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大学生の狐施行  作者: 黎春天瑪
牡丹の春
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牡丹の春1

 狐耳の少女に出会った。と言えば正気を疑われるだろうが、順序立てて説明するとなると、一体何処から話せば良いものか。

 事の発端は神社だった。それも、選りに選って稲荷神社だ。出来過ぎといえば出来過ぎだが、事実なのだから仕方が無い。何故その神社に行ったかと言えば、別段何かしようと思った訳ではない。ただ、季節外れの狐施行でもしてみるかと思い立ったのだ。

 狐施行とは、稲荷神社を参拝したり狐のいそうな所に油揚げや小豆飯を置いて帰る行事だ。ちなみに自分の場合は前者だ。そもそもこの辺りで狐が居る訳が無い。都会と言うほど近代化が進んでいないが、田舎と言うほど自然は無い。

 何にせよ、そこで出会ったのは確かだ。と言っても、狐耳の少女ではない。ただの白い狐だ。ただの、と言うのは正しくないかも知れない。動物に詳しいという訳ではないが、毛が生え変わっているとか言う訳では無さそうだったからだ。更に言えば、自分の知る限り全身が真っ白な狐はホッキョクギツネだけだ。そして、そいつは記憶の中のホッキョクギツネの姿とは異なっていたと思う。と言うか"所謂狐"と言う姿だった。


 大雑把に言えば、稲荷神社は市役所の程近くにある。正確に言えば市役所の近くに神社があり、その内部に稲荷神社がある。緑が鬱蒼と茂り、と言う程木は生えていない。だが、"鎮守の森"と呼べそうな位にはある。入り口に石で出来た大きな鳥居があり、柱の間は大人二人が手を広げてもまだ余裕がありそうだ。市外の神社を見た事が無いので全国的には分からないが、市内に限れば一番大きいのではないだろうか。

 鳥居をくぐると、大きな本殿が見える。いや、賽銭箱が置いてあったから拝殿か。それとも一体化されているのか。そこそこ広い参道を歩くと、狛犬がすぐに出迎えてくれる。そのまま進むと右手に社務所があり、更に進むと左手に手水舎、その奥に拝殿だ。途中で右手に曲がる道が有るが、そちらに行くと商店街に出る。この辺りが田舎と都会が混在しているのを如実に物語っている。

 ちなみに御祭神は建速素盞嗚尊タケハヤスサノオノミコトだそうだ。

 拝殿の裏手側には末社がある。御祭神は天照大御神アマテラスオオミカミ宇迦御魂神ウカノミタマノカミ猿田彦神サルタヒコ伊射那岐尊イザナギノミコト応神天皇オウジンテンノウ崇徳天皇ストクテンノウ菅原道真公スガワラノミチザネコウ辺りが有名所か。神様を有名所扱いは畏れ多いが。勿論、それぞれに鳥居が置かれている。当たり前といえば当たり前だが、神社の中に鳥居が有るのは少し不思議な気がする。何処と無くマトリョーシカを彷彿させる。


 余談になるが、現在では奥宮となっている天石門別神社。実は最初に建てられていたらしい。では何故、建速素盞嗚尊を祀る社殿が建てられたかというと時は戦国、かの有名な織田信長が社寺を弾圧、破壊していた頃の話。いかに信長と言えども、天照大御神や春日大神、八幡大神と牛頭天王を祀っている所は壊さなかったという。

 そこで天石門別神社は一計を案じ、名を牛頭天王社とした。同様の手法はこの辺りでは良く行われていたそうだ。

 大抵のお社は御祭神に迎えるだけで済ましていたが、ここの念の入れ様は凄い。本来のお社を隠すように牛頭天王――つまり素盞嗚尊――を祀る為の本殿を作り、その結果元のお社を奥宮にしてしまった。言葉は悪いが、要はダミーであり、カモフラージュであった。

 後には実際に素盞嗚尊を祀り、今ではそちらの方でも尊崇を受けているそうだ。

 その裏手の一番奥、石鳥居一つと朱塗りの木鳥居四つの、計五つの鳥居を持つ稲荷神社末社。手前の木鳥居程新しいらしく、奥に行くにつれて色褪せている。そこに一点、白。最初はどこぞのコンビニのレジ袋か、白い猫だと思った。この辺りで見かける白い物はそれ位だ。後は軍手位な物だが、それは大抵道路に落ちている。

 白い猫だと思って近づいたらビニール袋だった、と言う話は良く聞くので「誰だよ、こんな所に袋を捨てたのは」と言う気持ちで近づいていった。


 結論から言えば猫ではなく、それどころか袋ですらなかった。そこだけ雪が積もっているのかと思うほど白い狐だった。しかし良く見てみると所々が汚れ、朱が滲んでいた。そんなものを見て見ぬ振りが出来る程非情ではない。取り敢えず偶々持っていた温くなったミネラルウォーターで傷口を洗い流す。その間、痛そうな素振りも逃げ出す素振りも無かった。どうやら血が出ていたのは右前足だけの様だ。その箇所にこれまた持ち歩いていた包帯を巻いてやる。昔習った救急法がこんな所で役に立つとは。ちなみに消毒液は無闇に使わない派だ。

 狐は弱っていたようだったので、取り敢えず牛乳を与えてみた。近くにコンビニがあって良かった。本当は家に連れて帰りたかったが、エキノコックスやらが心配だったのでそこまでは出来なかった。それでも、牛乳を与えると幾分か元気になったようで安心した。

