雄はそういう気質のほうがいいのだろう。歴史の闇で暗躍するのは、アンセルムスのような人物のほうが適任だ。

ソロウスがかつての娼館街を歩いていると、前から人が走ってくる。それは薄汚い格好の少女であった。少女は両手にパンや食料を抱えている。その後ろから追ってくる数人の男は、おそらく商人だろう。武器は持っていないが、殺気あふれる顔で追いかけている。

革命後、貴族や有力者が権威を落とし、治安も安定していると思われがちだが、そうではない。支配者層が変わっただけで、未だ貧民は貧しい。それに、かつて貴族の地位にいた者たちは身分をはく奪され、奴隷より少しましな程度の扱いを受けていた。だから、盗みといった問題は、解消されてはいない。

ゼル・マックールが優れたカリスマで新たな体制を立てても、すぐに順応はできないし、革命は未だ終わっていない。諸外国への遠征などで、混乱は続き、物価も高くなっている。

ソロウスは少女のことなど関係ない、と無視を決め込む。だが、少女のほうはそうはしなかった。

ソロウスを見かけると、彼の手を掴む。パンが一斤落ちるが、気にする余裕もない少女はソロウスとともに路地に逃げ込む。ソロウスは流されるまま、少女とともに路地に入り込む。そして、そこは行き止まりであった。

巻き込まれた、と思ったソロウスを数人の男が囲い込む。

今更無関係と言っても、目の前の男たちはそう判断しない。だからと言って、少女を差し出しても無駄、と見える。

しかたない、とため息をつき、ソロウスは両手を構える。



最後の男を気絶させ、ソロウスは息をつく。三、四発殴られたが、いずれも軽症で数日寝れば治る。

ソロウスは巻き込んでくれた少女をギロ、と睨む。


「やってくれたな、女」


年ごろはソロウスとそう変わらない。薄汚れているが、顔だちは良く、貴族の子女、といった風貌だろう。薄汚れた格好は馴染んでいない。少女からするにおいは、貴族のそれだった。


「うるさいわね、私だってこうでもしないとつかまってしまうのよ!」


叫ぶ少女。ソロウスは少女の腕をつかむと、その頬を打った。


「痛・・・・・・」


「これで終いにしてやる。失せろ、二度と俺の前に現れるな」


そういうと、少女は顔を真っ赤にし、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけ、食料を持って走って行った。

ソロウスもほとぼりが冷めるまでこの辺に近寄れない、と舌を打ち、その場を後にした。




意義のない数日間を過ごした後、ソロウスが呼び出されたのは忌々しいほどの快晴の日であった。

アンセルムスから次の作戦の概要を伝えられた。


「バーティマから西のゼレフェンを責める」


そういい、地図上のゼレフェン王国を指し示す。王国とは名ばかりで、実質の支配者は『西の魔女』アテナである。強力な魔女であり、帝国とも関係を持っている。彼女の弟子には優秀な魔術師が何人もおり、帝国の中にも含まれている。よって、その権力は王国内のみならず、大陸でもそれなりの力を持つ。

帝国と本格的にやりあう前に、主要な国々を手中に収めたい、という説明にソロウスは納得の意を示した。


「それで、革命王様の命令か?」


「ゼル・マックールはまだそこまで指示は出していない。だが、近々出すことになるだろうさ」


そういい、アンセルムスは立ち上がり、窓から空を見る。


「明日は打って変わって雨になるだろうな」


「・・・・・・」


雲一つない空を見てそう言ったアンセルムスに、ソロウスは無言でいた。アンセルムスの顔は、邪悪に歪んでいた。


「何をするつもりなんだ?」


問うソロウスに、邪悪な笑みを浮かべたままアンセルムスが振り返る。


「帝国の草が紛れ込んでいるから、そいつらを使ってゼルの恋人を殺させる。むごたらしく、な」


アンセルムスの言葉に、ソロウスは呆れた。そうやってゼレフェンのみならず、その後に控える帝国にまで敵意を植え付けようとするとは、全くこの男に両親はないのか、と。だが、それも今更、と思った。


「俺は何を?」


「まだ何もしなくていい。だが、すぐに動くことになる。準備を怠るな」


「了解」


そう返し、ソロウスは部屋を辞す。

部屋から出たソロウスは廊下で長身の悪魔と出会った。それは比喩的な表現ではなく、まさに悪魔であった。その目は黒く濁っていた。凶悪で、見るものを不快にさせる笑みを浮かべた道化師はソロウスを見ると、一層頬にしわを寄せ笑う。


「よぉ~う、ソロウスぅ」


馴れ馴れしい声は、やはり不快な声音であった。無視を決め込むソロウスに、道化師は構わず話しかける。


「無視するなよ、悲しいぜぇ」


「・・・・・・」


沈黙を返すソロウスに、飽きた様子で手と首を振り、道化師は去っていく。そのまま、ソロウスが出たアンセルムスの部屋に入っていった。

この世界に存在する、人知を超えた存在『魔人』。魔物とは一線を画す存在。その一人であり、その中でも『狂笑』の異名を持つあの魔人の名は、ハザという。

アンセルムスと手を組み、世界に混乱をもたらそうとするハザだが、その詳しい情報はない。アンセルムスもどれくらい掴んでいるのかは不明だが、アレは危険だ、とソロウスはであった頃より感じていた。

アンセルムスでさえ、持て余しているあの存在がいつか敵となる予感がソロウスにはあった。

いざとなれば、剣を向けるが、おそらく抵抗もできずに殺されるだろう。


「・・・・・・」


もっとも、アンセルムスがあの魔人の離反を防ぐため、あれこれと策を弄するだろう。ソロウスが心配すべきことではないだろう。

そう考え、そのまま廊下を歩いて行った。






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