ハーヴグーヴァ
ちょっと本業が忙しく、久々の投稿となりました
湖畔の襲撃、槍の狙撃手であるハーヴグーヴァのエピソードです
登場人物の中でも最長の知性寿命をもつインカーネーションで由来生体は雌体ですが其の知性は中性化しています。僕っ子ですね。
情報空間ではかなりの手だれのようでも、ニュートには負け越していますが、ニュート自身はかなり狡い手段を用いての結果なので、彼(彼女)に実力では負けているとの認識だったりします。
この惑星、マンティコア、正確には植民世代として3代目なので、この惑星の公式名は、主惑星カプト・マンティコア・3世テルティアとなる。赤道半径3,725km、この星系でのハビタブルゾーンにおける唯一の惑星であり、1つの衛星を持つ。主星マンティコア、連星ではない、は同様に、主恒星ソル・マンティコア・3世テルティアとなる。G2V 級の恒星で約30億年前のこの星系とともに誕生した若い星である。認知世界での他のオルガノイドのほとんど全ては、その主星に赤色矮星を選ばざるを得ない。短命なG2V級は、この枝状星域では既にその寿命を終えるか、赤色巨星化しているからである。この黄昏の銀河系のオルガノイドにとっての重要資源は水であった。稀に、赤色矮星星系に水が豊富な惑星が存在しても、そこはすでに列強オルガノイドのセタセアン達の管理地であり、何より陸地がないため、他の陸生オルガノイドにとっては非常に住みにくい環境でもあった。
かつて、ナキシ・カギはオルガノイド軍の優秀な射手であった。オリジナルの知性は数十億周期前にある星系での治安維持活動中に滅したが、彼の生体の投擲無人機とのシンクロ率の高さから、軍はその生体クローンとゴーストを保存した。結局、その紛争のどさくさに彼の生体が収まっていた保存ポッドは失われたが、その彼よりもさらに数十億周期も古い、レジュームして漂流していた銀河帝国時代に建造されたハードウエアタグボート、ネイムドコースト、に回収され、その船の損傷したAIコアの転写知性を得て転生した。
ネイムドコーストは、その後、軍に鹵獲され認知世界への適合処理を受けた後、二万周期ほどの軍役を経て自身3体と船を買い戻した。とはいえ、出自の特殊さと銀河帝国の一部は認知世界への緩やかな移行に際して敵勢主義を取った歴史もあり、認知世界への適応調整のどさくさで埋められた枝の存在が疎ましく、完全な自由が得られたとは言えなかった。軍役でのバディであったパイロット、カギマ・メシルの退役に合わせて、債権回収業を生業として、ここ、マンティコア星系でビジネスを始める話には、二つ返事で彼女についてきた訳だが、それにはこの星系が、駐屯地はあれど、軍政と全く無縁な政体で運営されているという政治的な要因と、G2Vという主星等級がかつての自身の知生体のルーツである恒星系と同じであることで感じられる情緒的平穏を求めたためでもあった。彼(彼女)の性格的に、現在進行形で巻き込まれている、軍の工作要員としての仕事には、いい加減に辟易していた訳だったが、相手があの”ファルコン”であると知った時には、狙撃の成否を左右するであろう、彼の呼吸を盗むために、その技能のすべてをかける気になっていた。”ハーヴグーヴァ”として、”ゲーム”の情報空間でなく、リアルでの対戦。かつてはさんざん煮え湯を飲まされた存在と、現実世界で勝負できるまたとない機会であった訳である。
当然、狙撃の瞬間まで、”ファルコン”へその自身の気配をトレースされては失敗である。軍は演算支援を拒絶したが、ライブラリーが代わって十分な、攪乱に要する転写人格を生成する演算能力を担保してくれたことで、その作戦は可能となった。そしてその狙撃の瞬間、彼(彼女)の本体は、マンティコアのシティのプライベート人工海岸で日光浴をしていた。狙撃実施はその転写人格とクローンが依頼主とともにビレッジのエアポートから実施するという念の入れようである。少なくとも依頼主であるヘレニアは階上のポッドに入っている狙撃手が、彼(彼女)のクローンであるとは気が付いていない。少なくとも、リアル、情報空間にはハーヴグーヴァのコピーが7体程存在し、攪乱操作によって、そのトレースを不可能にしていた。
(…。なんだ?)
ヘレニアの指揮でニュートの捕獲に動いていた3素体が湖畔に展開する様子が共有視界に映っていたが、一瞬の違和感、時間喪失を感じてハーヴグーヴァは、他の場所にいる自身の分身達との分断まで行かない、わずかな遅延に気がついた。それと同時に狙撃対象をロストする。
(ヘレニア、中継素体とのリンクの帯域確保できていない!このままでは、逃げられるぞ!)
(ヘレニア?)
