記憶
やっと出来ました第二話。
「あの、そんで…誰なんですか?」
家康は何が何だかわからず、恐る恐る自分に屈して頭を下げている男子に尋ねた。
前髪を上げてオールバックにしていて眼鏡、というスタイルは、整った顔を隠しているように見える。二つとも外せば、美形だと思う。
「伊達政宗です。現在は鈴木正弘と名乗っております」
男子はそんな家康に頭を少し上げ、にこりと笑って答えた。
「伊達 政宗ぇ!?って……」
有名な戦国武将の名だと家康でもわかる。
「貴方に従う者です」
「従う!?」
先ほどからすっとんきょうな声ばかりあげている。
自分に頭を下げて伊達政宗と名乗るこの男子。
自分たちと同じように遠い昔違う名で生きていた者だということはわかるが。
謎だらけで不安で一杯だったが、そんな家康に向かって伊達政宗は優しく微笑む。その様子に少し安堵した。
「いちいちうるせぇな」
そんな安心感は、三成の気嫌の悪そうな声で崩された。
「な…」
「こっちの台詞だ」
澄ました顔を変えずに伊達政宗は三成に言い返した。
「ああ?」
(うわ、なにこの雰囲気…!?)
二人とも互いの態度が気にくわず、睨み合い、間で火花が散っている。
「ねぇほらオレたち早く戻んねぇと心配されるよ!!」
「喧嘩打ってんのかよ」
家康がその空気を抑えよう必死で出した言葉は、三成によって流された。
「何でオメェがここにいんだ、主も助けねぇのに」
「助ける必要がなかっただろ。覚醒も必要だったし」
(覚醒……?)
「そんで全部俺に押しつけたのか」
「あのちょっと!」
家康が少し大きめの声を上げた。
これ以上二人の話を聞いていると頭が混乱しそうだ。
「覚醒ってなに!?」
少し強めに家康は言った。
「覚醒とは…」
「……そんなもん自分で思い出せ」
申し訳なさそうに政宗が説明しようとしているとき、ぼそりと三成が呟いた。
「!」
「お前のせいで今こんな状況なんだよ。化けモンに襲われたのも、思い出せよ!!」
(は………?)
最初は小声だった三成の声は、どんどん大きくなっていった。
(さっき化け物に襲われたのが…?)
家康は大きな目を大きく見開いた。
「おい!あれは…誰のせいでもないはずだろ!!」
「……」
それ以上三成は何も言わなかった。
家康、周りを、血の海を見渡す。
これが、自分のせいと――?
たのが…?)
家康は大きな目を大きく見開いた。
「おい!あれは…誰のせいでもないはずだろ!!」
「……」
それ以上三成は何も言わなかった。
家康、周りを、血の海を見渡す。
これが、自分のせい――?
「…戻るぞ」
「へ…」
三成は一人で戦場ヶ原の出口の方向へ歩き出した。
「お戻り下さい」
横で優しく政宗が言う。
家康は、ゆっくり政宗に顔を向けた。
「ねぇ、教えて…オレはなんなの…?」
「それは…あとで多分アイツが話してくれます。とりあえず今は戻られたほうが」
目で三成を指しながら政宗は言う。
「うん…あ、これ……」
自分の身体を見回して、家康は暗い目をした。
周りと同じく、血まみれの身体。
何だか、何故かこの姿に懐かしいものを感じた。
「心配ありません」
政宗の声は家康には優しい。
「化け物たちは普通の人間には見えないですから、その血も見えません。洗えば落ちますが、そのままでも直に消えますよ」
「そう、なんだ…でも…」
そうは言われても、やはりこの姿は気になる。
そうは言われても、やはりこの姿は気になる。
「それよりも、傷の手当てを」
「あ!!」
今まで右肩の傷のことはすっかり忘れていた。
ということは大した傷ではなのだろう、と家康は思った。
「忘れられていたんですか?」
「ええ…はい」
忘れていたことに自分も驚いた。
クスッ。
(笑い!?)
