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第2話 阿賀波高校1年5組

間もなく異世界に突入します。この作品は現実世界と異世界2つの物語が同時進行するようなものになるので、他作品のように速攻で死んで速攻で異世界というわけにはいかないのでご了承ください!!

この話と次の話終われば異世界かな?

 現在時刻。午前八時二十分。高校の昇降口前。

 宿題などが詰め込まれたリュックを背中に背負いながら、下駄箱から取り出して靴を履き替え、校舎の東側に移動した。


 和輝の所属するクラスは第一棟、北側の校舎で一階にある一年五組。暫く歩いて視線を上に向けると、教室の入口ドアのノブ部分に、スプーンの窪の形に酷似した黒い物体が取り付いている。

 和輝は振り下ろしていた左手を胸の高さくらいにまで上昇させた。親指と人差し指を擦り合わせてから人差し指をピンッと黒色の窪に翳す。


 ピピピピピピッ


 激しく電子音が鳴り響いた。甲高い音が廊下で反響する。音を出した物の正体は指紋認証機器。この指紋認証機器に登録された指紋を持つ人だけが入室できるというシステムだ。このシステムや学校内全ての教室に採用されている。防犯対策の一環で導入されている。

 使用者は指を翳し認証後は電子音が鳴り終わるのを聞き届け、ドアロックが解除されるのを待つだけで良い。そして引き戸のドアを手動で開け、退室する際は認証無しでドアを開けることが出来る。


 教室のドアをガラガラと音を立てて入ると既に、二十人以上の生徒が揃っていた。一クラス三十人なので、和輝はビリから数えた方が早いくらい到着が遅かった。八時三十分からショートホームルームが始まるに対して和輝の到着は、その十分前だ。遅い到着なのは時間的にも間違いなかった。


 久々の騒がしい空間は頭を地味に痛くする。

 始業式当日から、このザワザワとした雰囲気はどうやら体が受け付けないようだ。

 学生なら誰も彼もが通る道だが長期休暇明けの学校は気怠さが半端ないのだ。社会人になっても、皆そうに違いない。

 にも関わらず、クラスメイトは随分生き生きしていた。朝から元気すぎだろこいつらマジで、休みボケ抜けるの早すぎでしょ新人類かよマジでと感想を抱く和輝は、鬱屈な心で一番後ろの窓際にある席へ着いた。


「ぐっすりすりすり眠りたいんだ、俺は。一層の事、控えめなエンドレスエイト発動してくれ」

 

 クラス内にいる生徒が友達同士で馬鹿話をしている最中に和輝はリュックを机に置いて、黒板の上にあ 

る丸時計をチラリと見た。

 午前八時三十分開始のホームルームまでは、まだ十分の猶予がある。

 その十分間、和輝は机に突っ伏して瞼を閉じる。たかが十分でも、それが今の和輝にとって至福の時間なのだ。


「眠るのは幸福だ。嫌な現実から目を背けても罰せられない無意識領域だ」


 眠気に対し貪欲に寄り添った結果、溢れ出した独り言。

 クラスメイトの誰とも言葉を交わさず、眠れるのならずっと眠っていたい欲望に対して素直に従う。

 そして十分後。午前八時三十分。


「これからホームルームを始めまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!」


 教室の一番前にある教卓から担任の先生が放つメガホンボイス。そのボイスに鼓膜を蹂躙され、和輝は飛び起きた。余りの声量に驚き、心臓を殴られた気分だった。おかげさまで心臓の鼓動がバクバクバクバクと激しく悲鳴を上げている。


「流石に、うっせぇわ」


 一言だけ小さく文句を零した和輝は超不機嫌に顔を顰めて、机から顔を上げた。


     

 二学期の初登校が鬱陶しさから始まった。朝には宿題を提出し、一校時目~三校時目に体育館で始業式や賞状伝達式、そして今月に始まる大会に臨む各部活動に応援の言葉を送る壮行会があった。

 ぬるっとした気温に支配された体育館に2時間以上も滞在するのは生徒一同、苦でしかなかった。

 休み明け早々に体育館では起立してる時間がほとんどで生徒一同、それはもう嫌気を差した表情が全員の顔に広がっていた。

 

午後十二時四十分

「それでは皆さん、さようならぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 担任の先生が放つメガホンボイスを合図に休み明け一日目は終了を迎えた。

