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クロエ

GWのおわりにすごく久しぶりに書いてみました。

短いお話です。

「魔女はなかなか恋に落ちない」

長い長〜い人生のうち、たったの一度も恋をしない魔女がいるくらい落ちづらくできているらしい。


私がそのことを知ったのは『惚れ薬の作り方』を師匠から教わっていた時だった。

師匠が「この葉を煎じて、この炒った実と混ぜて」と実践しながら手順を説明する中でさらりと

「まあ、魔女には必要のないものだけどね」

と言ったのだ。


私はメモを取る手を止めて尋ねたよ。

「え?それってどういうことですか?」って。

だって気になるもの。


それに返ってきた師匠の言葉がこれ。

「魔女はなかなか恋に落ちないからね」だった。


次に私の口から出た言葉は何かというと、

これまた「え?それってどういうことですか?」

になったわけだけど。


◇◇

「師匠、話が違います…」

私は火にかけた小鍋の中身を木のヘラで丁寧に掻き混ぜながら、ぽそりと呟いた。

誰もいない空間に発した言葉が溶けていく。


クツクツ…

ホウホウ…


小鍋の中身が煮える音と小屋の外の森で鳴く梟の声が聞こえる。

とても静かな夜だ。


一年前に師匠の元から独立して、私クロエはこの森へとやって来た。

空を相棒のトミー(箒)と一緒にびゅびゅーんと飛んでいて見つけたこの森は、私が師匠と暮らしていた国の隣の隣の国にある。

だから当然全く知らない場所だったのだけど、

なぜか「なんかこの森いいな」と思ったのだ。

そして師匠の言葉「魔女の勘を信じなさい」に従って、ここに住むことに決めたわけである。


そこからの生活は概ね順調。


おっかなびっくりこの地に降りた私を森の近くにある村の人たちがすぐに見つけてくれて。

拠点(森のそばの居心地の良い小屋)や生活手段(魔女の薬を買ってくれる多くのお客さま)をあれよあれよと言う間に整えてくれたのだった。


普通、空から突然見知らぬ人間が降りてきたら警戒するものじゃないかしら?と、降りてきた側の私でも思うのだけど。

なんでもこの国には大昔に良い魔女がいたらしくて、彼女のおかげで国民は魔女に対して大変好感を持っているのだそうです。

なるほどね。

だから、こんなにもすんなりと私の存在を受け入れてくれたわけですね。


やっぱり師匠の教えは偉大だなと思ったものよ。

魔女の勘を信じた結果、こんな良い場所を選べたのだから。


だけどね。

師匠、話が違うということもあります。

“なかなか落ちない”と師匠は教えてくれましたけど、

私、この国に来て割とすぐに恋をしてしまいました。


最初はそれと気付いてなかったから、“なかなか”と言えばそうなのかな。

恋であることに変わりはないけど、気付かなければ他の方法があったのかな。


◇◇

「どうして?師匠、どうして魔女はなかなか恋に落ちないのですか?」


バンッ

ガタリッ


私はメモとペンを作業台の上に置いて、椅子から立ち上がった。


だって、聞かずにはいられないよ。

恋ってあの“恋”でしょ?

村の友だちと話していてよく話題に出てくる“素敵なもの”だという、あの。

みんなの話を聞いていて、私もいつか…って思っていたのに。


それなりの大きさの音をたてて立ち上がった私に動じることなく、師匠は火にかけた鍋の中身を木のヘラでゆっくりと掻き混ぜている。


「あらあら。クロエは恋を知っているの?」


師匠の視線は鍋に向けられていて、こちらに向いていないけれど、私は大きな動作で頷いた。


「はい、村の友だちが教えてくれました。とっても素敵なものなんだよって。

だから私も恋をできたらいいなって憧れています。それなのに…。悲しい。

どうして魔女はなかなか恋をできないのですか?」


師匠がチラッとこちらを見る。

思いの外、真剣な表情をしていた。


「恋が叶わなかったら、魔女は魔力を失ってしまうからよ」

「えっ…」


思いもよらない師匠の言葉。

ふわふわしていた私の気持ちが急激に萎んでいくのがわかった。


魔力を…失う?


師匠は視線を再び鍋へと戻して、木のヘラをゆっくりと動かしている。


「恋が叶わなかった普通の人の場合はね。

振られちゃった。辛い、悲しいと傷付いてね。

もう立ち直れないってくらいに落ち込むこともあるけれど、大体の場合はしばらくしたら回復するの。そしてまた新しい恋をする。

それが魔女の場合はね。

振られちゃった。辛い、悲しいと傷付いて。

もう立ち直れないってくらいに落ち込む、というところまでは同じなんだけど、そこからが違うのよ。

気持ちが落ち込むのに合わせて、魔力も弱まってしまうの。完全に失くなってしまうこともある。

そしてその弱まっり失くなったりした魔力は、しばらくしても回復することはないの。

魔女にとって恋は危険なもの。だから、なかなか落ちないようにできているのよ」


そんなことって…。


パチン

師匠が指を鳴らして火を消した。


「はい。これで惚れ薬の出来上がり。どの薬でもそうだけど、少しでも焦がしてはダメよ。焦がすと薬効が変わってしまうから」


私は作業台の上に置いたメモとペンを手に取って、目立つように大きく“絶対に焦がさないこと!”と書き込んだ。


「さて、クロエ。何か質問はある?」

「作り方は丁寧に教えていただけたので大丈夫かなと思います…」

「ふふ。作り方は大丈夫ね」

「はい…」

「それじゃあ何が気になるの?」

「えっと、あの…」

「分かっているわ。魔女の恋のことね?」


私は小さく頷いた。

さきほどとは打って変わって、師匠の表情は柔らかい。


「あの、師匠。魔女にとって恋がとても危険なものだということが分かりました。

魔力を失ってしまうこともあるなんて…。

リスクが大きすぎます。

ふわふわした憧れの気持ちを私は今ここで捨てることにします。

ただ、落ち“づらい”という言い方が気になっていて。

落ちづらくできていても、絶対ではないのでは?