政宗は笑った。
今までの愛想笑いではなく、面白いものを見たときの笑いだ。
政宗は包帯を持っていて、丁寧に肩に巻いてくれた。
「すごい…ありがとう」
「いいえ。それでは、あちらの者の気嫌が優れぬようなので、私は」
「あっ、ヤバいまた怒られる!!」
「私は後ろからついて行きます。また化け物が出現したらすぐに出ていきます」
「はい、お願いします…」
「それでは」
「あ、聞きたいことたくさんあるんだけど…」
自分の過去のことなどやこれからのことをいろいろと知りたい。
「あとは、石田 三成に」
「早くしろ!」
そこへ先に歩いていた三成の怒りの声に急かされたので、家康は走った。
「今行きまーす!?そんじゃまたー!」
慌てて出口に向かう三成の怒りの声に急かされたので、家康は走った。
「今行きまーす!?そんじゃまたー!」
慌てて出口に向かう三成のもとへ駆けて行く。
「一応アイツには気をつけろよ」
帰りのバスの中で、二人の間に沈黙が続く中、いきなり三成は口を開いた。
「なにいきなり!?」
「伊達政宗にはな」
「なんで!?」
伊達政宗は自分にとても優しかった。
三成とは馬が合わないようだったが。
「伊達政宗は元々豊富についてたが、関ヶ原の合戦で俺たち豊富方には勝ち目がねぇってわかったら徳川方についたんだ」
「そうなんだ…!」
「………」
呆れた顔付きで三成は家康を見た。
「知ってなきゃダメだった?」
「本当何も覚えてねぇんだな」
「ごめん。頑張って思い出すから…!」
「…そういうわけだから」
呆れながらも三成は語り始めた。
「俺は最後まで主のあとを継ごうとした。だがアイツは裏切った」
「裏切った…!?」
「徳川 家康は天下を取ったあとも伊達政宗には心な許さなかったらしく、伊達政宗も徳川家康に生涯心を許さなかったって説がある」
「!?さっきあの人すごい優しくしてくれたけど?!」
「知らねぇよ、昔はどうだったのか自分で思い出せ」
「そうだね…」
“記憶"というものに今日ほど悩んだことはない。
学校のテストで覚えたことを思い出すことよりも重大なことだ。
「じゃあ、俺たちが何で今生きているのか説明するぞ」
三成は真剣な目をした。
「うん…それが一番知りたい!」
そう、今一番知りたいのは自らの過去。
何故徳川家康が今も、生きているのか。
「お前は以前徳川家康として生きてた。そして関ヶ原の合戦で、勝利する直前に、あることを決意した」
「決意!?」
三成は語り出した。
徳川軍の勝利はもう目の前にあった。
ハァ、ハァ、ハァ………。
家康は荒い呼吸で、刀を杖にして立ち上がった。
身体は傷だらけで。
血だらけで。
回りは死体と血の海だ。
家康の周辺には生きている者はいなく、しん、としている。
だが、家康には聞こえていた。
周りから、この世の者ではない者たちの叫びが。
自分たちが殺した
何千、何万という者たちの。
『天下など、許さん……』
低く、不気味な暗い声。
姿はないが、無数の同じ気配があちこちから感じる。
家康は長く垂れた前髪の隙間から覗いている、鋭い金色の両目で辺りを見回した。
『我らを殺しておきながら……
もし主が天下を取るのなら、戦国武将全員を来世呪ってくれる……』
「構わない……
好きにしろ」
『何!?』
家康は嘲笑を見せた。
「怨まれるのが怖くて…戦国武将などやって来れたか……」
『中途半端と言えど修行を積んだ者たちぞ。いずれどうなることやら……』
「…そのときは、我らがお前らを倒す。それこそ覚悟しておけ!」
家康は迷いなくそう言った。
『さずがは戦国武将。物分かりが良い……』
四百年もすれば我らは覚醒する……
そのときは……
今度こそ貴様等を倒し……
天下を我がものに……
