第4話 さよなら現実、さよなら天国
ちょっとくらい僕だって、ラッキースケベに遭遇したいわ(白目)
誤字・脱字見つかれば訂正など掛けていきます・・・
死んだ。
間違いなく死んだので、それからの話である。
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ
腹部を沸点とする未曽有の痛みが全て出し切った時――残ったのはこの人生をもっと生きていたかった
後悔でしかない。
まだ高校一年生だ。一人暮らしを始めて、第二学期の始業式を終えたばかりだ。特に将来の夢とかなんてまだ見つかってないし、探そうともしていないけれど、まだ先の長い人生だし、まだ人生を丸投げしようって考えも和輝には無いわけだ。
それを名前も顔も知らないどころか、笑い声しか知らない第三者に奪われて、何が嬉しい? これまでの人生で悔しい事は何度もあった。誰だって人生、悔しい思いは経験している。しかし、こればかりは流石に酷すぎる。
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ
何も話す事の出来ない、何も見る事の出来ない暗闇の死の世界に漂う和輝の負の感情。
別に誰かに恨まれるような事をした訳でもない。どちらかと言えば高校一年生なのに一人暮らしをして
一生懸命生きている方だと思う。慣れない家事をこなして、米の炊き方をミスって御粥みたくなったり、洗剤の配分を間違えて上手く洗濯できなかったりもあるけれど、そうやって苦労して生きてる人に向けての仕打ちなのかこれは。
この仕打ちってなんだよ、ふざけんなよ。
和輝は己の人生の顛末を呪った。
そして暗闇の世界から突如這い出る巨大な闇色の手が現れた。
それは暗闇を漂う和輝の身体を、掬い上げた。
地獄へ誘うエレベーターか、はたまた天国か。
掬い上げられた身体は途轍もない勢いで上へ、上へ、と上昇していく。
上昇し、まるで海面から顔を出したかのようにザパァァァっと奏でる水のような音。
同時にやってくるのは唐突な意識の復活だった。
「ん、ここは・・・・・・・?」
意識が復活して初めて神経を通じて感じたのは背中の感触だった。フワフワと、まるで雲の上にでも寝ているような、とても気持ちのいい感触だ。
恐る恐る閉じられた瞼を開ければ広がるのは、蜃気楼の如くぼやけた視界だ。茶色い木目のような模様が歪んで見える。
次に和輝は手で自分に付いている事を実感し、一先ず右手をいつも通りに動かしてみた。何の支障も無く動く事が確認できる。
その流れで貫かれた腹部を触れてみる事にする――が、そこに違和感はない。腹部全体を舐めまわすように触るが、患部が確認できない。サバイバルナイフに貫かれて生まれた腹部の亀裂を触診だけでは判別できなかった。
そもそも風穴が空いている感覚もなければ痛みも感じない。仮に助かったとしても糸で腹を縫られた場所なんて、触れたらズキンと痛みが走るに決まっているのだ。あの強烈な痛みが少し寝ただけで回復するはずがない。
ただ心臓は動いている。和輝の耳には確かに、自分の心臓の鼓動が聞く気がなくとも届いていた。
こうやって動かしてみる、触ってみるという行為をしている時点で和輝の思考も復活している訳だ。
身体は魂だけではなく肉体として現実と同じように残っている。
そして、ぼやけた視界が漸く晴れ晴れとしたものに変遷していく。そこに映るのは、立ち上がれば手が届きそうな程の距離に位置する見知らぬ天井だった。
フワフワっとしてた部分に手を付いた和輝は、その反動で上体を起こす。何とも言えない緊張感を持った状態で腹部をちゃんと目視で確認する。
服装は刺殺された前の状態と同じ制服だ。その上から物凄い力で刺されたであろうサバイバルナイフの痕跡はやはり腹部に存在しない。服を捲るが縫合手術の痕も無く、腹部には何事も無かったかのように綺麗な肌色の皮膚だけが残る。
(なるほど。これは、やっぱりぱりぱり、あの世に来たって事だよな)
刺し傷が無い以上、何よりの証拠と言えよう。
これでも俺はまだ生きている、死んでいないと謡う者がいれば狂気の沙汰。
死んだ事実を素直に受け止めて、両目を擦って死後の現実を見る。
(なら、この場所は?。こんな気持ちのいいベッドがあるって事は、天国だろ?)
