物語No.91『魔鍋綺羅』
バハムートが校庭で接続者らと戦いを繰り広げる中、体育館の地下で穂琉三は奈落を見つけた。
「奈落さん……どうして泣いているの」
柱に縛られていた奈落の目から涙が流れた。
「日向くん……私は……」
奈落が穂琉三へ目を向けた時、彼の背後に立つ少女を見た。
「待って」
穂琉三の首に手が伸びる。
もう片方の手には鋭利な石が握られている。
「大丈夫。殺すつもりはないよ」
穂琉三の背後に立つ魔鍋は言った。
「ところでさ、奈落さんはこの子とはどういう関係なの」
「えっと……」
言葉を探す奈落を見て、魔鍋は二人の関係性に気付いてしまった。
「そっか。奈落さんには居場所があったんだね」
つい漏らしてしまった本音。
それに気付き、魔鍋は自分でも驚く。
今まで必死に本音を隠し続けてきた。
「ねえ、奈落さんと二人きりにしてくれないかな」
魔鍋は穂琉三の首から手を離し、彼の少し前に立って振り返る。
奈落が頷いたのを見て、穂琉三はその場を去った。
体育館の地下に二人きり。
魔鍋は奈落を見つめる。
「少し話をしようよ」
奈落は静かに頷く。
「奈落さんとは今日までの二ヶ月、ずっと同じクラスだったけど何も知らないんだ。だって奈落さん、よく休んでたから」
「……うん」
「だからずっと気になってた。あそこの席はどんな人なんだろうって。うちって中高一貫だけど、高校からの新入生で、入学式にも顔を出さなかったからずっと気になってた。初めて奈落さんを見た時、思ったんだ。どうしてこんなに悲しい目をしているんだろうって」
「…………」
「私はさ、中学時代にちょっと傷を受けてね、それ以来学校が嫌いだった。奈落さんはどうして学校を休んでいたの?」
魔鍋綺羅は問いかける。
奈落魔宵を見つめて。
「私には親がいなかった。正確には、二人とも私を置いて遠くに行ってしまった。だから、ずっと居場所がなかった。そんな時に私は出会ったんだ。悪魔に」
奈落はそれを打ち明けた。
「魔鍋さんのように、私も悪魔を召喚できる。私はその力を与えられて、そして母親も与えられた。だから私はそれらを与えてくれた人物に感謝していた」
奈落は魔神に助けられた。
その事を思い出す。
「でもさ、結局私は利用されていただけだった。彼の計画のためにつくられた母親は、結局私に愛情を注いではくれなかった。居場所だと思っていた場所も、居場所じゃなくなっていた。私は結局一人になった。そういう人生だったから、私は学校を休んでいた。でもさ、私はある少年に出会ったんだ」
奈落は嬉しそうに語る。
「彼は孤独の私を救ってくれた。居場所がないと思っていた私に居場所をくれた。生きる意味をくれた。だから、私は学校に通う決意をしたんだ」
魔鍋はその少年が誰なのか、何となく察していた。
奈落の表情を見て、魔鍋は言葉につまる。
考えてしまった。
もし自分もそういった誰かに会えていたら。
届きえなかった理想。
ただの夢の手を伸ばす自分を俯瞰する。
こぼれるのはため息ばかり。
「もう少し待っていたら良かったのかもね。もう少し奈落さんに会うのが早かったら……」
分かっている。
復讐の力を手にしてしまった以上、魔鍋はそれをせずにはいられなかった。
今まで受けた痛みを晴らすために、力を収めることはできなかった。
いや、それでも──
もしもを考えてしまう。
もう少しだけ長く奈落と話をしていたら、心を通わせ合っていたら、自分の過去を打ち明けていたら、
何かが変わったのだろうか。
復讐を終えた後で、魔鍋は考える。
「間もなく私は死ぬ」
「…………え?」
唐突に魔鍋は告げる。
「私は悪魔に命を捧げた。悪魔が死んだ時、私も死ぬ。そしてそれは逆もまた然り」
魔鍋は奈落に背を向け、体育館の屋上へ続く階段へ足を運んでいた。
奈落はすぐに追いかけようとするが、身体を縄で縛られて動けない。
「待ってよ。話をしようって言ったじゃん。まだ、あなたのことを聞かせてよ」
「ごめんね奈落さん。私は、罰を受けるべきだから」
魔鍋は振り返ることなく階段を上がっていく。
奈落は身体を前へ押し出して縄を千切ろうとするが、なかなか千切れない。
悪魔を召喚しようにも、両手を結ぶことができない。
そんな中、黒い光球が顔を出す。
「ミタマ、縄をほどいて」
「任せろ」
ミタマが奈落の後ろに回り込み、奈落は縄から解放された。
すぐさま魔鍋を追いかけるように階段を駆け上がる。
屋上に出た奈落は、屋上の縁に立つ魔鍋の背中を見る。
「魔鍋さん!」
魔鍋は驚いたように目だけ向ける。
すぐに視線を空に移す。
「そっか。やっぱり、もし奈落さんの手を掴んでいれば、私は──」
魔鍋はあることを確信した。
だがそれは既に遅いと分かっている。
「ありがとう魔宵。私の友達になってくれて」
魔鍋は身体を前に倒した。
日が沈んだ頃、バハムートの全身は泡のように消えた。




