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猫と恋の《Chat Noir(シャ・ノワール)》

猫が暴く嘘 — クロエのカフェは真実の香り

作者: 夜宵
掲載日:2025/11/27

王都の外れ。にぎやかな通りから少し離れた場所に、薄い青色の木製看板を掲げた小さなカフェがあった。


《Chat Noirシャ・ノワール》——猫のささやき。


 店主は、元男爵令嬢のクロエ。

 父が叔父に騙され、爵位も屋敷も奪われたあの日、わずかな金とともに追い出された彼女は、それでも前を向いて生きる道を選んだ。


 ──クロエには、誰にも言えない秘密があった。

猫と会話ができること。


 今、王都では空前の猫ブーム。

 あちこちの貴族の屋敷には猫が暮らし、そして…彼らは人間が気づかないところまでよく見ていた。



◇◇◇


 その日、カフェの扉が震えるように開いた。

 現れたのは、栗色の巻き髪の伯爵令嬢——イライザ。


「こ、困っているのです……クロエさん。誰にも相談できなくて……」


 紅茶を前に、彼女は俯いた。


「婚約者のベルナルド様が、最近よそよそしくて。

 私のこと…もう嫌いになってしまったのでしょうか」


 ベルナルドは子爵家三男で騎士団所属。人当たりのよい爽やかな青年だとクロエも聞いていた。

 だが、イライザの怯えた瞳は、ただ冷たくされたというだけのものではない。


「……気になる仕草や言動があったのですね?」


 クロエの問いに、イライザは小さく頷いた。


「はい。

 急にお金の話をしたり、私に隠れて誰かと会っていたり……。でも、私が考えすぎかもしれませんわ」


(いえ、考えすぎじゃないと思うわ)


 クロエは心の中で呟き、そっと視線を足元に落とした。

 彼女の足に、店の常連猫・黒猫のノワールが体をすり寄せてきていた。


『クロエ、あのベルナルドってやつ、しっぽの先っぽまで黒い感じするよ』


(しっぽの先っぽ……性根の話ね)


『うん。最近、王宮近くの酒場の裏で、別の女と会ってるの、オレ見たもん。白いワンピースの女。』


 クロエは紅茶をかき混ぜるふりをして、猫語でそっと返す。


(他にも見た子はいる?)


『いるいる。騎士団の宿舎の猫たちも知ってるよ』



◇◇◇


 その夜。

 クロエはノワールに案内され、王都の猫たちの“情報交換会”に参加した。

 屋根の上、塀の上、木の枝の上。そこかしこから猫が集まり、ベルナルドの話が次々に出てくる。


『あの男、すごいよ。いい顔してるくせに、裏じゃ女に金せびってるし』


『結婚したら伯爵家の金を使うつもりだって、酒場で言ってたわ』


『もう一人女がいるって噂も』


 決定的だったのは、白猫のミルクの証言だった。


『私、聞いちゃったの。“イライザを手に入れたら一生金に困らない”って。』


 クロエは震える拳を胸に押し当てた。


(イライザ嬢……あなたはこんな男に心を砕く必要なんてない)



◇◇◇


 翌日、イライザはカフェに再びやってきた。


「クロエさん……昨日はごめんなさい。取り乱してしまって」


 クロエは静かに微笑み、テーブルに封筒を置いた。


「イライザ様。これを、落ち着いてご覧ください」


 封筒には、クロエが猫たちと協力して集めた“証拠”が入っていた。

 酒場でベルナルドが他の女といるところを、常連客がスケッチした絵。

 騎士団の馬丁から聞き出した、ベルナルドの借金の噂。

 そして猫たちからの情報を元に突き止めた、ベルナルドの密会場所の記録。


 ページをめくるごとに、イライザの顔から血の気が引いていく。


「……こんな。

 こんな人だったなんて……!」


 彼女の手が震えたが、その瞳には、昨日までの迷いはなかった。


「クロエさん。教えてくださって……ありがとう。

 婚約は、破棄します。伯爵家として正式に手続きを進めます」


 イライザは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「あなたのおかげで救われました。

 また…ここに来てもいいですか?」


「もちろんですわ。カフェはいつでもお待ちしています」


 


 扉が閉まると、ノワールが尻尾を立てて誇らしげに鳴いた。


『やったね、クロエ!』


「ええ、ノワール。あなたたちのおかげよ」


 クロエはそっと微笑み、猫の頭を撫でた。


 今日もカフェ《シャ・ノワール》では、真実の香りが静かに漂っている。


──猫たちが見た“真実”を、誰かの未来のために。


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