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第9話 レイシアの奔走

仕事が忙しくて寝てしまい、書けない-…


渋谷和輝が現実世界で目覚める十二時間以上前に時は遡る。


異世界サイド――時刻は午後八二十九分

 

 満月が浮かんでいる――。

 イギリスの首都ロンドン、ウェストミンスター宮殿に付属する天突く時計塔ビッグベン。

 夜の帳が落ちた第七魔法都市ノアにそれと瓜二つの時計塔が聳え立つ。

 誰もが首を上げて見てしまう程の迫力を放つ時計塔の高さは実に300メートル。

 青くライトアップされた時計塔は輝かしく威厳までも放ち、暗く染まる世界に喧嘩を売るように周囲を明るく照らす――その時計塔の名はティターン。


 地上から250メートル付近にあるのはノアを見守るかのように明るく光る時計盤。直径10メートルの巨大な時計盤に記されるのはⅠ~Ⅻの英数字だ。

 現在は午後の八時二十九分頃を示す。

 そして時間、分、秒を示す青い時計針のうち秒針が静かに進み、それがⅫに到達した時――。

 時刻は午後八時三十分へと足を進めた。


 ゴォォォォォォン、ゴォォォォォォン、ゴォォォォォォン


 時計塔内部に設置された大鐘が三度鳴り響く。

 鐘の音がどこまでも、世界の果てまで届くほどに轟き響く。大気を振るわす鐘の音は夜の空気を支配する。午後八時半の鐘の音は一つの営みが終わる区切りだ。

 第7魔法都市ノアでは午後八時半に全ての商店街と飲食店、医療施設は閉店する。以前までは二十四時間営業の店も多くあったのだが、夜中に訪れる酒の入った客同士が店内で魔法を使って打ち合う乱闘沙汰が屡々発生。また乱闘沙汰による損害影響で、営業継続不可に至る店も続出する事態に発展。

 ノアの騎士団が幾度となく取り締まるも、モグラ叩きのように事件が連続で発生。それを看過できぬ第7魔法都市ノアの長を務める都市長の勅令により、全ての店の営業は午後八時半までと定められた。同時に午後八時半まで国の騎士団による巡回も強化された。

 おかげさまで夜の盛況は以前よりも穏やかで、ほのかに人の声が聞こえる程の優しい喧騒だ。乱闘沙汰も沈静化され、喧騒の中に無粋な輩の声は無い。

 

「都市長の勅令で防犯対策で八時半に全ての店が閉まるは大変、よろしい事で……今の私以外にとってはね!」


 ここは第七魔法都市ノアで一番のメインストリート、飲食店を始めとする様々なカテゴリーが店舗を構えて軒を連ねるこのファンタジア通り。昼間は大勢の客の喧騒で賑わうが、もう既に夜を迎えている。


 勅令通り午後八時半に全ての店舗は店じまいし、店の灯りはポツポツと消灯されていく。残ったファンタジア通りの街灯が照らすのは店帰りのお客人ばかりだ。

 徐々に人の数も減った通りには、悔し気に膝を着くレイシアと――干された布団のように右肩に担がれるカズキだけが取り残されていた。


「医療施設も八時半に閉まる!? ふざけないでよ! こっちは鉄格子の扉に殴られて気絶して心停止とかいうイカレタ病人を背負ってるのよ。本当役立たず!って一番の役立たずは対処できない私だけど」


 今までなら腹が立つ事も無い、ノアの営業体制と自分の無能さについて苦言が湧き出る。普段ならば歯牙にもかけないこの日常に対して嫌気が差すのはカズキという異世界人の存在影響だ。


(医療施設なら治癒術士がいる。だからなんとかできると思ってたけど)


 カズキを縛り付けたあの部屋から出てから間もなく五分が経過する。

 心停止をした場合、その症状に対してどれだけ早く救命措置を行えるかで人の命は左右される。

 それを知るレイシアの心を蝕む焦燥感には拍車が掛かるばかりだ。


「速く救命処置をしないとカズキの命が危ない。サポートするって、お互い魔法で殴り合うって罰を受けたばかりなのに、出落ちで死ぬなんて冗談やめてよね!」

 