最後にそんな声が聞こえた気がしたが、今はそんな場合ではなかった。
家康は金色の鋭い目を前に向ける。
大切なのは、戦乱の世を終わらせる、ただそれだけ。
あとのこと、ましてや自分の未来のことなど今はどうでもいい。
家康は一人歩き出す。
敵の頭のもとへ。
周りには敵もいなければ味方もいない。
一人で、敵地に向かうのだ。
石田 三成のもとへ。
三成にも
そんな怨霊たちの声が聞こえていた。
恐らく、とうにこの世を去った戦国武将たちにも届いているだろう。
普通の武将たちには聞こえない。
「来世なんざ気にしてて泰平の世が作れるか…」
未来など今はどうでもいい。
ただ、今の戦乱の世を終わらせる。
そのために、ただ敵に立ち向かう。
勝ち目がないと、わかっていても。
「こういう事だ。お前はそう決意し、蘇った戦国武将たちはその怨霊たちを滅ぼさなきゃならない……」
「本当に、そんなこと……」
ますます信じられる話しとは思えない。
しかし
今の話しは全て自分が経験したような感じがする。
「だから、俺たち以外にも戦国武将は今何処かで生きている。それらを見つけて仲間に出来ればいい」
「戦国武将って…何人いんの?」
「さあな。歴史で知られてる戦国武将はまず全員だな」
「!オレだけが決めたのに、なんでそんなに?!」
「戦国武将だからな……」
「なんで戦国武将だと」
「それは」
家康が質問を終えないうちに三成は言った。
「“戦国武将”ってのは、単に戦国時代の武将って意味じゃない。本当の意味は」
「本当の意味…?」
「“戦乱の世を勝ち抜いた者”っていう意味がある。
戦国時代の幕開けと共に武将たちは、精神と肉体を厳しく鍛えた事で無敵の肉体を生み出した」
「無敵…?」
「病気には滅多にかからなくなり、怪我もすぐに治り、全運動神経が人並み外れて強化し、100歳までは余裕で生きられる、という肉体だ」
「なにそれ…最強じゃん…」
つい家康は声を漏らした。
「そうだよ最強だよ。その肉体をお前も俺も、持ってるんだよ」
「えっ!?まさか!!」
まず信じられる話ではない。
「お前、風邪引いたことは?」
「風邪?…記憶には引いたことないけど…」
「一番ひどい怪我はなんだ?」
「捻挫…だけど…?」
「だから丈夫だろ」
「え…や、でも…!」
「怪我したってすぐに治んだろ?」
「あ…それは……」
そう言われて、病院に通ったことを思い出す。
よく怪我はするものの、すぐに治るのだ。
一番最近は、ここ日光にくる直前の捻挫。
一晩で治った。
「………」
「そら見ろ」
「オレ、普通じゃないの…?」
「普通の人間ではないな」
「そんな…」
「現に、お前さっき怨霊に肩斬られてたけど…もう全然痛くねぇだろ」
「え……」
家康は、政宗に手当てしてもらった肩に手を当ててみた。
「痛っ……」
やはりまだ痛む。
「でも…さっきより痛くない…!」
そういえば、さっきまでは腕を動かすのも傷に響いたのに
怪我をしたのは左肩で、今は左腕でバスの吊り革に捕まっていた。
「一週間もあればその傷は跡形もなく治ってるだろうな」
「まさか、そんな…!」
「刀なんかで斬られりゃ治っても多少痕は残る。でもお前はそれが綺麗に治る」
それを聞いて、家康は思い出したことがあった。
前に、ちょっとした不注意で火傷をしたことがあった。
そのときもまたいつものように相田のいる病院に行くと
「これぐらいなら大丈夫だよ。多少痕は残るけど」
そう言われた。
しかし
一週間後
火傷の痕は、全くなかった。
もとの綺麗な皮膚に、戻っていた。
不思議には思ったが、たまにはこういうこともあるのだろう、と思いそれ以上深くは考えなかった。
「……痕は残るって言われた火傷が…一週間後には綺麗に治ってたっていうことはあったけど…」
