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ノワール

引き続き、過去のマンティコア、何者かの襲撃を受けての反撃開始です。

逃げた3体の素体の内、少なくとも1体はインカーネーションだとニュートは言った。そうでなければ、第8セクトの管理AIであるユノーがセクトに対する破壊活動を許すような無法な隙を与えるはずが無かった。であるならば、そのゴーストの回収には物理的接触が必要であり、レセプタを持つ本来の個体の元に戻るはずだ。


そう、我らが故郷の母、ユノー。ニュートはいつもセクト管理AIに呼びかける時、知性体名で呼んでいる。ノアにしてみれば、彼に聞くまで、管理AIに個体名があることすら知らなかった。生活環境について、その管理AIとの調整に関しては全て自分のエージェントに任せていたので不便はなかったのだが、ニュートと出会って学院でともに学ぶようになったからは、そのAIを味方に常に立ち回る様子から学んで、ノアもできるだけAI達には礼儀正しくしていた。そんな2人を周りはある種のライバル関係と見ていたようだが、ニュートと争ったことはこれまで一度もなかった。3令になってからしばらくして彼は肉体の成長が止まったかに見えた。自然、学院の令次は普通に成長していたノアが順調に上がり、4令過程を修了し、湖に生活するようになると、ニュートとのやり取りはほとんどが情報空間だけになっていた。久しぶりに湖畔で彼に呼ばれ、何より驚いたのは、彼がセレンティウムに対して見せた表情であった。カヴィア・マリスの出現については、ニュートより事前に仄めかされていたのだが、その、突然現れた少女についてはニュートにとっても想定外だったに違いない。そして、まさかマンティファロスの彼女にギフトが降りるとは。そして3体の素体の乱入に対処しての、そのインプラントのレジュームを仕掛けた訳だが、その防壁突破にもユノーの協力があった。それにしても、トラブルを呼び寄せる誘蛾灯のようなところは全くいつも通りだが、まさか槍まで持ち出すような相手とは、一体ニュートは誰の尾を踏んだのか。

湖底の自分の居住ポッドに膝を抱え込んで不安を紛らわしていた。攻めるべき時にあれこれ逡巡するのは良くないなと副脳に追跡させている素体周りの環境視界に介入しようと意識を切り替えると、そこに丁度連絡が入った。


(ノア、姉さんがポッドに入った。素体は追えているね?)


いつもの落ち着きはらったニュートである。


(ああ、今ビレッジとの接続回廊のメンテナンス路だ。あと2分ほどでビレッジに入るな。)


(とりあえず、姉さんと協力して足止め願ってみてくれるかな?)


(…。 ビレッジの外で?)


(いや、それだとお迎えと合流してもらえないだろう?)


(あんな破壊行為のあとじゃ、ビレッジが居住区に通すとは思えないんだが。)


(そこは説得したよ。さあ、姉さんが待ってる。じゃ、あとで。)


(おい!そのアドレス、ハイストリートのバーじゃないか! メイドパントリー? ニュート?)

パントリーの環境視界を赤外から可視光に切り替える。呆然と立ち尽くす人影にそのペルソナが浮かび上がる。


(ココ?)


側に、同様の2体のメイドのシルエットが立ち上がって、そのペルソナから、ビレッジAIがリモートしていると解る。階下のバーは既にイエローゾーンになっている。そこでの戦闘許可は純粋な申告制ということだ。表の道、ビレッジのハイストリート、セクト側に接続するエアロック、地下塩湖とその接続ドッグ、バーの天蓋ホバーポート、みんなイエロー。ニュートのやつ、どんな説得したんだ?


認知世界での基本的知性体権には、3体の保存の原則がある。3体とは、遺伝子、情報子、知性ロゴスがある。肉体は損壊されても遺伝子情報が動的保全されているので修復可能、知性についてもソフトウエアとしてメンタルバックアップがあるので再生可能、情報子については、いわばアイデンティティを担保するゴーストと呼ばれているが、AIにおいてはもティベータという完全なソフトウエアであることに対し、生体においては、一種のミームとして集団知性、文化、慣習をも担保している。この40億年後の世界で進化の果てに知性体が獲得した形質の一つである。

このゴーストを構成する情報子は物質世界との干渉が非常に制限されているために自他境界を明確に分ける事ができているとも言える。この世界においては、一種の生態暗号として機能しているため、その物理については限定知とされている。逆に、ゴーストの保存さえ担保されるならば、競争の自由、この場合は実力行使についても、行政を担うAI達は、手続き上の問題がクリアであれば比較的寛容な態度である。多くの場合、ペナルティは経済的損失、つまり時間のみだからだ。

