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第14話 心停止の末路

もう書いても意味ないのわかってます

更新頻度ガタ落ち


 

ーこれは気絶する前に渋谷和輝が体験した最後の記憶である。


 鉄格子のような柵と、原付バイクが正面衝突した瞬間の衝撃。

 パリィィィン と原付バイクのサイドミラーが砕け散り、原付バイクのTの字になってるハンドルの持ち手となる両端が割れる。原付バイクから吹き飛ばされた和輝が全身に鞭打ちの如き痛みを覚えた時にはもう既に、身体は宙に浮いていた。

 家の2階よりも高く打ち上げられ、額から滴る血が瞳のレンズを赤く滲ませる。

 

 赤く染まる視界の眼下に広がるのは亡者の如く和輝の磁力に引き寄せられた家電製品や車達etc。

 俯瞰してみる風景というのは想像以上の凄惨だ。

 家電製品や車達etcが通った軌跡にある住宅の窓は悉く割れている。磁石に引き寄せられた物達が通った轍だ。地震でもあったかのように住宅の塀は崩れ、家の窓ガラスは割れ、慌てて玄関を飛び出て外の様子を見に来た住人が悲鳴に染まっている。

 閑静な住宅地の日常を完膚なきまでに叩き潰した磁力の影響。

 これを見た和輝は自分のせいでこうなってしまったのだという罪悪感ではない。


 (こんなの俺にどうしろってんだよ、どうやって……)


 罪悪感以上に、今後の不安が和輝の精神を食っている。制御できない磁力と付き合って生きる術はあるのだろうか? 仮にこれが努力次第で制御できる能力であるというのなら、それまでにどうやって生きていけばいい? この磁力を制御するとなれば、トリガーとなった異世界で何とかするしかないのだろうか。仮に異世界で磁力制御する事を覚えたとして、その功績と経験は現実世界に反映されるのだろうか。

 今回のような事が今後も何度も続くと思うと皮膚が剥がれる程の鳥肌が立つ。

 不確定要素の下、不透明な未来に苦渋を浴びる。

  

 やがて宙に浮く和輝を追いかけるように、原付バイクを含む磁力に反応する物体全てが上空へと軌道を変える。今にも和輝を食わんとばかりの物体の応酬。

 重力がまるで逆転したかのようなこの現象は単純に、和輝の磁力に引き寄せられているからに過ぎない。平然と原付バイクを運転していたが、原付バイクも磁力に引き寄せられる物体も含んで構成されているのだ。

 これら全ては異世界に転移した事がトリガーにある。異世界に転移してこの能力を得ることが無ければ、和輝は非日常を過ごす事になる運命も無かった。

 ならば、そう考えるならば答えは一つだろう。


「この磁力の制御方法は異世界で見つけられるはずだ。なぁ、それしかないだろ。この能力を得ちまった原因のところで問題解決するしかねぇ。意識を失う度に意識だけが転移する…この異世界往来、良いさ。存分に活用してやるよ、俺の明るい未来の為に!」


 この理不尽な境遇から導き出した唯一無二の打開策だが、和輝の意気込みに無理矢理割り込むのはドデカい鈍音。

 ガガガガガガガガガガガガァァッッ!!!

 その音が鼓膜の傍で聞こえた時にはもう、視界は黒に染まっていた。

 その黒は瞼の裏の景色か、あるいは黒い物体が視界を覆い尽くしているのか?それを判断するための脳を回す前に、意識に完全な帷が落ちる。


 渋谷和輝は宣言通りに意識を落とし、再び異世界へと舞い降りる。


************************


 寝台が二つと、事務用の机が1つ置いてある室内。一脚の丸椅子に胡座をかいて座るのは、顔にフサフサとした茶色い産毛を生やす猫耳少女だ。狼の紋様が刻まれた純白の鎧を顔以外に纏い、その上から狼の紋様が刺繍された緑色のローブを羽織う装いをしているが、表情はどこか気怠げだ。