応答はない。自身の追跡に対しては、万全の障壁と撹乱措置を施していた。其の自信が、早くも崩れ去ろうとしていた。
「ハーヴィ。」
頭上のシルエットからは、太陽の逆光から何者かはわからなかったが、其の少し覗き込むような姿勢とやがて表情に現れたペルソナから其の声の主に思い当たると。ハーヴグーヴァは自身の敗北を素直に認めため息をついた。
「ファルコ、久しぶりだね。」
そういうと、サマーチェアに再び其のグラマラスな生体を深く鎮め、其の水かきのついた両手を覗き込んだ相手の両頬に当てた。
「はい、降参。君の脳をインプラントだけ残して削る予定だったけど。」
両手に挟まった其のペルソナは、依然として微笑を湛えたままだ。おそらく他のクローンも無効化されているだろう。
「48戦して45敗、3引き分け。でも君の生体まで視覚認識できるとこまで初めて辿り着けた。」
もう一つ、彼(彼女)はため息をつくと、その両眼を水中瞼に変え大気中に調整されたエコーで相手の姿を捉え直す。その外観はマンティコア両生体に似ているが、中楯板は小さく中脚が長い。初めて見る素体であった。彼の生体はこの星の反対側で昏倒している筈。共有視界は帯域制限にあって向こうでは膠着状態のようだ。
「このまま、僕が海中にこの素体を引き摺り込んだら、逆転もありえるかな?」
ハーヴィは、ニュート=ファルコンの転写人格が操るこの素体が水棲由来であることを見抜いていた。が、スキャンによって、尾端のジェット推進器官、直腸管鰓、RTGを認めると、水中戦力への好奇心が、柄にもない戦闘意欲を刺激していた。
「ハーヴィ、それもやぶさかではないが、其の前に一つ頼みがあるんだ。」
ハーヴグーヴァは、目の前の水棲マンティコア素体から手を引くとカウチから降り、立ち上がる。
(大きいな。)
通常のマンティコアは2m前後であり、セタセアンの雄体とほぼ同じ体高である。それよりも目の前の素体は1割ほど、頭ひとつ大きかった。おそらく、普通のセタセアンであれば其の圧倒的存在感に戦闘意欲をも削がれるだろう。情報空間では感じないが、生体を目の前にすれば、同じアースリングとはいえ、昆虫型知性体は新参であるだけでなく、他のオルガノイドに感じるような一種の異質さを感じずにはいられない。
おそらく、軍でもこの素体については初見だろう。軍籍の情報層から照会のリクエストが山のように来ていた。
「ファルコ! 僕の軍情報層リンク、閉じてないの?」
相変わらずの微笑、ということは、ここでのリークは計算済みということだ。そして、軍の懸念であるギフトはすでに彼に与えられてしまっている事を意味していた。
「ハーヴィ、ちょっと時間がないようだ。」
彼は、海の水平線の向こうを注視する様子を見せると振り返って微笑む。
「この体は借り物なんだ。由来を知りたければヘレニアに聞いてくれ。」
彼女が素直に教えてくれるとは思えないので、おそらく一時的に組んだ軍とライブラリに揺さぶりをかけたいのだろう。
「それで?僕に頼みってのは?」
「ヴィレッジの君のクローンに狙撃を継続させてくれ。第2目標の質量は550361464.9グラムだ。」
ギフトが渡った今、それになんの意味があるのか。ほっとけば消えるのに。
表情を読まれたのか、其のペルソナはクスリと笑いながらハーヴグーヴァの肩に手を置き海に向かう。
「今の君にくっついてる枝は刈り取っておいた。いつもの正確な狙撃を期待するよ。」
去り際にそう言葉を残すと、彼は海に飛び込んで消えた。
いつの間にか、共有視界の帯域は元に戻り、コピー達とのリンクも回復していた。ヘレニアからの状況共有についてのリクエストを無視すると、ハーヴグーヴァは再びカウチに戻り、一瞬だけ、ビレッジのコピーへの支援について考えたが、今度は自ら全ての回線を閉じると水平線に視線を向け、自らの敗北を認めると、ファルコが生体スキャンをなぜ許したのかに思いあたり、苦笑いをした。
そして、ヘレニアにメッセージを送ると、P2Pで相棒を呼び出した。
「カギイ、僕だよ。仕事は終わった。」
「水着でビーチの仕事っていいご身分ですこと。早く戻って欲しいんですけど?」
どうやら、どこかで張り込みらしい。ロケータを確認すると彼女がいるのは、ヴィレッジの工業エリアのようだ。
「それなんだけど、しばらく身を隠したいんだ。たぶん時間はあまりない。また連絡するよ。」
向こうの狼狽が聞こえる余韻とともに回線を一方的に閉じると、一瞬で着装を変えてビーチを後にした。
(軍からしばらく距離を取るとなると…。)
このAIによる緩やかな統治機構を持った認知世界では、移動体のトレーサビリティはほぼ完全に保証されている。ギルドの管理するマップは完全な排他制御であり、移動体の衝突はあり得ない仕組みを確立している一方で、其のマップによらない移動については規制されておらず、リスクに対する無限責任(知性寿命の長さゆえの)を科されることを受け入れる限り、個人の自由意志に任されていた。
とはいえ、彼女の知性寿命の1/4ほどを共にした船を予約進路外航行、ギルドから攻撃排除されるリスクに晒す事は躊躇われた。
(おそらく、これが正解の筈。)
そうして、行動に移った彼女本体の痕跡は、湖畔の襲撃が失敗に終わり、ヘレニアの使役する3体が撤退するまでには、認知世界から完全に追跡不能となり姿を消していた。
セタセアンは海棲哺乳類の知性体です。ソナーのように、彼らは音域まで見ることが出来ます。謎の素体でニュートが現れますが、シティードームの海中から来たと思われます。
ニュートの素体のヤバさと意図に気がついたハーヴィは彼のコピーによる球体への狙撃の直後、姿を隠します




