第26話・ストーカー?
前回のあらすじ
スキンヘッドに喧嘩を吹っ掛けられて殺意が漏れ出そうになっていた。そしたら、ドライツェンさんに助けてもらった。
「…ほっ」
ギルドを出て、アールさんに紹介してもらった『カクシ亭』と言う宿を目指しながら数歩歩いたところで思わず息をつく。
一応言っておくがあのスキンヘッドにビビっていたというわけではない。
さっき頭に血が上ってそのまま下がったのもあるが、何よりもドライツェンさんの登場によって僕のスキル【第六感】がドゥ・ボアの時とは比べ物にならないほど警報を鳴らしていた。
一体、何がスキルを刺激したのかはわからないがSランク冒険者とのことでただものでないことは間違いない。
数分歩いていると『カクシ亭』とかけられた看板を見つけることができた。
外見は多少古ぼけているが、汚いわけではなくどこか趣を感じられた。
「…お、おじゃましまーす」
独りで宿に泊まったことなどないので恐る恐る扉を開け入ると、すぐに目に入ったのはギルドのように複数のテーブル席並んだ食堂がありホテルのエントランスとはまた違うようだ。
そして奥には2階に上がる階段と一辺に長居カウンターがあり、その中には長髪の黒髪が目立つ、お姉さんが立っている。
「こんにちは…あの、泊まりたいんですけど、部屋ありますか?」
「こんにちは、一部屋一泊2,000イラで朝夕の食事をつけるなら追加で500イラだけどどうする?」
「それじゃあ、二泊食事付きで…これでお願いします」
堅苦しい話し方ではなくフレンドリーな対応に内心、ほっとしながら金貨を取り出し支払いお釣りを受け取る。
だが、その一連の流れに何か思うことがあったのか呆れた目線で彼女は僕を見つめる。
「…君ね、この街は初めてでしょ。ちゃんとお釣りは数えた方が良いよ。うちはそんなことしないけど、他の所は平然と誤魔化したりするんだから」
「そ、そうなんですか…?」
「うん、それにね。宿屋に来るときは足元をしっかり洗ってくること…じゃないと足元の汚れ具合で料金を増やしてくる所もあるから」
「あ……」
確か、日本でも聞いたことがある『足元を見る』の語源は旅人の足元を見て疲れ具合を判断し、その状況に応じて高い料金を請求したことが由来だと。
「わかった?今日はよかったけど、他に行くときは気を付けてね」
「はい…ちゃんと勉強します」
それに、僕はこの世界での常識がないワァヘドの時のように頼りになる大人もいない。
この状況でほいほいと相手のことを信じるのは迂闊すぎる。
「うん、よろしい…私の名前はホヨル。ここ『カクシ亭』の看板娘だよ、ホヨルお姉ちゃんって呼んでね」
「僕の名前はかげ…いや、アポロと言います。えっと…ホヨルさんでお願いします」
本名で名乗ろうと思ったがワァヘドでもそうだったが影山阿歩炉と言う名はあまりにも異質すぎる、そのためアポロと名乗った。
そして、急なお姉ちゃん呼びの要求だが流石に恥ずかしかったので丁重にお断りすることにした。
「そっか、残念……それじゃ、客室はこの会談を上がってすぐの部屋だから」
そう言われ鍵を渡され、ささっと階段を上って2階へと上がっていった。
だけど、何故だろうスキル【第六感】が鳴り続けている。
***
阿歩炉が階段を上って数分後、再び『カクシ亭』の扉は開かれる。
入って来たのは、ついさっき冒険者ギルドで彼を助けたSランク冒険者のドライツェンであった。
「あー!ドライツェンじゃないですか、ダンジョンから帰って来たんですね」
彼女の姿を一目見るとホヨルは笑みを浮かべ彼女を歓迎しながら手招きをする。
すると、ドライツェンは何か探し物でも探すように右往左往と視線を動かしながらカウンターに向かう。
