第3話・リバーストレーニング
異世界生活二日目、ついでに僕の誕生日となったわけで17歳になった。
僕はここで狩猟をしているアインツさんの前で帰宅宣言をしたということで僕は今日からさっそくビシバシ鍛えられることとなった。
「まず、軽くここら辺の地理を説明するかの」
「はい、お願いします」
そう言うと、小屋の奥から少し埃の被った地図を持ってきて机の上に広げた。
もしかしたら、異世界ではなく未来の日本に来たのではないかと少し期待したがそこに書かれていた地名や地図の形から違うと確信する。
「まず、儂らが今いるこの国の名前はワァヘド。主に自動車と工作機械、電子機器などの生産業とサービス業で成り立っている国じゃ」
「自動車って……やっぱり、科学は相当進んでいるんだ」
僕を助けた時も猟銃を使っていたみたいだし、この地図もかなり正確に見える。つまりは、この世界は限りなく僕がいた世界と近い文明発展を遂げている魔法がある世界と言っていいだろう。
「そうじゃの、と言っても75年前に終わった戦争から急速に生産を拡大したせいで工場周辺ではたくさんの公害病の被害が出たのじゃがな」
「魔法がある世界なのにそこも同じなんだ」
「そうか、お前の世界もか……いつの時代もコストは削減されるものなのじゃ」
そして、この後も僕が今いる国ワァヘドについて教えてもらったけど、食料のほとんどを外国から輸入しているとか、高度経済成長期があっただとかとにかく日本と類似点が多かった。
もしかして、あのクソッたれ女神が少しでも配慮をして似た世界に飛ばしてくれたのかもしれない。
「そうだ、アインツさん。スキルについて何か知らない?」
「スキルか……選ばれし者しか得られぬもの、お前の【異世界転移】もその一つだろう。ステータスオープンと言えばスキルがあるものは展開されるのじゃが、もちろん儂はもっとらん」
「そっか、そのスキルのことなんだけど、文字が灰色になってて…」
僕のステータスウィンドウには灰色の文字の【異世界転移】と言うスキルがあった。一応、唱えてみたり押してみたりしたけど何も起こらなかった。
流石に女神から与えられたスキルなのだから何もないということはないはずだし、これが日本に変える唯一の手掛かりと言っていいだろう。
「ふむ、灰色か……それはクールタイムかもしれんな、昔の資料によればスキルは使用すると一定のインターバルが必要になる、その間は文字が灰色になり使用ができなくなると聞く」
「クールタイム……でも、僕は一回もこのスキルを使っていないはずなんだけど」
「そうか、ではステータスのウィンドウを長押ししてみるのじゃ、詳細が表示される」
「はい、わかりました。ステータスオープン!」
ステータスを開くと相変わらず灰色の表示から変わっていない【異世界転移】の文字。僕は恐る恐るそのウィンドウに向かって指を置き少し待ってみると、さらにウィンドウが開いた。
【異世界転移】
・試練を超えし時、異世界への道は開かれる。
現在の状態:使用不可
一番下の使用不可と言うのは察しはついていたが、問題はスキルの説明分だ。クールタイムと聞いたのでてっきり使用までの時間が書いてあると思ったが、試練を超えし時ときた。
「あの、アインツさん。試練を超えし時に使用可能になると書いています」
「試練か……ふぅむ、阿歩炉よ。何か、心当たりはないか?」
「心当たり、ですか」
昨日を振り返ってみても特に試練などと相対した記憶はない。強いて出すならあのクソッたれ女神との会合が今までの人生で一番の試練だったし、次点であのヒグマとである。
だが、女神はスキルをもらう前だったし、ヒグマが試練にしては既に撃破されている。
「ないですね、アインツさんはこの世界に手軽に試練を受けれる方法とかってあります?」
「あるわけないじゃろ、昔はダンジョンがあったと聞くが、今はとっくにすべてが解体されていると聞く」
「ダンジョンがあったんですか!!」
「ああ、だがダンジョン自体がよい資源だったからな戦争で負けたワァヘドにはもはやそのようなものはないのじゃ」
「……そこも同じなんだ」
日本とやたら共通点が多かったので何となく察していたが75年前の戦争でワァヘド敗北していたらしい。それで負けたから物資は奪われた……そこから高度経済成長期に入って日本と同様に驚異的な発展を見せた国がこのワァヘドと言う事らしい。
「でも、結局は何か試練を乗り越えなくちゃいけないってことですよね……もし、失敗したら僕はどうなると思います?」
「死ぬじゃろうな、神の試練と言うのは大体ろくでもないものじゃ」
