ナビゲーター
船長との邂逅によってマントーの覚醒の直後、ナビゲータがマンティコアに帰還するために立ち寄ったそのゲートに停泊している船内に現れます。
ゲートAIの誘導により、シルたちが乗ったマシナリー船は与圧されているドックでなく、ゲート外縁の係留ポートに接続した。シルはマンティフィロスであり、数時間であれば真空でも活動できるが、船長はセタセアンであり生身ではそうはいかない。エアロック代わりのメンテナンスブロックをポートと船の間に介し、簡易的なエアロックとした。このブロックがオルガウェアであるゲート環とハードウエアであるマシナリー船を中継している。
とはいえ、このマシナリー船の急拵えの気密居住区では気温は250K程度しかない。個人用のポッドから出ると喪装のシルの呼吸器周りが靄でかすみ、その表情はわからない。彼女は窓の全くないマシナリー船であることを思い出し、外の様子を探るためにポートの環境視界にアクセスする。
(船長、何かゲートと揉め事あったみたいだけど、大丈夫かしら?)
(そういえば、先ほど、ゲート管理AIに呼び出されて下船したきり、連絡がないな。)
ソニーはそう答えると、電池の残量が200周期以上あることを確認し、マシナリー船の空調を調整し290Kまで温度を上げた。セタセアンである船長には少々高すぎるが居ない間は問題あるまい。
(シレンティム・クアザール)
そのハイドリアンはエアロックの無いマシナリー船に突然現れたように見えた。その体高は2.6mを越えるだろうか?シルよりも頭ひとつ大きいが、気密バイザーの背後に光る大きな二つの目がみえるものの、体全体はギルドの紋章の入ったローブにつつまれて全く分からない。
ハイドリアン、遺伝系列はレスピラトレス・メター二。この枝状星域では、セタセアンと対立する事が多い、オルガノイド列強のもうひとつの種族であるが、その文化、行動様式はアースリングにとって謎が多い。ライブラリーの情報空間で出くわすことがあっても、実宇宙ではナビゲーターギルドの実務者としてゲート異動の際に、臨時ゲートの製成と関わっているらしく、ナビゲーターとして上船して来ることがあった。が、シルにとってはナビゲーター、しかもハイドリアンを直接目の当たりにしたのは産まれてはじめてのことであった。しばし狼狽しつつ、喪中の為、開口を封じる顎輪もあったが言葉が出ない。
(汝の半身の損失を深く憂う)
(あ、弔辞なのね)
シルは、エージェントに弔事への礼を托して、暫しその巨体を観察していた。
すると、バイザーにヒトのペルソナが現れ、その中性的な彫刻の様な表情が一瞬ゆがみ言った。
(我の権能によるゲート生成の前に、この忌まわしき機械船で送る事になる知性体に確認しなければならない)
ギルドは名目上はこの認知世界では中立である。が、マシナリーに対しては一方的な害意に近いものを持っている様で、その点がライブラリーと異なる。マシナリーとしては、とくに航行の時短には余り興味が無いことから不便はないのだろう。が、ギルドはその権能範囲に置いてアンチマシナリーともいえる金属腐食バクテリアを発生させマシナリーを排除する姿勢を隠さない。ギルドはライブラリーよりも古い認知世界の協会組織であるがそのためもあってか、ライブラリーでさえその実体について知るところは少ないと言う。
(シル、ホログラフのようだ。が、発信元がトレース出来ない。ゲートAIに照会しているが、どうも要領えんな。星系から1光日の所に臨時ゲート通してもらうだけなのに2日要求されたが、このナビゲーターの所在に関わる遅延なのかもしれん)
(まあ、マンティコア側のゲートが閉鎖されているから仕方ないけど、そもそも臨時ゲートの生成って、顕在が必要なことなの?)