 動物病院に連れて行け、と言う人も居るかも知れないが、動物には保険が適用されない為に負担が増えてしまう。どんなに好きな狐でも、そこまでの負担は流石にきつい。

 そんなこんなでその日はそのまま家に帰った。

 その次の日の事だ。もう一度言うが、狐耳の少女に出会った。あれは大学から帰ってきた時だった。いや、その後か。

 ここで少しその時の事を思い返してみよう。


「久し振りに散策でもしてみるか」

 今日は講義が昼までだったため、午後は丸ごと暇だ。ゲーセンでも行こうか、それとも本屋巡りでもするか、いや電気屋にするか。いっその事家でゲームをするのも良いな。そんな事を考えながら家に帰った。正直に言うと、昨日の狐が気掛かりだった。むしろ、狐の事を考えないように他の事に思いを巡らしていたようなものだ。しかし、気が付くとあの狐の事を考えていた。

「あいつ、大丈夫かな」

 牛乳を与えたとは言え、それ以外には特に何もしていない。そもそもがただ単に出くわしたと言うだけなのだ。だから、自分が気に病むことは無い。

 無い、筈なのだが。

「やっぱり、多少の負担を押してでも病院につれて行くべきだったか」

 自分でも何故ここまで気にかかるのかが不思議だ。いや、不思議では無いか。理由は明白だ。狐が好きだから。

 自分が狐を好きになった理由は何だろうか。恐らくは小さい頃に読んだ「手ぶくろを買いに」や「ごんぎつね」辺りだろう。何と言っても尻尾がたまらない。ふかふかのもふもふだ。昨今では「獣耳」なるものが流行っているようだが、少なくとも狐耳においては尻尾まで含めて一つだと声を大にして言いたい。言わないが。

 後、個人的に狐耳には着物と言うか和服が似合うと思う。

 話が逸れたが、結論としては「もう過ぎてしまった事だから諦めよう。また会えたら会えたで。死んでしまっていたら供養でもしてやろう」と言う所に落ち着いた。

 しかし、体は結論とは裏腹に神社の方へ向けて歩き出した。やれやれ、我ながら何とも未練がましい。

 神社に行く途中のコンビニで鶏肉を買った。記憶が正しければ、狐は雑食の筈なので鶏肉は大丈夫だろう。もしも居なければ、その時は家で調理すれば良い。

 そんな事をつらつら考えている内に、件の神社に着いた。さて、あいつは居るだろうか。


 幸いに、と言うか何と言うか、居た。右前足に包帯を巻いている白い狐はそうそう居ないだろうから、まず間違い無い。やはり幾分か元気になっている。毛並みも更にふかふかもふもふになっているようだ。

 まずは買ってきた鶏肉を取り出して鼻先に近づけてみる。手が少しぬるぬるするが、そんな事は白い狐と再開出来た事に比べれば瑣末な事だ。近づけると、腹が減っていたのか直ぐに食いついた。危うく指まで持っていかれるところだった。

 それにしても良い食べっぷりだ。やはり野生か。まあ、こんな所で狐を飼う物好きはそうそう居ないだろう。それならそれで、人を恐れない所が気になるが。人徳によるものだと言う冗談は置いておいて、自分を好いてくれていると言うのは動物でも分かるのだろうか。

 試しに、食べ終わった頃を見計らって後ろから抱き上げ、手頃な石に腰をかける。膝の上はふかふかのもふもふだ。

 予想通り、逃げ出す素振りは無い。煮るなり焼くなり好きにしろ、と言う事だろうか。逃げ出さないのならばこちらのものだ。いや、何がこちらのものかは知らないが。

 それから気の済むまで撫でたり毛皮の感触を楽しんだ後、改めて家に帰った。満足だ。もう何処かへ行ってしまったとしても、取り敢えず後悔は無い。あいつが轢かれたりしたら後悔はするだろうが、そんな事は無いと言う気持ちが有った。無論、根拠は無い。

 帰る途中にふと「昔話だったらこの後助けた動物が人の姿、特に女性になって家を訪ねてくるんだろうな」と夢想していた。


 家に帰ってしばらくゲームをした後の事だ。やはりハイスピードメカアクションは良い、等という小学生並の感想を漏らしていた時の事。

 チャイムが鳴った。おかしいな、宅配便が来るような心当たりは無いが。もしかすると何かの勧誘か?面倒は嫌いだな。と思いながらもドアを開けると、

「え?」

 女性が立っていた。より正確に言うなら、着物を着た少女が立っていた。新聞を持っていないし、どう考えてもどこかに新聞を入れている様子は無さそうだ、これで新聞勧誘の線は無くなった。残るは宗教の勧誘か、近所のご挨拶か。大穴で殺し屋と言う可能性も無くはない。

 無くはないが、その確率は限りなく低いだろう。何故なら、彼女には"耳"が生えていたのだ。当たり前だが人間のものではない。もしそうなら一々取り立てて言わないし、まっ先に目線が行くこともないだろう。そして、彼女の髪は息を呑むほど白く、美しかった。

 そう、所謂"獣耳"だ。それも、自分が一番好きな"狐耳"だ。それが彼女に生えていた。

 おまけに、視線を下に降ろすと髪と同じ位白いものが見えた。

 尻尾だ。それも狐の。

 耳までならまだありえない事はない。最近では百円ショップでも猫耳カチューシャなるものがあるそうだ。だが、尻尾はあまり見かけない。しかも、自在に動いていらっしゃる。

 そこまで認識した後、自分の思考は停止してしまった。

「え?」

 だから、もう一度間の抜けた声を出す事しか出来なかった。

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