第8話・魚食べてぇ
ヒグマを倒して帰ってきて二日後、熊肉で焼肉パーティーをしていた時に言っていた通り僕たちは山を下り森を出て都会に出ていた。
「…なんじゃ、あんまり驚かんの」
「いや、驚いてますよ。別の意味で……」
山を下りた後、少し歩いたらバス停があってそこからまた電車に乗り継いでいくと田んぼばかりだった景色は徐々に建物が見えて来たと思えば、降りてみればビルに包囲されている始末だ。
何というか、異世界と言えば中世ヨーロッパ的な雰囲気を期待していた僕にとってその光景は見慣れすぎてある意味ド肝を抜いたと言えるだろう。
(やっぱり、日本に似すぎている…パラレルワールドって可能性もあるのかなぁ、今いるところがヒグマとかいるし札幌の可能性があるな)
街並みを観察しながら高校1年生の時に家族と言った北海道旅行のことを思い出す。その時の街並みもこんな感じで、雪が積もっていたのにミニスカのJKが普通にいたことに一番驚いていた。
ちなみに、僕や師匠がそこまで厚着でもないのに平然と歩ける理由は【身体強化の魔法】の常時発動によってなんか体温が高くなっているのだ。
「師匠、ここはワァヘドのなんてところなんですか?」
「ここは、ワァヘドの中でも北の方でのアジーンと言うのじゃ。そもそも、アジーンはワァヘドの中でも最も広くての、海産物などは大変美味なのじゃ」
「海産物!!そういえば、山に入って海の魚なんて食べてなかったですね。川はありましたけど、あっちは生食できませんし」
駅を降りると商店街が広がっており、そこには地球とそう変わらない街並みが広がっていた。
そう、この世界はほぼ文化レベルは僕の世界以上と言っていい。その中でもワァヘドは日本に近いからかほぼ文化が同じと言っていい。
魚は生食をするし、フグをさばいて食ってるし、歴史を見ても過去に織田信長的な奴が存在して本能寺的な寺が火の魔法で焼き討ちされていたりする。
言うなれば、少し魔法チックな地球と言う世界なのだ。
「食べたいのぉ…」
「ダメですよ、師匠。今から食べに行ったらお孫さんとの約束の時間に間に合いません」
「…そうじゃの、久しぶりに孫に会えることを一瞬忘れとったわい」
「忘れないでくださいよ…」
物欲しそうな目で店の食品サンプルを眺めている師匠を引っ張り出して、商店街を抜けると待ち合わせの場所に到着した。
「もうすぐ来ると連絡があったぞ、ここで待っとくかの」
「はい、師匠」
到着した待ち合わせの公園のベンチに腰掛けながらこの公園の中心部に目を向ける。
開けた広場の中には巨大な数字の1の石像が中心に建てられており、一体誰が何のために何の意味で作り上げたのかできれば聞きたいところだがそんなくだらないことを考えている内にどうやら待ち人は来たらしい。
「お、じ、い、ちゃーん!!!」
「久しぶりじゃの、エナ」
師匠をロックオンした瞬間、まるでヒグマを思わせる敏捷性から放たれるタックルは師匠に真っすぐ激突しんがらも抱きよせ二歩、三歩ほどのけぞらせた。
師匠が【身体強化の魔法】の魔法を常時発動させているゴリラでなければ今頃ぎっくり腰で動けなくなっているだろう。
「うん、本当に久しぶりだね!…あ、それでこの人が」
「始めまして、今は師匠から猟師の仕事について学ばせていただいている。影山阿歩炉と言います、よろしくお願いいたします」
「そうですか…私、エナって言います。今は高校1年生でここからはちょっと離れてる高校に通ってます!!」
顔立ちは師匠そっくりで髪は僕と同じ黒髪ショートの黒目、あまり日焼けしていない肌、話しには聞いていたが元気いっぱいの少女で師匠によるとバスケをやっているゴリゴリの体育会系なのだ。
