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マッドバーナー2008  作者: 逢巳花堂
第3章 カオスインフェルノ
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第89話 情報屋アズライル

 ―2009年6月8日―

  サラスパティ


 金沢百万石まつりの二日目。


 道路封鎖して行われる、「百万石踊り流し」で国道157号線が沸き立っている夜。


 香林坊のカレー屋サラスパティに、ユキはいた。


「どうして家に帰らないの?」


 イザベラがチャイを差し出しながら、ユキに尋ねる。


「家?」

「つまり、遠野くんのアパートか、遠野屋旅館、ということよ。こんな所にいたら危ないじゃない」

「いえ――うん、まあ――そうですね。私もそう思います」

「まさか、遠野くんの奥さんが裏切り者だなんて、思っているわけじゃないでしょう?」

「あやめさんは、そんな人じゃないです。きっと誰かの変装か、そっくりさんだと思います。でも」

「でも?」

「万が一ということもありますし、それに……」


 ユキは解放される時に、トリックスターから脅されている。


――あさっての夜、一人で金沢城へ来い


 と。


 それを破れば、人質を皆殺しにするとも言われている。


「それを言われたのが、昨日。だから、期日は明日に迫ってます。バスに乗っていた人たちは、遠野さんと一緒にみんなどこかへ連れていかれました。捜している時間なんてないです。それに、私が誰かに助けを求めたりしたら、きっと……」

「でも、あなたは、この先どうすればいいか最善の選択肢が見えるんでしょう?」

「私が生き延びる道、だけです」


 敵はユキの能力の弱点を突いてきた。


 ユキの能力は、ユキ自身は助かっても、周りが助かる保証はない。むしろ他の人間は犠牲となることが多い。これまで見て見ぬ振りをしてきたが、さすがにここまであからさまに巻き添えになる人たちが現れると、どう対処すべきか迷ってしまう。


 胸の奥で何かが脈動する感覚がある。


 いますぐ遠野屋旅館へ戻れ、という感覚。


 これまではその感覚に逆らったことはない。逆らえば死の確率が上がる。ユキはその恐怖に耐えられなかった。


 自分の能力に甘えていた。


「いつかこんな時が来ると思ってました」

「どんな時?」

「私の命か、大切な人の命か、選択を迫られる時が」

「大切な人、というのは、遠野くんのことかしら」

「自分でも不思議ですけど……あの人が殺人鬼だとわかっていても、私はあの人を憎めないんです」

「たしかに、殺人鬼にしては勿体ない性格しているわね、彼は」

「私はあの人を憎むべきなんでしょうか。遠野さんを助けようとするのは、間違いなんでしょうか」


 沈黙。


 通りの方から踊り流しの喧騒が聞こえてくる。その賑やかな様子に耳を傾けながら、ユキもイザベラも口を閉ざして、虚空を見つめていた。


「罪が先にあるか、人が先にあるか」


 イザベラはカウンターの奥から、厨房の中を通って、客席側へと回り込んできた。ユキの隣の席に座り、カウンターに肩肘をついて考え込む。


「前にね、ここの常連客が、中国へ行った話をしたの」


 何の話をするのだろうと思い、ユキはイザベラに注目する。


「北京に一ヶ月間。で、その彼はいつもお昼ご飯を行きつけの大衆食堂で食べていたんだけれど、ある日、ギトギトの油にベットリと浸かってる酷いチャーハン出されてね」

「行きつけにするほど気に入ってた店なんですよね? ひどいですね」

「中国人は、日本人みたいに四六時中変わらぬサービスを提供できるほど、真面目じゃないのよ」


 くす、とイザベラは微笑んだ。


「彼が店に行ったのは、午後二時。お昼の忙しい時間帯も終わって、コックはテレビを観てくつろいでいたそうよ。やる気がなかったのね」

「それで、どうなったんです?」

「『よくもまずいチャーハンを食べさせたな!』って――彼は、中国人が嫌いになりました、とさ」

「え、そんな理由で⁉」

「案外そんなものよ。日本人で、中国人が嫌いと言ってる人のどれくらいが、実際に中国人のせいで被害にあってると思う? ニュースや風評、伝聞だけなのに、多くの日本人が熱に浮かされたように、中国バッシングをする。それに比べたら、実際に酷い目にあわされただけ、彼の理由のほうが納得できるわ――でも、この話には後日談があってね」

「ええ」

「彼、中国人のカノジョが出来たら、今度は中国人が好きになったの」

「……随分、現金なんですね」

「だから、罪が先にあるか、人が先にあるか」


 イザベラは目をつむり、優しい笑みを浮かべた。


「いいのよ、あなたが遠野くんのことを好きなら。彼を助けたいのならそうしなさい。誰かが責めようと、あなたと遠野くんの関係まで否定する権利はない。そんなことで迷う必要はないわ」

「はい」


 その時、店のドアが開いた。


 夜なのにサングラスをかけた金髪の青年が、中に入ってきた。


「あなたは彼と会うの初めてだったわね。情報屋の梓。通称アズ。キナ臭い情報の扱いに関しては一流だから、ついた通り名が『アズライル』。つまり、死の天使ね」

「ビジュアル系バンドみたいな名前……」


 とても情報屋とは思えないチャラついた格好のアズを見て、ユキは目を丸くしていた。


 アズは、ユキに目をつけると、「ウィッス」と挨拶してきた。


「さっき話した、中国人のカノジョが出来たって常連客の話だけど――彼のことよ」

「あ、この人なんですか!?」

「つーか、なんの話してたんッスか」


 アズは席に座ると、「コルマ」とカレーを注文し、それから改めてユキの方へと向き直った。


「君はー、アレ? 噂の魔法少女?」

「魔法少女って、いきなり、なんですか」

「先読み出来たり、人を生き返らせたり」

「ええ、まあ」

「すごいッス」

「どうも」

「コスプレとか興味ないッスか?」

「は?」


 正気を疑う発言に、ユキが殺意のこもった声を上げると、イザベラが厨房から笑いながら顔を出してきた。


「気をつけたほうがいいわ。彼、オタクなの」

「オタク……」


 オタク=変態。


 そんな方程式が即座に頭に浮かぶような、ごく普通の女子高校生であるユキは、汚いものを見るような目でアズを眺め回した。


「ちょ、オタクにも、色々あるんッスよ? みんながみんな、中野ブロードウェイとかでフィギュア見て、鼻息荒くしてるような奴じゃなくってッスね――」

「いいです、言い訳は。わかります、わかりますから」

「いやいやいや、そう言いながら、なんで距離取ってるんッスか」

「いえいえいえ、別に偏見とか、そんなんじゃないですから」

「うーん、まいったなぁ……ベラさん、変なこと吹き込まないでくださいよぉ」


 厨房の中からアハハと笑い声が聞こえてきた。


「笑いごとじゃないっすよ。せっかく懐かしいお客さん連れてきたのに」

「あら、どなたかしら」

「堂坂組長ッス」

「えっ!?」


 イザベラが厨房から飛び出してきた。


 驚いた顔をしている。


 入り口のドアが開き、背の低い白ヒゲの老人が姿を現した。左目が切り傷で潰れている。見るからに堅気の人間ではない。


「久しぶりじゃな、イザベラさん」

「堂坂……」


 イザベラは、震える口を手で押さえた。

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