気を付けていれば、それで大丈夫なものなのでしょうか」


あんな話を聞かされたら、恋をしたいなんて思わないし、しようなんて思わない。

ただ、ただね。

師匠が“落ちる”って表現しているところに、怖さを感じているの。

“本人の意思とは関係なく”という言葉が、前後どこかに隠されているような、そんな響きだから。


私の質問を受けて、師匠はカラカラと笑った。

「うっかり…とかね?クロエらしい感想だわ。あなた優秀なのに、変なところ抜けてるものね」


私は優秀と褒められたことに少し照れてから、いやいや今はそんなこと考えている場合じゃないと思い直してウンウンと頷いた。


「ふふ、クロエったら。でもそうね。もしそうなったらその時は…。その恋が叶うように一生懸命頑張りなさい」

「えー!」


師匠の答えに、私の口からはこの日一番の大きな声が出た。


えー!と同時に、えー?でもある。

魔力がなくなるなんて魔女にとっての一大事なのに?それだけなの?って。


師匠は微笑むだけで何も答えてくれないから、私は縋るように聞いた。


「何かこう、対処法のようなものはないのでしょうか。恋の結果がダメでも、こうすれば魔力を失わずに済むよ〜みたいな」

「もう!最初から諦めないの。まずは正攻法で頑張るのよ」

「でもそれじゃあ、絶対に叶う保証はないですよね。

恋が叶う確率って、どれくらい?たしか天文学的数字だった気がするんですけど…」

「そうそう。だからこそ恋は美しいのよ。

なんてったって奇跡みたいなことなんだからね」

「そんな…」


私は絶望的な気持ちになって作業台に突っ伏した。


一生懸命頑張る。

一生懸命頑張る。

一生懸命頑張る…。


繰り返し心の中で唱えているうちにピーンと思い付いて、顔を上げた。


一生懸命“魔女らしい方法”で頑張るってことじゃないかなって思ったのだ。

“重めの惚れ薬”を作って飲ませてしまうということなのでは?って。

ただ、いくら自分の一大事であってもね。

こちらの都合で人の気持ちを捻じ曲げたくはないな…。


魔女が作る惚れ薬には、実は“軽め”と“重め”の二種類ある。

世の中には知られていないことだけど。


“軽め”は、ほんのりドキッとさせるくらいの効果で恋のスパイス的な役割をするもの。

ドキドキを演出して、そこから先はお二人におまかせと言う感じ。

こちらが広く知られている方。


一方“重め”は、相手の感情を捻じ曲げて自分に向ける効果があるの。

例え全然興味がなかったとしてもベタ惚れにさせることができるものだから、飲まされた人の心が悲鳴をあげてしまうこともある…。


考えただけでゾッとしてしまう。

そんな恐ろしいものを作りたくない。


唸っていたら、私の思考を読み取ったのか。

師匠は言った。


「あれに頼れってことではないわよ。魔力は損なわなくて済むけど、どうかしら?だからね。まずは正攻法で頑張りなさいな」


◇◇

私が恋をしたのは、この国の王子様だった。

それとは知らずに恋をしてしまったのだけど。


私のお店によく来てくれる常連さんで、村の人たちとそう変わらない格好をしていたから王子様だなんて全然分からなかった。

とてもかっこよくて優しい人。

私が何か困っていると颯爽と現れて助けてくれたりして。


あんなの、すぐに好きになってしまうと思う。

普通の女の子より恋に対して警戒心を抱いている魔女の私でも好きになっていたくらいだもの。

もし仮に、最初から王子様だって分かっていたらブレーキをかけられたかもしれないけど…。

それでもやっぱり好きになってしまったのではないかしら。


王子様だということを知ったのは、彼がそうだと教えてくれたから。

身分を明かした理由は、私を王宮で開かれる舞踏会に招待したかったからとのことだった。


この招待を受けた時はまだ自分の恋心を自覚していなかったものだから、王宮や舞踏会という場に気後れはしたものの「魔女は度胸だ」の精神で参加を決めてしまった。

行かなければ、こんなことにならなかったかな。

舞踏会はとても楽しくて、王様も王妃様も参加者の皆様も、みんなみんな私に良くしてくれた。

それだけで終われればよかったのに。


舞踏会の最中、彼がたくさんのきれいな貴族のお姫様たちに囲まれる姿を見て…。

唐突に自分の恋心を自覚してしまった。


自覚した瞬間に叶うはずがないとわかる恋。

これは大変なことになったと思った。


魔力が失われるまでにどれくらいの猶予があるのだろう?

この恋を早くどうにかしないと。


◇◇

彼のことを想って涙を流す。

それを清潔なスプーンで掬い取って、煮込んでいる小鍋の中に落とした。


パチン パチン

指を二回鳴らして、火力を一気に上げる。


グツグツ

ザワザワ


小鍋の煮える音が大きくなったことに合わせるかのように、小屋の外の森も風が出てきたのか騒がしくなっていた。


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