装いとは似合わぬ貫禄のない不恰好さだが猫耳少女は緑色の瞳に光を宿すと、寝台に横たわっている人を見つめる。

 そこにいるのは悉く襤褸となり果てた白いレースの衣装を着用した、頭部に包帯がグルグル巻きな藍色髪の少女だ。

 藍色髪の少女は重い瞼を開け、数時間ぶりに目覚めを果たす。


「ここは、一体――」


 眩しいほどに白い天井、どうにもこうにも見覚えのある空間ではない事に気づく。自分が現在置かれている状況については全く分からないが……直前までの記憶は顕在だ。

 心停止状態にあるカズキを助けるために騎士団のいる西の詰所に向かおうとしたところ何者かによる第三者の襲撃で矢によって腹部を貫かれた挙句、途轍もない意図的な突風で見当違いの方向に吹き飛ばされた。

 それから先は建物外壁に身体が衝突して……どうなったのだろうか。

 緩慢な動作で上体だけを起こしたレイシアが紺色の瞳を巡らす中で、かち合うのは他者の視線。

 狼の紋様が刻まれた純白の鎧は見間違う事はない―第七魔法都市ノアの騎士団だ。猫耳の生えた女性騎士がこちらを見ている。


「そういえば……」


 ふと、レイシアは腹部をさする。

  風の遊泳(ウィンドフライト)で空中に滞在していた最中に腹部を襲った焼くような痛みは忘れられない。腹部を貫いた矢を伝い、驟雨の如く地上に降った自身の流血。それを嘘だとは言わせない。

 だが、それを嘘だと言われれば信じてしまいそうな程に傷の爪痕が微塵も残されていない。縫合した跡もなく、本当に何も無かったかのような状態だ。


「全身至る所が骨折してたし……腹部は、まぁ軽いダメージで済んだから万々歳ニャ。吹き飛んできた場所が私のいる東の詰所なのは、オマエの運が上物だったってところニャ。お陰で骨折も貫通跡も万々歳。西側の詰所に到達しても治癒術士は不在だったからニャー、あぁ本当に運がよかったのニャ」


 眉を顰めて困惑気味のレイシアを前にして口を挟むのは、声のトーンが気怠気な猫耳女性騎士だ。

 始末には、ふわぁ…と欠伸をすると、机に頬杖をきながら話を続ける。


「何があったのニャ?もう既に治療済みとはいえ、これほどの怪我は普通じゃないニャ。矢のような鋭い獲物で貫かれた跡があった。凶器は粉々に砕け散って判別は付かないが、これは間違いなく殺意のあった攻撃ニャ」

「魔法で空を飛んでたら腹を何かが貫いて、その後に突風が来て、それで」

「犯人に心当たりとかないのニャ?」


 猫耳騎士の質問に答えるべく記憶を掘り下げる。

 ここ最近の生活で出歩いてるのは買い物をする時くらいだ。一人暮らしのため、それに必要な自炊する為の動画や日用品の買い出し。買い物先にいる店の店員さんとは上手くコミュニケーションを取って、なんなら世間話をする時も屡々。

 それ以外で人と関わる事も今は無いので、余計なトラブルに巻き込まれたり等の経験もない。

 思い当たる節が無さすぎて、レイシアは唸り声をあげて首を傾げる。


「無いですね。恨みを買うとかもないですし。何なら最近は暫く独りで生活して外部とは余り絡んでないですから」

「なら暇潰しに人を撃ってみました的な快楽犯か。何処にでも馬鹿はいるからニャ。しかし命に別状なくて何よりニャ……にしても、」


 ジーーッと視線を上から下へと、レイシアの全身を暫く舐め回すように観察した猫耳騎士は額に手を当てて嘆き始める。


「オマエの美人な顔と髪は傷一つ無し。産毛のある私への当てつけかしらニャ? あーあ、私もオマエみたく綺麗な顔になりたいニャ。ああ気にしないで、これは疲れ切った時に私の口から噴き出る戯言ニャ。多分、後で何言ってんだろうって勝手に自己嫌悪になって、頭勝ち割りたくなる気持ちに襲われるニャ」


