第20話
プルルルル
〈コメント欄〉
「ざわざわ」
「ざわざわ…」
「ザワザワザワ⋯」
「あーあー、しもしもー!青ちゃん元気ー?黒宮っちだいじょぶそ?」
「こんにちは!はじめましてですね、秋咲さん。黒宮さんなら大丈夫だと思います。呼吸も安定していましたし、心拍数も問題なかったですから」
「えー、それって黒宮っちのお胸触った感じ?」
「むっ!胸は触って⋯ないですよ!!」
「何今の間、うち気になるんだが〜」
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「⋯青乃さん、これは⋯⋯」
ゆっくりと頭を動かし、青乃さんの方を向く。それと同時にゆっくりと青乃さんの頭も向きを変える。そして、何か誤魔化すように
「ま、まぁ、念の為と言いますか、まぁ、はい⋯」
と言った。
私のことが好きなV友が、青乃さんが、私の胸を触る事を想像してしまう。
しかしなぜか嫌という感情は湧かず、恥ずかしさの方が上をいった。
医療行為か、と思えば普通に感謝の気持ちも出てくる⋯⋯いや、別に心拍数は測らなくてよくない?
⋯⋯⋯私は考えることを止めた。そしてふと配信の方に目線を移すと、何やらさっきよりもコメントの流れが早くなっていた。
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〈コメント欄〉
「え、なになに!?もしかしてかおりんも!?」
「妄想乙。んなことあるわけねぇだろ」
「本当ならマジ感謝」
え、今の間に何が起こったんだ⋯!?
青乃さんに問い詰めていた間になにやら起きたらしい。急いで配信を巻き戻し、聞き逃した箇所を見ようとした瞬間、青乃さんがいきなりスマホの電源を切ってしまった。真っ暗な画面には私の顔が写っている。
「って、なんで切っちゃうんですか!?」
「⋯⋯いや、これ以上はちょっと⋯」
青乃さんはしゃがんでいた体を立てて、私の目線よりも高い位置からそう言った。
ソファの背もたれに手を置き、ぐんっ、と身を乗り出して数秒見つめても、彼女の顔がニヤけるだけで一向に見せてくれる気配はなさそうだった。
「⋯じゃあ後で見るかぁ」
乗り出していた体を引っ込め、呟く。まぁこれからいくらでも見る機会はあるからね。別に今じゃなくていいし。
⋯いやまぁ凄く気になるけどさぁ。
そんな事を考えながら、体の向きをぐるりと変え、テレビの方を向く。
すると、さっきまで背もたれの向こう側にいた青乃さんが、今度私の左隣に座ってきた。
⋯いや、近くない?肩と肩が触れ合っているんですが⋯
「あの⋯近くないですか?」
「そうですか?でも、好きだからしょうがないじゃないですか。近くにいたいんですよ」
そう言うと、彼女はもっと距離を詰めてきた。肩と肩がぎゅっと密着する。
私が右側の肘置きの方へ寄っても、子ガモのようにピッタリとくっついてきて、結局、肩同士が密着してるのは変わらなかった。
まぁこのままでもいっか。
そう思っていると今度は、彼女の頭が私の頭にコツンと触れた。
「!?!?!」
驚いて横に移動しようとするも、肘置きがあるので無理だった私は、体の向きを青乃さんの方に向けた。
膝を折り、ソファの上で体育座りをした私を見て、青乃さんはくすっと笑った後、態勢を変え、回れ右をした。
ソファの上は、正座をした女性と体育座りをした女性が向かい合うという、なんともカオスな状況となっていた。
「⋯なんで急に逃げるんですか」
体を乗り上げ、顔を近づけてくる彼女の表情は、少しムッとしていた。
「だ、だって急に距離が近くなったっていうか、そもそもまだ付き合ってないからな!?」
「でも四宮さん、さっきのは友達同士でも普通にありえる距離感でしたよ?」
「えっ、そうなの?」
きょとんとした顔で言うので、それが本当か嘘なのか、いまいち分からない。
私はこれまで、友達がいなかったから、友達同士の本当の距離感が、ぜんっぜん分からん。
しかし、多分だが⋯さっきのは友達同士でもそうそうやらないのではなかろうか⋯⋯
そう思っていると、彼女の細長くスラッとした指先が私の前髪を、優しく左に流した。
「うん、こっちのほうが四宮さんの顔がよく見えて嬉しいです」
「⋯なっ!!!」
そう言って、目を細め微笑む彼女に、カッと、顔が熱くなる。
あぁもう!なんでこの子はこんなに甘々なんだ!?まだ付き合ってもないのに!!
え、告白したからもう失うものはありません状態なのか?待ってくれ、それってチートじゃないか!?
だってそれだと、これからずっとこういう事が発生するってことだろ!!?
え、待ってよ。ちょちょちょ、待ってくれよ⋯!!!
いろいろと考えた私は結局、一旦、カッと熱を帯びた顔を元に戻すため、その場でうずくまり、またミノムシと化した。