 罰を言い渡されたばかりでまだ受けていない。

 罰を受けなくていいはずがない。

 椅子に縛り付けて不法侵入者だと決めつけて悪者扱いしていた事実は幾ら反省しても拭えない。

 やったのは拉致監禁に該当する明らかな犯罪。

 そこから生まれるどうしようもない罪悪感を拭うために罰をくれたのはカズキ本人だ。

 カズキがいるからこそ、カズキが直接手を下してくれるからこそ、そうして初めてレイシアの罪悪感は全て拭われる。代役は誰にも務まらない。

 

 罪悪感の持った私を差し置いて先に死ぬのは絶対に許さない。

 意地でも助けてみせる、それが今眠るカズキに向けた最大限のサポートだ。

 

 膝を付いて落ち込むばかりじゃ何も始まらない。心停止発生からの時間が経つ一方だ。こうグズグズしている間にカズキの命は死への道を歩み始めている。その道を阻み、邪魔をするのが今求められるレイシアの役割だ。不満、愚痴、停滞、諦念、落胆、悲壮、ありとあらゆる無駄な言動は必要ない。


 それをしたいなら、やることやってからだ。疲れたとか、足が痛いとか、心の声を表面的に漏らす暇があるのなら、まずは現状を打開する策を考えろ。


「無理にでも店の扉開けさせたいところだけど、騎士団に見つかって終いよね……職質とか面倒な事に絡まれる。そんな立ち話なんて時間の無駄」


 店の閉まったファンタジア通りに視線を巡らしても、そこに打開策は無いと悟る。

 カツカツカツカツ、足音が前方より迫る――ファンタジア通り巡回中の第7魔法都市ノアの騎士だ。午後八時半も過ぎた事だ、一仕事終えたといった形で騎士の詰所にでも戻るのだろう。


 胸元に狼の紋様が刻まれた純白の鎧を顔含め全身に纏う騎士が前から歩いてくるが、レイシアは「いや、ダメだ」と横に首を振る。


(ノアの騎士……けど巡回に払い出されている騎士は地位の低い騎士よ。確実さを求めてる私にとって話すのは不必要。何で心停止してるんだ、どうやってここまで来たんだとかクソみたいな質疑応答をされて無駄な時間を過ごすだけ)


 この騎士に救いの手を求めるのは打開策として良いものではないと、否定を断言する。

 違う打開策を探そうとするが途端、視界の端で捉えるのは騎士の素通りだ。騎士がレイシアに目を配る事もなく、または存在に気づいていないかのように横を通り過ぎる行動は不愉快に思えた。

 瞳を鋭くさせたレイシアは、無駄な行為だと自覚しながらギリッッと睨み付けた。


(なによアイツ、素通り!? 騎士なら普通、大丈夫ですか、何かありました?の一言でも掛けなさいよ。私達を見て何とも思わないの??)

 

 苦しむ民を、助けを欲そうとしている民に救いの手を自ら差し伸べるのが騎士の役目だろう。

 

 戦争に駆り出されるだけじゃなく、外的要因で都市に降りかかる火の粉を払うだけでなく、人々に手を差し伸べるのが騎士ではないのだろうか。

 気を失った少年を右肩に担ぐ少女。それを見て違和感を持たぬ騎士を騎士としていいのか?


 騎士を忘れた騎士は街灯に照らされぬ影のように暗い商店街の路地裏にカツカツと入り込む。

 打開策の一つとして加えない騎士の存在に言葉を掛けるつもりはないが――一方的な怒りは顔に出た。

 騎士が路地裏に消えたことで、ファンタジア通り――レイシアとカズキの二人ぼっちになる。

 しかし、その状況はレイシアにとって好都合な状況と言えよう。

 クソ騎士に向けた役に立たぬ怒りは一旦蓋を閉じて、口元を緩ませる。


「ま、あんなクソ騎士どうでも良いわ。騎士団の詰所なら二十四時間ウェルカム営業よね。ならショートカットをしましょう」


 「よいしょ」と改めてカズキを右肩に担ぎ直す。これほど身体が密着していながら吐息も心臓音も感じない。死んだように瞼を閉じるカズキだが、体温はまだ仄かに温かい。

 心停止前のカズキが宿していた体温の残滓はレイシアに、まだいけると勇気を与えてくれる。

 シブヤカズキはまだ死んじゃいない。 


「心停止から何分経とうが私が、必ず助けて見せる。サポートするって言ったんだから!」


 声を大にして自分に言い聞かせたレイシアは跪き、左右の手を地面に付ける。

 

