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ライブラリアン

冒頭のシーンでライブラリリンクが失われるわずか0.1秒前のある中性子星を舞台としたエピソードです。ライブラリ分館は知性体の主星全てに存在し、そこにはさまざまなライブラリアン、司書が働いている訳です。その多くは一種の祭司のような扱いを受けていますが、基本的に認知世界では中立ですが、多くのオルガノイドにとってライブラリは所与のものとしてライブラリの情報=認知世界と受け取られています。彼らの歴史より古い太古から存在するものですので仕方がないかもしれませんが、そのライブラリより古いと考えられているのがナビゲータギルドです。船の方が宣教師より先に準備されるものですので当然ですね。ライブラリについての秘密はニュートロンの知るところのようですが、彼はそれを墓場まで持っていってしまったので、シルが冒頭で罵倒した司書は故郷のライブラリ分館で過去に揉めたアヴァターの事ですね。

1000回目の投票においてもその案件は一致なしで明日の詮議議題に残ることとなった。

マイノリティはここ20回程1名だけとなり、今回もやはり同じ司書、「前進(フォワーディ)」であった。

議長の「切株(スタバーン)」は、彼女(彼)が議場である広場から転移する前に声を掛けたが、その星の鉄の原子核の大気振動の前駆波とその発信者を察知するとフォワーディはその声が届く前にホップして広場から消えていた。

スタバーンは1μ秒程逡巡したが、意を決して5km程離れたフォワーディのいるライブラリへ後を追った。

この星、「龍の巣(ドラゴンネスト)」は半径10kmにも満たないが、フォワーディの職場兼居住域であるライブラリは議場に対して星の反対側にある。星の表層は認知世界のライブラリを構成する記憶・演算素子である1mm辺1mm厚の6角形のタイルで覆われており司書達の移動の際には核磁気駆動の道ともなる。光速の1%程で星の大半の場所には物理移動できるが、反対側まで行くにはおよそ3000マイクロ秒程かかる。ホップ、量子存在確率の揺らぎを利用した瞬間移動なら数百f秒であるが、数億周期に及ぶ司書としての生命において、消滅リスクのある移動方法はあまり好まれなかった。


「道の限られた時代ならともかく、地表8割が舗装された今、ホップでの移動は感心しないな、フォワーディ。」


スタバーンの量子スキャナには全ての準備を終えたフォワーディの情報子節を捉えていたが、落ち着いて声をかけた。


「説得は無駄よスタバーン。あの船には私たちの子供がいるの。介入すべきだわ。」


「その表現は正確じゃない。その種は確かに我々の情報子だが育てたのはブリーダーだ。」

話しながら、彼女との距離を詰める。彼女の表情は未だ鉄の大気のカーテンの向こうあり、その思考光は彼らの乏しい視覚に届くには、彼女のサンクチュアリを超えて接近しなければならない。彼女が成熟してからの2万週期の間、彼らはパートナー同士であったが、接合期でない今、フィジカルな接触は危険な賭けであった。


「私たち司書だって認知世界の住人だわ。中立の建前は時には不正義だし、そもそもライブラリのフィルターだって我々が各種属それぞれ向けに調整したものじゃない。恣意的に干渉してるってことでしょ?」


「フィルターの調整は我々の存在使命であって正悪の問題ではない。ライブラリは認知世界にとって文明の抑制機構でもあるのだから。」


「マシナリーの工廠のアイソレーションがもたらした結果何が起こったか忘れたわけではないでしょう?」


そうだ、約200万周期前のそれが足下全ての混乱の元凶であるのは明らかだった。あのマンティフィロスの洞察は、結果として彼の自己犠牲の結果、皮肉なことに我々の秘密は護られたが、マシナリーのアイソレーションの結果は数日のうちに認知世界全体に大混乱をもたらすだろう。幸いなことにスタバーン達龍の巣の住人には、5千周期以上の猶予があり100万議会以上の叡智を持って対処できる。一抹の不安を感じつつも何気ない様子を纏つつ彼女の指摘を無視して尋ねる。