(ギルドの事は大抵はライブラリは教えてくれないだろう、まあそのうち解るさ。)
エージェントに返事を聞かれたので、ソニーとの内緒話を中断して、先を促す。
(我、レスピラトレス・メターニ/タイタニア/ソト・ハイドリアンは、アースリング/シレンティウム/マンティコア及び属アースリング/ソニー/準ヒトに問う)
同じオルガノイドとはいえ、ソト星系のハイドリアンはメタン呼吸の有機体である。そのため、環境大気をアースリングとは共有できない。そのほかにも様々な文化的差異があるため、ライブラリの支援がない邂逅では特に錯誤が生じないような精密表現が必要になってくるのだろう。礼の成り立ちも、このような文化的断絶を乗り越えるための知恵でありこの40億年後の世界でも健在な理由なのだろう。
(異種種属間での合意形成のための言葉、祝詞とはよく言ったものだな。)
(ソニー、頼むから適当な返事をしないようにエージェントを上手く導いてほしいんですけど。)
(大丈夫だよ、私の分岐人格はAI共とうまくやってる。それよりも、個人名タイタニアってことは、雌体なのか。)
再び、ハイドリアン、タイタニアはそのペルソナを消し、本題に入った。
(マシナリーがその全権委任として遣わしたとされる、マシナリ属/アースリング/シカエ・オルカヌス/準サピエンス・オルキヌス・オルカ…)
「なんだって!」
そこまで祝詞を聞いていたソニーが突如ナビゲータを遮って発した、驚きの言葉は、環境スピーカーからなり響いた。再びついたペルソナの表情は驚きと不快を示している。
(ちょっと、ソニー、失礼にもほどがあるわよ!いったい何事?)
「船長の事だよ、なんということだ。これで、私の同胞、ホモ・サピエンスが銀河帝国滅亡後の足跡を知る手がかりがそこに…」
(…について、異議があれば、準ヒト、ソニーよ、述べるがいい。)
ナビゲータは、再びペルソナを切り替えると、そこには能面のような冷たさがあったが、祝詞を中断し、ソニーの発話を待った。
「失礼、タイタニア。私の記録では、マシナリ全権の彼は、マシナリ属/アースリング/ウミカ・ゼウタ/キャプテン転ユリイカ・セタセアン、となっている。彼はインカーネーションでは?」
(ソニー、何が問題なの?)
(捕虜のウミカ・ぜウタのロゴスは?)
(ああ、でもそれってマシナリーのタスクを引き継げるならこの際誰でもよくない?)
ナビゲータはゲートAIと確認しているのか、そのペルソナに一瞬ポーズが入ったように見えた。
(準ヒト、ソニーよ、我の言葉に齟齬はなかった。ウミカ・ゼウタのゴーストは、マシナリ全権に引き継がれていない。異議がなければ続けるがよいか?)
(失礼、タイタニア、続けてくれ。)
シルは大雑把すぎると懸念が残ったが、ソニーはそこは切り替えて言った。
(および、アースリング/ウミカ・ゼウタ/ユリイカ・セタセアンの保存体、そして、セレンティウムの9つのゴースト、ウミカ・セタセアンの保存体ゴーストの転移を、今より48時間後、我ナビゲータが始祖“/“の加護を得て奉る。その始まるところ、G0407ゲートラグランジュ2。その終わるところ、G0254ゲートラグランジュ3。)
(!9つ? シル?)
(黙って、後で説明する。)
ゴーストは情報体ではあるが、その性質から情報転送することができない。知性体としてのアイデンティティを担保するため、認知世界から物理干渉が選択的にしか行えず、複写も不可能であるからだが、ゲート転移は可能である。逆に、ゴーストを持たない準知性は情報転送の方がコストが安い。シルの8つの副脳に枝をもつ8つのゴーストは厳密には全て異なる識別を持った独立したゴーストであり、シルの高い運動、戦闘能力を支える、幼い頃のギフトによって獲得した特異性である。
(以上、転移は我が生体のこの地への到着を持って執り行われるが、この近ゲート域での、ハドリアンとセタセアンとの政治的調整が悪化すれば、さらなる時間を要すやもしれぬ。其方らには致しからなる事ではあるが、万事万端を持って臨場されることを期待する。異議なければこれで失礼する。)
(ありがとう、タイタニア、航海の無事を祈ります。)
現れた時と同様の唐突さで、そのナビゲータの姿は部屋から消えた。
(相変わらず、船長と連絡が取れない。で、シル?)
気温が上がり、白息がなくなった中、シルは大きなため息を漏らす。
(船長が戻ってからにしましょう。その中身が誰であれ。)
そして、しばらくしてエアロック代わりのメンテナンスブロックに船長としてこれまで認識されていた生体は現れたが、その準知性体が船に戻ることはなかった。
セタセアンとハドリアン、2つのオルガノイド列強の間に政治的緊張があり故郷への帰還が遅れています。タイタニアはナビゲータなので政治的には中立な筈ですが、存在自体が脅威であることに変わりはありません。