「風魔法レベル3」


 レイシアの呟いた言葉と同時に左右の掌から発現するのは白の魔法陣。辺りを照らす程に輝かしい五芒星の魔法陣の中央には英語でⅢの数字が浮かび上がる。 魔法陣、それは魔法を発動するための入口であり絶対的存在。

 魔法陣を展開したレイシアは深呼吸して「 風の遊泳(ウィンドフライト)!!」と唱えた。

 直後、レイシアの言葉に呼応するように空気がうねり風を作り始める。


 風とは。


 空気中の期待の割合は主に窒素と酸素だ。その物質が存在する故、それらを含む空気が成り立っている。そして空気があるからこそ、空気をぶん殴って風を呼び起こすことが出来る。


 レイシアが展開した魔法陣を原点にして殴られた空気は風に変わり、弧を描いていく。稚拙な動きで、でも着実に形を造り出していく。描いては歪な形になり、それを修正しては描いての繰り返し。スケッチブックに書いた絵を何度も消しゴムで消して書き直すように――。

 二十秒で完成されたそれはレイシアの背中から咲く。


 無色透明の空気で描かれた翼だ。

 バサリバサリ。


 レイシアは翼を羽ばたかせる。

 翼から後方にブシュワァァっと噴出させる風を利用する事で街の上空へ向かって一気に飛行する。まさに風のロケットエンジンだ。


 右肩に担ぐカズキの重量影響で低空飛行に強いられる事無く、藍色の髪を激しく靡かせながら優雅に空を舞う。地上から100メートル離れた付近で、遊覧飛行する六羽の黒カラスと衝突しそうになったレイシアは、翼を動かして旋回する。


 翼とレイシア本人の肉体に神経系統の繋がりは無い。翼を動かす――正確には風の噴出方向を変えて空を飛び回るための操縦機は『風の遊泳(ウィンドフライト)』を発動させた本人――つまりレイシアの意志だ。どう飛ぼうか、どのように動くか『飛ぶ』行為に意志を持つ事でレイシアは風の噴出方向を変えて空を支配できる。


 俯瞰するレイシアの目に映るのは第七魔法都市ノアの夜景だ。人々が住む団欒の灯りが無数に広がる。 


「私は幼少期から風魔法を学んできた。そして最近編み出した風魔法の新技を使う日が、カズキのために来るとはね」


 思わぬ人生の番狂わせに苦笑するレイシアだが、すぐに口元を結んで目を瞠る。一定量の風を双翼から噴出させて高度を保つレイシアは瞳を忙しなく縦横に走らせる。


 カズキの心停止から時間が経過していく――その意味を理解しているレイシアは手に汗を滲ませる。

 そして、見つけた。

 外壁が白く塗装された、城のような建物が東西にそれぞれ一か所。屋根から伸びる金属棒に括りつけられた微風に揺れる白い大きな旗。そこには冠を頭にかぶる黒い狼のマークが刻まれている。


「あのマークだ……騎士の詰所だ。そこに行けばカズキを直せる治癒術士がいるはずよ!騎士の詰所には必ず一人、治癒術士が在中している! 騎士が怪我をすれば直ぐに治せるように……ね」

 

 治癒術士――文字通り治癒魔法が専売特許の魔法師を指す。簡単な擦り傷等の怪我を直せるのは勿論のこと、骨折や病気を直せてしまう卓越した存在だ。それ以外にも、外的要因による麻痺・毒状態というのさえも治してくれる重要な人材だ。