 自己嫌悪と嫌味に塗れた言葉が念仏の如き早口で猫耳女性騎士から吐き出された。

 騎士がこうも一般人に対してこういった発言を一方的に投げつけるのは如何なものだろうか。

 人命を救う立場である騎士がこうも露骨な態度で振舞うのは騎士個人どころか騎士団全体の信用に関わるもんだろと普通の人々なら声を上げるだろう。

 しかしレイシアは、自分を助けてくれたのであろう恩人を前にして怒りの言葉は何も浮かばない。

 寝台の上で上体だけを起こしたレイシアは猫耳女性騎士に向けて、艶やかに一礼をする。


「お礼を言わせてください、本当にありがとうございます。騎士様が助けてくださったお陰で、今の私があります。改めて名前を……私の名前はレイシアです」


 そんな素直な感謝を前に猫耳女性騎士は目を丸くし、あんぐりと口を開けた随分な阿呆面になる。嫌味に対して少し怒りを剝き出しにしてくるとでも思ったのだろう。だがそれとは正反対の、何の淀みもない純粋な感謝の到来に驚いたに違いない。

 意表を突かれた猫耳女性騎士は十秒程度の沈黙を貫いてから、肩をドッサリと落とす。


「あぁ、もう調子狂うニャ。改めまして、私の名前はノア騎士団の中でも随一の治癒術師、アネット=ジョン。東の詰所でくつろいでいた、最高の治癒術師ニャ」


 自己紹介をお互いに交わす展開に対して、肩を落とす猫耳少女ことアネット=ジョン。一体、何を期待していたのだろうかとレイシアが首を傾げるが、どうにも答えは見つかりそうにない。

「何か、私って変な事しました?」

「してないニャ。別にオマエが気にする事でもないニャぁぁぁぁぁ!」

「そ、そ、そ、そうですか」


 大気を震わせる大声で全否定するアネットに驚き、目を丸くして声を震わせるレイシア。感情は何も読めそうにない。しかし肩を落としたり、大声を上げたりと感情の起伏が激しいのは治癒術師の仕事でストレスが溜まっているからなのだろう。レイシアはそう思う事にして今は、1番大切な話に切り替える。


「それよりも、アネットさん。私と一緒にいた連れのシブヤ・カズキは何処にいますか?」

「ん?もしかして黒髪の少年の事を言っているのニャ~~~?」


 アネットの疑問に対し、静かに頷くレイシア。レイシアが今第一に考えているのはカズキの容態だ。 

磁力にでも引き寄せられたように鉄格子の扉がカズキを直撃し、カズキの意識を奪った。それだけでなく何故か心臓の動きまでも止めるという事態に陥ったその出来事は脳裏に強く焼きついている。

 騎士団の詰所を目指したのは、そんな容態のカズキを助けるために他ならない。


 こうして治療を施されているのは、矢で腹部を貫かれるという予期せぬトラブルに見舞われた結果、付随したものだ。


 決して目的を見失わないレイシアは瞳に滾った熱を宿し、必死の顔で訴える。

「そうです!一緒にいた緑色の服を着た私と同じくらいな年齢の男の子です! 私はカズキを助けるためにこうして詰所を探してやってきて! だから絶対に彼を助けなくちゃいけないんです!! 」

「な、なんていう覇気というか迫力ニャ。レイシア、オマエの頑な意思は受け取ったのニャ。両手で受け止め切れないくらいの意志を……しかし現状はどうも甘くないニャ」


 レイシアの気迫に押されるアネットはそう言うと、僅かな沈黙を作ると曇った表情で視線を横にチラリと流した。

 視線を移した方角を辿る事で見えるのは、もう一つの寝台。そこに横たわるのは瞼を閉じたカズキの姿だ。見覚えのある緑色の生地の衣服ではなく、水色のバスローブのような衣装に包まれている。

 一切の呼吸音は聞こえず、まるで死んだかのように眠っているのだ。

 

「オマエ達が詰所に飛んできたのは昨晩。そこからもう一夜明けた訳だけど、私は雷魔法で何度も心臓に電気ショックを送り続けたニャ。治癒魔法と併用して器用にやってやったわ。けれど一向に反応が無いのニャ」

