物語No.85『少女の憂鬱』
体育館には多くの生徒が集められていた。
その前に立つのは縦ロール髪の少女──魔鍋綺羅だった。
彼女のそばには巨大な黒龍が鎮座している。
「あぁあ、影がもう二つやられた。それにこの体育館のすぐそばに二人も来てるし」
魔鍋は影魚を通して見える視界を共有していた。
「あれが接続者っていうんだ。へえ、私もあっち側だったら今頃……」
魔鍋は思わず笑ってしまう。
「そんなわけないか。結局私の性根は変わらない。分かってるんだよ。そんなこと」
魔鍋は悲しげな表情で振り返る。
背後には脅えた様子で多くの生徒がいた。
(分かってる。彼らを殺したってためにはならない。ただ私は自分を虐げてきた奴だけを殺せれば良かったんだから)
既に魔鍋はそれを成した。
しかし彼女の目に生気はない。
(目的は達した。なのにどうしてだろう。彼らをいたぶっていた時はあんなに楽しかったのに、終わってしまったら呆気ない。この先に待っていることを分かっているからかな)
魔鍋は脅える生徒から視線を逸らし、その足を体育館の地下へ進める。
そこには縄で柱に縛られた奈落がいた。
「ねえ奈落さん、魔法使いって楽しい?」
「……」
奈落は沈黙する。
「まあそうだよね。私はそれだけのことをしているんだから」
(でも仕方ないじゃん。私はこういうやり方しかできないんだよ。私は自分の中に巣食う殺意を抑えきれなかった。だから──)
魔鍋は思い出していた。
魔鍋は学園を占拠した後、学園にいた全ての生徒を体育館へ集め、奈落を地下へ幽閉した。
その後、自分をいじめていた九人の生徒を呼び出し、体育館裏に呼び出した。
そこはいつも魔鍋が彼らにいじめられていた場所。今度はその場所で、魔鍋が彼らをいじめる番。
魔鍋がいじめられた原因は体育祭。
全員参加の学年別クラス対抗リレー。
魔鍋は後ろから走ってきた生徒と接触し、魔鍋だけが転び、接触した生徒はこけそうになったまま走り抜けた。
その後、魔鍋のもとへ接触した生徒とその取り巻きと思われる生徒が集まり、体育館裏に運ばれた。
「なあ、お前のせいで俺たちのクラスは一位を取り損ねた。最悪のことをしてくれたな」
男子生徒が魔鍋を壁際まで突き飛ばし、威圧するような目で言い放った。
「いや、私は……」
「謝れよ。お前がぶつかったんだから」
「謝れって言われても……」
「謝ることもできないの。お前人として最悪だな」
脅える魔鍋へ、彼らは容赦なく罵声を浴びせた。
──理解できない。私は何か間違っていたのか。
半泣きの魔鍋を見て、彼らはより一層罵倒を加速させる。
平気で暴力を振るい、その上罵声も浴びせられる。
泣いている。
だから彼らは思ったのだ。
反撃はしてこない。
彼女はそういう弱者なのだと。
──理解できない。なんで私が責められる。
足で顔を踏まれ、髪の毛を引っ張られ、容赦なく水をかけられる。
──理解できない。どうして私はこんな闇の中にいる。
──いや、理解している。
──だって私は弱いから。
──だって私は一人だから。
──だから私は標的にされた。
延々と繰り返される暴言に暴力。
魔鍋はこの上ない痛みの中にいた。
──知っている。もしも私が力を持っていれば、向こう側に立っていた。私も虐げる側に立っていたんだ。
──でも、力がなかったから。
魔鍋は毎日のように彼らからいじめを受けた。
一度だけ、彼女は反撃を試みた。
授業中、魔鍋は手に持っているシャーペンで相手の首を突き刺した。
魔鍋は生徒指導室に連れていかれ、教師から怒られた。
日々いじめを受けている。
そのことを話しても、誰も聞く耳を持たない。
親までもが先生に謝罪をするばかりで、魔鍋に土下座をさせるばかりで。
誰も自分の痛みを知らない。
誰も自分の痛みを見てくれない。
誰も自分を見てくれない。
だから彼女は絶望した。
諦めた。
自分の味方はいないのだと思い知った。
だから魔鍋は諦めようと命をなげうつ覚悟ができていた。
屋上に立つ魔鍋のもとへ現れたのは、学校の制服を着ていない謎の男だった。
「俺は魔神零。今から君へ力を与える者だ」
「魔神……」
魔鍋は自然と彼に惹かれた。
「君が望むなら、復讐できる力を与えてあげるよ」
「私は……」
魔鍋は一瞬手を引く。
「どうしたんだい?」
魔鍋は思った。
自分が今一番望んでいるものが何か。
それは復讐なのだろうかと。
少し考え、それでもわき上がる殺意があった。
復讐が何番目に望んでいることであろうと、胸の奥底からわき上がる強い殺意を抑えることはできなかった。
「力をください。復讐のための力を」
だから彼女は悪魔と契約した。
やがて彼女はバハムートとともに学園を占拠し、復讐をなした。
今までを振り返り、魔鍋は奈落を見つめる。
「奈落……」
彼女に伝えたい言葉があった。
けれどそれを言う資格は自分にはない。
だから魔鍋は奈落のもとを去った。
「もうすぐ来るかな」
地下から移動し、生徒が捕らわれている広間へ出た魔鍋は侵入者二人を見据える。
「もう来たんだ。早いね」
穂琉三愛六が魔鍋の夢の前に立ち塞がる。
(知っているよ。この先に迎える私の結末を)
魔鍋は深いため息をこぼす。
「だからって、簡単に死ねるわけないじゃんか」
魔鍋は両手を祈るように組む。
「夢を叶えて。バハムート!!」
龍は吠える。
少女の願いに呼応して。




