第5話・魔法の成果
一か月後――
魔法の属性を決めて、それを形にするまでの修業を一か月し続けていた。
その間にも、いつもの魔力コントロールの特訓によって何度も吐いて吐いて――繰り返しまくって練度を上げていた。
そのおかげかこの一か月間に嘔吐する回数は100回ほどに納まっていたのだ。最初は一日に14回嘔吐している僕からすればかなりの快挙と言えるし、最後は全く嘔吐せずあの訓練を終えることができた。
「それじゃ、見せてもらおうかの阿歩炉よ」
「はい、行きます!」
そして、今日は新しい魔法のお披露目の日なのだ。
最初の方は湖から一杯の水を掬いあげるようなイメージで魔法を行使していたが、だてに100回嘔吐したわけじゃない。
庭には僕の魔法を当てる相手として気に何個か吊るされている的に向かって魔法を放つのだ。
まるで、水道の通り道が高圧洗浄で洗浄されたように体全身に水路が通ったように湖の水を行き渡らせることができるようになっていた。
想像するのは、手刀の刃から魔力を斬撃のように放つ。鋭く、より刃のように流れるように、淀みのないように――
「切って【煙の魔法!】」
手刀を振るう、それはただ空を切るだけでなく煙が斬撃として放たれ木の的を真っ二つに切り裂いた。
ここまでなら普通の風の魔法と変わりはないが、的を通過した後に刃の形態が崩れそこから煙が発生した。
そう、僕の魔法属性は気体の魔法から選んだ【煙】。これは、初日に森の中で遭難してもし狼煙を上げられたらなという経験と煙幕撒いたらすぐに逃げられる
「ほう、面白い発想じゃな。一見普通の煙の刃のように見えるが、後に煙を拡散させることで攻撃と防御を一体化させたのか」
「そうなんですよ、意地でも死にたくないので」
「お前らしいと言えばお前らしいの‥‥‥じゃが、発動に“切って”という詠唱と手刀のモーションが入ったのはまだまだじゃの」
師匠の言う通り、僕の魔法にはまだ無駄がある。最初は煙の刃を作ることができたがそれをうまく放つことができなかった。
なら、いっそのこと手刀にしてはなってしまえばいいのではないかと考えたのだ。
よく漫画やラノベで斬撃を飛ばしているのはよく見ているし、イメージするのはそう難しい事じゃない。
最初の方は放つタイミングと振るうタイミングが合わずにあらぬ方向に行くことが多かったが、それは時間が解決してくれた。
「そうなんですよね、何で魔法を発動させた後動かすのってなんでこんなに難しいんですか?」
「体内であればお前は魔力コントロールの影響で好き放題動かせるじゃろうが、外のコントロールは初心者じゃからの、要するに特訓不足じゃ」
「……師匠、嘔吐するんで簡単に習得できません?」
「無茶じゃよ」
そう簡単には行かないということだ。と言うか、嘔吐を簡単なことだと認識し始めてきた自分に思わずぞっとした。
さて、当然だがこの一か月の成果は煙の斬撃を出せることだけじゃない。それ以外にも、師匠から煙の魔法の応用方法や風の属性と共通した運用方法などを教わっている。
「これなら次の段階に行けそうじゃの」
「…次の段階?」
聞き捨てならない発言が師匠の口から零れる。一応、この一か月間は魔法の特訓のためと言って魔力を限界まで振り絞ることで鍛え、煙についての勉強をして、魔力コントロールの嘔吐すら耐えたというのに。
「お前は、その貧弱な肉体で試練を乗り越えるつもりなのか?」
「ひ、貧弱って‥‥‥一応、バレー部だったから最低限は鍛えられているはずなんですけど、ていうかそもそも試練が何かすらわからないじゃないですか」
「じゃが、備えあれば憂いはないぞ。だから、お前には【身体強化の魔法】を覚えてもらうのじゃ」
「【身体強化の魔法!?】」
さらっとこの世界では貧弱だと言われたのは置いておいて、身体強化の魔法は異世界もののお約束と言ってもいいだろう。
数十メートルをジャンプしたり、俊敏な動きで敵の攻撃を躱したり、とてつもない力を発揮することのできる能力だろう。
「…まあ、今のうちに調子よくさせておくかの」
うきうきとその場で跳ね回る僕を見て師匠はボソッとそう呟くのであった。
早速、師匠が実演すると言って僕が真っ二つに切り裂いた的を持ってきて何やら握り出した。
