第20話・殺意の衝動
前回のあらすじ
【煙の魔法】が【煙の魔法.EVL2】に進化した。
「救済ヲ受ケ入れよ!」
どうやら、僕のつぶやきは聞こえなかったようでまだ救済だのなんだののたまっている。
奴をギロリと睨みつけ最後の仕上げを行う。
「【煙の魔法】…まだ気が付かないのか?」
「マタ、それデスか…アナタの煙は四方ノ換気システムに……換気システムが…」
「それはもう壊した」
「ナッ!?」
そう、僕が時間稼ぎをしていた理由は四方にある換気システムを破壊するためだったのだ。
第一に換気システムの基本原理は、部屋の空気を入れ替えて、汚れた空気を外に出し、新鮮な空気を取り入れる仕組みのことを言う。
だが、もし汚れた空気が排出されず残り続けた状態でさらに煙を取り込もうとしたらどうなるのだろうか。
答えは単純でいずれ限度が来て風量がどんどん低下し、やがてファンは回転しても空気を動かせなくなる。
そして、フィルターやダクトが常時詰まるようになりモーターに負荷がかかり、加熱、焼損、結果換気システムは限界を迎える。
「それだけじゃあない…僕は換気システムに取り込まれた煙をそのまま維持していた。この意味が分かるか?」
「…マ、さカ」
「四方に吸収された煙を阻むものはもうない…【煙の魔法!!】」
詠唱と共に四方に取り付けられたファンから次々と煙が噴出していく。
そう、僕は最初の煙の爆弾の時から煙幕を解除せず換気システムの破壊に力を注ぎ続けていた。
時間稼ぎのために使ったあの大規模煙幕もその一環だった。
「これだけ僕の操れる煙があればまだ戦える。それだけじゃない、僕には進化した煙の魔法がある」
「…クッ、そレガどうした!三流魔法使イとノ実力差がこノ程度デ埋まルト思っテイルのか!」
本来のプランなら煙が固まったりなど想定外だったので、充満させた煙での窒息か一酸化炭素中毒、最悪自爆覚悟で殴りまくる気だった。
それくらい望み薄な戦いだったし、今競り合えているのは僕だけの力じゃない。
「思わない…だから、全力で叩き潰す」
「戯言ヲ!【岩の魔法】」
煙が充満し視界がはっきりしない中で全方位に発射される石の散弾。
当然、煙の魔法によって盾を作れば巨岩でもない限り防ぎきれるし問題はないし、相手は無駄な行動をしているように見える。
(だが、我の狙いは別にある……!!)
「【岩の魔法】」
岩の魔法を唱え確実に仕留めるつもりで三つの巨岩を生成しすぐにでも放てるように構える。
確かに巨岩は大きくて攻撃面積が散弾に比べて小さいが位置がわかれば当てるのは容易となる。
それがわかっているからこそ、阿歩炉は時間稼ぎ中に煙幕を解除しなかった、否できなかったのだ。
そして、阿歩炉が煙越しに物体を感知できるように男も石の礫が命中した位置を察知することができる。
それによって、奴が煙の中をいくら移動していたとしても防御した瞬間に巨岩をそこに叩き込めば煙が晴れた後には肉塊が転がっていることだろう。
「また、散弾か。【煙の魔法.EVL2】」
(勝った!……あ?)