和輝が仰向けに寝ていたのは、ベッドだった。雲の上だと勘違いする程にフワフワだった。こんな物を地獄には用意しないのだろう。
更に今、和輝がいる場所ホテルのようにこじんまりとした一室だ。クローゼットがあったりと、現実世界とさほど相違ない部屋のスタイル。
ならばこの場所は天国に違いない。天国じゃないと、ここまでの仕様は設けられないだろう。
地獄であれば、針の山や超巨大な茹で窯があるのが道理。
そういう端的な情報で簡単に予想していたところ、ふと横から謎の音が聞こえてきた。
「フンフフ~ン♪」
楽し気な鼻歌だ。明らかに良い事が起きた時にやる鼻歌。これほど聞いていて、相手の「楽」な感情を汲み取れてしまう程の愉快な鼻歌を和輝は余り聞いた事が無い。
鼻歌に釣られた和輝は、その歌の発生源へと顔を向ける。
そこには藍色な長髪の毛先を濡れた素肌に張り付かせ、全裸で前髪を梳っている少女の後ろ姿が見えた。華奢な体格でスラッとしたモデルのように、くびれたボディ。端正な顔立ちで紺色の瞳が美しく、見た目は和輝と同じくらいの年齢と言えよう。身長は160センチ―メートルくらいだろうか。余りにも魅力的な少女で、触れれば儚くシャボン玉のように消えてしまいそうなほどに、現実離れの美貌だ。
上下が白と桃色の縞々模様で揃った寝間着姿のような服を椅子の背凭れにかけている。少女がこれから着るものなのだろう。
机の上に置いてあるランタンは電気一つない部屋を仄かに照らしている。
机の前には小窓があり、白いレースのカーテンが掛かっていた。レースのカーテン越しに見えるのは、茜色に染まりかける空の下に佇む4階建て?くらいのマンションのような建物だ。
(なんか予想してた場所と雰囲気が違うな。こんなもんなのか、あの世って)
あの世はなんだか、三途の川を渡った後は雲の上をみたいなところに居座るような、そんなざっくばらんなイメージを和輝は持っていた。雲の上の住人は皆、頭の上に天使の輪っかを宿して背中からは白い小さな翼をはためかせている。まるで幼子のような考えだが、そういう想像以外していなかった。
しかし実際は、余りにも生きていた現実とは乖離性を感じられない場所。
自宅にいるような、不安の一切を拭えてしまえる落ち着く雰囲気だ。
少女は全裸のまま、机の上に置いてある羽ペンを掴む。机の引き出しから少女はノートを取り出す。何か書き物を始めるのだろうと思ったのも束の間、その羽ペンは宙に浮かぶと独りでに動き始めた。独りでにノートにすらすらと文字を書いていく。横にも縦にも、滑らかなカーブさえ描いているそれは何時の日か見たファンタジー映画にある魔法のワンシーン。
(ペンが自動で動くとか魔法みたい……って何を見てんだ俺……あの世といえど仮にも女の子の全裸姿だぞ!)
あの世と言え、異性の裸を至近距離で見ている状況に恥じらいを覚える。全裸少女と2人きりのスペース。こんな破廉恥な状況下に立たされるのは漫画の世界だけだったんじゃないのかと、顔を赤らめた和輝は思わず両手で顔を覆う。
(急にこんな状況に立たされたら、誰だってこうなるだろ!)
両手で顔を覆いつつも、指と指の隙間を少し開けて少女を見る。
男ならば抗いたくても抗えぬ、性的思考の暴走。
ドッドッドッドッドと心臓の鼓動が高鳴る中で、指の小窓から和輝は覗き込むしかなかった。
「フンフ~~~ン♪ フンフフーーーン♪」
愉快に浸り、更に鼻歌を続ける少女。未だ、自動で羽ペンは動き続けている。少女は椅子から立ち上がると、すーっと両手を上にあげて背伸びをする。背伸びをして顕著に浮き出る、肩甲骨に沿った背中の形は美しく、絶妙な曲線美を描いていた。
「学校の準備終了っと! あ~本当に疲れた~」
眠たさに背伸びをしてから、更に欠伸をする。そのうえ少女は準備体操の見本になるような、背伸びをしてから行う深い深呼吸。相当な眠気に襲われていると見て取れる少女は、最後の最後に、こちらに姿勢を向けるという行動をとった。
少女は片手を、椅子に掛かっている寝間着に伸ばして掴む。
つまりそろそろ服を着ようという気持ちで、運も悪く和輝の方に振り向いてしまっただけなのだ。
それは和輝にとって最悪の展開だ。
少女は和輝の存在を認知していないだろうし、それ以上に身を潜めて全裸姿を拝見した時点で懲罰ものだ。この先の行く末は漫画で良くあるラッキースケベの展開に転ぶことになると予期していた。
(いいや、しかしここは天国。別に怒られるはずがない。逆にウェルカムでしょ!?)
