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出立


 国内の情勢とは逆に、空は青く澄み渡りとても気持ちの良い日だ。

 もう何もかも置きさって、遊びに行きたいくらい良い日だ。

 思わず、そう現実逃避したくなるくらいに嫌味なほど、出立は好天に恵まれた。

 

「なんか引越しみたいだね。この大荷物。」


「仮とはいえ、居を移すのだからこの程度は必要でしょう。みたいではなく、引越しそのものよ。」


「へー、でも何か店が開けそうな数だけど。」


 思ったままを口にする妹に、投げやりに言葉を返す。

 自分が最初に想定した荷よりも、多くなったそれに目をやりながら、溜め息をつく。

仮とはいえ侯爵家の当主が暮らす場所に、粗末なものは置けない、と侍女たちがあれもこれもと日用品を押し込んだせいだ。着ていく場所もないのに、礼装を何着も持たせようとしたのは、さすがに阻止したが。見栄というのも厄介なものである。

先触れに出したバルトルトからの報告によれば、住民が逃げ出したせいか、いくつかの物資がすでに不足しだしている。と、なればこれらも自身で持って行かなければならない。

 馬車だって何台も用意できないのだから、積載品にも優先順位というものがでてくるのに、見栄を優先してどうする。こういう些細なことまで細かく指示しなければ、私を若輩と侮る輩がこういう時に限って邪魔をする。

 伝統や風習など、慣習を大事にする際には役に立つ面々だから、簡単に首にするわけにもいかず内心苛立たしい。

 そういった即座に必要としないものは、次の機会に積載すれば良いというのに。別に、馬車を向こうに行かせきりにするなどと無駄なことはしないし、定期的に往復させることになるとは伝えているのだから。

 アンカースが選んだ奴隷たちも六人だけ連れて行くが、向こうの状況次第では、追加でこちらにきてもらうことになる。

 それに場合によっては、エリザが口にしたように店を開くことも考えている。許可も取っているので、すぐにでも商売は始められる。


「この箱、何か変な匂いするねぇ。」


「あー、それは開けないでくださいね。なんとか工夫してそれですから、不用意に開けますともっと匂いが大きくなりますから。」


 妹が荷の中から変わった意匠の箱を見つけていじろうとする。だが、私がそれを咎めるよりも早く箱をそこに収めた本人が、妹の手を抑える。

 学者先生もこの荷物を増やした人物の一人だ。

 もっとも侍女たちとは違い、迷宮に向かう以上この先生の研究は欠かせない為、不満に思うのは八つ当たりでしか無いのだが。

 商売をしようと思うのも、研究に必要となる素材を現地で収集するのに便利だからだ。

 一々、必要な量を集めに、先生自身に迷宮に潜ってもらっていてはさすがに困る。

 すでに当初の予定よりも高い位置に昇った陽に、思考を切り替える。

 荷の隙間を覗きこむ妹の姿が、目に映る。

 放っておけば、あちこちいじる妹によって、荷造りをやり直さなければならなくなる。


「エリザ、そろそろ出立するから馬車に乗りなさい。荷物を見て回るのは、向こうに着いてからでも遅くはないでしょう?」


「はーい、わっかりましたー。」


 興が削がれたのがありありと分かる声音に、なっていないと注意する気になれず、軽く背を押しながら自分も馬車に乗り込む。

 荷物が多くとも、さすがに荷馬車やただの幌馬車に貴族である私達姉妹が乗るわけにも行かず、これだけは外観に凝った意匠が施されたものだ。荷物も大した量が載せられるわけでもない。馬の無駄だと、頭の片隅によぎる。