「だろ?それだって同じだ」
「…………」
「あとは」
まだ家康が急な思いもよらない事実に戸惑っている間に、三成は次の説明を始める。
「戦うときの、刀の出し方だ」
「刀――?」
「戦うときは片手を前に伸ばして、“刀が欲しい”って念じろ。
刀が必要なとき、ちゃんと出てくる」
「そんなので…?」
「俺がさっきやってたのちょっと見てただろ」
「うん……」
「一応これで一通りの説明は終わったが…他になんかわかんねえ事あるか?」
「あの、これわかんないことっていうか……」
「あ?」
「…三成は、昔敵だった奴と今一緒にいて、どう思う…?」
自分には記憶がないが、三成には記憶がある。
昔命懸けで戦った相手と仲間になるというのはどんな気持ちなのか気になった。
「…別に。
俺だってそんなに覚えてねえし。ただ一緒に戦ってかなきゃ、ってだけだよ…」
ねぇだろ」
「そっか……」
三成は冷たく言った。
さっき、少しでも笑った三成が嘘のように思えてきた。
過去のけじめを作るために自分たちは仲間になるのか。
それが家康は何だか嫌だった。
それに、政宗のことも気になる。
気をつけろと言われたって、記憶を失った家康には何もできない。
「あと、さっき戦ってたオレは一体なんなの?」
家康はもう一つ質問をした。
「ああ、アレな…。
戦国武将になったことで稀に特別な肉体以外に特殊能力を得る事がある」
「特殊能力…?!」
「人によって違うが、お前の場合はさっきの二重人格みたいなやつだな」
「二重人格!?オレが?!」
「まぁ…そうだと思うぜ。
確か昔もお前、戦いのときにたまにさっきみたいになったんだよ。
そんときはスピードも強さも、普段以上にかなり上がってたぜ」
「嘘、なんで…」
「それが特殊能力なんだよ」
あのときの自分は、自分ではなかった気がする。
次戦うことになって、もしまたあんなふうになるとしたら怖い。
「自分が怖い……」
家康は呟いた。
「心配すんな。あくまでも人格が代わっただけであれは確実にお前だ。
それに泣き言なんか言っててもやるしかねんだからどうにもならねぇぞ」
「うん、わかった……」
どれもいきなりすぎて、家康は考えが整理出来ずに黙ってしまった。
やがて、二人は東照宮に戻ってきた。
「ちょっとー!どこ行ってたのー!?」
「いきなりいなくなったからびっくりしたよー!!」
東照宮の中では、やはり裕奈と水城が心配していた。
「…ごめんなさい!!」
「ほかんとこ行ってた…」
「どこによ?」
強気な裕奈に責められると厄介なのを家康は知っている。
「えーとぉ…」
(どうしよう…)
「ちょっとだちょっと!」
(言い訳考えてなかった…)
二人とも同じようなことを考えていた。
「怪しいー一応団体行動なんだよ!」
「まあ…連れ出したのは俺なんで」
なんとかこの場を切り抜けようと、苦し紛れに三成が言葉を発した。
「で、どこに行ったの?」
問い詰める者が裕奈から水城に移った。
「だからちょっとしたとこだよ!特に言う必要なし!!」
「………」
(強引だな…)
「そんなに怒んなくても…」
「やっぱり怪しいなぁ」
とりあえずはなんとかその場は切り抜けた。
その後は、東照宮を出ていろいろな観光地を見ていった。
特に印象に残ったのは、昼食は、大の鯛好きだった徳川家康にちなんで鯛料理専門の店でとることになっていた。
「鯛だって鯛だって〜!!」
「あーはいはい…」
家康の目は輝いていた。
「お前…鯛、好きなのか!?」
さっきの様子はどこへ行った、と思いながら三成は驚いて聞く。
「うん!!上手いじゃん!!」
「家康の鯛好きはほんとだったのか……」
ガツガツガツ…
バクバクバク…
「………」
「………」
「………」