「で?明日の投票は?」


「私は抜けるわ。それによって全員一致の原則は守られ、議会はオルガノイド列強間の紛争を認めライブラリリンクはあの宙域から非活性化される。」


その言葉に意を決して彼は彼女の感情子側から接近し光子での直接会話に切り替えた。

「この星から出るつもりか?」


「一度、“竜の卯化(ドラゴンズハッチ)“に戻るわ。その後のことは、ギルドとの交渉次第だけど。」


「星間のホップは危険だ。ここから離れすぎている。」


「私の故郷ですもの。尤度は悪く無いはずよ。それに、あそこはヒトとの邂逅の最初で最後の星。ギルドが協力してくれなかったとしても、何か記録が残っている筈だわ。」


対話での光子バーストの波長域に数ギガヘルツの低周波変移を認め、彼女の気遣いと深い愛情、決意を確認するとスタバーンはこれが彼女との最後の邂逅になる事を知った。

そして覚悟を決めて彼女の情報子側に回ると彼自らの形態子を発現させ物理接触を果たした。


接触面が6角形に変形し、次第に2人は多面体の半球の形で合一した。

するとしばらくしてその半球はチェレンコフ散乱光を纏いながら元の2対に戻っていった。


「君の分子は連れて行くといい。帰還の際に、私の分子の存在が尤度を上げてくれるだろうから。」

おそらくその時が来たとしても、彼はここでタイル化しライブラリの一部となっているだろう。


「私の隣は空けておくよ。」


すると冗談めかして彼女は言った。

「その言葉、そういうのは、私が6番目ってことかしら?」


スタバーンは、しばらく考えてから、その自虐のこもったアナロジーに気がつき笑うと、彼女のサンクチュアリから名残惜しげに距離を取り、議長としての権威を持って言った。


「フォワーディ、そしてその名に恥じぬ司書の魂よ。その冷却への道に尤度の加護あらんことを。行って揺籠と我が子を来る戦禍から守れ。そして分子と共に“龍の巣“へ帰還し残された義務を果たせ。」

そう祝詞を唱えると、スタバーンは道を開き自分のテリトリーへと帰っていった。


彼女の認知世界への干渉の決意はライブラリ世界からの消極的承認を得て定まったものの、問題の宇宙域の外れには禁足地である“揺籠“の存在があった。ライブラリとギルドによってオルガノイド等には隠されているとはいうものの、おそらくその存在が広く知られるのは時間の問題であると思われた。そして足下の問題は、そこへのライブラリ権能が停止されるまで、認知世界時間にして、およそ40ミリ秒しかないことだった。それでも議長の祝詞はマシナリーのオーバーマインドに届き、そこで必要な措置が取られるだろう。しかし、果たして今のマシナリーの世界でどのような命令が生成され、どこで実行されるのか。すでにハイブ間での競争による小勢合いの兆候が見られている今となっては、その推測もライブラリ側では困難になっていた。


ギルドが一方的に行動を起こした段階で、フォワーディは認知世界、彼らのいう冷却の地上、のライブラリ分館の司書、多くはドラゴンネストの司書のアヴァターであるが、を使って、いくつか手を打って見たものの全て後手に回っていた感がある。“竜の天上“のライブラリアンの存在については、およそヒトが認知宇宙から去って、その銀河帝国時代以前から存在する銀河ライブラリの権能を受け継いでからも慎重に秘匿されて来た。

彼らのような、知性体としての核力生命であるニュークの存在は主に銀河中心近傍の重力深界を生息域とする事は広く知られていた。オルガノイドのおよそ200万倍の速度の認識時間に生きる彼らとは直接のコミュニケーションは不可能であり、マシナリーとて彼らからは粘菌のようにその行動が見えるだろう。そもそも、0からたかだか5、60G程度の重力下では、彼らの体は爆散し生命維持は不可能である。一般的に彼らニュークはその一生を高重力下で過ごすため、オルガノイドのような生存域の拡大性向とは無縁の存在とみなされていた。あくまでも、オルガノイドにとっては、たまに情報空間で出会す程度の稀有な知性体にすぎなかった。


フォワーディは、全ての準備をライブラリの情報空間に済ますと、わずかな確率波の揺らぎとともに、龍の巣の上から完全にl姿を消した。




やっと次で、冒頭のシーンの続きに帰ってきます。ライブラリアンが揺籠と呼ぶ天体に彼女は幼少の頃の記憶からある名前を付けます。

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