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大学生の狐施行  作者: 黎春天瑪
牡丹の春
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牡丹の春3

 ここは何処なのか。そう、ここはデパート。英語で言うとデパートメントストア。どっちかと言うとショッピングセンターか。

 都会と比べると見劣りはするだろうが、ここいらでは最大と言っても過言ではないだろう。駅の近くにあると言う立地条件も相まって、人はいつでも多い。四階プラス屋上駐車場の五階立てだ。

 本屋や文房具屋は勿論の事、楽器屋や携帯電話ショップ、果ては図書館や映画館まであり、大抵の用事はここで済む。最も、自分の場合は家の近くにスーパーが有る為にそれほど必須と言う訳ではない。

 そんな中に、不審な二人組が。と言っても、着物を着てショッピングセンターに来る少女や、その少女と手を繋いでいる人物を不審でないとするならば、不審人物は居ない。と言うか、自分達だ。

「今が春の初めでまだ良かった……。これが夏とか冬なら、もっと注目を集めてるところだ……」

 いやはや、本当に良かった。例え耳と尻尾が出ていないとは言え、この狐を衆人環視の元に晒したくはない。正体を暴かれるのが怖いというよりも、自分だけのものにしたいと言う想いの方が強い。おっと、つい本音が。

「やはり、着物を着ておられる方は少ないですね」

 そんな胸中を知ってか知らずか、狐はぽつりと漏らす。まあ京都でもあるまいし、普段着に着物を選ぶ人は少ないだろう。

 実を言うとこの子、理解力が凄い。あるいは順応性と言うべきか。テレビの中に人が居ない事を知っているばかりか電子レンジの原理を知ってるか尋ねると、

「詳しくは存じ上げませんが、マイクロ波によって水を振動させ、それによって加熱するのですよね?その為、水分を含まない食品は加熱出来ないとか」

ときたものだ。どこでそう言う知識を得たのか聞くと、

「本屋さんで……立ち読みしたり……」

 "立ち読み"までご存知でした。


「さて、取り敢えず服買おうか。その為に来たんだし」

 懐が痛まないと言えば嘘になるが、元々金を貯めるのは習慣化している。適当に貯めて、適当に散財する。それがモットーだし、明確な目的が無くともいざという時に使える金が有ると無いでは大違いだ。

「あの、お代は必ずお返ししますので……」

 律儀だ。そこが美点でもあり、欠点でもある、か?

「良いって良いって。元より使うあてのない金なんだし」

 取っておいても、どうせ趣味に消えるものだ。それならばこの子の服を買うのに使った方が有意義では無いだろうか。

「すいません、恩に着ます」

「とは言うものの、服に関しては全く分からないからな。店員に相談してみる?」

 これは謙遜やなんかではない。服装は動きやすく、且つ機能性が高ければそれでいいと考える性質だ。デザインセンスの無さには定評がある。

「はい、そうします」

 そうしてくれるとありがたい。

「服は……一階から三階か。取り敢えず片っ端から見ていくか」

 こういう時案内板が便利なんですよね。(某電話帳のCM風)

 しかし、ここはいつ見ても店が百花繚乱、よりどりみどりだ。百鬼夜行の方が近いかも知れない。周辺との差も手伝って、無理に都会振ろうとしている様だ。ただ、店には全く変わらないものとすぐに変わるものがある。特に同系統の店でそれを目にすると、何とも言えない気持ちになる。

「そう言えば名前、聞いてなかったね」

 その他の事に頭を使っていて、そこそこ肝心な事を聞き忘れていた。二人で服を見ながら、とは言っても自分は殆どする事が無いので暇ついでに聞いてみる。そもそも狐に苗字は存在するのだろうか。人の姿の時の苗字とかがあるのかね。

「葛ノ葉、氷雨です」

 あったようです。しかし、よりにもよって、

「葛ノ葉、か」

 縁起でもない。いや、黒猫が横切るとかですらないのだが。"葛の葉"と"狐"と言えば、ねぇ?

「お母様曰くは、先祖代々の由緒正しき苗字、との事ですが……」

 不安そうな顔をされると、困る。まあ、流石に知っていたか。

「まあ、正体がバレたら帰ると言うのならもう帰らなくちゃいけないが、一緒に暮らすのなら気にする事は無いね」

 本当に、動物の恩返しものの基本を悉く無視してくれる。ここまでくると、いっそ清々しい。


 取り敢えず、この辺りは一通り見終わったようだ。

「どう?何か気に入ったのあった?」

「正直、あまり分かりません……」

 それもそうか。今までずっと和服を着てきて、いきなり洋服を選べと言われても無理だろう。

「他の店も見てみようか。ピンと来る物が有るかも知れないし」

「そうですね」

 向かうは二階。服屋が固まっている階層だ。一番縁遠い場所でもある。いや、図書館を含めるとそこそこ行っているか。逆に言えば図書館以外ではまず立ち寄らない。

 近くのエスカレーターへ。そう言えば中央辺りのエスカレーター近くは喫茶店の店が良く入っている。経済学やら経営学は詳しくないが、何か法則の様なものがあるのだろうか。

「足元、気を付けてね」

 言うまでもないだろうが、一応ね。女の子に怪我させるのは目覚めが悪くなりそうだし。特に御狐様だし。末代まで祟られたらどうしよう。

 そしてさっきの店で思い付いた、もう一つ取り決めておかなければならない事が。

「そうそう、関係を聞かれたら親戚同士って事にするから。宜しく」

「分かりました」

 こういう所の理解が早いのはありがたい。ここで知り合いに出くわす可能性は低いだろうが、いざ出くわしてからでは遅い。常に『こんな事もあろうかと』と言う心持ちでなければ。