「えぇ、ちょうど今日の朝帰って来たのよ。それよりも、ここに黒髪黒目の17歳くらいの男の子が来なかったかしら?」
「……わかるよね、たとえドライツェンでもお客さんのことを話せないって」
先ほどまで歓迎ムードで笑顔だったホヨルの顔から笑顔が消え、ドライツェンを怪しむ視線を向ける。
「そうだったわね……でも、ここにいるのは間違いないみたいね」
「ッ…はあ、やっぱりドライツェンの前で隠し事は無理だね。でも、うちのお客さんに危害を加えるならあなたでも容赦しないからね」
「ふふっ、怖いわ。安心して、あの子に危害は加えない……とりあえず、泊まらせてちょうだい、そうすれば私もお客さんね」
「はーい、一泊5,000イラね」
「足元見ないで頂戴……」
冗談は置いておいて、ホヨルにとってドライツェンは長年の太客である
エルフであるがゆえに、気に入れば長期間宿泊してくれるし愛想もいいから楽しく会話できるが、まるでこちらの心を見透かすような喋り方は心臓に悪い。
「ありがと、ホヨル…お姉ちゃんだったかしら」
お金を受け取り鍵を渡すと、いたずら子のような笑みを浮かべた彼女はそう言い残して二階に消えていった。
「…聞いてたんだ、もしかしてあの子のストーカーにでもなったの?」
呆れた口調で、ドライツェンが居なくなった階段を少し眺めた後、彼女は業務に戻った。
***
さて、今僕は『カクシ亭』を抜け出してギルドに備え付けられている図書室のような場所で完全に日が暮れるまでこの世界について情報収集を行っている。
何故、こんなことをしてるかと言えば単純に通行料が10,000イラだと知って払えないのと、僕があまりにもこの世界の常識を知らなすぎるというのが挙げられる。
だが、結局のところ一番の理由は宿で休もうとしたらスキル【第六感】が早く移動しろと訴えかけてきたというのがある。
「…これが、イスナーンか」
ここ、イスナーンはトゥネーン王国の中にある街で王国の中でも最もダンジョンが多くその分だけ冒険者も多いので冒険者の街と呼ばれている。
街と言うか国全体が、勇気ある者を好む文化があってそのこともあって冒険者は他の国と比べて優遇を受けているそうだ。
(勇気とか僕と正反対じゃん…だから、絡まれたのかな)
そして、ワァヘドではお目にかかることのなかったダンジョンについてたが、おおむね僕が知っているものと同じで、複数の階層で分かれており、魔物が出現し、魔石をドロップする。
魔物を倒せばたまに魔石の外に宝箱が出現する場合があり、その中からは魔物の肉から魔剣や特別な魔道具などなど、様々な物が出現する。
特に、一定階層ごとにいるボスと呼ばれる魔物を倒すと豪華な物が出やすい宝箱が出現するとのことらしい。
「うーん、この世界の試練っぽいのはやっぱりダンジョンだよなぁ…」
正直絶対に行きたくないが、冒険者の街にわざわざ転移したということは――なんて、メタ読みだが思ってしまう。
そして、重要なワードを流し読みをしていくとふと目が止まる一文があった。
「スタンピード?」
何となく魔物がたくさん出てくるくらいの認識だが、それはこの世界でも変わらないらしく、長く放置されたダンジョンが暴走して魔物がダンジョンの外に出てくる現象を指すらしい。
この街でも過去に起こっており、その関係もあって冒険者をたくさん誘致してスタンピードを防ごうとする思惑もあるらしい。
だが、数年前謎の宗教団体『アポロの徒』が―――
「えぇ!?…あ、すみません」
驚きすぎて思わず叫んでしまい、周りから怪訝そうな視線が向けられるがすぐに謝り再び読み直す。
上から見ても左右からも下からも見ても、そこにはしっかり『アポロの徒』と言う記述があった。
(わかりやす!どう考えてもこいつらじゃん試練の相手は…!)