「そんな……遅すぎたっていうの…」

「心停止から8分以上経過すれば救命率は一気に低下。心停止は時間との闘いニャ、少しでも早く救命処置が出来ていれば助かる目途は……」

「勝手に死んだ事にしないでください!!まだ、なんとか」


 想像したくも無い最悪の展開だ。心停止直後にどれだけ早く救命処置をするかが、生死を分ける分水嶺になる事は理解している。が、その展開だけは常に意識の外に置いてきた。


 だからこそ、そんな事は認めたくない。


「私は絶対に彼の死を認めるような事は!」

「別に私は死んだ事にしたなんて一言も口にしてないニャ。ただ復活は絶望的だと言いたかっただけだニャ」

「そんなの、同じじゃないですか!嫌です、私は!」

「ま、確かにそうかもニャ~。けれど、そもそも何で彼は、カズキは心停止になっているのニャ? 一体どういう状況で何がどうなったか説明を求めるニャ」


首を横に振ってカズキの死を認めたくないレイシアは叫んだが、それを掻き消すのはアネットが気怠気に呟いた疑問だ。


「確かにオマエが、レイシアがカズキを大切に思っている事は十分に認めるニャ。大切な人が目の前で心臓の動きが止まる瞬間を見てしまったからこそ、なんとかしないとっていう使命感が働くんだろうニャ」


 自分の言動を鼻で笑われたような気がして、眉間に皺を寄せたレイシアは目を鋭く尖らせる。

「それの何がいけないんですか?」


「別に、悪いとは思ってないニャ。私は一つ、疑問に思っているのニャ。カズキの外傷としては頭部へのダメージと一部骨折。骨折に関してはオマエと同じで詰所に吹き飛んできた時に負ったダメージといったところニャ。一方で頭部に関してはまるで殴られたかのような痕が少し、ま、命を奪う程の致命的ダメージとは判断できないから良しとした。だが、それらカズキの外傷がどれも心停止に直結するダメージに値しない。

私は何を言いたいか、分かるかニャ?」


「私が何かしたって言いたいんですか? 私に無くて彼にはダメージが有る。だからこそ、私が彼に何かをしたのではないかと、そう言いたいんですか」


「そうニャ」


 躊躇いなく逡巡なく、何の証拠も無い中で首肯するアネットは、どこか自信に満ち溢れた表情だ。

 この冤罪を掛けようとしてくるアネットの言動を前にして、レイシアの心からは感謝の念が吹き飛んだ。

 グツグツと心の底から怒りの炎が湧き上がり始める。それが全身を循環し、レイシアは確かな敵意を持つ。


「何で心停止に繋がるのか、そこに関して疑問に思うのは貴方と同じです……。でも、私を犯人扱いしたい貴方の言動を私は認めません。それに私達が何故こうなった、これまでの経緯を知らずに言われるのは心外でなりません!!」


「だったら説明してみろニャ。私を子供だと思って丁寧に親切に教えろニャ」

 鼻で笑って挑発する態度を見せるアネット。

「そうですね。えぇ、聞き漏らしは絶対に許しませんから」

 甘んじてレイシアは、その挑発に乗る事にした。

 いや、挑発されずとも事の経緯を説明しようとしていただろう。経緯を知らず、軽く話を聞いただけで犯人扱いされるのは不服であり且つ、心の内で暴れてる怒りが治らない。


(異世界転移者という事については黙りましょう。古代の伝奇に記されないような事象が起こっている事実。仮にそれを伝えた所で信用されないでしょうけど、それでも異世界転移という情報が不特定多数に知れ渡るのは危険すぎる。)

 

 説明をするに至って、カズキが異世界転移者である事実は伏せるべきだ。情報の真偽はさておき、異世界転移という御伽話のような単語を聞けば情報は広まってしまうだろう。それをきっかけに魔法一つさえ扱えない且つこの世界の生活に不慣れなカズキの元に、あれやこれやと人が集まるのは良い迷惑だろう。


 (何かカズキが生きてる前提で私考えてるけど、、いいや生きてる。どうせ何事も無かったかのように目覚めるのよ)


 カズキの目覚めを信じるレイシアは、異世界転移に絡む余計な情報を省きつつも懇切丁寧にカズキとの出会いから、騎士団の詰所を見つけるまでに至る経緯の説明を始めた。

 不法侵入された場面に関しては、異世界転移関連の単語を出さないためにも『部屋の玄関口が開いてますよ、とわざわざ知らせに来てくれたカズキを不法侵入者と勘違いして殴って気絶させた』というストーリーに変えて話する事にした。

