奴隷とは
どんなに忙しくても、時間は待っていてはくれない。
それでも寝る間を惜しんだ努力は、報われる。
帰宅当初の予想よりかは、若干短い時間で現状できる仕事に一段落がついた。後は、この場でなくても構うまい。私は、グランフィアへの出立を明後日にすることを決めた。
エリザに伝えれば、最後の準備にと、いつもの様に子分である小姓たちを連れて街へ買い物に行った。
バルトルトとリリーはグランフィアに先行して、私達を迎え入れる準備を進めている。
だから明後日出立するのは、私とエリザ、学者先生、それに小姓の三人だ。もちろんこの少人数では、向こうで快適に過ごせるはずもないだろう。
馬車の御者とその護衛につく者たちは、向こうとこちらを往復することになるので数には入れていない。それに、一度向こうに着いて以降は、彼らの数も減る。それ以外の業務を課すつもりはない。
だから、迷宮に向かうエリザにバルトルトたちをつかせるのならば、私の世話や護衛をする者がいなくなる。別に自分のことくらいなら必要ない気もするが、貴族という体面上私が家事を常時行うのはよろしくない。報告によれば、功名からか、忠誠からか、グランフィアに既に何人かの貴族が名のある傭兵を連れて来ているという。
出来れば屋敷の侍女たちを連れて行きたいところだが、住民が耐え切れず逃げるような場所だ。荒仕事になれない彼女たちを連れて行っても、役に立つかどうか。
それに、そういったことができる者はバリーを筆頭に、私が不在の間の領地を守らせることに回したい。彼らは、当主に絶対の忠を捧げる呪を望んで受けた者たちだ。離反の懸念がいらないのは、大事なことだ。
では、私の下にいる者が動かせないのならどうするか。
新しく雇用するしか無い。
向こうで現地の人間を雇用出来ればいいが、確実ではない。
都合のいい事に、しばらく前に領内で麻薬を捌こうとした違法商人から保護した亜人の奴隷たちが居る。
奴隷自体は、この国では別に違法ではない。
奴隷になるものの多くは、犯罪者や借金を負った者だ。中には契約金目当てに自らなった者もいる。
雇用主に逆らえないよう、脱走しないよう隷属の呪は施されるが自我を奪うものではない。その呪も、契約当初の取り決めに応じた労働をすれば、解呪出来ることになっている。
ただ、やはり悪いことを考える者はいるものだ。先に捕まえた違法商人のように、奴隷に不当な扱いをする者もいる。奴隷とて、権利はあるのだ。
現在保護しているのも、森に住む精霊族の亜人で、種族的に見目麗しい者が多いことから集落を襲われ、強制的に隷属させられた者たちだ。施された隷属の呪は、自我すら封じる強力なもので、保護当初は命令を唯々諾々と従う生きた人形状態の者が多かった。
そんな彼らを保護したものの、一集落単位の人数だ。解呪にも衣食住の提供も金がかかる。
そうかと言って、放り出しても着の身着のままで何もない彼らは、街の治安を悪化させる要因にしかならない。元の場所に送り出そうにも、これもまた人数と距離の問題で金がかかる。
ただで解放するには損失が大きく、かといって奴隷として扱うには数が多い上に、状態が良いとは言えないものが半数を占める。
それに、この人数の奴隷に仕事を回してしまえば、領民の雇用に悪い影響が出てくるだろう。
どうにも扱いに困っていた彼らのことだが、今回、私がグランフィアに連れて行くには調度良いといえた。領外に領民を連れて行くよりは、費用が安くすむし手続きも簡易だ。
既に一般的な奴隷程度まで呪いの強度を落とした者ならば、簡単な仕事が出来るくらいには回復している。
すでに彼らの世話を任せている使用人を通し、連れて行く旨は伝えてある。
後は実際に状態をこの目で確かめて、連れて行く者を決めるだけだ。
