物語No.92『名残』
魔鍋綺羅の死により、バハムートは消えた。
校庭で死闘を繰り広げていた一国らは、全員生還して戦いを終えた。
怪我を負った者は四葉の治癒魔法により癒された。
その頃、屋上で奈落は脱力感の中で空を見上げていた。
「私は何もできなかったよ」
そばにいたミタマは言葉を返すことができなかった。
奈落が必要としていたのは言葉じゃない。
唯一彼女が望んでいたものは、魔鍋の救済。
奈落は気付いてしまった。
魔鍋綺羅の中にある苦しみに。
だからこそ、奈落は彼女を救いたかった。
奈落の中を駆け巡るのは有り余る後悔。
「ああ、どうして私は何もできなかった」
奈落の目からは涙が溢れる。
悔しさばかりが涙となって表れる。
「ミタマ、私の魔法は何のためにあるのかな」
奈落は黙示録の魔術に苦しんでいた。
その魔法はかつて五蝶楓夏の命を奪い、後にシュヴァル・アルスの命を奪い、そして今度は魔鍋綺羅の命を奪った。
奈落はこれまで多くの人の死を見てきた。
そこには必ず黙示録の魔術が関わっていた。
「私は……どうすればいいのかな」
奈落は悲痛を漏らす。
「どんな力だって使い方次第で人を殺す。人を殺したのは黙示録の魔術じゃなく、その使い手だ。決してお前の罪じゃない」
ミタマは優しく声をかけた。
だが奈落の心は完全に晴れることはない。
揺れ動く心を、すぐに受け入れることはできないのだから。
ましてや、彼女は最も心が揺れ動く思春期なのだから。
やがて二月が学園外で待機していたクリスタル・アルスへ報告し、十星騎士団による後始末が行われていた。
学園内に捕らわれていた生徒は記憶操作の魔法によって記憶を改竄され、悪魔や魔法の存在は隠蔽された。
また崩壊した学園も魔法により復元され、元の様相に戻った。
しかし亡くなった命までは戻らない。
奈落魔宵によって命を奪われた九人の生徒は、死因を変えられて家族のもとへ報告がなされた。
今回の騒動は十星騎士団の対応により広まることはなく、魔法や異世界に関する情報が一般市民に知れ渡ることはなかった。
だが、世界各地で目覚めた悪魔との契約者は気付いている。
今回起こった事件。
そこに悪魔が関わっていることを。
悪魔を持つ者だからこそ、悪魔のにおいをかぎつけた。
黒薔薇学園を遠くから見つめながら、魔神は呟く。
「魔鍋綺羅の功績により、多くの契約者が身を潜めることを選んだ。今暴れても魔法使いによって簡単に鎮圧される。彼らは暗闇の中、悪魔の力を極めていくことだろう」
「しかし良かったのですか。バハムートは非常に強力な悪魔でした。もう少し契約者が悪魔の力の使い方を熟知していれば、」
一国千代が疑問を呟く。
「たかが九十九の内の一つだ。気にすることはない」
魔神は冷静に答える。
「それに、彼女は大切なことを伝えてくれた。この騒動により、契約者は密かに力を蓄えることだろう」
魔神はいずれ来る世界を夢想し、微笑む。
「あとは待とう。契約者が世界を滅ぼす、その日まで」
やがて世界に恐怖が満ちる。
その時、魔神は──




