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グラヴィトーネ

なかなか、進まなくて申し訳ありません。マンティコアのセクトですが、このクアザール姓族の一部、クラン、が属している地方行政単位になります。これに対して、シティとかヴィレッジとかは、異種族も含めた認知世界の都市条約によって規程されている行政単位になります。そこにギルドとかライブラリとか軍とか絡んで結構政治的には複雑な力学が働いています。

天蓋(ドーム)の修復はすでにセクトAIによって始まっていた。

この惑星のテラフォーミングは6億年前に完了したとはいえ、部分フォームであり、ドームの外は砂漠地帯か、極の氷であまり生命にとって住みやすい環境ではない。いくつかのビレッジが存在し、そこにはアースリング以外のオルガノイドも居住権を持って生活していた。基本的に、ドームがあるのは、赤道付近に集中しており、シティと呼ばれるマンティコアの首都ドームは、ここからほぼ反対の赤道上にあった。今回の襲撃者はおそらくシティからであり、そこは厳密には星々の中立都市条約で保護されている行政権能下にあった。認知世界はいわゆるコスモポリタン的社会であり、その広大な認知世界の行政官僚組織はAIによって支えられている、というよりもAIそのものであり、ある仮想的な情報空間の様々な階層を伴って、その衝突銀河系という物理的領域を超えた知性体によるネットワークがその本質であった。


このセクトには12の姓族が所属しているが、湖と学校はこのセクトの共有施設である。セクト長はここ2000周期ほどペルティキュライト姓族から出ており、当代のマンティコアはグラビトーネという10婚合を経て体高2mを超える女傑であった。


彼女はニュートロンからの共有視界を途中から共有しており、湖畔から離れた場所に着陸したホバーから降りるとまっすぐに湖畔で黄昏るように宙を見つめている子供達の方へ足を向けた。

(この子、クアザールにしても大きな2令体だわね。)

グラビトーネは、シルの方を一瞥すると、優しい微笑みを浮かべて


「シレンティウム・クアザール、衛士素体相手とは言え、よく、その3体に一歩も引かない気概を見せクアザールの誇りを守った。」


そう言うと、シルの手の上の球体に視線を移し、そのまま続けた。


「ニュートロン・クアザール、ギフトは得たのか?」


「セクト長、遅かれ早かれライブラリ分館から司書がお出ましになるよ。セクトの外交権能は学長に?」

顔だけ肩越しに振り返り、3令とは思えない太々しさである。



「ライブラリとの交戦権は認められない。それで?」

つまり、相手がライブラリならあくまでも中立条約下に泣き寝入りするしかないと言うことだ。


(まあそうだろうな…)

ニュートは立ち上がるとセクト長の横を通り過ぎ、その先に倒れている素体の顔を覗き込む。

「こいつら、ライブラリの衛士だけど、衛士ってシティ籍だよね?」


気がつくと、素体を挟んだ反対側に見慣れた顔が2つあった。一つは学長のヘイブンズクリーク、もう一つは…

「ニュート、あんた、シティ相手にクラン巻き込んで戦争始めるつもり?」


「姉さん、今は軍籍だろ? セクトの問題には距離置いた方がいいんじゃないか?」


「姉弟喧嘩は後にしておくれ。ノワール・ペルティキュライト、ニュートは私の質問に答える気はないようだ。見ていた範囲のことでいい、教えておくれ。」


この名前に聞き覚えがあるも、シルは訝しがる。

(見ていたって、現場、岸辺にはニュートロンの他に誰も居なかった、あ…)


いまだにグラビトーネの顔はシルの手の上にある球体に向けられたままであるが、突然シルの背後の湖の岸辺から気配がし、何かが湖水から姿を現した。


シルが驚いて振り返ると、そこには1人のマンティファロス、雄6令の水棲体、が立っていた。


「セクト長、ギフトは、、、ギフトは我々姓族にではなく、クアザールの子供等、ここにいる2人に与えられました。」


グラヴィトーネはここに来てやっと球体から視線を外し

「2人? ニュート、本当かい? 託宣のデコードは…。」


そこで、学院長が割って入った。


「グラヴィトーネ。マンティファロスへのギフトは前例がない。申請して過去のアーカイヴに当たるにしても、ここではこれ以上何もわからないでしょう。とりあえず、素体と無人機の蛮行については、シティ、ライブラリ双方に正式に抗議するとして、まず我々は子供達の保護を優先したいのですが。」


学院長はインカーネーション、つまりパーソナリティAIが転生で得たマンティコア生体なので戦闘で消耗させることは許されていない。そもそも彼女(彼)のゴーストも学院長代々に受け継がれている生体由来のゴーストなのだ。交戦権をそもそも有していない。


すると、ニュートがボソリと言った。

「この素体のレジュームが切れる前に退散した方が良くないかな? 後2分程でライブラリ側の障壁解析が終わる。さっきはノワールの協力もあって不意打ちが功を奏したけど、奴ら衛星の目まで使ってくるから2対3での格闘戦になるよ?」


「3対3だわ、ニュート、私を無視しないで。」


苦笑するニュートの横から、クラウディアが割って入った。

「シレンティウム・クアザール、あなたは未だ2令で戦闘訓練は受けていない。衛士素体だからといって侮ってはいけない。マンティコアとして完全視界を得て戦えるのは、この場ではセクト長だけだ。」