煙幕越しから聞こえた声に内心で歓喜しながらもすぐに岩を放てるよう集中していた男にまるで青天の霹靂と言わざるを得ない情報が煙に当たった“4か所”から入って来た。
「ドこにいル!!正々堂々戦ウのデはなかっタノカ!」
(煙の魔法.EVL2は遠距離の煙を固めることはできないけど、近くの煙を固めた後動かすことができる…攪乱のために置いたけど、成功みたい)
煙の向こう側で何か叫んでいるが当然返答なんてしない。
確かに、正々堂々戦うと言った覚えがあるがテロリストとの約束なんて一番守る必要の無いものなので一切気にしない。
そして、これで奴も気づいただろう視界が塞がれ魔法による探知も出来ないこの状況が相当マズイ状況だと。
(だけど、馬鹿正直に奇襲しに行けば接近した瞬間にやられるのが関の山。窒息してくれないかなと思ったけど魔力で覆ってやがるな)
煙の中でも元気に戦えるから不思議だと思っていたが僕のように魔力で覆っていれば窒息することもないし煙を吸い込まず詠唱が乱れることもない。
「…【煙の魔法.EVL2】」
ならば、いくらここで待っても埒が明かない。
下手な遠距離攻撃は僕の位置を補足される可能性があるし、近距離はカウンターを受ける可能性が高い。
(下手すれば殺すけど……)
自分の手の中にある詠唱で作った“それ”を眺めながら葛藤する。
「サッさと出て来イ!…チッ、師弟共々往生際の悪イ」
(…我慢、我慢だ。僕は日本に帰るんだ…なのに、殺しなんてしたら……)
日本どころか世界では殺人は絶対に許されてはいけない犯罪である。
もし、それをして帰って来た僕はまた学校に戻って笑い合えるだろうか――それに、手を汚した瞬間にもう何かが戻ってこないような気がした。
「ハッ、ハハハハハ!!アインツの残しタ男がコンナ臆病者だっタトハ…そノ師匠モ程度が知れル!」
(……ッ!!あの、ッ…ぅ)
「所詮、賢者モ過去の人間…時代遅れノ老いボレ。所詮、弟子がこれデハ腐った知識を押しつケテ悦に浸ルだケノ老害…ゴミグズに過ぎなカッタ!」
プッツンと何かが切れる音がした。
まだ、僕が罵られる分には大体事実なのでなんとも思わないが師匠のことを悪く言われるのはカチンと来るものがあった。
だとしても、この罵倒は確実に僕を誘う罠であり怒りを何とか鎮めようとした。
(…殺してやる)
落ち着け、落ち着け、僕は今何を考えている。
普通に倫理的に考えてみろ、これはガキの喧嘩じゃない本当に殺してやると思ったら本当に殺してしまうんだ。
それに、こいつを殺したら――殺したら、テロリスト組織である『アポロの徒』にダメージが入って、大切な人を失った遺族も被害者も無念を晴らせるかもしれないし、師匠の仇だってとれる。
(そうだ、何が悪い。こんなの害虫駆除と同じようなものだ。アイツらの救済とやらで何が救える?)
「殺してやる」
今度はついに口に出してしまった。
もう、戻れない。吐いた唾を呑み込む前に僕は手にある“それ”を奴の足元に転がした。
「こレは…ッ!?」
コロコロと転がるそれにすぐ気づき回避しようとその場から動き出す。
しかし、それによって煙の爆弾が奴の近くに言ったことを確認した阿歩炉は詠唱する。
「爆裂しろ【煙の魔法】」
起爆剤となる魔力を魔法に変え膨張した爆弾は爆裂しあたり一帯を煙と共に吹き飛ばす。
今までの煙の爆弾であれば爆発しても煙が舞うだけだったので見かけ倒しの威力しか出なかった。
だが、核となる魔力を覆っているのは【煙の魔法.EVL2】であるため固まっている煙を放出すればその威力は初期の物とは一線を画す。
(咄嗟に岩の魔法で防がれたのか…)
爆風で吹き飛んで行った煙幕をそのまま解除し穴ぼこだらけの戦闘痕が残る地面が姿を現す。
かなり至近距離で爆裂したはずなのに男は死ぬことなく壁に全身を強打する程度で済んでいた。
「ヤ、やメテくれ…」
「……」
既に息は絶え絶えで爆発から身を守るために魔力も体力も使い果たしたようで力なくその場に転がっている。
対する僕も残りの魔力は少なく、体力も限界に近い。
だが、後は今この手にある剣で切るだけだ。
「ソ、そノ剣は…ッ」
そう、僕が持っている剣は師匠が魔法で作り出した風の剣を模した物、切れ味や耐久力は似ても似つかない。
だが、これに足の健を切られ『ザ・ワン』を破壊されているやつからすれば畏怖の対象なのか震えだす。
(………)
いざ本当に殺す前となると僕の頭は急に冷静になり僕がやろうとしているのは正解なのか正義なのか考え始めていた。
まあ、少なくとも僕が帰るためにこいつを殺す必要はない。
警察に突き出すなりなんなりすればいい。
むしろ、人殺しなんて考えなくてもやってはいけないことだとわかるし、法の正義に則るならこれは私刑だ。
(…頭では分かってる。間違っているって…)
殺気も怨嗟も収まらない、一歩一歩前に進むたびに膨れ上がっていくのを感じる。
