第12話・負けることを前提に
前回のあらすじ
才能の差にショックを受けた。
まず、アインツはエナに対して特別なことはしていない。
施したのは阿歩炉と同じく始まりは魔力を感じるところからなのは変わらないため、やる特訓も例の“アレ”である。
『エナ、まず手を出しなさい』
『う、うん!!』
当然だが、既に彼女にはこの訓練の意味と何が起こるのかをきっちり説明している。
そのため、物置から引っ張り出してきた青いバケツがすぐ近くに準備されている。
『…何も起きない?あ、でも何だか暖かくなってきた!!』
『お、おかしいの?初めて“これ”をやれば、最低でもしばらくは気持ち悪くなり、吐き続けるはずなんじゃが…?』
『気持ち悪い?全然、そんなことないよ!むしろ、気持ちいいくらい!』
本来なら、人間が持つ魔力だまりのようなところを無理やりかき混ぜて魔力を感知するという荒療治のため、阿歩炉のように何度も吐くくらい気持ち悪くなるはずだ。
だが、予想とは裏腹にエナは気持ち悪くなるどころか、目の前でぴょんぴょん跳ねるほど余裕そうに見える。
(さ、才能とは恐ろしいの。阿歩炉にどう説明したものか…)
自分の世界に帰るというモチベーションがあるからこそ、あの年齢であの辛い特訓を受け入れることができた。
しかし、ここまで圧倒的な才能の差を知ってあの子の心は保つのだろうか。
『それで、それで!おじいちゃん、ここからどうやって魔法を使うの!』
『……そうじゃの、まずはな…』
いや――と、エナの才能を見て興奮していた脳みそを落ち着かせて考える。
おそらく、阿歩炉の心が折れるなんて心配する必要はないだろう。
確かに、阿歩炉が難しい年ごろと言えど、結局のところ目的は帰ることなのだからエナがどれほどの才能があったとしても多少落ち込むくらいじゃ。
「…それで、魔法を覚えられたってことですね。流石に、僕もショック受けちゃいますよ」
「じゃろうな、裏技とはいえここまで早く習得できたのはあの子の才能のおかげじゃし、儂以上の才能を持っとる」
「えへへっ!やっぱり、私って最強だね!」
回想は終わり、大まか予想通りの情景にもはやため息も出ない。
実際、異世界から来たとはいえ平々凡々な両親から生まれた僕と一応、自称大魔法使いの師匠の孫では才能の差が出るのは自明の理と言うやつだ。
「それで、結局エナさんは何の魔法を覚えたんですか?」
「それはの…「待って、おじいちゃん!」…なんじゃ?」
僕が煙の魔法を覚えたように、当然彼女にも自身がイメージできる魔法を習得したはずなのだ。
この時の僕は何というか、RPGで仲間がどんな技を覚えているのか確かめる時みたいでワクワクしていたので、待ったをかけられてちょっと肩を落とした。
「百聞は…えっと、何とかかんとかだよ!」
「要するに、実際に見せてやりたいという事じゃな…まあ、いい口頭で言われてもイメージしにくい魔法じゃし、ほれ阿歩炉。外に出るぞ」
「え、はい」
百聞は一見に如かずと言いたかったんだろうが、師匠の言う通り学校の成績が振るわないのは本当らしい。
だが、口頭でわかりにくい魔法とは何だろうか?
