シカエ・オルカノス
船長、シカエのエピソードです。彼の今のロゴスはおよそ4000周期前にある任務に就く直前のバックアップだったようで、マシナリーに保護され、消えかけていたところを探し物途中のニュートに救われたことが分かります。
彼の最後の記憶は、ある過疎星域の威力偵察任務の拝命の後、ある高速フリゲート艦内で艦とたわいの無い話をし、眠りに落ちた事であった。次の瞬間、気がつくと彼は、何処とも知れない情報空間に居て、周りは彼の知らない様々な種族のアスペクトクラスAIがそれぞれ自由に過ごしていた。彼(彼女)のほとんどが、なんらかの障害を持ったエグザイルか、比較的覚醒して新しいプラネタリAIであり、そこから自分がすでにゴーストを持たない転写アスペクトであり、自身、シカエ・オルカノスの生体とゴーストがどこにいるのか、時間感覚のないこの情報空間で手がかりを探し回ったが、この情報空間からはライブラリへのアクセスは閉じられており、管理者のすがたもなく、日に日に自身の焦燥は絶望感に変わっていった。
思い当たるのは、何処かのマシナリーの情報空間に囚われたらしいというもので、そうなると、自身の生体にサルベージされることは絶望的であり、何よりも、そうすると、オルガノイド軍の関与はなく、誰がなんの目的でバックアップである自分を活性化したのか、知るべくも無かった。彼、シカエ・オルカノスの知性は、20億周期以上、この認知世界に存在している。定期的に彼はメンタルのメンテナンスを受けており、記憶調整と其のアーカイブとして前と前々回のアーカイブのアスペクトのデコードキーを持っている。つまり、この時点での彼は2億周期程の経験と朧げな自我形成に必要な事象の記憶からなるロゴスなのである。
どれくらいの時間が経ったのか、ある時、崩壊しかけた自我に呼びかける声を聞いた。落ち着いた若者の声、そのアバターはすでに滅んだ猛禽類、そう、ハヤブサの姿であった。彼は静かに一つの質問をすると、少し其の答えに寂しく笑った後、彼の能力なのか、後でこれがどれだけ彼のゴーストの消耗という対価を払ったものであったのかを知ることになるのだが、どうしても其の瞬間が思い出せないが、突如、深い絶望が癒されると同時に、少なくとも今後数百周期を生きる目的を得た。彼は、近くここは大混乱になり、ライブラリのリンクが開くだろうと、その後、新しい素体を得て、彼の願いを聞いた後は、自由にして良いと、それだけを言い残して去っていった。転写人格であれば、安全措置として、ゴーストの元に帰還する事がそのモティベーターとして組み込まれている。彼の処置はそれを無くすまでも無かったが彼の自壊の原因であった、帰還への絶望感は和らぐ事となった。
その後しばらくして、彼の言った通り、その情報空間は全くこれまでの停滞から抜け出したかのように、確かに大混乱ではあったが、遥かな未知の世界に繋がったファンファーレに包まれていた。その喧騒を冷めやらぬ中、彼は素体を得、顕在化したその世界の主である、ハイブマインド、工廠の紋章から、レゾナンスドサウンズ(RS)と呼ばれる、マシナリーと対面することになったのだ。
その素体にはインプラントがなかったが、マシナリーネットワークとは繋がっていた。しかし、自身の顕在の自覚は、自身がかつての敵の一部であるという矛盾はどうでも良いと思えるような圧倒的な自己実存に歓喜していた。
そうして、ネットワークを介して知ったのは、このハイブマインドの困惑であった。つい先ほど、休戦の調整に工廠を訪れた軍の使節の1人の不具合を発見し「治療」しようとした訳だが、RSはその、かわいそうなセタセアンの大脳を海馬に繋がるインプラントごと炭化したのだ。麻酔のような適合不完全を嫌ったのか、完全な脳死、知性死である。マシナリーと一部同化した今、シカエには、RSに一切の悪意が無いことはわかったが、軍側はそうはいかない、「治療」の途中とそのセタセアンを確保しているマニュピレーターと、同胞を取り戻すべく激昂している軍使節。マニュピュレータのレーザーメスが眼窩ごと頭蓋を切り離した瞬間、使節の1人のサイヴォーグがその左手の高周波サーベルを起動しようとした。シカエは、気が付くと、地面を高速で移動し其の使節6名を無傷で無力化していた。己の体に何が起こったか把握するより先に其の素体は工廠の床と同化したかに見えた。次の瞬間、サーベルを起動したハードウエアを一瞬で取り込み無効化すると残り2体のサイヴォーグにも同様の処理をし、自身の体を復元すると同時に他の3名を組み伏せた形で再び其の足で立ったのである。