首を横に振った和輝は思考を改める。確かにこの状況はラッキースケベ展開で、”キャー、エッチと叫ばれて殴られて気絶すると考えるのが普通だろう。だが死んでいなければの話だ。和輝のいるこの世界は天国だ。天国だからこそ、そういうのは起こらずに笑って死者を出迎えてくれるはず。
楽観的な考えに陶酔して微笑む和輝だが、それは瞬く間に塗り潰された。
和輝と少女の視線が交わった瞬間……穏やかで優しかった少女の双眸がクワッと開く。直後に齎されたシーンとした静寂。たった3秒の静寂だったが、時が止まったかのようで体感速度は数倍長く感じた。
ヒリヒリとした空気感に心臓を掴まれ、和輝は全身に鳥肌を立たせる。
(なんか、まずい気がする。この場からとても逃げ出したいんだが……)
案の定、嫌な予感は的中する。
少女の表情は真っ青になり、怯え引き攣った表情に変わった。手の力が抜けたのか、掴んでいる寝間着を落とす少女。落としたそれを拾う事はせず、恐怖の色に染まった瞳で和輝の姿を見ているだけだった。
ラッキースケベで殴られるよりも酷い展開を予感した和輝は、少女を宥めるため咄嗟に思いついた言葉を慌てて並べ立てた。
「だぁ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! 君なら理解してくれるだろうけど、俺は死んでここに来たんだ。急に出てきて驚かせたのは悪い。だから……ってちょい本当に待て待て待て待て」
少女は聞く耳を立てず、机の引き出しから青い筒状の鈍器らしきものを取り出した。
見た目で硬度は計り知れないが、それを武器にするという事は殺傷能力があるという事だ。自宅に不審者が侵入した時、バナナを持って抵抗するか?しないだろう。抵抗できるものを使うのだ。
今、少女に働いているのは防衛本能だ。
少女は鈍器を掲げると、無我夢中で和輝に接近する。少女は踏み出す足をガクガクと震わせながら確実に和輝のもとへ近づく。
危機を察知した和輝は反射的に身を翻し、部屋の出口とみられるドアへとダッシュする。何故、こうなった。これからどうすれば良いと考える余裕は無い。相手が言葉を聞く気が無い以上、平和的打開策を模索するのは困難だ。
もう、ここから逃げるしかない。
誰でも思いつく視野の狭い回答に縋る以外、打開策が思いつかない。
後方から迫る足音から逃げ、天国にいる分際で神に救いの手でも求めるようにドアノブへ手を掛け――。
「は!?」
驚愕に負けた和輝は、感情を声に出した。
ドアノブが無かった。
部屋なのに、ドアノブが無かった。
「ドアノブが無い部屋!? 意味が分からない!?」
有り得ない事実に「逃げる」行為に対する集中力が途切れた。現実世界の知識しかない和輝にとって、ドアノブが無い部屋を出る対応策など持ち合わせているはずがない。
困惑に上塗りされ、ただ棒立ちになり、目の前の事態を脳が吸収し切るまで訪れる無為の空白。
目の錯覚だと思い、何度もドアノブのあるべき場所に手を掛けるが、全ては空を切る。
そして、和輝に審判が下された。
ガッッッッッ!!
鈍い音を抱えて頭上から和輝に急襲する重い一撃。頭部に受けた衝撃が脳全体に伝播し、和輝は真っ直ぐに立つことが出来ず、足元がおぼつかなくなる。視界が揺らぎ、波のように荒々しくうねり始める。平衡感覚を失い始めた和輝は、どうにか意思で抗おうとするが、その抵抗は全く通じない。
麻酔銃でも打たれたかの如く和輝の体は翻り、ドアに背もたれを預けて倒れこむ。
その最中、視界に移る少女の持つ青い筒状の鈍器は曲線を描いて変形している。和輝にそれだけ重い一撃を与えた証だ。並大抵の力で、あんな簡単に鈍器が変形する事は無い。
(クソ……ドアノブに気を取られて避けれなかった)
ドアノブ如きに齎された困惑が全てを終わらせた。
困惑してる暇があれば「回避」の一つや二つ実行し、助かる道を掘り当てる事が出来たはずだろう。
心をかき乱された時点で和輝は敗北していた。
意識喪失3秒前――虚ろな和輝の瞳に映る少女は、引き攣った顔で有らん限りの怒声で吠えあげた。
「このクソ変態が!」
目覚めた瞬間、少女に殴られて再び寝る始末。殴られて気絶させられるという、あの世からの追放とも取れるこの仕打ち。
現実では誰かに刺し殺されて、あの世では出落ちをくらって散々な目にあった和輝。
和輝は甘い考えで、天国へ到達してしまったのだ。
天国へ来てしまったのだという理解をしていながら、見知らぬ少女の全裸を見ておきながら不審者扱いされないという考えが、愚かな慢心である。
(こんなの、ラッキースケベじゃねぇ……)
漫画の世界とは程遠い、最悪な展開に和輝は酷く打ちのめされた。
天国に到達して五分も経たずして、渋谷和輝は少女の怒声の残響を浴びながら再び眠りにつく。
だが、そもそもの話。
渋谷和輝は話の前提を間違えている。
皆さんは、つけ麺が好きですか?
私は先日、5000円札を両替機にぶち込んだのに1000円札を取り忘れて帰るあほです。




