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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『日向穂琉三の葛藤』編
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物語No.7『望んだはずなのに』

 真夜中の学園を少女は走っていた。

 海のように青い髪の少女。

 側には青い光球が付き添っている。


「第一校舎の三階より上にモンスターはほとんど居ない。また第一校舎内からモンスターが出てきている。つまり扉の場所は第一校舎の一階か二階」


 瀧戸愛六は遠目から第一校舎を観察し、モンスターがわき出ている場所を推測した。

 青い光球ミナカはそれに同意し、愛六の背を追って校舎へ突入する。


「ミナカ、水球を私の周囲に」


「操作は愛六に委ねるよ」


 愛六の指示の下、ミナカは頭より少し大きいくらいの水球を出現させた。

 愛六は水球を自分の周囲に浮遊させる。


 愛六とミナカの魔法の使い方は分担していた。主に水を一定の形状にとどめて創造するのがミナカの役目。その後の操作は愛六が行っている。

 対して穂琉三はヒルコによって自分の拳に火を纏わせ、その後の維持も全てヒルコ頼み。その際、ヒルコは穂琉三の体に対火属性魔法を付与し、火傷しないようにしている。


 この違いは両者の魔法理解の度合いを表している。

 穂琉三は魔法に対する理解が浅い。それもそのはず、魔法は異世界で生まれた者であり、異世界で流通している技術。今まで魔法に触れていなかった現実世界の人間が理解しようとして理解できるものではない。それもたった一ヶ月で。

 だからこそ穂琉三の未熟さは当然のものだった。


 しかし愛六は穂琉三とは違い、魔法についてある程度理解していた。そのため、ミナカが行う魔法の一部を担うことができていた。

 これは異常なことだった。


 校舎入り口には狼のモンスターが一匹。

 愛六は水球を狼の頭に移動させる。たちまちモンスターは溺死する。


 水球は再び愛六の周囲に戻り、モンスターが現れては水球を被せるを繰り返す。

 常に安全圏から攻撃を仕掛ける。


 愛六はわずかな影も見逃さない観察眼と、学校でも上位を争う運動神経でモンスターとの駆け引きを勝ち抜いていた。


 進み続け、二階の廊下に扉を見つける。


「ミナカ!」


 ミナカは鍵に変身し、それを持った愛六が扉の鍵穴に通す。


「──接続(コネクト)オフ。」


 扉は閉まった。

 鍵穴に向かって渦が発生するように、扉は消えた。


「ね、ミナカ。私一人でも余裕だったでしょ」


「さすがは愛六様です」


 愛六は周囲に目を配った。

 誰の姿もない。

 それが少しだけ切なく感じた。

 が、言葉には出さない。


「さあ帰ろう。明日のために」




 ♤




 五月三日。

 僕はいつも通り登校し、いつも通り授業を受けた。

 昨晩は戦いには参加しなかった。

 愛六が僕をどう思っているのか分からない。だが目を向けなければ彼女がどう思っているのかなんて気にする必要もない。愛六から接触してくることなどないのだ。


 僕はこのまま愛六から目を逸らそうと、そう思い始めていた。


 昼休み。

 愛六はこちらを見ず、クラスの女子たちと一緒に食堂へ向かった。


 僕は人のいない第三校舎へ向かった。

 いつものように、空き教室のどこかで食事をとろうと階段を昇る。

 立ち入り禁止の看板がある手前の教室、そこへ入ると、既に先客がいた。


「待っていました。日向穂琉三」


 僕が来るのを分かっていたように、神妹境娘は立っていた。


 神妹境娘。

 いつものように学生服を着ている。

 彼女の瞳は相変わらず全てを見透かしたように僕を射貫く。


「神妹。接触してくるなんて珍しいね」


「私はあなたを危惧している。だから私が動くことにした」


「危惧……?」


 ヒルコとの喧嘩を思い出す。

 喧嘩があったから、昨晩の戦いには参加しなかった。それが神妹が接触してきた原因だろう。


「あなたがヒルコと喧嘩したことは知っています。当然その内容も」


「……っ!?」


「しかし、今のあなたには非常に難しいことでしょう。なぜならあなたは瀧戸愛六を恐れている」


 神妹は僕の心を容易に見透かしている。

 相変わらず不思議だ。


「ただ、その恐ろしさは知らない故の恐怖です。あなたは知らないから恐れているだけであって、彼女を知ることでその恐怖は消える」


「知ったように言わないでよ」


 僕は叫びたかった。

 だが胸を押さえ、いつものようなボソボソ声で怒りをこぼす。


「僕はもう戦わないって決めたんだ」


「逃げるのですか」


「そうだよ。もう、嫌なんだよ。何もかもが嫌なんだ」


 全部が怖い。

 向き合うことなんて尚更。

 世界が一人で生きられる世界だったなら良かったのに。


 逃げてやる。

 このまま嫌なことから目を逸らし続ければ良い。

 それで欲したものを手に入れられなくても……、もういい。


「神妹がしたい話がそれなら、僕はもう行くよ」


「本当にこのままで良いのですか。あなたは異世界を望んだのでしょう」


「望んだからって手に入るわけじゃない。それに、異世界は僕を望んでいない。──だから、もういいんだ」


 愛六には敵わないことは痛いくらい分かってしまった。

 自分が異世界に行けないことは目を逸らしても痛感してしまった。


 僕は神妹から目を背けた。

 背中を向け、足早に去っていく。

 これ以上話せば決意が揺らぐ気がした。


 異世界なんて僕にはいらない。

 僕はどこへ行ったって一人だから。


 さよなら異世界。

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