 治癒術士は騎士の詰所に必ず一人配置されている。騎士が巡回や諍いの対応時に怪我をした場合など迅速に治療できるように、という名目でだ。

 だからレイシアは、騎士の詰所を探していたのだ。


「いいわ、ここから近いのは西方面の詰所ね。東は若干だけど少し距離がある」


 西方面は距離で言えば100メートル、東は200メートル程度だろう。その差100メートルは飛行しているレイシアにとって些末な事だ。『風の遊泳(ウィンドフライト)』の移動であれば到着時間に大きな差は生まれないだろう。

 しかしカズキの心停止を対応するための最善策を取るのであれば、より近い方へ行きやすい方の選択を手に取る。


「西ね」


 双翼から風を噴出させて下半身を空に向け、上半身を詰所の方に向ける。空中で態勢を斜めに取ったレイシアの視界中央に位置するのは西の騎士詰所。双翼で風のエンジンをぶっ放せば直線ゴールできる立ち位置だ。


「加速魔法レベル……」

 

 ズシャァァァァァ!


 と、それを言い切るのを遮って異音が爆発したのは予定外だった。


 何かを引き千切るような音と共に、眼下で赤い色の飛沫が大きく弾けた。右肩に担いでいるカズキの顔面、レイシアの目元に赤が嗾ける。

 弾けた赤の残りは雨となって、夜の街に呑まれる。

 何が起きたのか理解できない混乱と衝撃が走ったレイシアは思考が止まる。

 ほんの数秒時間が止まったような錯覚を覚える。


 いや、この先に起こるであろう確定した未来との対面を避けたいから、この瞬間で時間が止まって欲しかったのだ。

 その欲の願望が無理矢理に止まった世界を造り出している。


「くっ………!」


 だがその錯覚は痛みで断絶された。

 顔を歪めるレイシアは地上から100メートルも離れたこの空中で途轍もない激痛に襲われている。

 この痛み、焼き付けるような痛みが何故走るのか。

 そんなのは知りたくもないが、その痛みの程度は悪化するばかりだ。

 レイシアは痛む場所--自身の腹部に視線を落とす。


 1メートルの矢が腹部を貫いていた。

 

 

 矢が腹部に潜り込み、臓器をぐちゃぐちゃと搔き乱している悍ましい狂行。誰が放ったか分からない凶器が腹部を蹂躙する。


 熱く熱く煮え滾る熱い痛み。止めどなく腹部からドバドバと溢れ出る血液。矢を伝い、レイシアの血の雨が夜の街に降り注ぐが、そこに人通りはない。

 誰も気づかれる事の無い血の驟雨。誰かが道端に付着した血の滴に違和感を覚えて助けてくれるのではという、希望的観測を持っても無駄なのだろう。

 

 私はまだ死にたくない死にたくない死にたくない

 死にたくない死にたくない死にたくない

 死にたくない死にたくない死にたくない


 彼を死なせたくない死なせたくない死なせたくない

 死なせたくない死なせたくない死なせたくない

 死なせたくない死なせたくない死なせたくない



 何故こんな目に自分は合っているのだろうか? これまでの人生で誰かに殺されるかもしれない経験は一度もないのに。よりにもよって今日がその日って、なんでなのだろうか。


 理由を考えるほど齎される回答は全て空白だ。

 分からないから。


 いつ命の灯火が消えるか定かではない今、自分の命を守りたい保身の気持ちと同時に、心停止したカズキを救う使命感の二つに襲われる。

 レイシアは自分が飛んでいる事を忘れ、脳内は恐怖と『死』の文字で埋め尽くされた。

 どのように飛ぼうかという思考を置き去りにした今、風で造られた模倣の双翼はもう扱えない。


風の遊泳(ウィンドフライト)』で造り上げた背中の双翼はパッと、電気の灯りが消えるように消失した。

 

 呼吸を荒くしたレイシアにもう余力はない。双翼を失ったレイシアが、撃ち落とされた鳥のように真っ逆様に降下を始めようとした時だった。


 突然、発生したのは目的地としていた西側の騎士詰所方面から吹き荒れる突風だ。

 鮮血を撒き散らし、藍色の頭髪が掻き乱されながら、カズキを担いだ状態のレイシアはボールのように軽々と東方面へ吹き飛ばされる。


 風とは思えぬほどの、重力に押されてるような圧倒的力にひれ伏せられたレイシアの全身がミシミシと悲鳴をあげた。


(骨が折れて……ダメよ。これは本当シャレになら…)


