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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『日向穂琉三の葛藤』編
9/110

物語No.8『不吉な足音』

 五時間目。

 数学の時間。

 僕はいつものように机の下でハンドグリップを握る。

 それはモンスターと戦える筋力を鍛えるために行っていること。


 ……いや、もういいか。


 僕はハンドグリップをしまう。

 少しだけ、空っぽの手が寂しく思えた。


 授業は進んでいく。

 今日の授業内容の復習として練習問題が出される。


「この課題は二人一組で取り組め」


 その先生はそれだけの指示に留め、以降は教壇で教科書を読み進める。

 他の先生なら隣の人と、そことそこで組め、など言ってくれる。

 だがそこが明確化されていないため、皆まばらに動き始める。遠くの席の仲の良い友達のもとまで行く生徒も見受けられる。


 僕は自分から話しかけられるほど仲の良い友達はいない。

 いつものように一人で問題を解いていた。

 が、二問目で躓き、早々に手が止まっていた。


 そんな最中、先生が告げる。


「一問目は瀧戸、二問目は日向が解いてみろ」


 黒板には問題が書かれる。

 まさかこんな時に指名されるなんて……。


 僕は険しい表情で問題と向かい合う。だがどれだけ凝視しても問題は答えを教えてはくれない。

 ことごとくついていない。

 嫌なことばかりだと叫んで、ノートを破り捨てたい衝動に襲われる。


 焦燥に駆られる中、


「そこの問題はね──」


 囁くように、答えが告げられる。

 声の方を見ると、三浦さんが立っていた。

 遠い席のはずなのに、僕の席までわざわざ駆けつけてきてくれた。


「…………っ!」


 僕は驚き、しばらく三浦さんを見ていた。

 彼女は顔を赤くし、目を逸らす。

 そこで僕はじっと見ていたことに気付き、さっと顔を背ける。


「わ……、分かりやすかったよ。おかげで助かった」


 顔を背けながら、三浦さんにお礼を言う。


「役に立てたなら良かった」


 三浦さんは足早に席に戻っていく。

 彼女の去っていく背中を追っていると、愛六と目が合う。すぐに逸らされた。


 別に……惚れてなんか……。


 もうこのままでいいのかもしれない。

 戦わないで、こんな生活を送るのもの悪くない。




 ♤




 再び夜がやって来る。

 学園にいるのは愛六、青い光球ミナカ、そして神妹境娘の三者。

 神妹は学校のどこかを徘徊し、愛六とミナカは共同区画にいた。


「また穂琉三は来ないんだね」


 愛六は寮の方を見ながら、吐き捨てるように言う。


 共同区画に建てられた巨大な塔。

 そこからモンスターの出現に対して視線を巡らせる。


 愛六は露骨に機嫌を悪くし、イラついていた。


「出てこないな」


 愛六は腕時計に視線を落とす。

 時計の針はどちらも十二のところを差したまま、グラグラと揺れている。

 既に現実世界と異世界の接続が行われている。


「建物の相当内部にあるか、もしくは接続が行われていないか」


「後者はほぼあり得ません」


 ミナカは愛六の一案を否定する。

 残ったもう一つの案を頭に浮かべ、愛六は顔をしかめる。


「もし前者なら建物内にモンスターが密集している。死骸の山で道が塞がれたら詰みだよね」


「はい。気をつけなければいけません」


 その事態に際し、愛六はもう一つ懸念していることがあった。

 愛六の操作できる水玉には上限がある。操作できる水玉は一つであり、その上五十センチ程度の大きさしか操作できない。更に愛六はモンスターを溺死で倒すため、一体倒すのに時間がかかる。