僕としてはバスケ部にはせっかくモップをかけて綺麗にしたコートを上履きで踏んづけられた恨みがあるのでいい思い出はないがこの天真爛漫な笑顔を見るとつい心を許してしまいそうになる。
「こいつは、色々あっての弟子ではあるが一種の家出中のようなものじゃ」
「家出?」
「…あはは、師匠には本当にお世話になってますよ」
彼女に異世界から来た云々は話すつもりはない。師匠に話したのはうっかりミスと言うか仕方のない部分もある。
それに、僕はこの世界の人とあまり仲を良くするつもりはない。結局、去るわけだし別れ際が悲しくなるし、未練を残してしまう。
「弟子ってことは阿歩炉くんも魔法使いなんですか?」
「ま、まあ…まだ、修行中ですけど」
だが、急に彼女から話しかけると急に全身に血が巡るのを肌で感じながら頬が赤く染まったのを感じた。
(ど、どうしたんだ僕!?なんで、人と話すのがこんな恥ずかしいというか緊張するんだろう……)
この時の僕はまだブランクと言うのを軽視していた。だが、一か月以上もの間師匠としか関わらずひたすらゲロ吐きながら魔法の修業をしていた僕に日本にいたころのコミュ力が宿っているわけもないのだ。
「そうなんだ、いいなぁ……私も魔法使いになりたかったんだけどおじいちゃんが絶対にダメって言うんだ。ねえ、おじいちゃん私も魔法を勉強したいよ」
「ダメじゃ。エナには危険すぎるし、こんな平和な時代に魔法を学んでも地震で非難するときくらいしか役に立たんぞ」
「十分だよ!ねえ、阿歩炉くんも言ってあげておじいちゃんに私に魔法を教えてあげてって!」
「えぇ‥‥」
まあ、確かに最低でも家電魔法――いや、生活魔法があれば山の中ではかなり便利だし、師匠の言う通り災害時にこれほど光る魔法はないだろう。
だが、師匠の方をちらっと見ると『説得しろ』と暗に言うかのように顔をしかめたりムスッとした表情になったり『ダメ』と口を動かして抗議してきている。
「…その、エナさんは自分の魔力って感じられる?」
「え?うーん、わかんない」
「じゃろじゃろ!そんなひよっこが儂から魔法を学ぼうなんて100年早いんじゃよ」
何となく理解した。エナさんは僕と同じスタートラインからのスタートとなるのだろう。そう、一か月前なのに記憶にこびりついて一生、離れそうにない嘔吐地獄、そして全身筋肉痛の悪夢。
僕が自分の魔力を感知しようとしたところ数十分で師匠に諦められる始末ですぐに嘔吐トレーニングに入ったため、あんなことを実の孫にやりたくないというのは当然だろう。
「うん、僕もそう思いますね。エナさん、魔法に憧れるのは良いですけど魔法がすべてではないんですよ」
「…はい、でも…阿歩炉くんはどうやって魔力を感じられるようになったの!」
「その、そうですね…」
師匠から、どうにか誤魔化せと指示が視線が飛んでいるので早速適当な嘘で誤魔化そうとするが、彼女の目があまりにも真っすぐすぎて思わず口が止まる。
「…と、特別なトレーニングですね」
「特別なトレーニング!?あの、阿歩炉くんそれがどういった物か教えてくれない!?」
「…特別なので、言えません」
あまりの光のオーラを見て、山で闇に染まってしまった僕の心には眩しすぎた。そのため、嘘ではないが本当のことも言っていない逃げの発言をしてしまった。
「そこをどうにか教えてください!!」
「いい加減にせい、阿歩炉が困っとるじゃろ。それに、エナは学校の成績はどうなのじゃ?」
「ギクッ…あはは…」
「聞いとるぞ、朝早くに部活に来たと思ったら授業は丸々寝ているそうじゃの…そういえば、テストも近いと聞くのぉ…」