「ですよね……でも、僕は諦めたくありません。死ぬかもしれなくても、それでも帰りたいんです」
「わかっとる、だからその試練を乗り越える力がいるのじゃ……お前が夢見る魔法の力をな。帰ることが目的ならそれほど修業に時間は費やせん、かなりの荒療治になるがそれでもついてくるか?」
心はとうに決まっている。自分自身に嘘はつかない、僕が本当にしたいことはお母さんとお父さん、友達―――みんなが待っているあの世界に変えること。
「はい!よろしくお願いします!!」
「そうか、ならこれから儂を師匠と呼びなさい」
「はい、師匠!!」
この時までは笑顔で元気よく返事をした。だが、僕はまだ知らなかったこれが地獄への片道切符だということに――
最初の修業はまず魔力を感じ取ることから始まった。師匠曰く、魔法はまず魔力を感じ取ってそれを動かしてイメージで固めて放つものとのことらしい。
「感じんか?」
「はい、全く……」
案の定日本生まれ、日本育ちの僕には魔力と言うものが全く感じることができず、師匠曰く体の熱を持ち上げるイメージと言う事なのだがその熱がどこにあるのかすらよくわかっていなかった。
「仕方ない、この手は使いたくなかったのじゃが…」
「え、早くありませんか師匠!?まだ、始まって数十分しか経っていないんですけど!?」
「仕方があるまい、お前はこの世界の人間のように生まれてから魔法に触ったことがないのだから荒療治は仕方がないのだ。ほら、手を出すのじゃ」
「は、はい…ってなんでバケツがここにあるんですか?」
仕方ないと言いつつ師匠が奥から持ってきたのは袋が装着された青色のよく見るバケツだった。そのバケツについて何か聞こうと思ったけど、無言でこちらに手を差し出す師匠に妙な感じを覚えながらも特に何も聞かず握手した。
その瞬間だった――
「うぐぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪かった。とにかく、ヤバかった――何と言うかジェットコースターで感じた浮遊感を内臓に行き渡らさせた後、洗濯機で回転されているようなそんな感覚が全身を覆った。
「ほれほれ、我慢するな……ここに吐くのじゃ」
「おえぇぇぇぇぇ!!」
結局我慢の限界になった僕は昨日食べたカレーと今日の朝ごはんを全てバケツの中に吐き出してしまった。
どうやら、このバケツは僕の吐き出し用だったらしい、全てを吐いたその時にやっと気持ち悪さが収まった。
「今じゃ!魔力を操作するのじゃ!!」
「ま、魔力……これ、かな……おえぇ」
確かに、吐き気が少し収まった後に体の心臓辺りから暖かいものを感じ取った。だが、すぐに吐き気が込みあがってきて再び胃の内容物をバケツに向かってリバースすることとなった。
「な、なんですかこれ……」
「あとでいくらでも説明してやるのじゃから、今はとにかく魔力を操作するのじゃ!!」
「は、はい…おえ、おえぇ」
何とか吐き気を抑えながら、体にある暖かいそれを何とか腕に集中させようと動かそうとするも中々移動しない。と言うか、重たい――まるで重い荷物を無理やり引きずっているような感覚だった。
「待て、小分けにするのじゃ一辺に運ぶんじゃないぞ!!」
「小分け、一辺には運ばない…」
確かに、この大きな荷物を小分けに運べるとしたらだいぶ楽になるだろう。いうなれば、今丸ごと運ぼうとしているのが僕の全魔力量でそれを思いっきり運んでいるからこんなに大変なんだろう。
(そういえば、洗濯機だ。まるで、洗濯機でかき混ぜられたような感覚だった。なら、大きな湖からコップ一杯の水を掬いあげるイメージで)
魔力が大きな湖だと思って、それがさっき思いっきりかき混ぜられたから僕はその位置を感じ取ることができた。後は、そこから少しずつ水を運んでいくだけだ。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
「出てきた、出て来たぞ!!魔力が手から出て来たぞ!その調子じゃ、もっともっと魔力を出すのじゃ!」
「おぉぉぉぉぉぉ!!おえぇぇぇぇぇっ!!」
手から霧状の無色の魔力が霧散していった、その姿を興奮しながら師匠は僕に声援を届けてくる。
それに答えるようにさらに魔力を放出しようとしたのだが、出てきたのは魔力だけでなく口からも色々と出てきたのであった。
「ここいらが限界じゃの、よく頑張ったな阿歩炉よ。少し休憩したらもう一度行くぞ!」
「は、はい師匠……おえぇ」