 もし大群で襲われれば勝ち目はない。


 だが違和感を拭いきれずにいた。

 壁や天井をあっさりと破壊するモンスターの一体や二体、毎回出てくる。

 毎回戦わずに無視している。


 今回は登場していない。

 または──、


 愛六がいる時計塔が揺れた。

 振動は徐々に大きくなり、時計塔にひびを入れるまでに膨れ上がる。


「まさか……」


 時計塔は崩壊する。

 百メートルほどある時計塔。

 落下する愛六を迎え撃つのは、直撃する瓦礫を粉々になるほど強靭な皮膚の持ち主。

 サイのような容姿をしたモンスター。


「ミナカッ! 水玉をッ!」


 愛六の側に水玉が一つ出現する。

 それを真下にいるモンスターに向けて放つ。

 どれだけ硬い装甲を持とうと、水の中では無力。

 サイのようなモンスターは水に溺れる。


 だが愛六にもまた危機は迫っていた。

 百メートルからの落下。

 足場は瓦礫とモンスターの海。


「愛六様、月一限定、魔力制限の解除を行使します」


 ミナカは愛六の了承も待たず、魔法を行使した。

 半径一メートルの水玉が愛六を包み込むように出現し、その中で愛六はぷかぷかと浮いていた。

 水玉に揺れながら、百メートルの高さからゆっくりと着地する。

 水玉は崩れ、周囲に水が溢れる。


「よくやったミナカ」


 ミナカの独断専行がなければ大怪我は免れなかった。


 安堵もつかの間。

 瓦礫の中から次々とモンスターがわき出る。

 四方をモンスターに囲まれる。


「最も危惧した状況だ」


 愛六の攻撃の特性上、この事態は圧倒的劣勢と言っても過言ではない。


「ミナカ、水玉を」


 瞬時にミナカは水玉を創造し、愛六の側に浮かせる。

 たとえ水という武器があろうと、この状況は最悪だ。


「愛六様、このままでは……」


「分かってる。でもどうしようもないだろ」


 焦りと苛立ちが交錯する。

 ここに来て命の終着点が見える。


 怒りをぶちまける愛六。

 憤慨している自分に気付いた。


 ふと、愛六は冷静になり、深呼吸する。

 愛六は自分が危機的状況に陥り、感情が乱れている時、思考が上手く働かなくなると理解している。

 自分の思考プログラムを把握している。

 故にリラックス状態に陥った彼女の脳は逆転の一手に気付く。


「奴らは時計塔の真下から出現した。つまり扉はこの近くにあるはず」


「しかしどこにも扉は見えません」


 確かに一見扉はない。

 愛六は自分が立っている場所を俯瞰して見る。

 周囲の建物の高さから考えるに、愛六が立つ瓦礫の山は三メートルは積もっている。


「瓦礫の中に扉はある。それを閉じれば戦いは終わり」


 だが瓦礫の下に行く必要がある。


「どうするのですか」


 ミナカは問う。

 愛六はモンスターの群れの奥に立つ、金棒を持った鬼に視線を向ける。

 三メートル程の巨躯。全身に血を浴びたような真っ赤な肉体。隆起する筋肉は今にも雄叫びを上げそうなほどだ。

 瞳は静かに愛六を捉える。


 強いモンスターであると瞬時に察することができる。


「暴れさせる。あとは運だ」


 愛六は覚悟を決めた。

 水玉を鬼に向けて放つ。

 鬼は屈伸し、水玉が触れる直前、怒涛の勢いで走り出した。

 わずか数秒で百メートル以上の距離を埋めた。


「……っ!?」


 金棒が愛六に向けて振り下ろされる。


「愛六様……ッ!?」


 瓦礫の地面が砕け散り、宙に舞う。

 直撃すれば命を砕かれる強烈な一撃を、愛六は後ろに飛んで回避した。

 完全に避けきることはできない。金棒は愛六の左腕をわずかにかする。


 足下には直径十メートル以上のクレーターができていた。

 あと三発も放たれれば積もった瓦礫が全て吹き飛ぶだろう。

 周囲のモンスターは鬼の気迫を恐れ、動こうとしない。


「あとは私がかわしきれるかどうかだな」


 愛六と鬼の直接対決。

 両者は向かい合い、互いに相手を警戒する。


 先に仕掛けたのは鬼。

 金棒を振り上げ、再度強烈な一撃を放つ。暴風が横殴りに押し寄せたような一撃に、瓦礫の山はごっそり弾け飛ぶ。

 鬼の懐を通り、鬼の背後へ回り込んだものの、風圧に足を奪われる。瓦礫の上を石ころのように転がる。


 立ち上がるが、鬼気迫る勢いで鬼は迫っていた。

 今度は横に飛んで金棒から逃れる。

 再度金棒が振り下ろされ、爆発にも似た風が周囲に吹き荒れる。

 周囲のモンスターも必死に風圧に耐えている。


 三撃かわしたところで、愛六は微笑する。

 鬼の攻撃によって瓦礫は消し飛び、扉の上半分が見える。

 天井が崩れた際に瓦礫が上手く当たったのか、扉は閉まっていた。


「あとは鍵を閉めるだけ! ミナカ!」


「しかし私が鍵になればその間新たに水玉は出せません」


 ミナカは先行きを懸念する。

 扉の位置は愛六と鬼の間にある。鬼の敏捷力を踏まえれば、愛六が扉にたどり着く前に鬼に阻止される。


「大丈夫。問題ない」


 心配するミナカに、愛六は強がりな笑みを向けて答える。


「……分かりました。無事を祈ります」


 渋々ミナカは鍵に変化し、愛六の手の中に落ちる。

 愛六は扉目掛けて走り出す。当然鬼も愛六に向かって走る。

 鬼は扉を飛び越え、愛六に突き進む。バッターのような素振りで金棒を振るう。その下のわずかな隙間をスライディングで抜ける。

 フルスイングされた金棒が額に掠りはしたものの、大事には至らない。


「これで──」


 鍵穴に鍵を突き刺す。

 が、すぐ背後まで迫っていた鬼が金棒を横殴りに振るった。

 鍵は扉に刺さったまま、愛六はファールボールのように身体を浮かせた。

 直撃を受け、愛六の全身から血が溢れる。立ち上がることさえできないほどの激痛が愛六を襲う。


 そこへ容赦なく鬼は向かっていた。

 死という金棒を振り下ろすために。


「…………」


 鬼は愛六の側で立ち止まり、金棒を大きく振り上げた。

 絶体絶命。

 第三者の助けもない。


 だが愛六は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 視線は鬼の背後──扉だ。


 最初、鬼に向けて放った水玉は、彗星のような軌道で扉に迫っていた。


「一か八か! 私の命懸けの一撃!」


 水玉は鍵穴に刺さった鍵に命中する。

 水玉がぶつかった鍵はわずかに傾いた。


 そして徐々に角度は曲がっていき、ガチャ、と音を立てる。


「……ふっ。天は私の味方だな」


 鍵穴を中心に扉は渦を巻いて消失する。


 鬼は愛六に向けて金棒を振り下ろす──が、金棒が触れる寸前、鬼は光の柱に貫かれた。

 学園中のモンスターが同様に光の柱に貫かれ、次々と消滅していく。


 すぐにミナカが駆けつける。


「大丈夫ですか。まだ息はありますか」


「当然だ……。私は異世界に行くまでは……まだ…………死ねない」


 愛六は目を閉じる。

 夢を胸に抱いたまま。

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