第39話
「えっと、080⋯⋯」
メッセージで送られてきた電話番号をとりあえず近くにあった紙にメモする。
そういえば仕事以外で電話番号を知るのはいつぶりだろう。相変わらず、相手は家族とか限られた人だったけど。
にしてもまさか、桜見さんがあんなあっさり教えてくれるとは⋯もしかして私、結構信頼されてる?
ふふふ⋯⋯まぁ桜見さんは私の数少ないレイン登録者ですから!
最初はあんなに気まずかった(まぁ主に私のせいだと思うけど)桜見さんとの友好度がアップしていることに喜びを感じつつ、私はペンをペン立てにしまった。
「よし、とりあえずメモ完了っと」
⋯⋯後は実際に電話するだけだけど⋯⋯⋯こっ、これ本当にしていいのか――!?
だって今もう夜だし、もしかしたら青乃さん寝てるかもしれないし、とりあえず今日配信がないことは確認したけど、それ以外で何かしてたら、迷惑だよなぁー⋯
でも明日ってのも、その、今のこのテンションが明日だとリセットされそうで、怖気づいて電話かけられそうにないし⋯って、私めんどくさいな!?
改めて自分の陰の部分から来る、めんどくささに呆れる。
こんな時こそ、他人と会話できる陽を纏いたいのに⋯!!!
それに何より、そのままずるずると電話できなくなって、レインもしなくなって、離れていくのが怖い。
せっかく私を思ってくれる相手と両思いになれたっていうのに、私の行動が遅いばかりにその相手が、青乃さんが離れていくのが一番怖い。
「⋯せっかく桜見さんが教えてくれたんだ。よ、夜遅いけど、電話しても怒らないよね⋯?」
スマホを持つ手が微かに震える。片方の手でそれを抑えながら、教えてもらった電話番号を打っていく。
「⋯⋯これを押したら、青乃さんに繋がる⋯」
ほとんどのやり取りをメールやレインで行ってきた私だが、今まで何回かは、人に電話をかけたことはあった。その時も緊張はしたものの、今回はそれらよりも遥かに緊張している。
心臓がうるさい。青乃さんに迫られた時とは違う、心臓の拍動に胸が苦しくなる。
照れの感情ではなく、不安の感情が押し寄せてくる今、一歩でも言い方を間違えればもう会うこともなくなるかもしれない。絶対に嫌だ。それだけは嫌だ。
でもなんて言えばいいか分からない。今まで他人とは関わりのなかった私だぞ!!?
こんな窮地に追いやられて、上手く喋らないといけない場面で、上手く相手と話すことなんてできるか!!?
⋯あぁもう、こうなりゃムキだ!だってどうせ言い方なんて分かんないんだもん!
そうして自暴自棄になった私の指は、電話ボタンを押していた。
ツーツーツー――
沈黙の中、待機中の音だけが鳴り響いた。
プツッ
「⋯あの、どちら様ですか?」
「!!あっ、青乃さん!!!」
「えっ、四宮さん!!?」
良かった、出てくれた⋯⋯
「あの、もしかして、レインのことで電話したんですか⋯?」
「あっ、はい、その、気になっちゃって⋯」
電話越しに聞こえる青乃さんの声はいつもとは違う、小さくて、寂しい声だった。
「言ったとおりですよ、四宮さんは何も悪くないです。私の問題なんで」
あぁ、やめてくれ。
そんな悲しい声を出してほしくない。
いつものあなたの、あの気持ちが温かくなるような声が聞きたい。
「その問題、教えてください!!」
「えっ、いや、その!ほんと、個人の勝手というか、」
「そんなに知られたくないんですか!」
「⋯はい、」
⋯今の私はなんだか凄い。
いつもよりテンションが高い。なんでもいけそうな気がしてきた。
だからこそできる、普段なら下がるところでも、今なら⋯!
「それでも!教えてください!!」
「なっ、なんでそんなに知りたいんですか!」
「だって、好きになっちゃったんだよ!!!仕方ないじゃん!気にならないほうがおかしいよ!!」
⋯あっ
―――――いっ、言っちゃったー!!!
え、いや、いくらテンション高くても今言うか!?
え、ちょっ、何も反応無いんだけど!も、もしかして引いちゃったとか⋯!?
「⋯⋯ふっ、」
⋯ふ?
「あっははは!」
⋯え?
「⋯はぁ、やばいよ四宮さん、」
「えっ、と⋯ごめん、何が⋯?」
「はぁ、ほんともう、敵わないなぁ⋯⋯」
そう言う彼女の声は、私の大好きな声に戻っていた。