だが、いつものように【身体強化の魔法】とつぶやくことなく力を入れ始め的はミチミチと音を立てて握りつぶされた。
「し、師匠ってゴリラだったんですね……」
「誰がゴリラじゃ、これが身体強化の魔法じゃよ」
「いやいや!?師匠何も詠唱してなかったじゃないですか……いや、もしかして無詠唱ですか!!」
無詠唱、それは大体ラノベや異世界ものではできるものが少ない高等技術として扱われるほどの存在。僕も一度試してみたが、煙の斬撃はそもそも真っすぐ飛ばなくなったり、切り裂けなくなったりとイメージが万全にならないのだ。
「あってはいるが間違ってもいるの、これは元々詠唱されておったのじゃ」
「元々詠唱されていた?」
「うむ、魔法はイメージで作り上げるものじゃがこの身体強化の魔法は毛色が違う。この魔法は、全身の魔力を高速で回すことによって発動するのじゃよ」
「高速で回す……」
とてつもなく覚えがあった。間違いなく、その回転と言うのは僕が一か月の間に100回も嘔吐したあの特訓と同種のことであろう。
「何となくわかったようじゃの、早速やってみなさい。ちなみに、失敗したらどこからか血が噴き出すか最悪死ぬから気を付けるようにな」
「待ってください、師匠。やりたくないです!!」
やろうと意気込んでいた瞬間に師匠の口から無視できない言葉が早口で飛び出した。だが、僕の耳はしっかり聞き逃すことなく聞き取った。
「うるさいの、安心せい。もし、魔力が暴走したら儂が止めてやるぞ」
「‥‥わかりました」
今までは腕や足くらいしか意識して魔力を回していなかったが全身に魔力の湖から水路を繋ぐイメージで全身に魔力を回していく。
それを、川の流れのように血液の流れに沿って高速で回していく。
「行きます!【身体強化の魔法】」
固まったイメージと共に詠唱すると体中から力のみなぎる感覚があふれ出した。
「うぉおぉ!!これが、力か!!」
「ほれほれ、力に飲まれるものじゃないぞ。だが、一発で成功とはの何回か怪我すると思っとったんじゃがな……」
「え、師匠…暴走したら止めてくれるって…」
「お前が死にそうになったらの」
要約:怪我は知らん、むしろ体で覚えていけ。と言う事である、当然だが僕の師匠への信頼ゲージが下がったのは口に出すまでもないだろう。
「あの、師匠これってどこまでやればいいんですか?めちゃくちゃ疲れるんですけど」
特段魔力の消費が激しいというわけではないのだが、なんというかずっと魔力を回しているわけなので精神的な疲れと、肉体を酷使しているからか疲れるのだ。
「ずっとじゃよ」
「……え?ちょ、ちょっと待ってください師匠!どういうことですか!?」
「ずっとはずっとじゃ。今から、お前には24時間365日この特訓を続けてもらう、理由は単純じゃ身体強化が上がる、魔力の許容量も上がる、同時に魔法を使えるようになるかもしれんの…ほら、いいこと尽くめじゃろ?」
「も、問題点はありますか?」
「お前がとにかく疲れる」
何となく嫌な予感はしていた。確かに、魔力の消費はかなり少ない、動かなければほぼゼロと言っていいだろう。しかし、疲れる。とにかく疲れるのだ。
「安心せい、寝ている間はこいつを使え」
「…これなんですか?」
一体、何を安心すればいいかわからないが、師匠から渡されたのはちょうど僕の腕にピッタリサイズのサイズの腕輪だが、触れてみればこいつは魔力を帯びていることがわかる。
「これはの、もしお前が身体強化を辞めると【雷の魔法】が起動して起こしてくれる魔道具じゃ」
「いらないです!!」
「ダメじゃ、短時間で魔法を極めるには荒療治は仕方ないんじゃよ」
「…ぐっ」
そう言われると何も言えない、確かに頼み込んでいるのはこちら側だしこれが魔法の特訓、ひいては試練を乗り越えるのに役に立つとすれば万々歳だ。
これで、試練が戦い一切なく知力だけで何とかするとかだったら崩れ落ちるが。
――まあ、察しの通りその日の夜は結局何度も何度も痺れる羽目になり一睡もできないまま身体強化の魔法を発動し続けることになったのであった。
「‥‥‥元気ではなさそうじゃな」
「……」
僕は師匠に返事もせず、ただ虚空を見つめていた。なぜなら、少しでも体を動かせば筋肉痛によって悲鳴を上げのたうち回ることになるからだ。