店内で、周りの人たちはとても楽しそうに話しながら食べているのに、家康たち四人の席だけは全員無言だった。
更に一人を除いて誰も食があまり進んでいない。
「これ食べたら今日の昼食全額浮くねー…」
裕奈が言った。
鯛が大好きな家康は、昼はここにしようと提案し、一番に店に入った。
注文したのは、鯛飯の大盛り。
全部食べたら賞金二万円。
今日の昼食が浮くどころか、日光にもう一泊できる。
「………」
「………」
あとの二人は黙っている。
家康はさっきからがつがつとご飯と鯛の天ぷらを一緒に食べているからずっと無言だ。
「ごちそうさま!!」
見事、賞金二万円を取得した。
昼食のあとはまたいろいろな場所を観光し、夕方になってから旅館に向かった。
観光中には、家康は戦場ヶ原でのことなどわすれたかのように、普通に楽しんでいた。
「すごい!!」
「こんないいとこに泊まるんだ!」
旅館は想像以上に立派で、喜んでいた。
部屋割は男女で二部屋に別れる。
「じゃ、あとでねー」
「またねー」
「うん」
裕奈と水城の部屋と家康と三成の部屋は少し離れていた。
「わぁすげぇキレイだよー!!」
二人にしては広い和室の部屋に入り、家康は荷物をその場に置き縁側に走った。
窓を開けて、絶景といえる景色を見た。この部屋は三階で、なかなか景色がいい。
「なこと知ってっからまず荷物片付けろ!」
「はいはい!」
(短気だなぁもう…!)
三成に怒鳴られ素早く荷物置き場に荷物を置いた。
「失礼します」
「え?!?!」
「!?」
そこへ、突然窓から男のが出てきた。
「んな!?」
「オメェ!」
家康が開けたままだった窓から入って来たのは、伊達政宗だった。
「ど、どうも…」
「お邪魔します」
ペコリと政宗に頭を下げられたので、家康も下げた。
「そんな態度じゃなくていいのに…」
自分に対する態度が恭しすぎて、落ち着かなかい。
「オメェ何で窓開けっ放しにしてんだよ」
政宗が入って来たことが相当気に入らないらしく、三成ギロリと家康を睨んだ。
「わすれてた……」
「そんでテメェは何の用だよ」
すぐに睨む視線を政宗に移した。
「俺も同じ旅館にいるって事を主に伝えに来ただけだが」
三成とは反対に、落ち着き澄ました顔で政宗は答えた。
「そんなん言いに来る必要ねえだろ」
そう言う三成を無視して、後ろで怯えている家康に振り返って笑顔を向けた。
「だっ、おい!」
「ん!?」
三成の迫力にびっくりして、思わず家康は妙な声を発してしまった。
その様子に更に政宗は笑いを零す。
「あの…」
「まだ覚醒したばかりですから肩の治りは少し遅いでしょうが、湯船に浸かってもそんなに凍みないと思います」
「これで…遅いの…?」
「普通なら」
「一日ありゃ傷はほとんど消える」
政宗の言葉の途中に割り込んで三成は続きを説明した。
「説明どうも…」
「では私はこれで。何か用はありますか?」
「ええと…あ、用はないけど……
オレがここに旅行に来ることとか…なんで知ってたの?」
そういえば不思議だ。
「化け物たちの反応でわかったんです。貴方の名前を呻きながら進んでいるものを見つけたのでついてきたらここについて」
「う、呻く……一人で来たの…?」
「はい。家族には友達の家に泊まると言って」
「そうなんだ!」
「他にはありますか?」
「いえ…何も」
「では、私はこれで。必要なときに、また」
そう言って一礼すると、政宗は窓から出て入った。
「ここ、三階だよね……」
「戦国武将なら、あれぐらいお前にだって出来る」
家康の目を見ずに三成は荷物を片付けながら言った。
「マジで?!あとでやろ!!」
「この旅館ではやんなよ…」
(ほんとにコイツに戦国武将の代表としての役なんか務まんのかぁ…?)