少なくとも、生活魔法の類ではないだろうし、基本属性でもないという事なのだろう。もし、人工物などをモチーフとしているならイメージも容易いはずだ。
そうこう考えている内に師匠に連れられ外に連れて行かれた僕たちは人気のいない路地裏に入っていた。
「…ここらへんでいいかの。人払いの魔法はかけてあるから、存分に振るいなさい」
「やったー!ありがとうおじいちゃん!」
「いや待ってください!?僕、何も知らないまま魔法が飛んでくるなんて危険ですよ!最低でも何か説明してくださいよ!」
いきなり振るおうとしてきたエナさんに向かって全力の待ったポーズをする。
もし、飛んできたのが火とか雷とかだった場合――僕に明日はないかもしれない。
「確かにそうじゃが……なら、ルールを決めるぞ」
「ルール?」
「そうじゃ、この真っすぐな路地裏にお前は立ち、そしてエナの体をどこでもいいからタッチすればお前の勝ち、エナが路地の反対側の壁に触れればお前の負けじゃ。後、【煙の魔法】は禁止じゃぞ」
つまり、この狭い路地裏の中で鬼ごっこをやろうということだ。
それも、こちら側が完全有利の――もし、かなりの広範囲ならひたすら逃げられて負けているかもしれない。
しかし、このルールなら相手は僕の方に突っ込んで来ざるをえない。
そのタイミングを見逃さずタッチすれば簡単に僕が勝利する。
「流石にこの狭さなら負けませんよ」
「えへへっ、それはどうかな~。阿歩炉さん、びっくりしちゃうもんね」
まあ、流石に僕もやけに自信満々なエナさんのことは気づいている。
この絶対的に不利な状況の中、それだけ余裕と言うことは習得した魔法に何かあるんだろう。
(師匠のことだ、エナさんに戦闘系の魔法は覚えさせないはず。なら、僕みたいに逃げやすい魔法、まさか転移なわけないだろうし)
「試合開始!」
「行くよ、阿歩炉さん!」
「どっからでも、どうぞ!」
試合の火ぶたが切って落とされたその瞬間、待ってましたと言わんばかりにこちらに走り込んでくる。
今回は【煙の魔法】は禁止なので、牽制に撒くことはできないため正真正銘真っ向勝負となる。
つまり、彼女が僕を乗り越えようとする瞬間がピンチであり最高のチャンスとなりえる。
「ほい、ほい、ほい!!」
(フェイントか、そういえばバスケやってるって言ってたっけ、でもこっちは【身体強化の魔法】を使ってるからフェイントに引っかかっても切り返しが間に合う)
負ける気はない、バスケは完全に初心者だがバレー部時代に培った反射神経と運動能力がある。
流石に、こんな狭い道の中で突破されるほどやわじゃない。
――って、思えたらよかったんだけど。
「ふふっ、やっぱり意味ないね。できれば、魔法に頼らず行きたかったんだけどあそこまできっちりついてくるなら私も本気で行かないとね」
「…来い!」
もちろん、油断なんてしてなかった。
相手がどんな動きをしたとしてもすぐに反応して、タッチしに行く。こちらから攻めたりはせず確実に勝利しようと考えていた。
「なっ!」
だが、それとは裏腹に僕はいとも簡単に彼女に抜かれてしまった。抜かれた瞬間、彼女が呟いたのは――
「【ドリブルの魔法】……じゃあね~」
ドリブルとは本来、ボールを保持しながら動くサッカーやバスケで使われる名称だ。
しかし、今回はまるで彼女がそのボールその物になったかのような本来人間ができるようなものではない軽やかな動きから突破されてしまった。
(いや、それだけじゃない。僕と彼女の身長差のせいで足元が留守になっていたのか)
エナさんは女子の中では身長が高い方とはいえ170は超えないだろう。
しかし、僕は男子バレー部に所属しているのもあってバレー部の中では平均的だがそれでも高い方だ。
巨人が足元の存在に気づけないように、彼女の軽やかな動きは僕の足元をすり抜けていった――と言うわけだ。
「これで、わ・た・しの勝ち!!」
そして、抜かされた僕の勝敗は既に決したようなものだ。
だがエナさんが、路地裏の反対側の壁にタッチしようとしたその瞬間だった――
「残念、タッチ……うわぁぁぁぁ!?」
「え?」
僕の手が一歩早く彼女の肩に触れていた。それと同時に、ずざーと地面に転がる。
「勝負あり!勝者、阿歩炉じゃ!」
「いぇーい!」