痛いところをつかれたのか、先ほどまでのイケイケな雰囲気は消え目が右往左往している。そんな彼女を見て形勢逆転を察した師匠はこの隙に魔法の話題を打ち消すのであった。
「早速行こ!おじいちゃん!魚~魚~!」
「儂が魚でも食いに行くかと言ったらすぐに調子づきおって」
「師匠も食べたいって言ってましたけどね」
話しが終わった後、ちょうどよくお昼の時間と言うことで、師匠の提案で先ほど目に留まったお店に行ってみることとなった。
それを聞いて上機嫌になったのはエナで、俗世に疎い僕たちは知らなかったがあの店はかなりの優良店で、評価サイトでも高評価を得ているようだ。
「まあ、この程度で孫の笑顔を見れるなら安いもんじゃな」
「確かに、あの笑顔を見てると何だか安らぎますね」
「…孫はやらんぞ」
「何言ってるんですか、置いてきますよ」
上機嫌になったエナさんは商店街を若干小躍りになりながら足早に進んでいく、それにおいて行かれた僕たちはその天真爛漫な姿に思わず笑みをこぼした。
しかし、師匠が何か言い出したので後ろで何か言う師匠を無視してエナさんに追いつこうと早歩きをし始めた。
「大体、師匠はデリカシーがないというか……っとすみません…え」
早歩きで歩き出したはいいものの、ちゃんと師匠がついてきているか心配になったので少し後ろを振り返ったその瞬間、よそ見をしたせいで誰かとぶつかってしまう。
反射的に振り返り謝るも、目線の先にいたのはまるでカラスのように真っ黒なローブを来た男がいた。
その一瞬、確かに僕の呼吸は止まった。その、格好に見覚えがあったからだ――そう、他でもない僕を殺した男にそっくりだった。
だが、僕に何かすることもなく足早に商店街の外へ歩いて行った。
(…そんなわけないか、身長だって違うし世界だって違う、他人の空似って奴かな)
残念ながら特徴が一致したのはフードを深くかぶっていたという点だけ、だが初めて都会に出て師匠が以外の人と交流を持ち始めた僕にとってはとてつもない衝撃だった。
だが、次に出たのは別の疑問であった。ここがいくら北海道のように寒い気候とはいえ、旅行で言った時も全身が黒ローブと言う不審者のような格好の人物は見たことがない。
「前に気を付けるんじゃぞ、阿歩炉」
あの黒ローブについて思案していると後ろから追い上げてきた師匠がポンと頭を叩く。
「…はい、ところであの黒いローブって何ですかね、コスプレってやつですか?」
「わからん、それよりもついにエナが見えなくなったぞ。急がねばな」
まあ、テレビもないあの小屋で外界の情報をシャットアウトして生活していた師匠や僕が知る由もないだろう。
それよりも、気づけばエナさんは曲がり角を曲がって後姿が見えなくなっていた。
「もう、遅い!!」
「悪いの、阿歩炉が遅くて遅くて…」
「…師匠と僕は同速ですけどね。ごめんなさい、エナさん」
姿の見えなくなった彼女を追うため師匠と共に小走りで曲がり角を曲がっていくと師匠が食品サンプルを眺めていた店があり、その前にはぷくーっと頬を膨らませ、腰に手を置いたエナさんが待っていた。
「いいですよ、どうせおじいちゃんが何かしたんでしょうし…それよりも、早速入りましょう!!」
「そうじゃの…どうしたんじゃ?」
「いや…なんでもないです」
エナさんに続いて店に入ろうとした時、どこからか視線と言うか殺気を感じたような気がしたが、振り返っても誰もいないし――まあ、野生の勘的なものなので誤作動することもあるだろう。
(…ヒグマを見つけるときとかにはすごい役立つんだけどなぁ)
自分が段々と人間離れと地球にいた時の自分とかけ離れ始めていることに気が付かない阿歩炉であった。
この世界は魔法が存在するマジカル地球です。