第4話
時刻は11:30。
桜見さんとの話し合いまでまだ1時間半もあるので、私はレオレイン本社の近くにある、ファーストフード店に訪れた。
入って早々、窓際の1人席カウンターに向かい、椅子に腰掛る。
お腹の音を押し殺しながら、スマホのアプリで注文をとる。
いやぁ〜腹へったぁ〜
突然ながら、私はファーストフードが大好きだ。
肉!肉!!肉!!!
普段の何気ない日も、配信後に疲れ切った日も、私を癒やすのは肉である。
おーにくっ、おーにくっ、早くこないかなぁ〜
注文をした数分後、自分の番号が呼ばれたので、私は注文後に表示された番号を店員さんに見せ、料理を受け取った。
うきうきしながら自分の席へと戻り、カバンから充電器を取り出す。
食べながら、スマホの充電もするという、我ながら素晴らしいアイデアだ。
ちなみに私が注文したのは、チーズ入りハンバーガー、マスタード抜きと、ポテトのLサイズ。そしてみんな大好き、コーラである!
いやぁ、至福の極みですなぁ〜
「いただきますっ!」
そう言い、ハンバーガーを一口頬張る。
んん〜!ジューシーなパテと濃いチーズがよく合う!中に入っている玉ねぎとレタスも、いい食感出してるし〜
もう、ほんっと最高!
ファーストフードの美味しさを噛み締めながら、もぐもぐと食べ進めていると、とある言葉が私の耳に入ってきた。
「ねぇねぇ、」
声の主は、学校終わりだと思われる女子高生で、その言葉は向かいに座る女子高生に向けてのものだった。話かけられたもう1人の女子高生が「何?」と少しめんどくさそうに返事をしている。
別に2人の声が大きいとかではなく、私のすぐ後ろに4人用のテーブル席が設置されており、そこに2人が座っていただけで、たまたま会話が聞こえてきたのだ。
私は気にも止めず、また黙々と食べる姿勢に入った。その時だった。
「ねぇ、レオレインって知ってる?」
ハンバーガーを食べる手が止まる。
全VTuberが恐れる事の一つ“身バレ”。私は今まさに窮地に立たされているのかもしれない。
…と言っても、レオレインに所属しているVTuberは100人近くいる。私なんてその中の一番端っこに縮こまってるだけのVTuberにすぎないし、大丈夫か。
「今さぁ、トゥイッター見てたんだけど、青晴ってVTuber、好きピいるらしいよ」
……うん、まぁ、だろうね。
いや、ね、少しくらいは自分の事じゃないかって期待してたよ。…ただの自惚れだったけど!
「私全然V知らないけど、青晴は知ってる〜。この前私の推してるゲーム配信者とコラボしてたもん」
⋯にしてもやっぱ、青晴は有名だなぁ。ゲーム配信者ともコラボしてるって、私はまだレオレイン内でも難しいのに。
やっぱり青晴は凄い。まぁ、こういう形でその事を思い知らされるとは思ってなかったけど。
ハンバーガーを片手に持ち替え、もう片方の手でポテトをつまむ。⋯ん、やっぱ美味しい。
12:30分頃。昼ご飯を食べ終え、少し動画を見ながら休憩していた後、私はファーストフード店を後にした。
本社へと続く道を歩きながら向かったのが悪かったのか、それとも日頃の運動不足なのか、本社へつく頃には、私はもうへとへとになっていた。
しかし、なんとか開始の20分前には到着できてホッとする。
少し前に桜見さんから送られた会議室の部屋番号をスマホに表示しながら、本社の地図を見る。
私が20分も前に来たのには理由がある。
⋯それは、めっちゃ高いし広い!!!
レオレインの本社は、東京のど真ん中にある地下1階、地上20階という高さを誇る、大きなビルである。
また、ほとんどの階に、複数の部屋があるため、迷ってしまうこともしばしば(私だけかもしれないが)。
スマホに表示された“15階 C5会議室”を横目に15階の地図を見る。
「あった!」
部屋の場所を覚え、エレベーターに乗る。
いやぁ、にしても無事に本社に着けてなにより。もしここにくる前に、迷子にでもなったら遅刻間違いなしだもん!
そう思いながら私はエレベーターに乗り込み、15階のボタンを押した。
すると、1人の女性が走りながらエレベーターに乗り込んできた。
そうとう急いでいるのか、少し息が切れている。分かる、東京って誘惑多くてついつい寄っちゃうよな〜
エレベーターの扉がしまった後も、息が切れているのか、肩が動いていた。
「そ、そんなに急いできたのか!」と、つっこみたい自分をなんとか抑え、15階についた私は、その人を残し、エレベーターから降りた。
「し、失礼しますぅ⋯」
背中を少し丸めながら、会議室に入る。
中に人はおらず、桜見さんのと思われるカバンが椅子の上に置かれているだけだった。
会議室には、一つのスクリーンと、一つの大きい机。そして椅子が4脚がある。
私は桜見さんのカバンの正面側の椅子に座り、桜見さんの帰りを待つことにした。
「ふぅ…って、あぁ、四宮さん、もう来ていたんですか」
私が着いてすぐに、桜見さんは帰ってきた。
「あっ、さっき来たばっかりです!」
少し緊張してるけど、今日は大事な会議、気合い入れてこー!