まだ保護した直後と、亜人を直接見たいという学者先生を連れて行った時の二回ほどしか、直接会ったことはない。
バリーを連れ、屋敷を出る。有事に備え、最近は男装をすることが多いが、今日も万が一を考え、剣を携帯しておく。領内、それも直轄地で物々しいかもしれないが、楽観できる情勢ではすでにない。
それにしても古い伝統やら格式やら知らないが、女、しかも貴族ということで着飾ることは良しとされて、こういった動きやすかったり、通気性がよかったりする服装は否定される風潮は面倒臭い。今日の服装だって、そのつもりはなくても、動きやすさを選べば男性用の仕立ての服になる。
だが、これから向かう場所は、街の中心から離れた場所。同じ目立つ姿なら、こちらのほうがまだましだ。私の服装に、私以上にうるさい侍女たちもこの場所に向かうに当たって文句をつけようとしなかったのだから。
歩を進めていくと、周囲の建物はだんだんと古び、修繕が必要なのが見て取れるようなものになっていく。
雨風をしのげるだけまし。そんな建物に貧しい者たちが住まう区画に、保護施設はある。
違法商人から接収した建物をそのまま使用しているため、周囲の治安も良くなく、監督するのに不向きではある。が、保護した人数を収容出来るだけの場所を簡単に用意できるわけがなく、これはしょうがないことだろう。
道中、物乞いなどから視線を向けられる。だが、彼らは近寄ってくることはしない。武器を持った貴族というものは、彼らにとって理不尽な暴力の象徴だ。
この道を好奇心だけで供も付けずに通い続ける学者先生は、やはりどこかおかしい。
妹に請われて、教師として雇うこととなった学者先生ニコル・フラウスは変人だ。
彼は、古代王国から伝わる魔法とは異なる、媒介を用いて安定した効果をもたらす属性石魔法の研究者で、錬金術師でもある。
最近は、効果の平均値の底上げのため、より良い媒介の開発を目指している。種族的に、魔法に高い親和性をもつ精霊族にも異常な程の関心を持っている。その結果が、保護施設への日参だ。
本来は、私とエリザの魔法の講師として呼んだというのに、保護からずっと授業を行なっていない。もっとも、私は執務で忙しかったし、妹も原作介入計画を練るのに必死で、他の講師の授業もろともサボっていたので、彼だけを咎めようとは思っていない。
それに、最低限必要となる術は覚えた以上、彼が教師をしているよりも研究成果が提出される方がいい。
建物に着けば、世話役の使用人が頭を下げて、私を迎え入れる。
中では使用人の指示にしたがって、奴隷たちがリハビリを兼ねて己の住処を快適にしようと働いていた。
直接見るのはこれで三回目だが、やはり精霊族は美しい。外見もそうだが、その身にまとう雰囲気も独特で目を放し難い。だからこそ、襲われたのだろうから素直に褒めづらいが。
それでも眼福故に、暇な身であれば、もうしばらく眺めていたいところだが、生憎それほど時間に余裕があるわけでもない。
「奴隷たちのまとめ役を。誰でもいいから、呼んできて。」
側に控えていた使用人に声を掛け、椅子に座る。見た目から古さを感じさせるそれは、ぎぃっと軋む嫌な音を立てた。
奴隷たちの元々の集落で上に立っていた者が、そのままここでのまとめ役になっていると、すでに報告を受けている。回復の程度の問題なのか、それとも集落の仕組みの問題なのかまとめ役は一人ではなく複数らしいが。
しばし待てば、使用人が男を一人連れてくる。
しっかりした足取りに、保護したときは萎えていただろう身体がだいぶ回復していることが伺える。
「お前、名前は。」
「アンカース。」
私の問に端的に応える。
現在、隷属の呪が主と定めた対象は私だ。強度が軽減されたとはいえ、奴隷である以上は主に逆らえない。
最悪の未来、私が彼のような姿になるかもしれない。
そう思うと、背筋が冷えた。