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マッドバーナー2008  作者: 逢巳花堂
第1章 アンダーファイヤ
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第6話 殺人鬼の孤独

 チャイニーズマフィアのドンの養子で、今は連続殺人鬼。


 俺ほど非常識な人生を送っている人間もそうそういないだろう。まるで冗談のような境遇だ。


 そんな中で、辛うじて普通の生活を送れているのにはわけがある。


 リウの親父は、俺にとって父親代わりの存在ではあったが、日本の戸籍上の親となるには色々と不都合があった。そこで、日本で彼に協力している男が、俺の父親となるよう裏で工作をした。


 法律には詳しくないから、どうやって俺を赤の他人の息子に仕立て上げたのかは知らない。とにかく物心つく頃には、戸籍上は「遠野学円」という男の息子となっていた。


 リウの親父は、親父でありながら、生みの親でもなければ戸籍上の親でもない。俺にとっては不思議な立ち位置にある人だった。


「リウの親父は、俺のことをなんか言っていたか」


「爸爸? 『あいつ、盛大に焼いているそうじゃないか』って。ちょっと嬉しそうだったわ」

「あの人は危機感というものはないのか。俺に武器やら耐火服やら供給してくれているのはありがたいが、いくらなんでも、殺人鬼に加担していることがバレたら――」

「何言ってるの。いざとなれば証拠なんて一瞬で隠滅するわ」

「一瞬で、か」


 親父の組織ならたしかに可能だろう。


 裏を返せば、オレが何かヘマをやらかせば、容赦なく抹殺できるということも示唆している。


 親父にとって俺の存在などちっぽけなものなのだ。


「あの人は、俺がマッドバーナーとして人を焼いているのを野放しにして、何を考えているんだろうな……」

「爸爸の思惑なんて、今も昔もわからないじゃない。考えてもしょうがないわ。それよりも今度のイブの殺しのことよ。ターゲットはまだにせよ、場所は決まったの?」

「今まで東北か、関東ばかりだからな。京都で一回。そろそろ、名古屋か大阪で動いてもいい頃かもしれない」

「大都市ばっかり」

「別に異論はないが、俺は大都市ばかり狙っているわけじゃない。タイミングさえ合えば、山奥の村で誰かを焼き殺したっていいんだ。しかし気分はよくない」

「良心が咎めるのかしら?」

「違う。少人数の中から一人選ぶより、大勢の中からたった一人を選ぶ方が、苦労は少なくて済む」

「ほんと気が小さいのね」


 リーファは苦笑して、新しい煙草に火をつけた。


「だったら気分転換に踊りに行かない? 新山下に素敵なクラブが出来たの」

「なぜ、そうなる」

「煮詰まっているときは踊るのが一番よ」

「そこは堅気の連中が集まる場所なんだろうな」


 以前、彼女の口車に乗せられて横浜のダンスクラブへ行ったのだが、その時は複数の客と揉めた挙句、結局ボコボコにされて店から追い出される羽目となった。耐火服を着て人を焼く分にはいいが、生身の体で格闘となると俺の専門外だ。


 あの時、ボロ負けして傷だらけになり、コンクリートの上で唸っている俺を指さし、


――弱いわね、アキラ


 とリーファは嘲笑っていた。さすがにあれには腹が立った。


「大丈夫よ。あそこで踊っている連中はみんな堅気よ。今日はストリート形式で、横浜と名古屋のチームが戦うみたいだけど、どっちも普通の高校生・大学生で作られてるダンスサークル。極めて平和的」

「名古屋のチーム。そういうことか」


 さっき俺が名前を挙げた候補地のひとつだ。なるほど、それもあって、彼女はわざわざダンスクラブへ俺を誘ったのだろう。


 すなわち、そこで目ぼしい人間を物色し、殺したいと思う相手がいたらそのままターゲットに設定して――焼き殺せ、ということなのだ。


「接点もないから、丁度いいわ。あなたは金沢、相手は名古屋。動機も特にないんだから、まず正体がバレる心配はないでしょ」

「しかし、あの有名なエド・ゲインも、アンドレイ・チカチーロも、結局はボロが出て捕まってしまった。今の日本の警察は、その当時のアメリカやソ連の警察と比べて、遥かに捜査能力は進んでいる。どこから俺の正体が漏れるかわかったもんじゃない」

「エド・ゲインは知ってるわ。『悪魔のいけにえ』でしょう。でも、アンドレイって誰だったかしら」

「アンドレイ・チカチーロは旧ソ連で五十人もの人間を惨殺した、正真正銘のシリアル・キラーだ」

「ふうん。よく知らないけれど」

「殺人鬼にありがちな、社会的に孤独な男だったようだ。」


 彼は、能力は極めて優秀だった。軍隊でもその後の新聞社でも、それなりの名声を得ていた。


 それなのに凶悪な連続殺人鬼として歴史に名を残してしまった。


 彼を殺人鬼たらしめた要因はいくつも考えられる。


 例えば、父親はナチスの収容所から生き延びたにもかかわらず、「生き恥だ」と罵られていた。例えば、小学生のときには、「おかま」とあだ名をつけられて馬鹿にされていた。例えば、愛し合った女性との性交で不能状態となり、混乱したチカチーロは色々な方法で自分の精力を高めようと奔走した――等々。


 だがそういったことが直接の原因となって、彼を殺人鬼の道へと追い込んだのではない、と俺は考えている。


 この世界は、「理解される人間」と「理解されない人間」、この二種類に分けられてしまう。


 大半の人間は、「理解される」側に回る。「理解されない人間」は、ごく少数である。


 この、「理解されない人間」に区分けされた者は、それでも社会の輪に入ろうと努力する。ところが社会は、彼を決して理解しようとはしない。「理解されない人間」は、それでも輪に加わろうとする。そのうち、なぜ自分が理解してもらえないのか、もどかしさや不満や悲哀を胸に抱き続ける。


 やがて長い歳月の間に歪みは積み重なってゆき――爆発する。


 その爆発がよい方向へ向かえば、アインシュタインのような天才を生み出すのだろう。


 しかし負の方向へ向かえば――最悪の場合、殺人鬼となる。


「なに、ボーっとしてるの? 話の途中で黙り込んじゃって」


 すでにコートを羽織り、出かける準備をしているリーファが声をかけてくる。


「ああ、すまん」


 アンドレイ・チカチーロの話をした途端、急に彼の生涯について、色々と思いを巡らせてしまっていた。柄でもない。精神的に疲れてしまっているようだ。


「ターゲット云々は抜きにして、純粋に気晴らしで踊りに行くかな……」


 俺が呟くと、


「そうよ、そうすべきね」


 リーファはうなずき、俺に向かって手を差し出してきた。エスコートのつもりらしい。


 俺は苦笑し、彼女の手を取る。


 こんな光景を妻に見られたら、八つ裂きにされるな――と思った。

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