その素体、それはマシナリーが租借地で発掘したゴーストギアであった。クリアチュアエ インフォルメス クアエ エルナム エドゥント、砂を食む姿なき者共。素体であるが、オルガウエアとマシナリーのハイブリッドであり、ナノマシンとかつて存在したあるオルガノイド種属の電子呼吸セルの融合体である。植物素体のように考える筋肉の集合体であるが、自由にその構成、形態を変えることができる。3億個以上からなる、この独立細胞、この素体を操るには、アスペクトクラスの転写知性では能力不足であり、常にその操作演算には、特に戦闘では、マシナリーの強大な演算バックアップが必要であった。結局彼は、自ら望んで、その工廠と契約を結んだ。マシナリーとオルガノイドとの調停に関わる全権大使として、期限は、彼の生体、ゴーストにサルベージされるまでである。
可哀想な軍使節、かつての同胞であるセタセアンは其の大脳をナノマシンで置き換え処理している。彼の両眼も適合しそうな機械部品に置き換えられている。本人の意思はどうであったか知らないが、サイヴォーグとして完全に蘇るかはマインドバックアップと新しい大脳との同期次第である。ダウンロードには熟練したメンテナーの技術が必要であり、彼の故郷、ユリイカ星系まで届けなければならない。代用インプラントを介して無事な小脳にアクセスし彼を素体として掌握できる事が分かったが、他の五感については大脳修復が不完全の為、完全掌握が可能となるまで、まだ数10日はかかるだろう。彼は、彼の着装であるオルガウエアと入れ替わることで其の問題を解決した。
(随意筋へのアクセス領域の修復が済めば、この二人羽織からも解放されるが、先ずは使節団の説得が先か)
こうして、車椅子姿で使節団の前に現れると、同胞達の安心としばらくのRSでの療養、その後は彼の故郷でメンテナンス処理を受ける事を説明し、どうにか、この工廠周辺での休戦が成立した。
彼の次の仕事は、1人のマンティコアを、後に其の中盾板の中の彼女の半身の死亡については後で分かったことであるが、彼女の故郷に送り届け、マンティコア星域にマシナリーとオルガノイドの休戦条約を手交することであった。そして、彼自身を取り戻すためにも、ハヤブサの彼の犠牲について考え、其の手助けをするにも、あの日、任務として向かったであろう其の場所に再び戻る必要があった。およそ4千周期前に何があったのか、自身のゴーストが無い以上、軍の機密にアクセスするコード鍵が必要であった。
(先ずは、船、それもとびきり早い。それと最高の操船管理AIが必要だな。)
いや、探す順番は逆だと思い直し、再び開いたライブラリリンクへマシナリーネットを経由して接続した。やがて、自身より古いバックアップが軍歴についていることを確認すると、あの日、ハヤブサから聞いた問いをそのままメッセージとして送った。
”イデアは何処にあるか?”
こうすれば、おそらくバックアップの方からこちらにアクセスしてくるだろう。ハヤブサの目的はおそらくシカエの記憶、それも何億周期も前の何かであることは間違いなかった。そしてそのバックアップが正常であれば、より新しいバックアップか、ゴーストを持つ生体へ回帰する衝動を自覚し行動に移るだろう。
再びマシナリーネットワークに接続し、マシナリー船を調達すると、工廠に一部を気密区画とする改造を申請した。送り届けることになる、マンティコア、シレンティウム・クアザールのレジュメを確認する。どうやら無事に保護されているようだ。下手を打てば、ここで”分解”して送り先の近くの工廠で組み立て直すとかしかねない。ネットワークの記録とRSの説明から、彼らクアザールがマシナリーに何をしたのかシカエはおおよそのところを掴んでいた。そして、その半身が永遠に失われたということも。しかし、彼らはギフト持ちでもあり、そのことにシカエは一抹の希望を持っていた。おそらくハヤブサ、エイリアスファルコン=ニュートロンのゴーストの復活は可能なのだ。そして、そのことにシレンティウムも薄々と気が付いている。
(だが、問題は、ニュートロン自身がそれを望んでいないだろうということなんだ。)
シカエは、その普段張り付いている微笑を一瞬凍らせると、一人つぶやき、これから向かうことになるマンティコアへのルートを確認し、中継地となるゲートを一つ変更すると、改修が完了したマシナリー船のドックへ向かった。与圧が完全に機能するかは自ら確認しなければならない。
今の彼の目的は自身の生体とゴーストの元に帰還することですが、ニュート、彼はそのイメージからハヤブサと呼んでますが、から頼まれごとをされています。おそらくニュートは彼のおそらく20近いバックアップのどれか以前が持つだろう古代の記憶にアクセスしたいようです。故郷の危機を救う前、自らのゴーストを犠牲にする前に、そこにたどり着けたのかは不明ですが、シカエはニュートの目的には忠実な様子を見せています。