 阿賀波高校で基本的に始業式や終業式などの日は、昼食無しの午後の十二時四十分で終了となる。

 運動部と一部の文化部は午後から部活があるので、帰宅には該当はしない。

 だが何の部活にも所属していない渋谷和輝にとっては、帰宅の選択肢以外に道はなかった。


「そういや弁当……持ってくるの忘れてたな。けど、ん、好都合。家帰ったら食えばいいか」


 実は学校に弁当を持っていく事を忘れていたのだ。未だ自宅のテーブルに手紙と共に放置状態だ。余りの気怠さに、弁当の存在を忘れて家を出発した始末。けれども和輝にとっては結果オーらーだったという

ところだ。


 眠すぎて堪らない和輝はとっとと帰ろうとした時に、暢気な声が後ろからきた。


「カズキ~随分とダルそうだなぁ。ダルタニアンだな~」

「新学期初日だから仕方ないよ。僕も正直、だるいし」


 いちいち返答するのも面倒だが話しかけられたのに無視する程、和輝の性根は腐ってない。

 鷹揚にも和輝は右足を軸にして後ろへと振り返る。

 視界が教室のドアから自分の席がある窓際の方へと移される。ワイワイガヤガヤ、キャッキャウフフのクラスメイトの声が横から邪魔しつつも、目の前にいる二人に目を向け、耳を傾ける。


「剣一とユウキか。二人は随分と調子がよさそうで。特に剣一」


「まぁ水泳部の活動は夏休み中が一番盛んだからな。他の高校もそうなのかオレサマは知らんが、夏休みなんてオレサマにとっちゃ二・五学期のようなもんだ」


「学期に小数点つけるやつなんて初めて見たぞ。教育委員会も思いつかない表現の発想だ」


「オレサマだからな」


 一人称をオレサマ呼びする男の名は轟剣一(とどろきけんいち)。左肩にやたらと大きなスポーツバックをぶら下げている。豪快なスポーツ刈りだが、見た目の反面に時々変な例え話をかましてくるのが印象的だ。その例え話に関しては真面目に理解しようとした試しはないが――。


 剣一はクラス内でも運動神経の高い方であり、一年生にして水泳部のキャプテンという逸材だ。

 水泳部に入部した当時、二・三年生から一目置かれる存在となって、最終的には三年生のキャプテンからキャプテンを譲られたという偉業の存在。

 自由形、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライと全種目に長けているオールラウンダーの水泳選手でもあるのも一つの理由かもしれないが、一番の理由は水泳部全員が轟剣一の泳ぎが凄いと認めたからだろう。

 それも水泳部に入部してから二か月後、六月下旬の話だ。漫画の世界でしか実現しなさそうな俄かに信じがたい話だが、紛れも無い事実。


「流石、水泳部キャプテンだな。発想が誰も届きそうのない場所まで遊泳してる」


「んまぁでも一年でのキャプテンはきついってもんだ。キャプテンでも後輩なのは変わりない。微妙な遠慮とか気遣いとかのバランスが難しい。キンタマの上にバランスボールをのっけてバランスを取るより難しいもんだ」


「やっぱりお前は凄いよ、特に例え話というか表現の発想が」


 そんな時、河豚のように両頬を膨らました不機嫌な顔が視界に入り込む。


「あのさ、二人で話し盛り上がっているけど……僕はユウキじゃないんだからね!」


 小さな子供の用に地団駄を踏みながら主張する少年? 少女? 見惚れてしまう程に可愛らしいお顔。

 思わず反射的にうっとりしてしまった和輝は頬を赤く染めて、小声を零す。


「ご、ごめんよ、蓮田」


 余りにも可愛すぎて傍から見れば少女のように見えてしまう少年?少女? 彼?彼女?の名は蓮田友樹(はすだともき)。透き通った空色の頭髪に白い眉の雪化粧をしたような美少女――ではなく少年だ。

 同じ1学年の中では、女子を置いてくほどの魅力を漂わせる少年は、大前提として1学年随一の美少年と言ってもいい。

 野球部のマネージャーをしていて、野球部員は全員見惚れているらしい。友樹が男だという事を忘れてしまった野球部員の姿はさぞ面白い事だろう。

 傍から見れば女子と間違う程の容姿を持つ友樹との会話は、和輝でも照れてしまう。


 名簿では男性分けされている。友人になったばかりの時、彼の名前を読み間違えて教室内でユウキと大声で呼んだ和輝は、友樹にブチギレられた経験がある。可愛い見た目とは裏腹に怒った時の友樹が、途轍もない鬼の形相になった事はクラスでは有名な話だ。