そう思うほど、三成には家康が楽天的に見えて、これからのことを不安に感じられた。
自分にも、戦国時代の記憶が全て残っているわけではない。こうして家康に再会する前は、家康とはこんな楽天的な者だったなどとは思いもよらなかった。
「今何時ー?」
そう少し考え込んでいるときに、家康がいきなり関係のないことを聞いてきて我に返った。
「六時ぐらいだな…」
「風呂入んねぇ?」
「もう入んのか?」
旅館の温泉は食事前に入ったほうがいいと言われたのを家康は思い出した。
「食事前だからそろそろ入たほうがよくない?」
「…そうだな、入るか」
二人は旅館の温泉に行った。
ちゃぷん……。
温泉は露天風呂もあり、かなり広く旅館と同じように立派だった。
「ねぇ、三成ー」
「あ?」
湯船に浸かりながら、家康が三成に声をかけた。
風呂場なので声が響く。
「オレたちって、前世、って言っていいのかな?どんな感じだったかぐらい覚えてないの?」
「ああ?」
「俺のことをどういうふうに思ってたとかさぁ…」
家康はまだ鋭い目付きの三成と話すことには慣れていなく、遠慮がちに言った。
「どういうふうに?…まぁ…秀吉様なんかが黒狸とかよく呼んでたからあんまいいイメージは持ってなかったな」
「黒…狸!?豊富秀吉…?」
家康はショックを受けた。
「…どうして黒狸なの!?」
「何も考えてねぇようで実は内心ではいろいろと謀ってたらしいからな」
「オレそんな性格悪くないと思うんだけどな…?」
「徳川家康っていやぁみんなそんなことイメージだろ?」
「っていうか、オレ狸ってほど太ってる??」
一人家康は思案していた。
「そこかよ…!心配するとこは」
「え?」
家康はきょとんとしている。
家康のことを三成がどのように捉らえていたのか、
などと聞いてきたから、戦後武将の記憶を思い出そうとしているのかと思えば、結局何のために質問をしてきたのかわからなくなった。
(こんな奴だったなんてな……)
戦場での家康は
金色に光る冷たい眼で何の感情もなく人を斬るものでしかなかった。
身体だけはしなやかに動き人を切り裂いていく
表情は少しも動かない。
目だけが、生きていたような――
(あの眼は綺麗だったけどな…)
三成は先ほどの戦う家康の姿を思い出した。
「なあ」
そう考えてながら、いつの間にか家康に声をかけていた。
「ん!?なに?」
突然声をかけられて家康は軽く驚いた。
「お前何でそんなに気楽なわけ?」
今、自分の宿命に立ち向かおうとしている家康には言わないほうがいいことだととわかっていた。
「え…そういう性格だから」
家康は短く答えた。
「いやだって…いくら慌ててもしょうがないじゃん?そりゃもちろんこれから不安だけどさ、
でも落ち込んでるヒマなんてないんでしょ?だから気楽に考えようかなって…」
なんとか言葉を探してから言っているが、家康は本当にそう思っていた。
「いいよな、記憶が少しもねぇ奴は気楽で」
家康から目を離し、三成はそう言っていた。
(何言ってんだ俺……)
言ってから、後悔する。
「これじゃ、ダメなの…?」
今の言葉に家康は胸を刺されたような気分だったが、三成に問うた。
「だって、いつまでもオレが落ち込んでたら、三成だってウザいでしょ…?