本によれば、『アポロの徒』は何らかの方法によってスタンピードを起こしこの街を襲撃したらしい。
以前、ワァヘドで先に転生した僕が『アポロの徒』は異世界からの侵略者だと言っていたがどうやら本当らしい。
はっきりとした目標ができたところで、行動に移そうと思ったがさらに読み進めてみるとすぐに気づいた。
「『アポロの徒』は既に壊滅状態……」
資料によれば確かに奴らはスタンピードを起こした。
しかし、街にいる冒険者たちも馬鹿ではない皆々が力を結集させ悪を既に打ち破っていたのだ。
「…ふぅ、そういえば魔法ってどうなってるんだろう?」
僕はナチュラルに【煙の魔法】を使っているが、この世界とワァヘドが同じとは思えない。
ちらちら街を観察していても魔法を使っている人は見たことがないが、アールさんの言う分には存在していることは間違いない。
「魔法の本……豆知識大全集?」
もはや、完全に当たり前だと思ってスルーしていたが僕は異世界の言葉を日本語として理解できるようで、目ではわけがわからない文字として認識しているのに脳では理解できている。
書いている文字も、日本語として書いているつもりなのに視覚的にはこの世界の文字として書かれているのだ。
(これもスキルの類なのかな……いや、それよりも豆知識か)
元の世界ではいざという時のうんちくを備える時にしか使われないが常識の無い僕にとってはバラエティに富んだ情報を知れる数少ない方法になる。
「魔法…魔法……あった」
この世界における魔法とは、体内の魔力を呪文により練り様々な現象として発現させる物の総称である。
呪文を覚えればすぐに使えるというわけではなく何度も何度も練習することで使えるようになるらしい。
だが、ワァヘドのように魔法のバラエティはそこまで発達しているというわけではなく【電車の魔法】【車の魔法】【飛行機の魔法】なんてトンチキな魔法は存在しない。
そして、呪文で魔法を使う世界ならではの発明として呪文を覚えられる魔道具が存在しており、それに何個か呪文を記憶させ咄嗟に発動させているようだ。
(それじゃあ、僕が覚える必要もないか…)
有用な物だったら習得しようと頑張ったが、【煙の魔法】で十分戦闘は事足りるし、飲み水なども生活魔法の【水の魔法】で賄える。
それこそ、回復魔法や空間転移魔法などこの世界に存在するなら是非とも覚えたいところだが、この本にはそこまでの記述はない。
それに、窓を眺めてみると空も暗くなってきた。
ちょうどいい時間かと思い本をしまい、ギルドを後にした。
***
ギルドを出ると既に日は落ちて、真っ暗になっていた。
日本とは違い街頭などはないが周囲の建物から漏れている光によって完全に真っ暗と言うわけではなかった。
(日本と比べたら治安は悪いだろうし、さっさと帰ろう)
夜道を一人で歩くのはいくら僕が魔法を使えても危険なことに変わりないため、すぐ『カクシ亭』に戻ろうとしたとき、路地裏にいる影に視線が一点に釘づけにされた。
「………」
じっとその影を見つめるとそれは人間だった。
無造作に伸びた髪、ぼろく汚れた服を着こみその場で項垂れながら動こうとしない。
日本ではあまり見たことがないが、目の前に皿が置いてあることから詳しくは知らないが物乞いやホームレスと言うやつだろう。
だが、別に見たことがないわけじゃないし日本で見つけた時は無意識にかかわらないようにスルーしていた。
(なのに、何でこの人を見るとこんなに胸がざわつくんだ…)
別に攻撃をされたわけでもないし、特別目を引く要素もない。
その上、僕はこの世界に来てまだ浅く明日が安泰かもわからないほど余裕がない。
「…これ、置いてきますね」
決して同情なんかじゃない、憐れんだわけでもない。
一度も出会っていないはずなのに僕は“餞別”の意を持って皿の上に銀貨を一枚載せた。
きっともう二度と会うこともないだろうと踵を返して岐路につこうとしたその時だった――
「……待て」
影が伸びて、僕の手を掴んでそう言った。