きっとこの場に師匠がいれば僕の頭をぶっ叩いている所だろうし、復讐なんて望んでいないだろう。
(…でも、感情が収まらない)
頭は納得した、だけど体と心が全く納得していない。
「…や、めてクレ」
『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
頭の中がまるで自分の物ではないのかと思うほど殺意に支配されている。
そう、こいつを殺せば師匠は望まないだろうが僕の気分は幾分か清々するだろう。
そうだ、師匠のためじゃない僕のためにこいつを殺すんだ。
殺意の伴った剣は上段に構えられ奴に向かって振りかぶった。
『決して、儂のように道を間違えるじゃないぞ』
(…いや違うな)
バコンッと鈍い音が鳴ったと思えば、男には傷一つついておらず振り下ろした剣は壁に深々と突き刺さるというかねじ込まれており、ただの煙から魔力に還っていく。
すんでの所で顔面に剣がねじ込まれそうになったからか男は口から泡を吐きながら気絶している。
「…【煙の魔法.EVL2】」
魔法を発動させ固めた煙によって拘束し、別に詠唱無しでも使えないこともないので気休め程度だが詠唱されないように口も塞ぐ。
「はぁ…」
長い戦いは終わった。
別に気が晴れたわけではないが、これで師匠も多少は――多分、きっと立派になった弟子の姿を見て安心して逝けるだろう。
「…どう説明すればいいんだ?」
全てが終わった後に普通に我に返った僕は頭を抱えて考え始めた。
こいつを拘束したはいいものの、警察に突き出すとしてどう説明すればいいのかテロ犯のアジトをたまたま見つけて襲撃しましたなんて言ったら僕たちが逮捕案件だ。
だが、一番マズいのはそこではない。
どうやって師匠の死をエナさんに伝えればいいのだろうか。
「遺言通りに伝えてもなぁ…ん?」
『悪いの』しか残さなかった師匠を少し恨みながらも無意識にきょろきょろしていると師匠の風の龍の攻撃によって破壊された壁の向こう側に目が止まる。
あっちは確か地図にも載っていない空間で奴が『ザ・ワン』を持ってきた場所でもある。
(うーん、一応見に行くか)
正直、何が起きるかわかったもんじゃないので入りたくないがそれと相反するように入れ入れと暗闇の中から呼びかけ続けられているように感じる。
「真っ暗だなぁ、何も見えない。明かりをつけたいけど、ここで火を使ったら何かに誘爆しそうだしなぁ…」
壁の奥の割に瓦礫が積もっている所以外は整理整頓されており、そこら辺をなぞってみたが埃が溜まっている様子もない。
だが、何よりも真っ暗で電球らしきものは天井についているがスイッチらしきものは見当たらない。
「本棚?入ってるみたいだけど、うんわからん…あれ?」
少し歩いていると巨大な本棚があり、一つ適当に手を取って開いて入ってくる光で照らしながら見た後難しそうだったためすぐに戻した。
そして、もうこんなところに収穫はないと踵を返そうとしたその時――
暗闇の中のはずなのに光って見えた古い巻物が置かれた台が目に入った。
「…初めて見たのに、初めてじゃない感覚がある」
不思議な感覚に誘われたまま、用心していた心は一気に溶けて歩を進めていた。
一見、博物館にでも展示されていそうな巻物を手に取り開けてみると中から眩い光があふれ出し、その光は人の形を取りだした。
現れた男は師匠のような白いひげと白髪のおじいさんでどこか見覚えのある面影を持っていた。
『……よりにもよって、俺か』
「な、何者!?【け、煙の魔法.EVL2】」
突然現れ、何か言い出した老人に向かって警戒態勢を敷き煙の魔法で拘束しようとするがホログラムのようなものなのかすり抜けてしまった。
『無駄だよ、俺はあくまで魂だけの存在だからね。幽霊と言ってもいいだろう』
「ゆ、幽霊!?な、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!!」
『効かないから…さて、話をしようか』
幽霊を言われ咄嗟に効きそうな仏教っぽいセリフを唱えるが本人に効かないと言われてしまう。
ただ、その一言に妙な違和感を僕は覚えた。
「は、話しって何ですか?なるべく手短に頼みたいんですけど…」
『いいよ、すぐ終わる。そもそも、俺も長い時間存在できないからね……それじゃあ、自己紹介からしよう。名前を教えてもらってもいい?』
「…影山阿歩炉」
やけにフレンドリーな幽霊に警戒は解かないが、会話が終わらないと帰ってくれなさそうなので名前を名乗る。
すると、何か思うことがあったのか眉間にしわを寄せながらやれやれと言う感じに首を振った。
「なんですか、僕の名前に何かあるんですか?」
「いや、いい名前だね。まさかとは思ったけど…それじゃあ、俺も名乗るよ」
そして、老人の幽霊は何か思うことがあるのか微妙な表情で自分の名を告げた。
「俺の名前は影山アポロ…君より前の時代に転移した君自身だ」