結局、僕はこの丸一日をゲロを吐き続けるのに費やした。一応だけど、その成果は出て来て魔力を師匠にかき混ぜられなくても体外に放出することが可能になった。
本当なら、魔法を習うはずだったのだが阿歩炉が気絶したので今日はこれで終わった。
そして、異世界生活三日目――この日もゲロを吐き出すことから一日が始まった。
昨日はずっと吐き続けて気絶するまで修練を行ったため何が起きたのかわからなかったので吐き出すついでに聞いてみることにした。
「し、師匠……おえ、これっておえぇ、一体おえぇ、なんなんですか?」
「これは、無理やりお前に魔力を感知させ、魔力の通りをよくするトレーニングじゃ……儂がまだ猟師になっていない頃に発明した遥かに効率よく魔法を扱えるようにする方法なのじゃが」
「最高じゃないですか!初心者の僕でも、おえぇ、すぐに魔法を出せるようにおぇ、なるってことですよね」
「そうじゃが、代償として今のお前のようにものすごく吐き気を催すだけでなく熟練の魔法使いではないとうっかり殺してしまうのじゃ」
「え?う、うっかり死ぬ?」
「大丈夫じゃ、儂はこの世界では超珍しい熟練の魔法使いじゃからの猿にでも魔法を教えてやろう」
確かに、師匠が熟練の魔法使いだということは何回かかき混ぜられていたら何となく気づいたが、いざ本当に死ぬと伝えられるといい気分はしないものだ。
おかげで、おえおえ言っていた吐き気が驚きのあまりいっぺんに消えた。
「そう睨むでない、お前は試練を乗り越える自衛の手段が欲しいのじゃろ?それも手っ取り早く」
「そうですけど……」
「わかっとるわかっとる、今度危険なことをするときは先に伝えることにするのじゃ」
「頼みます。それじゃあ、またお願いします」
危険なことは事前に説明すると約束させて、とりあえず修練の続きを行うことにした。
案の定だが、再び師匠の手を取った瞬間に体の中の魔力の湖がかき乱されるような感覚と共にバケツのお世話になったのであった。
午前中は、何度も何度も嘔吐を繰り返しながら魔力を扱うためのトレーニングを続けた。
最初のうちは前日と同様に嘔吐ばかりで魔力のコントロールは不十分だったが、気絶することもなく何とか根性で耐えていた。
「ほほほ、魔力のコントロールはそれなりに様になったようじゃの……これなら、午後から本格的な魔法のトレーニングをしていくぞ」
「や、やった…おえぇ、それじゃあこのトレーニングも終わりなんですね」
「いいや、このトレーニングをすればするほど魔力のコントロールは良くなるからの、毎朝続けていくんじゃぞ」
「…あ、はは」
てっきり、魔法を使えるようになればこのトレーニングは終わると思っていたがそうはいかないらしい。
だが、アレをやればやるほど魔力の通り道が整備されているような感覚があるため無意味ではないだろう。
結局、午前中はトレーニングの後、吐き続けたためずっと気持ち悪い状態で横になったままでそれは午後になるまで続いた。
「阿歩炉よ、十分回復したようじゃな。それでは、午後の訓練を始めるぞ」
「…はい」
お昼ご飯を食べて、ある程度回復はしたものの吐くたびに体力を削っていたからか力なく返事をすることしかできず、そのお昼も消化される前に戻すことになることを覚悟した僕はベッドから立ち上がり師匠と共に庭に出た。
「それで……師匠、魔法を教えてくれるんですよね?」
「そうじゃ、だがの…顔色が悪すぎるの、流石に午前に14回も吐き続けたらしんどいかの?一応、脱水症状にはならないよう配慮はしたんじゃが」
人間は推定5回以上、嘔吐し続けると脱水症状を起こしてしまうという。それを何回も繰り返した僕は正直しんどいどころではなかった。
だが、師匠の言う通りこれはチャンスだ。
なぜなら、訓練後は魔力の操作が一番円滑に進むタイミングでありまだ魔力の操作が稚拙な僕でも魔法を扱えるかもしれないのだ。
「そりゃそうですよ。くっ、はぁ……まあ、今はかき混ぜられている感覚もないので少し落ち着きましたけど」
「なら、魔法を扱うチャンスでもあるのなるべくあの訓練をやった後にしたいからの……ほれ、見てみるのじゃ【火の魔法】」
そう言うと師匠の指先からぼうっと、ちょうどガスコンロくらいの火が上がった。
「おぉ…」
「まだじゃ【水の魔法】【風の魔法】」
始めてみた魔法と言うものに感嘆していると、次は手のひらを下にしてから蛇口から出てくる水道水くらいの水が流れ落ちた。最後に、師匠は手のひらを自身に向けそこから扇風機の弱くらいの風を吹かせた。
「これが、今日お前に覚えてもらう生活魔法じゃ」
嘔吐すれば強くなる!!