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魔女の襲来

 待望の王子の誕生。

 それを祝うための式典。

 城内は、それに出席する国内外の貴族たちを中心に、大勢の人で賑わっていた。

 数刻前までは。

 今や、ここには恐怖と絶望しか無い。

 それはいきなり現れた。

 華美な装いの集団の影から、何の前触れもなく。誰に咎められることもなく。

 気づけば王の御前に、ボロの黒衣をまとった女は立っていた。

 王の誰何に、女は応えた。


「約定を果たしてもらいに。」


 声を張り上げたわけでもないのに、やけに響く。

 そこで皆、ようやく女に気づき、広間につかの間の沈黙が満ちた。

 王の口は動いたが、その声は何故か聞き取れず。

 ただ、女の声だけがはっきりと聞こえてくる。


「ならば、代わりの贄を捧げてもらおうか。」


 女の口が弧を描く。

 照明が揺れたわけでもないのに、女の足元で影が揺らめく。

 王と女のやり取りを注視していた人々からざわめきが起きる。

 その頃には、影は床より離れ、膨らみ広がり、異形の姿へと転じる。

 唸り。

 異形が動き、王の近くに侍っていた貴族が赤く染まる。

 鉄錆びた匂い。

 それは致命的な量の赤。

 再びの沈黙。

 誰もが息を呑んだ。

 小さく、かすれた悲鳴。

 響くはずのないそれは、異形の唸りよりも人々の耳へと届いた。

 奇妙な均衡を破ったそれに背を押されるように、広間に居た人々は動き出す。

 ただ感情のままに足を進める逃走。

 それは決して効率の良いものではなく、逆に広間の出口を塞ぐ混乱を生み出した。

 恐怖にかられ、体面など捨て去って、ひたすら傲慢なまでの罵声が悲鳴の中に混ざる。

 後に、“魔女”と呼ばれた女が、この国にもたらした最初の災いである。







 私は、それを最後まで見ること無く、廊下を足早にかけていく。

 広間から響く騒音に慌ただしく駆ける衛兵とすれ違いながら、城外を目指す。衛兵たちの意識は広間へと向かい、そこから逃げ出してきた私を阻むものはいない。

 上がる息に、日頃の運動不足を悔やむ。だが、今、足を止めるわけにはいかない。

 恐れていたことが起きたのだ。

 魔女が現れたことに気づいてすぐ。広間の出口へ向かった私は、最初の犠牲が出たのを見届けて逃げた

 凄惨な赤は、今も鮮やかに視界に残る。

 先導するバルトルトの背を視界にいれながら、私は広間に居た人々を思う。

 きっと彼らの多くは、妹が言っていたように、あの魔女が呼んだ異形によって死ぬのだろう。 

 私が妄想とし、妹が原作だと言いはった知識は、今、魔女の出現によって現実となった。

 祖父を亡くしてからずっと、唐突に現れ、私達姉妹の脳裏の片隅に劣化せず居座る記憶。

 遡れば、巫女へとつながるという古い血筋故の異能か。それとも憑きもの筋と揶揄される所以か。

 私ではなく、ここではないどこかを生きた誰かの知識は、有用ではあったが、妄想であって欲しかった。

 これから多くの災厄が、容赦なくこの国を襲うのだ。

 他国に逃げる、という考えはない。

 この身は、この国の貴族の娘として生まれ、今や領地を治める当主の座についている。

 私が物心つくころには平穏となっていたが、元々は小国で、先王の治世にて周辺の国々を戦いで切り取って生まれたこの国。多くの血をささげて、新たな産声を上げたこの国。

 戦乱を過去にするには記憶は鮮やかで、未だ怨嗟の声はくすぶり、残っている。そんな怨嗟を苗床に、糧を得ていたこの国の貴族では、逃げた先での境遇は、きっと悲惨なものとなる。生きて奴隷の身に落とされるか、見世物として斬首されるか。