ただ、その形相もまた可愛らしく、彼女に叱られている気分になれたのは忘れられない。呼び過ぎてユウキに叱咤された日は数えきれない。


「何度も言うようだけどユウキじゃなくて僕の名前はトモキだからね~。友達の《友》に樹木の《樹》って書いて、と・も・き・だからねっ!カズくん、わかった?」


「その反応いいよ、可愛い。お陰で俺の眠気が飛びそうだよ」


「もう、そうやって、はぐらかすっっっっ!」


「そんな反応の一つ一つが可愛いな。お陰で少し眠気が吹き飛びそうだ」


「僕を目覚まし時計扱いしないの! もう、知らないっっっっ!」


 視線を横にやって、少々拗ね気味のユウキ。素直に謝って友樹のご機嫌を直したいが、その反応も可愛くて謝罪の一歩を踏み出せない。これは酷すぎる神様の悪戯だ。


「おい、オレサマを蚊帳の外にして随分と楽しそうだな。カルガモ親子の子の一匹がはぐれた時の心情くらいの寂しさだ」


「悪い、彼女と話してた。それと、その表現はNGだぞ剣一。カルガモに謝れ」


「彼女じゃないよっっっっっっっっっっ!」


「いや~ほんと楽しそうだな。BLの世界ってこういうもんなんだな。オレサマ本当にいい経験したわ~」


 微笑を浮かべて事実を突きつけて来る剣一。

 蓮田友樹は男子高校生である。和輝はその男子高校生に向かって平気で、可愛いとか彼女とか異性に向かって言うべき言葉を溢しているのだ。現実を実感した和輝は息を呑み込んで、呼吸を整える。危うく和輝は危ない道を辿る所だった。


「BLか……十分理解したよ。次からは部活動の壮行会で壇上に上がったユウキを眺めるだけに留めておく。後はそうだなこの学校にはないがチアリーディング部を作って、ユウキをキャプテンにするのも」


「何も理解してないよ~~」


 和輝の変な発言を聞き、友樹は目をグルグルさせながら耳を塞いで叫び散らす。完全に女子扱いされている事に対し、友樹は心の底から悲鳴を上げているのだ。頭の中で自分がチアリーダーをしている姿を想像している事だろう。


 この休み明けの、他愛もない会話は何処か楽しいものだなと和輝は思う。友樹が少し不機嫌にさせてしまったのは残念だったが、この親しみのある日常感を味わった事で、和輝はようやく休みボケによる気怠さから解放されつつあった。


「ほんっと、お前らと話してんのは何故何故か飽きないわ」

 

 剣一と友樹と言葉を交わせた事だけに今日唯一の充実感を和輝は噛み締めた。

     

 友樹、剣一はこれから部活動があるため、二人に別れを告げて昇降口に移動した。

 とっとと帰りたいため、足早に下駄箱から靴を取り出して外へと歩き出す。

 放課後から多少の時間が経ったとはいえ、未だ断続的に生徒が昇降口より吐き出されている。

 部活が休みか、部活に入っていない一、二年生が紛れているが、大半の人数は部活を引退した三年生で 

 占めている。

 受験生という事で三年生は早めに帰宅してお勉強しましょうねというのが学校の空気感だが、リアルだ と一部の人間は皆遊び呆けている。早めに帰れてラッキー! 遊ぼうぜ!が三年生の本懐だろう。


 連鎖的に校門からも自転車通学と徒歩通学の生徒が吐き出されている。中にはなかなか校門から出ず、 

 駐輪場で(たむろ)している生徒も大量にいる。

 相変わらず改善されない混雑。屯をするならレストランで長居しろとつい言いたくなってしまう。

 和輝本人は、何も部活に所属していない。だから三年生が引退してから毎回、こんな窮屈な光景を見る。

 帰るだけだというのに、某テーマパークのアトラクションにでも並ぶような状況に対して、


「ん~~~優先的に校門を出れるファストパスをくれ」


 絶対叶う事のない願望を口にした和輝は、しかめっ面で鬱陶しい人混みを掻き分けて無理矢理校門から這い出る事にした。



少しでも良いと思った方、ポイント等頂けると英気を養えます

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