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第33話

先程と同じように二人でソファに座り、楽な態勢で配信を再開した。


「たっだいまぁ〜」


「も、戻りました!」


〈コメント欄〉

「お、帰ってきた!」

「おかえりー」

「なにしてたん」


「えっと⋯いやぁ、これ言ってもいいのかなぁ」


〈コメント欄〉

「?」

「YES」

「いこう」


「実はさっきね、黒宮っちとキスしてたんだ」


「ちょっ、何言い出すかと思えば!嘘ですよ皆さん!!そんなことしてませんよ!!!」



再開早々、神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば、まさかの“私とキスをした”というでまかせだった。

休憩時間はゲームの話してましたよね!?



「黒宮っち焦りすぎ〜、あぁほんと――」


私の右隣りに座っている秋咲さんの左手が、二人の間に置かれる。すると、体の向きを変えた秋咲さんが、左手を軸にこちらにぐんと距離を詰めてくる。ソファをギシッと鳴らし、上半身、そして下半身の順に近づいてくる秋咲さんに戸惑いつつ、距離を取ろうと左、左へ移動する私だったが、ソファの肘置きのせいでこれ以上横に移動するのは不可能な状態になった。

その間にも、こちらへと近づいてくる秋咲さんを止めるべく、秋咲さんの方に体を向け、止まるよう言う。――つもりだったのに、ふと思い出した、とある記憶が私の動きを止めた。



スラリとした細長い指先が、私の前髪を優しく左に流す。


「こっちのほうが四宮さんの顔がよく見えて嬉しいです」


愛しい人に向ける視線を私なんかに向けて、幸せそうに、さも満足気に笑う彼女――青乃さんの姿を、思い出した。


ソファの上で、二人の女性が正座と体操座りというおかしな状況なのに、漂うムードは甘くて、気がおかしくなりそうだったのを今でも覚えている。

その後私が体を縮こませ、ミノムシ化したことでそのムードは終わったわけだが、もしもあの時ミノムシ化をしていなかったら。

もしもあの時、そのムードが続いていたら―――



「「かわいい―――」」



秋咲さんの言葉と、脳内の青乃さんの言葉が重なる。

あきさきさんの手のひらが、私の左頬を包む。


そのままスルリと耳、そして髪へと移動した彼女の左手は、後頭部に差し掛かったところで動きを止めた。


あおのさんの手で頭が固定されているので、顔を背けようにもできなかった。

青乃さんと目が合う。


互いに見つめ合ったまま、刻々と時間だけが流れていく。

それでも彼女の瞳は、私を捕らえ、逃がしてはくれなかった。


「⋯配信、一旦切る?」


真剣な眼差しを向けた彼女が、少しにやっとして、囁くような声でそう言った。

いつもの元気で明るい声とは違い、少し低く、甘く、そして優しい声だった。彼女にそのように言われたせいで、断ろうとして出そうとする言葉も、一歩手前で私の喉元を引き返した。


何も言い返さなかった私を、青乃さんは何も言わず自身の身体に抱き寄せた後、互いのパソコン画面に映るマイクをクリックし、ミュートにした。

その(かん)、確かに逃げられる状態だったはずなのに、私はただ、ボーっと彼女がパソコンを操作する姿を眺めていた。


ものすごいスピードで流れていくコメント欄に一瞬目が行ったものの、彼女を前にしたら、そんな事どうでもよくなっていた。


そうして一通りの作業を終えた彼女が再びソファに座り、こちらを向いた。

優しくこちらを手招く姿は、妖美な雰囲気をも(まと)っている。


そんな彼女に抵抗できるはずもなく、ただ言われるがままに体を動かす。

そして彼女の目の前まで行くと、急に抱きつかれ、ビクリと体が跳ねた。そのまま永遠とさえ感じた時間の間、抱きつかれた私は、心臓の音が徐々に高まりだしていくのを感じながら、彼女との包容を味わっていた。


そして、急に彼女が体を離したかと思えば、私は考える間もなく、彼女に押し倒された。

覆いかぶさる体を一度起こし、私の下半身に乗っかる彼女の瞳は、愛しい人に向ける、優しいものではなく、情熱的で、獣のようだった。


「⋯良い?」


ペロリと舌を舐めずり、そう言うと、彼女はソファに両手を付いて、再び私に覆いかぶさった。


もうすでにキャパオーバーな私は、緊張と恥ずかしさで、ただ彼女――青乃さんから降り注ぐ眼差しから、目を背けることしかできなかった。


「⋯優しくやるからね、黒宮――ちゃん」


―――違う


咄嗟に出した両手は、秋咲さんの体を押していた。


押し返してしまった私と、押し返された秋咲さん。お互い何が起こったのかをすぐに理解することができず、ただただ時間だけが過ぎていった。どのくらい経ったのか。多分一瞬だったと思うけど、止まった時間を動かしたのは秋咲さんだった。


「⋯⋯ごめんね、黒宮っち。いきなりこんなこと、しちゃって」


「だっ、大丈夫ですから!!こちらこそ、すっ、すみません!!!」


私に覆いかぶさるように乗っていた体を起こし、申し訳なさそうに言う秋咲さんに、態勢と立て直した私は、慌ててそう言った。

もっと他に止めるタイミングも、方法も、たくさんあったはずなのに、なのに、咄嗟に手が出てしまった。



――彼女が青乃さんではなく、秋咲さんだと気づいたから。



⋯⋯⋯なるほど、やっと分かった。そうか、そういうことだったのか。

青乃さんは、可愛い後輩とか、仲が良い友達なんかじゃない。


“好きな人”だったんだ。


初めて気づいた、いや、もしかしたら前から気づいていたのかもしれない。私と彼女が釣り合わないからって、自分でも気づかないうちにブレーキを掛けていたような気もする。

でも今、彼女への気持ちを自覚した。もうブレーキは掛けなくていい。


そう気づいた私の心は、とても晴れ渡っていた。




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