オレがやったことなんだから、ちゃんとしろって……」
「………」
確かに、と三成は思った。
「オレの場合楽天的なだけだから逆に責任感ないって思われそうだけど…
落ち込んでるよりは確実に楽天的なほうがいいでしょ?」
「…まぁ、な……けどよ、緊張感足りないと思うぜ…」
「でも、ちゃんと考えてるよ!これからのこと。どうしたらいいかわからないけど……」
家康の言ったことは正しい。
しかし、人間はそれをわかっていても今回のようなことがあってはなかなか前を向けないものではないだろうか。
緊張感が足りない、とは思うが
いきなり何も知らずにあれだけのことが自分に降り懸かってきたにも関わらずこんなにも平静でいられるのは
三成は、家康と違って昔から所々記憶を思い出してきた。
家康は昨日初めて一部の記憶を思い出した。
怨霊たちと戦っていて覚醒するとき以外は何もできないただの人間だと思っていたのに―――
「………?」
三成が何も答えず、沈黙が流れていたとき
ガラリ、
と扉が開いた。
風呂場には二人以外に誰もいなかったので、二人は同時に扉に目をやる。
入って来たのは、目許の涼しい美男子だった。
(あ、綺麗な人…)
家康はそう思いながら横目でその男子を見ていると、男子はすぐ近くに来た。
「どうも」
にこっ、と笑顔を向けられてそれが誰なのかわかった。
「あ、あれ?!」
政宗だ。
「め、眼鏡…」
眼鏡は外され前髪は下ろされている。右目が分けた長い前髪で覆い隠されていた。
さっき家康が思った通り、眼鏡を外せばかの美形だった。
「また来たのかよ…」
「……政宗も夕飯前に入りに来たの?」
家康とは逆に、三成は露骨に嫌そうな顔をしている。
「はい」
「ほら、やっぱみんな食事の前に風呂入るんだよ!」
陽気に家康は言ってから、すぐにしまったと思った。
三成の目付きがさっきよりも鋭くなっている。
(ヤバい!!)
その視線はやがて政宗に向けられた。
「気分ワリィ」
「じゃあとっとと出ろ」
「テメェが出ろ」
三成に負けずに政宗も悪態を返す。
(また険悪な雰囲気…)
家康の不安感が伝わったのか、政宗は
「体を流してきます」
そう家康に言って湯船を出て行った。
「そんなに政宗の事嫌い…?」
政宗が行ったあと、恐る恐る訊いてみると思った通りギロリと睨まれた。
「………(怖いよっ!!)」
「煩ぇな。ムカつくんだよあのいつも澄ました表情が」
「え、それだけ…?」
「言っただろ、アイツは俺と仕えてた主を裏切ったんだぜ」
「ああ…」
(政宗はどんな気持ちでそんなことしたんだろ……)
風呂から出たあと
三成は、
「先戻る」
、とだけ言って先に部屋に戻って行ってしまった。
残された家康と政宗は一緒に風呂を出た。
「政宗は、豊富から徳川に移ったときどう思ってた?」
入浴前に旅館の人に渡された浴衣を着るのを手伝ってもらいながら、
政宗に尋ねると、急な質問に一瞬驚きの顔を見せた政宗だが、すぐにもとの澄ました表情に戻って口を開いた。
「俺は、そうするべきだと思ったから…」
「え…」
今まで敬語だったその口調に驚いたが、政宗の顔は複雑な心境を表していた。
「秀吉様の天下を息子の秀頼殿に継げるとは思えない、実際に継げはしなかったから…」
「………!」
そんなふうに歴史にあったことを話されると、ものすごく違和感を感じる。
「アイツは秀吉様の想いを何とか継ごうと思って戦ったんでしょう…でも、あの時代はそれじゃ生き残れない!とにかく俺は生きようと思っていたから……」
政宗の表情は悲しげなものに変わっていった。
「…普段もその喋り方でいいよ」
「あっ!いえ、申し訳ございませんつい…」
「いいよそのほうが聞きやすかったし。でも…
そうか、生きたかったんだ……」
家康は何故か妙に共感できた。
戦国時代はロマンだとか何とかよく語られるが、そんなものがあるはずがない、と政宗を見ていてわかった。
