表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

クアザール

微睡まどろみから意識を少しずつ外の世界へ向けると、彼女の複眼は漆黒から鮮やかな虹色に変わっていく。

(ニュート?)

事件から1年が経過しても、彼女のスキュラテムの中のそれは答えることはなかった。


ここ数日間、マンティファロスとしても大柄なその体躯をポッドの中に器用に折りたたんでいたが、やがて後脚を伸ばして床を探りつつ、普段は背中側に折りたたんでいる中脚で起き上がった。個室に目立たなく設置されている予備のモニターの呼び出しに応じる前に、不機嫌そうにその宇宙船のAIを呼びつけた。


「マントー、今の時間は?クソッタレのインプラントが反応しないんだけど?」


彼女の目覚める度に感じているその喪失感にも、おそらく気がついていると思われるが、それには触れずに簡潔に答える。

「おはようクアザール。予定の座標までおよその所20時間ほどだ。」


少しきつめの重力を体躯に感じながら記憶を探りつつ応えないインプラントの力を借りずに手早く暗算する。


「ランデブー地点までまだ7光時間は離れてる、なんで減速してんのよ?」


 悪態をつきながらモニターに表示されている呼び出しコードを確認しようと顔をむけつつ疑問に思う。


「ん?あんたおよそって何?ふざけてんの?、、、あ。」


そこには、船のアイソレータ警告が、つまりライブラリとのリンクが切れているのを表示する、デッドコードが明滅していた。


「そう、ただいま絶賛トラブルの最中で15分ほど前から減速中だ。よければ、これから最大減速かましたいんでお嬢さん、その巣から出て数分ほど安全カプセルに入ってて欲しいんだが?」


職業柄、事態を察してパニックにはならなかったものの、その経済的損失に狼狽しつつ疑問を宇宙船に向ける。


「進路には少なくとも向かっていれば衝突するような天体は無かったはずよ? 停滞空間の起動なんてクレジットの散財させるなんてどう言うこと?」


クライアントからの借り物であるこの宇宙船には、クルーザー級という小型船には不相応な装備がいくつかあり、このAIもそうだが、船殻の中心には小型ながらセーフティカプセルが搭載されていた。最大でも88秒程ではあるがカプセルの表皮数ナノメートルから内側の空間は完全に時間を停止することができる。ニュートリノでさえ其の空閑を通過することはできず、もちろん如何なる力場の影響を受けることはない。完全に慣性系が固定され中では時間の経過も感ずることはなくなる。


「一つは、ライブラリリンクが禁止された宇宙域に我々が今いると言うこと、君のアスペクトクラスのAI、なんて言ったっけ?ソニー?だったか?インプラントの管理人が答えないのはそのせいだろう。

二つには、巨大な質量の天体がまさにこの先、我々の目的地に存在するのが探知された事によるよ。」


前者は、何らかのライブラリが認めない紛争がこの領域であって、中立か、もしくは考えたくもないが、我々に敵対する側に司書どもが付いた可能性がある。後者は、つまりペシャンコになる前に、その何かとの相対速度の安全を確保、つまりマント一の言うとおり、一刻も早く、急減速に入らなければ、回避半径を取ることが出来ないと言うことだ。


「天体? スペクトルから半径67,000km程の小さい赤色矮星みたいだけど、公転周期、、、約25時間弱? 連星らしいけど相手の情報が無いわよ? ブラックホール?」


移動を開始しつつ、エージェントクラスのAIをインプラントローカルに起動し、船との共有視界に映されたその天体の情報を流し読みしつつ疑問に思う。


「うーん、この公転周期だと互いの境界が保てないはずなんだが、それはさておき、ブラックホールならこの距離よりはるか前に警告があるはずだ。」


彼女は悪態をつきつつも、即座に宇宙船の中心に設置された安全カプセルを目指して6脚をフルに使って移動を始めた。他の手段についてあれこれ議論する時間はおそらく無い。

マントーについてはその独特のユーモアに辟易してはいたが、彼女のインプラントのエージェントクラスのAIなどとは別物の、おそらくこの船からも独立した存在であり、わずか覚醒時間にして数ヶ月の付き合いではあるが、その知性の判断については信用していた。


「カウントダウン始めるよ、死にたくなければ急いだ方がいい。10、9、」


最後の隔壁の前で足を止めると、解除コードを叩きながら、どこでミスったのかデバッグを補助脳の一つに任せ、ふと浮かんだ疑問を投げかける。


「そんなコリジョンコースにギルドは進路予約許可出したわけ?」


「8、7、それなんだが、ナビゲーションマップには問題の宇宙域には天体は登記されていないんだ。我々の4Dボクセルは今だに航行予約上有効なままだよ。」


彼女等のこのテリトリーは衝突銀河系とはいえ、この宙域は半径4.5光年ほどの天体過疎地であり、近隣からの観測データの上書きもこの数千年以上記録がなかった。クライアントからの依頼を受けるにあたって、ランデブーポイントに指定された宙域周りは入念に調べてあった。未登記天体なら予想外の儲け話に繋がるかもだが、天体登記に至るプロトコルは現実には厳格な実力行使であり、政治力の至らない個人で対処するには相当の危険が伴う。彼女の8つの補助脳の内、前脚基節の2つが賞賛する一方、後脚基節の2つが疑念を感じて警告を発している。


「近辺にゲートが無いにしても、ブラックホールならギルドのマップにも無いなんて考えられない。この船のスキャナーではその障害、相手の連星の境界半径がどうもはっきりしないんだ。5、4」


クアザールは、カプセルに飛び込むと、船から見えないように腹部のマイカンギアから何かをそっと取り出すと室内側のインターフェースプラグに滑り込ませた。


「3、2、準備はいいね?お嬢さん」


クアザールは、中脚補助脳に問題の天体に関する計算を任せると、共有視界に映るその姿をもう一度眺めた。


(まるで何かの王冠、いや、竹鞠?)


赤色矮星を表面のアクセントにした巨大なスフィア状の籠の向こうに規則正しいハレーションが見える。彼女の視覚は近赤外から紫外線域まで広大であるが、そのハレーションの並びには物理法則を無視するかのような巨大な人工物としての規則性が見えた。

彼女は一瞬、その創造主について想いを馳せると戦慄したが、丸籠の目的合理性とその巨大な網目細工の構造保持に要するエネルギーから考えて人工物ではありえないという結論に達し、カプセルを閉じるに任せ、その時を待った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