 頬杖をつきながら、ニタニタと人を小馬鹿にしてるような笑みで傾聴しているアネット。

 決して口を挟まず、最後まで傾聴し終えたアネットは溜め息を吐く。


「おかしすぎるニャ」

「説明がですか?」

「いいや、心停止。心停止に関して私は納得がいかないのニャ。シブヤカズキの元に鉄格子の扉が吹き飛んできて、それを喰らって気絶。気づけば心停止?確かに頭部に外傷はあったが正直、命に別条を齎すほどのダメージは無いと見ているニャ。心停止を誘発させるにしてもダメージが余りにも無さすぎる。だが心停止しているのが事実という事は目立たぬように、呪いの一種でも使用して心停止をかけたか……」


「呪いを私がかけたと言いたいんですか!?ふざけないでください!」


 犯人扱いされるのも不服だが、呪いという単語はそれ以上に聞き捨てならない。レイシアは青筋を限界まで立てると、怒りのままに吠え散らかした。

 呪いは『一定の条件を満たす事で発動される人を傷つけるため』の術だ。呪いには必ず相手が〇〇な行動をしたら、〇〇な発言を言ったら、という発動条件を設けることが絶対とされる。その条件を満たせば使用した呪いが発動する。擦り傷を負わせる程度のレベルから死に至らしめるレベルまでと呪いの威力は幅広い。

 また呪いは掛かったとしても本人は自覚する事がない。掛かった本人は、呪いが発動した時に初めて自覚する事ができる。

 呪いは、不意打ちかの如く掛けた本人を襲うタチの悪い意地汚い攻撃手法だ。


「私が彼を殺す意味がないです。それに、まだ魔術学院にすら入学してない私がましてや、呪いなんて使い方すら分からない。仮に使えたとして私が彼に呪いを使うメリットは?」

  

「確かにニャ、オマエの意図が読めないのニャ。仮に呪いを使ったとして、なぜわざわざ騎士の詰所に心停止の彼を運ぶ必要がある? もしオマエが意図的に心停止を起こした犯人なのだとすれば、ここに来るのは間違いだ。犯人だとバレて捕まるだろうし、彼を連れてくるメリットも無い…」

「でしょうね、私が犯人なわけないですから」


 頬杖ついて思慮深くしたアネットの発言に対し、数秒の間を置く事もせず即座に否定する。

 アネットが齎すのはレイシアを犯人と決めつける一方的な言動だ。そこに返す言葉に逡巡は必要ないし、レイシアは一貫して否定の意思を貫く他ない。


「幾ら貴方が私を犯人扱いしたって構いませんが、私は否定するだけです。証拠なんてどこにもないんですから。私をいくら叩いたところで、部屋の埃が舞うだけです」


「だとしても間違いなく、この心停止に対して違和感しか持てない現状は変わりないニャ。叩いて出ないなら…この際どっちでもいい。ケツからでも口からでも真実を吐き出させてやるニャ」

「しつこいですね、何処から出すにも好きにしてください。私は舌を抜かれようが、やってないと一貫するだけ……」


 只管に犯人扱いを仕掛けてくるアネットに、尻込なしで否定の意思を持ち続ける中で——。


「ふわぁ。いやぁ、やっぱり予想通りだった。うん、間違いない。そういう事だ…」


 突然欠伸を先頭にして飛び出してきたその声に怒りの意思はなく、だいぶ満足感に満ち溢れた感情が載っている。アネットとレイシアが生み出したこの張り詰めた空気感を颯爽と壊し始めたのは、紛れもなくこの男。


「ええっと、シブヤカズキ。見事に帰還しました!」


 心停止したはずのシブヤカズキが何事も無かったかのように饒舌に平然と寝台の上に立ち上がってガッツポーズ! 

 世にも奇妙な異例の事態に、ノア騎士団随一の治癒術師ジョン=アネットは猫耳をピンと立てて目を瞠る。

 レイシアとアネットは互いに不意を突かれたような表情を見合ってから、カズキに視線をやって無意識に声を重ねる。

 

「「マジで意味、分からないんですけど……」」


 魔法が蔓延る世界でも通用しない事が必ず存在する。それが今こうして顕現した。

 シブヤカズキが心停止から何事も無く目を覚ます。

 それは異世界と現実世界、二つの世界に共通する起きるはずのない現象。

 少なくとも治癒術師ジョン=アネットは生まれて初めて理解に苦しんだ。


 

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