また、遺伝系列が同じ“族“と種、この場合は遺伝的な種で“属“の間も、遺伝子は部分的に共有されている。主にアトモスフィアに拡散する様々なウイルスによってランダムに置き換わっているからだ。もちろん、マンティコアの遺伝子にも、太古のヒト由来の遺伝子が備わっている。これに対して、情報子は、オルガノイドだけでなく、この認知世界の知性体広くに交換、交雑されている。この事によって、知性体間での共感が担保されている訳で、AIとマンティコアとの間にも相互理解と共感が成立している。それでも、ココの固まった様子が単純にある種の羞恥からだとビレッジが気がつくまでには数秒を要した。


(ノア、ココの素体への反応が薄いです。声をあなたからかけてもらえませんか?)

ビレッジAIは、階下の人々を監視しながら、ココのパフォーマンスを引き上げる必要性を感じ、それを許嫁のノアに託した。しかし、ノアの言葉は気が利いているとはお世辞にも言えず、ココを余計に赤面させただけであった。


「ココ、階下にライブラリアンが居ます。」

メイド素体の1人がココに話しかける。もう1人は既にパントリーを出て階下に向かっている。


「ヘレニア?この季節に?」

レクトル姓族の彼女を知らぬ者はセクトには居ない。2000周期ほどインプラントの秘蹟は、彼女によって齎せれて来たからだ。しかし、1令への秘蹟の季節は春、ほぼ200日程先の筈。


「襲撃者との関係は不明ですが、2日前からこのビレッジに滞在しています。」


(どうする?)

ノアの懸念はもっともだ。学究肌のレクトル姓族とはいえ、終令マンティファロスである。相手がその気なら、メイド素体3体では手に余る。屋上のホバーにおそらく襲撃者のポッドが有るだろうが、そちらを押さえる動きをすれば、自衛措置を取るだろう。


「我々はメイドです。敷地内で動いても気に留める者はいません。1体を階下に送り側につけました。」

ノアは、そういうものかと感心する。普段、様々なサーヴィスを環境から受けているが、確かに態々気にすることはなかったからだ。ましてや、その意図になどに及ぶべくもない。


「ジェーン、確認しておきたいのだけれど。」

ココが自分を取り戻したのか、トーンは軍人のそれである。


「はい、ココ、ビレッジ市民の3体の保存、そして財産の保存、次にあなた方、最後にライブラリ、そして私自身、このプライオリティです。」


「屋上のライブラリ所有のホバー、これを接収することは?」


「セクトから報告がありましたが、実際にドームを破壊したのは別の無人機です。ライブラリの責任が明確になるか、裁定者の執行命令があれば可能です。」


「無人機とライブラリとの繋がりは?」


「軍籍であることはわかりますが、これ以上は軍に照会が必要です。」


「ヘレニアに直接聞くしかないわね。」


(ココ?まさか下に行ってヘレニアに詰め寄ったりしないよね?)


「あら、私はメイドですもの、その仕事をするだけだわ。」


(いや、そのペルソナ見ればリモートだってモロバレだからね。)


アースリングはヒトの遺伝子を多く引き継いでおり、その中でも新参のマンティコアはある程度の表情筋を得ていたが、外骨格では表現に限界があった。素体に至っては、植物生体の為、その表情伝達エモーショナルグリフの為にペルソナと呼ばれるホログラムを顔に表示している。その表現は操作主のエモーショナルグリフに連結している為、同じ素体でも個性が出てしまうのだ。エモーショナルグリフは認知世界ではヒトのそれが継承されておりほぼ外交上も知性体間の標準となっていた。


「ジェーン、使える素体はあと何体あるの?」


「屋上の作業員の2体がいざとなれば使用できます。」


「では、ここのメイドを向かわせてくれる?何か飲み物でも持たせてへレニアのホバーに。ノア、合図したらこことポートをライブラリから隔離して欲しいのだけど。ジェーン、暫くの間、見て見ぬふりしてもらえるかしら?」


「今、業務負荷が高いので、通信障害が出たとしても復旧に取り掛かるまで20分ほどかかるでしょうか?」


(襲撃素体は3体とも、ビレッジのドームつてにポートに向かってる。後数秒で直接通信域まで来るな。ジャミング開始する。)


「さて、へレニアに挨拶でもしにいきますか。」


ココ@幼女メイド素体はビレッジの協力を頼もしく思い、微笑むと階下へと颯爽と向かった。





へレニアはいわば地上のライブラリアンで独身です。期齢はグラビトーネと同じですがマンティファロス、雌体のままです。クラウディアと同じように軍経験があるので司書だとは言え侮れません。

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