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グランフィア


 グランフィア。

 帝国期以前の遺跡の側にある街。

 遺跡から出る遺物目当ての探索者。国内外から訪れる学者。探索者を相手に売買する商人。

彼らによって、主要な街道から外れているにもかかわらず、この街の規模は大きい。

 だから、バルトルトからの報告で住民が逃げ出しているとは知っていても、荒れ果てた印象はなかった。

 それがどうだろう。

 一言で言えば、荒んでいる。

 建物こそ荒れてはいないが、道の上にはゴミが散乱し、街を行き交う人々の顔には負の感情が透けて見える。

 魔女討伐に来ていた騎士が、為す術もなく退却したことも一因だろう。

 酒場など武装した男たちが出入りする店を除けば、戸は閉ざされ、街がまともに機能をしていない。

 道端に座り込んでいるのは、貧しさ故に街を逃げ出せなかった住民だろう。

 碌に食べていないのか、やつれた顔でこちらをぼんやりと眺めている。

 どうやら、店を開くことを早めたほうがいいだろう。

 このままでは、彼ら貧困層の難民が領内に流れてくるのは時間の問題だ。

 

「ねえ、姉様。思ったより大きいのね。」


 窓から見える大樹に、妹は笑う。


「そうね。」


 バルトルトが手配したこちらでの居住地は、町の入口の大樹がよく見えるそれなりに大きな屋敷だ。

 他に二つ物件を抑えてもらっているので、そのうちの一つを店舗にして現地の住民を雇おう。私が連れてきた奴隷では、店頭に立たせられん。彼らでは、悪目立ちだ。

 利益は出ないだろうが、領地の安寧のための投資として割り切る。

 バルトルトとリリーには悪いが、もう一働きしてもらおう。

 一番に荷解きをしてもらった自室の机に、使いやすいように雑貨をしまい直しながら、そう考えた。

 

「あ、姉様、あれ。」


 窓から外を眺めていた妹は、何かを見つけたのか私を呼ぶ。

 指さした先には、貴族のものらしい馬車が。


「あの紋章って、……ボワデフル家よね。」


 ボワデフル家は、魔女の襲来で当主を失った貴族の家の一つだ。

 領内に岩小人の集落があるため、良質な武器防具を主な産物としており、我が家も取引がある。


「いいなぁ、従者の鎧とかあれって絶対岩小人製の良品だよ。」


 好きな物は遠目でも良し悪しが分かるものなのか。

 エリザは、よく見ようと窓枠に手をかけ、身を乗り出している。


「ほ。」


「駄目。ここに来る前に新調したばかりでしょう。」


 言いかけた言葉を遮る。


「まだ何も言ってないよ!!」


「欲しいって言いかけたでしょうに。」


 膨れ顔。

 確かに岩小人製は、同じ金属を使っていてもその出来は一段上だ。値段は倍以上になる。名工の作ともなれば天井知らず。

 そうおいそれとは買い与えられない。

 それにしても、ボワデフル家がここに来るとは。

 我が家とは比較的に友好的な間柄で、亡くなった当主は、晩婚で子供もまだ幼かったはず。

 物々しい鎧を身につけた従者の手を取って降りたのは、青年のようだ。色の薄い金髪が、風にかき回されている。

 顔に見覚えはない。

 それにボワデフルの家系は、誰もが見事に赤髪だった記憶がある。

 私たち姉妹も赤い髪ではあるが、部屋に居る者全て様々な彩度の赤というとても印象の強い光景だった。

 では、ボワデフル家の紋章付きの馬車から降りてきた彼は何者なのか。

 着慣れぬのか、何か不安なのか、しきりに裾をいじっている。

 丁重でありながらどこかぞんざいな従者たちの態度と、それを受ける本人の態度のちぐはぐさに、彼がどういう身分の者かつかめない。


「あれ?怒ってる?」


 不安そうに首をかしげる妹に苦笑する。


「違う。」


 気にかける事案が増えて、思わず眉間に皺が寄っただけだ。

 




 夜。

 この街で初めて迎える夜だ。

 報告では特に触れられてはいなかったが、遺跡の方角から風にのって恐ろしい唸り声が聞こえてくる。

 住民が逃げ出した原因の一端はこれもあるだろう。

 連夜これを聞かされていたら、気がおかしくなりそうだ。特に、闘う術を持たぬ者には堪えるだろう。


「サニ。」


 寝具を整えていた美女に、声を掛ける。

 我が家の紋章付きのチョーカーをしている彼女は、アンカースが選んだ奴隷の一人。妹のルキとペアで私の身の回りの世話を担当させている。

 種族的な特徴とはいえ、ここまで月光が似合う神秘的な美女はそうはいない。

 

「はい、何でしょうか。」


 重度の隷属魔法で、感情が抑圧され現在リハビリ中の彼女は、初めて会った時と変わらずの無表情だ。

 それさえも神秘さを増すだけだと、頭の片隅で考えてしまう私は、薄情だ。


「貴方はこの声をどう思う。」


 リハビリの進み具合も兼ねて、少し問うてみる。


「声ですか?」


「ええ。遺跡から聞こえる異形の声。」


 そう問えば、彼女は目を伏せ、耳をすました。

 異形の声は変わらず届いている。


「……寝るのには、少々耳障りかと。」


 淡々と。

 短い思案の後に出された答え。


「恐ろしいとは思わない?」


「いいえ、特には。」


 こちらに向けられた瞳は、確かに怯える感情はないようだった。

 抑圧されていた名残が、彼女に恐怖という感情のゆらぎを起こさないのか。

 それとも生来彼女がこういったものに、恐怖を抱かない質なのか。

 どちらとも言えないが、とりあえずこの件に関して当面彼女を頼れそうなのは確かだ。


「そう。でも、エリザやアインたちはまだ幼いから、この声を不安に思うかもしれない。世話に当たる者に気にかけるよう伝えて。」


 小姓のアイン、ツヴァイク、ドラットの三人は、エリザよりも年下だ。

 唯でさえ親元を離れての奉公。親の了承が有ったとはいえ、イコールこの状況に耐えられるだけの大人であるわけではない。いや、大人でさえも、不安のある状況だ。気にかけてしすぎることはない。

 明日の彼らの様子を見て、改めてサニ達世話役に指示を出さなければ。

 仕事を終え、サニが退出したのを見届け、ベッドに腰を下ろす。

 ぴんとはられたシーツに、シワが寄り、触れた部分から布の冷たさを感じる。

 身体をさほど動かしていないのに、ひどく疲れた気分だ。

 さっさと横になろうと、上掛けを持ち上げる。


 ココン。コン。ココン。


 控えめなノックの音。

 誰何せずともわかる。いつもの合図。


「どうぞ。」


 私の返事と同時に、ドアが開き、妹が部屋に滑りこんでくる。


「姉様ぁ。」


 甘えた声。

 いつものことだ。

 最近また増えだした添い寝の機会に、妹の口に出せない我慢を感じ、つい甘くなる。


「……明日は、早く起こすからね。」


「うん。」


 端によって手招きすれば、嬉々として潜り込んでくる。

 様子を見るまでもなかったか。

 人を抱きまくら代わりにせんとする不届き者の手を払いながら、ハーブの効能を思い出そうとした。

 だが、答えを出す前に、傍らに感じるぬくもりに、あっさりと私は深い眠りに落ちていった。


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