「それに姉さんは軍籍だから、後始末が面倒になるしね。あ、姉さん、軍といえば…。」

ニュートは、振り返ると、姉がノワールの方へ向かう後ろ姿に向かって言葉を続けようとしたが、思い直して向き直ると少し笑い、少しふくれているマンティファロスの少女に向かって言った。


「さあ、シル、僕らは寄宿舎に戻ろう。」


愛称で呼ばれたことに機嫌を直したのか、ハッとして、目の前のセクト長に眼差しで問うと、


「行きなさい、シレンティウム。今のところ、そのカヴィア・マリスは君以外に移動させることはできないようだ。」


シルは、丁寧にグラビトーネに一礼すると、少し考えてから、球体をマイカンギアに納めると、素直に先にホバーに向かったニュートの後を追った。

ホバーに乗る際に後ろを振り返ると、未だクラウディアとノワールのシルエットが湖畔に映っていた。

学長から促され、デッキを超えてシートに座ると、隣のニュートは、少し眩しそうに湖畔の2人の方を見ていた。


「ノワールは、いい奴だ。」

そう言うと、シルの方を見て微笑み、手話で続ける。

(お腹の中の彼と何を話したの?)


シルは、あの不思議な情報空間でのことを考え、思い出そうとしたが無理だった。

(よく覚えていないの。あなたもいたでしょ?)


学長が離陸を告げるとホバーは学院の寄宿舎のポートを目指して離昇した。

(ああ、だけど、託宣は不完全だった。)


地上のセクト長が湖畔に近付いていく3人のシルエットを見ながら、少し考えてからシルは続ける。

(その、ギフトって、ノワールが受けるはずだったの?)


(それを決めるのは僕らじゃない。)


旋回する下では、ノワールを残して2人がもう一台のホバーに乗り込むのが見えた。ニュートは発話に切り替え続ける。


「シル、託宣はギフトを受けたものだけの言葉だ。誰にも話す必要はないし、例え話したとしても聞いた相手には意味をなさないとされている。」


学院長が続ける。

「多くはギフトを受けたマンティフィロスがその姓族に対して負う義務のような物と聞いています。この植民世代での歴史では姓族20世代当たりで1例程度の稀な出来事です。およそ400周期に一度あるかないかの奇跡ですが、当代セクト長姓族の5令体が受けるのが前例となっていました。そしてそれをマンティファロスと分け合うなど、少なくとも私は前例を知りません。」


学院長は、このセクトがここに開かれた時から転生を繰り返して来たパーソナリティAIである。教師としてその性向に固定されたゴーストは生体に帰属する呪いみたいなもので、学院長がそれ以外の職務に就くことは、例えその知性の主であるAIが望んだとしてもあり得ない。ヘイヴンズクリークは、このセクトに属する12姓族にとって、過去も、おそらく未来も教師、先生であり、それは、現セクト長のグラヴィトーネにとっても同じであった。


地上では、グラヴィトーネとクラウディアがホバーに乗り込む様子を確認したノワールが再び湖水に帰っていく。ドームの外の地下塩水湖と繋がっているが、ドーム隔壁の濾過機構によって淡水化され、5、6令の雄体の若集宿として雌体の軍籍に当たる、マンティフィロスにとって社会知を得る自治共同体となっている。


グラヴィトーネは、同季節生まれの同姓のノワールとクアザールのニュートが3令まではお互い親友同士であった事を思い出し、そのニュートの肉体的な成長の遅れを見て、彼の将来について按じていた。そして、もう1人のクアザールの少女、シレンティウムについては、その出生の秘密を知る者の1人として、その少女にカヴィア・マリスを託さざるを得ない状況に不安を覚えていた。

(よりによって、同姓族の2人に託宣が降りるとはね…)


クラウディアはセクト長の横顔に苦悩を認めると遠慮がちに尋ねた。

「あの球体、カヴィア・マリスとは、一体何なのですか? ノワールは結局何も教えてくれませんでした。」


「そうだね。婚合によってどうせ記憶を共有することになるのだから、というのは分かる。慎重なノワールらしい判断だね。まあ、そうだな、マンティファロスとしては、稀に現れて男どもだけに姓族繁栄のギフトをくれる精霊みたいなもん、とだけ認識してればいいさ。」


「しかし、ライブラリは“槍“まで持ち出してその存在を消滅させようとしました。」


「ライブラリ、かどうかはじき分かるさ。問題はニュートロンと球体との邂逅を阻止したかった理由の方だと思うね。一応、この件への軍の関与の可能性と意向について後で教えてほしいね。」


「わかりました。このままセクト長政舎までお送りいたします。」


グラヴィトーネはライブラリリンクが復活するのをインプラントで確認すると、環境視野で先の素体が撤収していく様をクラウディアと共有して言った。


「ご主人様の所へご案内とは、ニュートのその才能の案内手前もありがたいが、これからの政治対応を考えると頭が痛いよ。」



長くなったので、襲撃事件中篇としてドーム内は片付き、後篇でマンティフィロス達によってトレーサーを仕掛けられた素体は持ち主の元に戻る?エピソードに続きます。このお話の舞台周りでは、水が重要資源になってまして、紫外線域まで広い視覚帯域と雄が水性昆虫の形質を発現することから、マンティコアはG2V型の恒星と地球のような水が必要だってことが他の種族との違いで、赤色矮星系に植民できなかったと考えられます。結果としてマシナリーとの衝突リスクも抱え込んでいるわけですが、その個体の強さの必要性を満たして進化してきたとも考えられます。

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