 それに逃げた所で、魔女の願いが達成された時点でどこにいようと同じだ。

 先程の異形が、今度は大陸中を跋扈するだけだ。愛しい唯一を手に入れるための生贄として、人々は殺されるだろう。原作と同じならば。

 魔女はただ一人を手に入れるために、異なる世界への扉を開き、異形を呼ぶ。

 世界の理を曲げた代償は、大きい。その結果、この世界が滅びたって、魔女はちっとも構いやしなのだ。

 頭が痛い。

 原作について考えようとすると、いつもこうだ。耐えられないほどではなく、だが確実に無視できないほどには疼く頭痛。

 祖父が亡くなってからというもの、馴染みとなってしまったこれに足の進みが遅くなる。

 昨今の流行りである過剰に窮屈なコルセットはつけていないが、それでも身体をきつく締め上げ、素早い動きには適さないドレスは身体に重く、息を深く吸うのも難しい。また、邪魔なヒールのある靴は既に脱ぎ捨てており、 石の床を駆ける衝撃はそのままに、薄絹一枚の足を痛めつける。

 頭痛を紛らわすどころか、悪化させるばかりだ。

 些細な段差に、わずかに身体がふらつく。


「お嬢様?」


 気づいたバルトルトが振り向き、声を掛けてくる。

 相変わらず気配に敏い男だ。


「何でもない。気にするな。」


 否定の言葉に、彼はそれ以上口を開くことはない。

 顔を前へと向ければ、魔女から遠ざかるための先導に戻る。

 そう、それでいい。

 私達は、一刻も早く無事に脱出しなければならない。

 妹の言う原作知識。

 それが正しいのなら、この騒ぎによって私は右目を失う。傷跡は呪われ、私は自身が望まぬまま魔女の傀儡の一人となりはてる。

 妹を、バルトルトを、領民を魔女の望みの贄として捧げるために。

 それは許せないことだ。

 だが、無駄に複雑な作りのこの城は、容易く外へと出させてはくれない。

 何度目かの角を曲がった時、バルトルトが足を止めた。私も足を止める。

 彼の背の向こう。

 見知った顔の男が立っていた。

 ライオット・アングラート。

 公爵家の次男で、王子が生まれるまでは王女の婚約者として、次期王と目されていた青年だ。

 相変わらず絵巻から抜け出てきたかのような顔に、僅かな安堵を感じる。

 そんな自分に叱咤する。まだ気を緩めるのは早い。

 向こうもバルトルトを挟んで私が居ることに気づいたのだろう。


「ロジーナ!どうしてここに!」


 それはこちらの台詞だ。

 バルトルトの前に立つということは、私と同じように魔女の襲来から広間を逃げ出して来たわけではないのだろう。

 

「それにこの音は……」


 彼の視線が私の後ろ、広間の方へと向かう。

 だいぶ離れたとはいえ、石造りの城故か。気に留めないようにしていた悲鳴と破壊音が、ここまで聞こえてくる。

 時間がない。

 このままここに留まっていれば、広間から逃れてきた人々に追いつかれてしまう。そうなればこの狭い廊下では、十分な身動きが取れまい。

 簡潔に広間で起きた惨事を伝えれば、ライオットの訝しげな表情は緊迫したものへと変わる。

 彼は、無謀にもあの広間へと向かうのだろうか?

 だとしたら止めるべきだろうか?いや、これから多くの人が逃げてくるこの廊下を、流れに逆行していくのは無理だろう。今私が止めずとも、彼の身が魔女の前に晒される可能性は低い。

 悩んでいられる時間は少ない。

 魔女から逃れるのに、城内では未だ安全とは言いがたい。

 他の人間よりは遠ざかることが出来たとしても、戦う手段が無いどころか走るのでさえ精一杯の今の私には廊下は安心できる場所ではない。

 自身の安全。それは絶対に譲れない条件だ。

 だからと言ってこのまま彼を見送って、万が一があっても嫌だ。

 知人というには付き合いが長く、友人というには親しくはないその程度の付き合い。だが、それでも好ましいのだ。彼は。


「これを。」


 私の沈黙をどうとったのか。

 悲鳴に惹かれるようにすれ違い、広間へと向かおうとしたライオットの手を取る。

 渡したのは、入念に聖別した指輪。

 魔女を相手にどれだけ効果があるかは分からない。が、魔法の効果が軽減されるこれは、お守り程度にはなるだろう。


「無事の再会を。」


「……ありがとう。ロジーナも気をつけて。」


 今の状況をつかの間忘れさせるような、柔らかな笑み。

 彼には小さい指輪が、胸へと収まるのを目で追う。

 気休めは済んだ。

 ライオットの背を見送ることはせず、私はバルトルトを促し城外へと再び足を進めた。



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