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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章5『憎しみの黒薔薇』編
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物語No.91『魔鍋綺羅』

 バハムートが校庭で接続者らと戦いを繰り広げる中、体育館の地下で穂琉三は奈落を見つけた。


「奈落さん……どうして泣いているの」


 柱に縛られていた奈落の目から涙が流れた。


「日向くん……私は……」


 奈落が穂琉三へ目を向けた時、彼の背後に立つ少女を見た。


「待って」


 穂琉三の首に手が伸びる。

 もう片方の手には鋭利な石が握られている。


「大丈夫。殺すつもりはないよ」


 穂琉三の背後に立つ魔鍋は言った。


「ところでさ、奈落さんはこの子とはどういう関係なの」


「えっと……」


 言葉を探す奈落を見て、魔鍋は二人の関係性に気付いてしまった。


「そっか。奈落さんには居場所があったんだね」


 つい漏らしてしまった本音。

 それに気付き、魔鍋は自分でも驚く。


 今まで必死に本音を隠し続けてきた。


「ねえ、奈落さんと二人きりにしてくれないかな」


 魔鍋は穂琉三の首から手を離し、彼の少し前に立って振り返る。

 奈落が頷いたのを見て、穂琉三はその場を去った。


 体育館の地下に二人きり。

 魔鍋は奈落を見つめる。


「少し話をしようよ」


 奈落は静かに頷く。


「奈落さんとは今日までの二ヶ月、ずっと同じクラスだったけど何も知らないんだ。だって奈落さん、よく休んでたから」


「……うん」


「だからずっと気になってた。あそこの席はどんな人なんだろうって。うちって中高一貫だけど、高校からの新入生で、入学式にも顔を出さなかったからずっと気になってた。初めて奈落さんを見た時、思ったんだ。どうしてこんなに悲しい目をしているんだろうって」


「…………」


「私はさ、中学時代にちょっと傷を受けてね、それ以来学校が嫌いだった。奈落さんはどうして学校を休んでいたの?」


 魔鍋綺羅は問いかける。

 奈落魔宵を見つめて。


「私には親がいなかった。正確には、二人とも私を置いて遠くに行ってしまった。だから、ずっと居場所がなかった。そんな時に私は出会ったんだ。悪魔に」


 奈落はそれを打ち明けた。


「魔鍋さんのように、私も悪魔を召喚できる。私はその力を与えられて、そして母親も与えられた。だから私はそれらを与えてくれた人物に感謝していた」


 奈落は魔神に助けられた。

 その事を思い出す。


「でもさ、結局私は利用されていただけだった。彼の計画のためにつくられた母親は、結局私に愛情を注いではくれなかった。居場所だと思っていた場所も、居場所じゃなくなっていた。私は結局一人になった。そういう人生だったから、私は学校を休んでいた。でもさ、私はある少年に出会ったんだ」


 奈落は嬉しそうに語る。


「彼は孤独の私を救ってくれた。居場所がないと思っていた私に居場所をくれた。生きる意味をくれた。だから、私は学校に通う決意をしたんだ」


 魔鍋はその少年が誰なのか、何となく察していた。

 奈落の表情を見て、魔鍋は言葉につまる。


 考えてしまった。

 もし自分もそういった誰かに会えていたら。


 届きえなかった理想。

 ただの夢の手を伸ばす自分を俯瞰する。

 こぼれるのはため息ばかり。


「もう少し待っていたら良かったのかもね。もう少し奈落さんに会うのが早かったら……」


 分かっている。

 復讐の力を手にしてしまった以上、魔鍋はそれをせずにはいられなかった。

 今まで受けた痛みを晴らすために、力を収めることはできなかった。


 いや、それでも──


 もしもを考えてしまう。

 もう少しだけ長く奈落と話をしていたら、心を通わせ合っていたら、自分の過去を打ち明けていたら、


 何かが変わったのだろうか。


 復讐を終えた後で、魔鍋は考える。


「間もなく私は死ぬ」


「…………え?」


 唐突に魔鍋は告げる。


「私は悪魔に命を捧げた。悪魔が死んだ時、私も死ぬ。そしてそれは逆もまた然り」


 魔鍋は奈落に背を向け、体育館の屋上へ続く階段へ足を運んでいた。

 奈落はすぐに追いかけようとするが、身体を縄で縛られて動けない。


「待ってよ。話をしようって言ったじゃん。まだ、あなたのことを聞かせてよ」


「ごめんね奈落さん。私は、罰を受けるべきだから」


 魔鍋は振り返ることなく階段を上がっていく。

 奈落は身体を前へ押し出して縄を千切ろうとするが、なかなか千切れない。

 悪魔を召喚しようにも、両手を結ぶことができない。


 そんな中、黒い光球が顔を出す。


「ミタマ、縄をほどいて」


「任せろ」


 ミタマが奈落の後ろに回り込み、奈落は縄から解放された。

 すぐさま魔鍋を追いかけるように階段を駆け上がる。


 屋上に出た奈落は、屋上の縁に立つ魔鍋の背中を見る。


「魔鍋さん!」


 魔鍋は驚いたように目だけ向ける。

 すぐに視線を空に移す。


「そっか。やっぱり、もし奈落さんの手を掴んでいれば、私は──」


 魔鍋はあることを確信した。

 だがそれは既に遅いと分かっている。


「ありがとう魔宵。私の友達になってくれて」


 魔鍋は身体を前に倒した。


 日が沈んだ頃、バハムートの全身は泡のように消えた。

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