 足、腕、腹部、肋骨。風の暴力で、木の軋むような不協和音が全身から奏でられる。もう何処がどう痛いかとか説明できる次元の痛みではない。

 ありとあらゆる骨がバキバキと折れていく感覚に声をあげて断末魔を放つ気力もない。

 だから虚な目で静かに自分を叱咤するように


「私、なんでこんなに弱いんだろう」


 誰にも届くわけのない弱気な声を最後に、レイシアの全身はとある建物の外壁に背中から叩きつけられた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 枕と負担が丁寧に準備された六つの寝台が等間隔に設置され、壁際には一脚の椅子と丸テーブル。窓もなく白色の壁で囲まれた至って質素な部屋だ。

 輪切りのレモンが3切れのった紅茶カップが丸テーブルの上にある。


 椅子に座り、そのカップの縁に唇を付け始めたのは茶色の頭髪から猫耳の生えた少女だ。


 顔にはフサフサとした茶色い産毛。吊り上がった目元に宿る緑色の瞳。少女の正体は、世界で俗にいう獣人と呼ばれる生物だ。


 猫耳少女は、狼の紋様が刻まれた純白の鎧を顔以外に纏い、その上から狼の紋様が刺繍された緑色のローブを羽織う装い。腰には剣が納まる鞘を備えている。

 猫耳少女は紅茶を一口分だけ飲み干し終えると、鋭利な歯を剥き出しにして眠たげに欠伸をする。


「ん〜眠いニャ。紅茶で目を覚まそうとしたけど、ミーの馬鹿な試みだったニャ。何をやっても眠い時は眠いのニャー」


 そう言いながら再び紅茶に口を付ける。眠気を覚ます薬とはいかないが、注いだ以上は飲むしかないので飲むだけなのだ。

 猫耳少女は口を離す事なく、ゴクリゴクリと喉を鳴らして飲み干していく最中の事だった―。


 バゴォォォォォン!!!


 遠慮の知らない轟音と共に爆砕する壁一枚。雪崩のように爆砕した壁の瓦礫がゾロゾロと室内に流れ込み、整えられた寝台をごちゃごちゃに掻き乱す。紅茶カップが置かれていた丸テーブルは木っ端微塵に砕け散る。

 

 瓦礫の津波が部屋を叩きのめした直後の室内には、瓦礫の粉塵が舞ってモヤが暫し立ちこもる。


 驚いた猫耳少女はブゥゥゥゥっ!と、喉の途中にあったものを含めて紅茶を口から吹き出した。

 

「な、何事ニャ!壁が壊れた!? ちょっっと面倒ごとは本当に勘弁ニャ。流石に治癒魔法でも壁は直せないニャ。ああもう、なんなのニャ!」


 面倒ごとを嫌がる猫耳少女はカップを放り投げる。パリィンと音を立ててカップは割れるが、そんな瑣末な現象は気にも留めない。

 猫耳少女はこのふざけた光景に対して途轍もない苛立ちを募らせていたからだ。


「マジでロザレーヌ団長に怒られる……マジで誰がやったか知らないけれど、必ず代償は払ってもらうニャ。修繕費は馬鹿にならないのを教えてやるニャ」


 今後の顛末を恐れる猫耳少女は、部屋を崩壊させた原因の何かに怒りを募らせる。

 そして室内のモヤが晴れ始めた時、猫耳少女の瞳に瓦礫の上に横たわる二人のシルエットが映り始める。


 電池の切れた人形のようにビクとも動かないその状態に違和感を持った猫耳少女は鞘から剣を抜き取り、警戒しながら歩み出す。

 

「ちょ、ちょっと、なにがどうなってるニャ?」


 目の色を変えた猫耳少女が呆然とし、剣を落とす。



 そこにいたのは。

 黒髪の少年を大切そうに抱える、藍色の長髪が乱暴に乱れた全身傷だらけで血塗れで、気絶した少女だった。






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