「では四宮さん、早速ですけど最初のコラボ相手はこちらの、“姫恋 剣”で行こうと思っています。」
そう言いながら桜見さんは私に、姫恋さんの写真、登録者数、主な活動内容などが書かれた資料を渡してきた。
姫恋さんは桜見さんのお抱えのVTuberらしく、マネージャー歴は抱えている中で一番長いらしい。
「あっ、姫恋さんって女性だったんですか!?」
その資料には、VTuber“姫恋 剣”の性別ももちろん載っていた。
今まで何度も広告などで見たことはあったものの、声は中性っぽいし、服装も男物なので男性だと思っていた。
—姫恋 剣。
生まれつき目付きが鋭く、無意識に威圧してしまう事が悩み。
白髪の長髪で、いつもは髪を束ねているが、下ろすこともある。
服装は小袖、袴。その上に羽織を羽織っている。男物の格好をしているので男性と間違われることもしばしば(本人は慣れた様子)。
親が剣道の師範をしており、幼い頃から剣道に慣れ親しんできた。そんな中、いつも通り剣道場で1人自主練をしていると、突然立ち眩みがしたかと思えば、前世の—武士の記憶が蘇ったという。
それからはこの服装じゃないと落ち着かないらしい。
なるほどなるほど、ていうかこの資料、めっちゃ詳しく書いてるじゃん。
好きなものに、嫌いなもの。今までにプレイしたゲームや、⋯え、今まで付き合った人数?
「……あ、あのぉ、この、今まで付き合った人数って、なんですか?」
「⋯あー、消すの忘れてました。すみません、気にしないでください。」
え、怖⋯⋯
どうやらこの資料は桜見さんが個人で作ったものらしく、今回は初めて人に見せるという事で、軽く編集はしたものの、まだ情報を抜ききれてなかったっぽい。
まぁ、最初に見たのが私で良かったよ、、
それにしても、この桜見さんの愛情(?)がたっぷりとこもった資料を読んでいると、この人、姫恋さんは、威圧があって怖いけど、中身は優しい人っていうのは伝わってくる。
⋯でもやっぱり、全然交流歴も長くない人といきなりコラボって、緊張する⋯。
そして何より⋯⋯
" 姫恋 剣-kiren turugi- レオレイン:2期生 登録者数 95万人 "
本当に私なんかがコラボしても良いのだろうか!!!
いやいやいや、初めてのコラボが先輩で、しかももうすぐ100万人いくようなプロじゃないですかぁ!!
無理ですよぉ、桜見さん〜!!!
……うっ、コラボしても全然会話が続かない未来が見えてきた⋯
「………あのぉ、チェチェ、チェンジって、できたり⋯?」
「はい?」
恐る恐る質問してみたものの、睨み+威圧のダブルコンボで、私の、勇気を出した意見は虚しく散っていった。
「⋯確かに、四宮さんにとっては相手が“先輩”というのは難しいかもしれません。ですが、私の抱えている人で、四宮さんとコラボができそうなのは姫恋しかいませんでした。」
「あの、合計で3人お抱えになっていると以前聞きましたが、もう1人のお方は⋯」
登録者数が私の倍以上の先輩と比べれば、まだ姫恋さんよりマネージャー歴が短いもう1人の方が良い⋯!
……そんな私の期待も虚しく、
「無理ですね」
と冷たく返されてしまった。
しかし、あまりにも不安がっている私を見て可哀想に思ったのか、桜見さんは一つ、私に提案してくれた。
「それなら、四宮さんが決めてください。」
これは最初で最後のチャンス!私はすかさず、「分かりました!」と勢いよく返事をした。
期限は3日。それまでにコラボ相手が決まらなかったら姫恋さんと、という条件の下、私は自分で最初のコラボ相手を探すことにした。
私には、ろくな交流経験なんて一切ない。
それでもだ。最初のコラボが先輩ととは(しかもプロ)、流石に荷が重すぎる…!!
うーん、まぁとりあえず、最初は5期生の人たちを見るとして……誰から見よう⋯
そうこう考えているうちに、もう開始から1時間半が経っていることに気がついた。
30分ほど2人で休憩を挟むことにし、私は同じ階にある休憩スペースにいくことにした。
「にしても、誰にするか⋯」
正直言って、後輩で名前覚えてるのって青晴くらいなんだよな⋯
ずっと自分とは関係ないからって、名前覚える気なかったし⋯って、私先輩としてダメすぎないか⋯!?
「……うーん、コラボ相手ねぇ」
休日の2時半という事で、他の人は会議か収録などで出払っており、15階の休憩スペースは私1人の独占状態だった。
桜見さんは他のVの資料を取りに事務室に行ったし……うーん、暇だ。
いや、考えなくちゃいけませんよ、お相手。
しかしこれまた、これまた人数が多いんですわ(86人)。
いやぁ、なんでこんなに進化しちゃうかねぇ。もうなんかゲーマーズみたいなグループもできてるし……私も皆とゲームしたい!!
でも、全員の配信1個1個見てたら切りないし、どうしよ……
「はぁ、コラボ相手の方から来てくれたら楽なんだけどなぁ」
相当なわがままを承知で、ぽつり呟く。
はいはい、こんな陰キャで人気もない先輩はどんな後輩も寄ってきませんよ。
自分に呆れつつ、2人用ソファに座りながら外の景色を眺める。15階なので目線が高く、ほぼビルと空しか見えない。
それでもガラス張りの休憩スペースから見る空は綺麗で、私はただただぼーっとここからの景色を眺めていた。
すると、ガラス越しに映る像の中に、私以外の人が背後に立っているのが見えた。
「うぇっ!?」
すぐに後ろを振り向くと、そこには私を見て、満面の笑みを浮かべている1人の女性が立っていた。