最初のコントロールの特訓の嘔吐だって苦しいは苦しかったがそれは朝だけだったので何とかなった。
しかし、身体強化の訓練は四六時中行うため終わりの見えない苦痛に初日ながら心が折れそうだった。
「しっかり飯は食うんだぞ、じゃないと壊れた筋肉が再生せんぞ」
「はい……その、【回復の魔法】って無いんですか?」
師匠の言う通り食べないとまずい、幸いにもあのコントロール訓練になれたからか気持ち悪くなる時はあれど嘔吐するまでではなくなったので存分に食べられる。
だが、それでも痛いものは痛い。なので、これを和らげる方法がないかと思って訪ねてみたが師匠は首を縦には振らなかった。
「ないの、人間は人体についてあまりに未知な部分が多すぎる。それに、人によって差が生まれるから想像することが出来んのじゃ」
「…デスヨネー」
ここで言う想像とはそれまでの過程がどれだけイメージできているかと言う事である。
例えば、前にも言った時計魔法は時計がどういう仕組みで動いているか想像できなかったため正確に時を刻めなかった。
そう、魔法は想像で動くが決して妄想であってはならない。
空想を力として扱えるなんて人間にはありえないことだ、もしそれができるとすれば――神くらいだろう。
結局、丸一日はろくに動けずベッドで横になって一日が終わった。当然、身体強化の魔法が何度か切れたので電撃を何発か食らう事となった。
「……あれ?」
だが、異変は一週間程度で訪れた。なんとぐっすり眠れたのだ、それどころか気づけば毎日のように僕の体を滅多打ちにしていた筋肉痛がかなり楽になっている。
「どうやら“至った”ようじゃの」
「し、師匠?どういうことですか」
「まあ、口で説明するより……ほれ、潰してみるのじゃ」
異変について聞くためリビングを訪れたら何やら確信した表情で師匠が立っていたと思えば何やら意味深なことを言って僕にリンゴを投げ渡してきた。
「つ、潰す?」
「ほれほれ、ここにじゃよ」
そう言うとコップを取り出して机の上に置いた。
「僕、ゴリラになった覚えはないんですけど?」
「安心せい、人間はみなゴリラの仲間のようなものじゃ」
「……行きます!!」
もう、何も言うまい。ここでグダグダ言ったところで何かが変わるわけではないと観念した僕は言われた通りリンゴを潰そうと万力を込めようとしたその時だった。
「え?」
そこまで力を込める必要もなく、少し消費した箱ティッシュを潰すくらいの力であっさりとリンゴ僕の手の中で潰れていった。
「これが【身体強化の魔法】じゃよ。魔法は対外に放出するものばかりじゃが、これは体内で回転させるだけじゃからの、お前は無意識に魔法を発動できるようになったのじゃ」
「魔法を無意識に発動……でも、こんなに早く習得できるものなんですね」
「普通はできん、だがのお前の場合は毎朝当たり前のように儂から魔力コントロールの訓練を受け嘔吐し続けた。それが、慣習化されていたからこそ短期間で習得できているのじゃ」
師匠の言う通り、僕は今身体強化の魔法を発動させるためにイメージをしていない。だというのに体内の魔力は回り続け発動し続けている。
それによる、疲れや回転に慣れたからこそ無意識で発動できるようになったのだ。
「うぉー!!これなら、あの憎きヒグマも一撃ですね!」
「よっぽど人里に降りてこない限り倒さないがな……だが、今のお前ならヒグマと互角に戦えるじゃろ」
「じょ、冗談ですよ。戦いたくないですよ!?」
「知っとるよ。だが、試練の手がかりがないのだから一度挑んでみるのはいいかもしれんの」
異世界に転移してから結構経ったが試練のしの字も現れない。スキル【異世界転移】灰色の表示が変化することなく、平和に時間は流れている。
でも、そのたびに帰りたいという気持ちは消えることなく燃え滾るのみである。
お母さんが作ったカレーが恋しい、お父さんと遊んだあの日が恋しい、文化祭はどうなったのだろうか、急に一人死んだから中止になどなっていないといいのだが――
「…じゃが、妙じゃ。阿歩炉が見つかった場所にはヒグマなんてめったにおらんはず……何も起きないといいんじゃが」
どこか遠い目をしている阿歩炉をしり目にアインツはそうぼやいていた。