 そんなこんなでファッションフロアへ。

「では先程と同じ様に」

 付き添う様な形で店に入る。見る事しか出来ないが、見てるだけでも結構面白いな。これがウィンドウショッピングと言うやつか。ガラスで仕切られてはいないが。

「むむむ……」

 真剣に悩んでいる様子もまた、良い。眼福と言うか眼の保養と言うか目の正月と言うか。

「このタイミングで言うのも何だけど、名前、まだ言ってなかったね」

 葛ノ葉は選んでいるとは言え、こちらはまたもや暇だ。それに先程は向こうの名前しか聞いていない。

「苗字は西周、名前は……」

「天音、さんですね」

 苗字を聞いただけで名前が分かる。賢いな。

 と言う事は流石に無いだろう。因みに読みは"さいしゅう あまね"だ。決して"にしあまね あまね"ではない。良く言われるがね。

「……正解だけど、何で分かったの?」

 問うと、

「えっ、……ええとですね、表札に……」

 明らかに怪しい。

「おかしいなぁ。表札には苗字しか書いてない筈なんだけどなぁ?」

 嘘を吐いているのは明々白々だが、敢えて直接的には指摘しない。そう、真綿で首を絞める様に。

「あっ、違いました。本当はですね、部屋の中の物に名前が……」

 白々しいなぁ。まあ、これ以上問い詰めても正解は得られそうに無いので、

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、そういう事にしておくよ」

 言いつつ顔をじっと見る。あ、良く見たらこの子、瞳の色が薄っすら紫色だ。いや、青紫かな。……ふつくしい……。

「あう……」

 如何にも墓穴を掘ってしまった、と言う面持ち。珍しいものが見れた。合掌。

「さ、どうぞ続けて」

 高校最後の甲子園、しかも決勝戦の同点九回裏二死満塁でデッドボールを出してしまった投手の様な面持ちで葛ノ葉は再び服を選び始めた。最も、そんな顔を見た事は無いがね。


「さて、今日はこの位で良いかな?」

 取り敢えずはそれぞれを三セットずつ購入。これなら二日に一回の洗濯でもローテーションが出来るだろう。

「はい。それにしても色々と有りますね。これが都会ですか……」

 妙に感心している。まあ、この辺は本物の田舎と比べれば都会と言えない事も無いが。

「都会、と言うとちょっと語弊が有るかな。田舎と都会の中間と言うのが近いと思うよ」

 因みにここら辺の神社は市町村平均の三倍、寺は平均の五倍あるそうだ。その辺りからもここがどういう所か滲み出ている。

「でも、ここの向かい側に大学が建てられるのでしょう?ならば都会ではないのですか?」

「基準が良く分からないけど、ここは昔から交通の要所では有ったそうだよ」

 つまりは主役級にはなれないと言う事。中途半端な感じと言い、どこかしら自分と重ねてしまう。だから、ここを好きだという気持ちと、ここが嫌いだという気持ちがない混ぜになっている。

「なんにせよ、良い所ですね。自然も有って、人工物も有る。素晴らしいと思います」

 故郷を褒められると言うのは、どこかむず痒いものだ。

「さて、一緒に住むに当たって葛ノ葉は一体何が出来るんだい?」

 いつか、胸を張って故郷を誇れる日が来るだろうか。もし来るとしても、それは今ではない。だから、話を変えるので精一杯だった。

「……。うーん、そうですねぇ。料理と洗濯なら出来ます」

 こちらの心中を知ってか知らずか、話を合わせてくれる。しかし、

「料理が出来るのか」

 意外と言えば意外だった。

「と言っても、簡単なものを少しですが……」

「十分だよ。自分なんて市販のルーを使ってカレーを作るのが関の山だし」

 これはありがたい。狐を助けて良かった。

「そうですか。では、御期待に添えるように頑張ります」

 期待します。


「あ、そうだ。合鍵も用意しないとな」

 帰る道々思い付いた。

「合鍵、ですか?」

「うん。葛ノ葉も町を見て回りたいだろ?買い出しやらもして貰おうと思ってるし」

 どちらかと言えば後者の方が大きいが、敢えて言う必要も無いだろう。。

「そうですね。そう考えると有った方が良いですね」

「まあそんな訳で、明日から宜しく」

「こちらこそ宜しくお願いします」

 さて、これから先何が起こるか分からないが唯一分かる事がある。それは、明日からは朝起きたらおはようと言う相手が居るって事だ。

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