 否、これもまた余計な軋轢を避けるための必要経費だと考えなおす。

 ただでさえ若輩だと舐められるのだから、態々相手に攻撃する隙を作ることもないだろう。


「では、後はよろしく頼む。」


「お二人とも、お気をつけて。無事のお帰りをお待ちしております。」


 最終確認を窓越しに。別れの挨拶をバリーとすませば、ゆったりと馬車は動き出す。

 ガタガタ、と上下に振動。

 体に響く。

 舗装した道で、この揺れだ。この先、碌に手入れのされていない道を行くのが憂鬱になる。

 肉付きの悪い尻が、今から心配になる。

 窓の外。

 今の心境とは程遠い、陽光を受けて生き生きとした景色が続く。

 車内は妹と二人きり。

 視線を妹へと向ければ、既に気持ちは迷宮へと向かっているのだろう。ああでもないこうでもない、とぶつぶつ口に出しながら、手元の古びた手帳を見ている。

 妹曰く、特製必勝攻略本らしい。

 私には、今にもバラバラになりそうな古い手帳にしか見えない。まあ、妹特有の歪な癖字と暗号めいた記号混じりの文章が、隙間なくびっしりと書き込まれているため、特製という点は納得だが。

 

「エリザ。」


 ふと、そう言えばまだ妹に伝えていないことに気がついた。

 あまりこういう状態の妹に声を掛けたくないが、後回しにするわけにもいくまい。


「……なぁに?」


 妙な間はあっても、私の呼びかけを無視すること無くこちらへ視線を向ける。


「向こうについても、直ぐには迷宮へは行かせないからね。」


「え?なんで?」


 心底不思議そうに、小首を傾げる。

 その姿だけを見れば、普段のお転婆な印象はない華やかな美少女だ。

 父似の私とは違う。肖像画の母の美しさをそのまま引き継いだ妹。

 だが、外見ばかりが育って、中身は幼いまま。


「まだ向こうでは、晴天の雷が落ちていない。グランフィア入り口の大木は、まだ健在。意味は分かるわよね?貴方が言っていたことなのだから。」


 私の言葉に、口をぽかりと開ける。間の抜けた顔だ。

 今言ったことの重要性とやらは、妹自身が繰り返し言っていたことだ。

 原作の始まり。主人公が魔女に見出された瞬間。魔女に待ち人の訪れを知らせる合図。

 原作で名前どころか性別、外見すらユーザーに委ねられていた主人公。私と妹にある知識では、それが誰であるかの手がかりにならず。

 魔女の目論見を阻止し、自身の望む未来を引き寄せるために必要な要員。

 魔女が巧妙に仕掛けた罠に、彼の人がかかる瞬間こそが、特定できる最も早い機会なのだから逃すわけにはいかない。

 そう妹が熱弁していたのは、そんなに昔のことでない。

 それがこうも間抜けな表情を晒すほどに忘却していたのでは、この先迷宮に向かう彼女をどこまで信用して送り出せばいいのか悩むところだ。


「それに、王が迷宮から兵を退くことを決めたばかりだから、あまり周りを刺激したくない。」


 もう少し早く向こうに着いていたのなら、直ぐ様迷宮に向かった所で加勢のつもりと言えたのだが。このタイミングでは王の決断をないがしろにしたとか、政敵に攻撃の材料を与えるだけだ。

 あの式典での惨劇で、死んでいてくれていたら楽だったのにと、不謹慎ながら、相手も思っているだろうことを考える。


「ようやく退却したの?いつ?」


「出立前にバルトルトから届いた書簡だから、昨日。まだ正式に明かされた情報ではないから、討伐者の募集はもう少し先の話になるでしょうね。」


 それでもそう遠くは無い未来に、募集は行われるだろう。

 あの惨劇を目撃したものは少なからず、魔女を一日でも長く放置し続けることなど、耐えられないであろうから。国内の不満を抑えるためにも、足りない兵を補うことは正しい。

 

「ふうん。じゃあ、しばらくは大人しくしておくよ。」


「お願いね。」


 そうは言っても、じっとしていられない子だから、誰かにお守りを頼んでおくしか無いだろう。


「あ、NPC見つけたら声かけていい?」


 はら、舌の根も乾かぬ内に、これだ。

 なんて不用意で、頭が可愛い子なのだろう。


「駄目。」


「ケチ。」


 大丈夫なのだろうか。

 口を尖らせる妹の様子に、頭を抱えたくなる。



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