「え~!?なんで、なんで!?私、絶対追い抜いたはずなのに!」
確かに、彼女の言う通り僕は完全に抜かれてしまった。
だが、勝敗が付くのは路地裏の向こう側の壁へのタッチである、つまり抜かれた瞬間敗北するわけじゃない。
だから、ぶっちゃけ最初から抜かれるものだと思っていたのだ。
戦闘経験が全くない僕にはどうせ初見の魔法を見切ることはできないし、なら抜かれた後すぐに追いつけるようにすればいいと考えたというわけだ。
「それで、エナさんが近づいて来たタイミングにはもう重心を後退させて、すぐに振り向いて追えるようになってたんだよね」
まあ、エナさんが早すぎて焦りまくった結果、自分の魔力のありったけを足に込めてぶっ飛んで行って地面に転がることになったのは内緒だ。
「うむ、今回ばかりは状況判断能力で阿歩炉が勝ったの。もし、これが命の取り合いなら魔法を食らう前提の阿歩炉は死んでおったがの」
「そりゃそうですよね」
事実、あの時エナさんが使っていた魔法が攻撃的なものだった場合、僕はただじゃ済まなかっただろう。
あくまでルールの範疇だからこそ、僕は勝利することができたというわけだ。
「安心せい、悪いとは言っとらん。状況判断は間違っておらんし、【煙の魔法】があればもっと戦略が変わったじゃろ」
「くそー!つまり、私は完全に敗北ってことでしょ……はぁ…」
「魔法を使う前に思わせぶりなことを言うからじゃな。ノーモーションで使っていれば勝てる可能性はあったじゃろうな」
その通り、彼女が魔法を使う前に本気を出そうかな、とか言わなかったら普通に抜かれて追いつく間もなく負けていた。
そして、エナさんの魔法【ドリブルの魔法】と言うのは、彼女がイメージしやすいバスケから着想を得て開発された魔法で【身体強化の魔法】と似ているような感じらしい。
だが、決定的に違うのは【ドリブルの魔法】の発動の直後、僕は一瞬だけ意識が別の所を向いた。
思考がフェイントされたと言い換えた方が良いだろう。
その瞬間に、身体を強化し急加速することによって普通の人間ではできないような動きを可能にしたというわけだ。
「厄介な魔法ですね。集中を乱してくるって相当きついんですけど」
「十分近づかないと意味はないのじゃが、それでも強力な魔法じゃ。付属でついておる身体強化も瞬間的とはいえ超常的な瞬発力を与えておる」
「ふふっ!つまり、一瞬だけ私は超早くなるってこと!」
そりゃあ、自分が超加速した瞬間に、相手の思考が乱されて遅れるのだから追いつけないに決まっている。
「それじゃあ、遊びは終わりじゃ。帰るぞ」
「はい、師匠……身体強化の魔法は教えなかったんですね」
「エナが覚えたら友達を怪我させかねないからの……」
確かに、僕も今やリンゴを片手で潰せるゴリラと化している。
エナさんも同様になれば接触の多いバスケなんて怪我人どころか死人待ったなしである。
「それで、いつ行くんですか?」
「明日じゃ、今日は飯食ってすぐ寝るぞ」
「早い!?いや、越したことはないのか」
「何話してるんですか~!混ぜてくださいよ!」
結局、この日は山を下りて、海鮮丼を食って、『アポロの徒』と戦って、才能に敗北して、最後は勝利して――色々ありすぎた日だなと思い返しながら3人で帰路についた。
***
ここは、天界。
ついこの間阿歩炉を異世界に叩き落とした女神タナトスたち神々と天使が住まう世界である。
「ねぇ、アズラエル。また、送ったけどこれで何人目かしら?」
「……今回で2,000人目かと」
アズラエルと呼ばれた彼女は女神タナトスに仕える天使であり、凡人の魂を神に導く立場を担っている。
「へぇ、ちょうどいいじゃない。それにしても、今回のはごねたわね」
「多少は個体差が出ますから……ですが、よろしいのですかあのスキルを渡して」
ごねた原因はタナトス様の言い方と、本人の意向でしょうと言いかけた言葉を飲み込む。
なので、スキルのことについて聞くと急に棚ストは笑みを浮かべた。
「ふふっ、いいのよ。確かに、あのスキルは本当に日本に帰れるけど……細工をしておいたもの」
「細工…ですか?」
「えぇ、帰れる可能性はほぼゼロと言ってもいいわね。タブーを犯したら彼はもう戻れなくなるもの」
暗黒の笑みを浮かべるタナトスをアズラエルは心底軽蔑した目で見ていた。