生き抜くために必死の時代なのだ。
「勝手ですよね…自分の為だけに…」
「そんなことねえよ、生きることは…大切なことじゃん!」
慌てて家康は言った。
「……やはり、貴方は変わっていませんね…」
言いながら、政宗は微笑んだ。
「はい?どゆこと?」
「貴方は昔から命を、どんなものよりも優先して大切にしていたんですよ」
政宗はとても優しい表情で言った。
「昔から?!だって、命は大切じゃん…」
特に深い意味もなく命が大切だ、と言っただけなのに、意味ありげにそんなことを言われて、返す言葉に困った。
「それを本当に教えてくれたのは貴方だった…だから貴方について行った…」
「……!?」
「だから…契約も交わしたんですよ」
政宗が言い終わったあと、家康も浴衣を着れた。
「俺は、貴方が天下を取るべきだと思いました」
「?!あの…ごめんオレ記憶ないからあんま言われても…」
「一見弱々しく見えても、芯は強い…だから支配者に相応しい」
「………」
初めて言われたことなので、一瞬言葉が出なかった。
「強い…なんて…ただ、オレは楽天なだけだよ」
「それも、強さに繋がります。何でも気楽にいけることは、気楽だけど難しいことじゃないですか。
貴方ねすごいところですよ」
「でも…三成にはさっき記憶がないヤツは気楽でいいとか言われたし…」
「私が思うに、敵があまりに想像と違った事で複雑な思いがあるんじゃないでしょうかね?」
「え?」
「そんなに深く考えなくても、大丈夫ですよ」
言って、また政宗は笑いかけてくれた。
この笑みは、本当に家康を安心させてくれたる。
話しは終わり、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、二人は所々で女性陣にちらちら見られながらひそひそと囁かれた。
「何でオレたち見られてんの…?」
理由に気付かず家康はそっと政宗に訊いた。
「よっぽど浴衣が似合ってるんですよ」
政宗はただそれだけ言って笑った。
「は?」
女性陣は、
「ねぇ、あの人たちかっこよくない!?」
「ヤバいよね〜!!」
などと囁いていたのだった。
「ただいまー…」
ガラリと襖を開けながら、家康は部屋に入った。
「おう」
三成は大した反応はせず、テレビを眺めるように見ていた。
(えーと、気まずい……)
話しかくるにも返ってくる反応が冷たそうだし、家康は黙っていることにした。
「…アイツとは何を話した」
「ん!?」
畳に座ろうとしたところに、三成がいきなり話しかけてきた。
「なにって…?」
「なんかいろいろ話してただろ」
テレビから目を離さず冷たく言う。
「まぁ…」
「アイツと話してよかったのか?」
「うん…」
「それでも、気を付けたほうがいいぜ。どこまでお前のこと信用してるかわかんねぇからな」
「そんな…!政宗にはそんなつもりはねぇよ!」
さっきは自信が持てなかったが、今ははっきりと主張出来た。
政宗はそんな奴じゃない、
と。
「そりゃあ随分と手名付けられたな…」
「なっ……!」
その一言に、家康はカチン、ときた。
「何でそんなこというんだよ…だいたい三成には関係ないじゃん…」
「あ?」
「わざわざ忠告してやったんだろうが!!」
「いらねぇよそんな忠告…とりあえず今はみんなが協力しなきゃいけないんだから…そんな気持ちがあったらダメじゃん…」
「俺はお前よりも記憶が残ってる、その記憶を頼りに言ってやってんのに…じゃあもう言わねぇよ!」
「だいたい…気をつけろなんて言われたってオレはどうしたらいいかわからないし…」
「………」
そこで会話は終わった。
そのあと二人はその日は、一言も口を効かずに布団に入った。
(何で…こんなことに…)
家康は布団のなかで思い詰めながらも、やがてぐっすり眠りについた。
読んで下さった方、まことに感謝致します。次からいよいよ物語には気合いが入ります!




