物語No.62『正義はどこにある』
一国百は正義を信じた。
子供の頃から一国は正義感の強い子だった。
弱いものいじめをする子がいたら止めに入る。
それがどんなに強い相手であろうと彼は戦った。
「また怪我をしたのね。百」
いつも百は怪我をして家に帰る。
そんな百を家で優しく受け入れるのは、百の姉である千代だった。
「今日も悪い奴がいたんだ。ボクはそんな奴らが許せない」
「確かにこの世には悪い人がいっぱいいるもんね」
「そんな奴らが善人を抑圧するのは許せない。だからボクは正義を振るうんだ。そうでなきゃ悪が世界を支配しちゃう」
百は強く拳を握り締める。
千代は百を背中から抱き締める。
「良いと思うよ。私は百を応援する。頑張ってね」
「うん。頑張る」
百は正義を信じた。
自分の信じる正義のままに戦った。
しかしいつだって正義が勝利するとは限らない。
中学に上がって百はいじめを受けた。
高校に上がった姉に相談はせず、百はいつだって一人で解決しようとしていた。
それでも日に日に増える傷を見て、千代は百の状況を薄々勘づいていた。
「ねえ百、最近元気ないけど大丈夫?」
百は弱みを見せない。
苦しみを圧し殺し、笑顔で振り返る。
「うん。大丈夫」
「百、何かあったら私を頼ってね。私はあなたのお姉ちゃんなんだから」
「うん」
千代は頼ってほしかった。
しかし百は千代には打ち明けなかった。
百は毎晩泣いていた。
ある日、百は気づいた。
毎晩千代の帰りが遅いことに。
毎晩千代はどこかへ出掛けていた。
百はこっそり姉の後を追うと、着いた場所は千代が通う高校だった。
時刻が二十四時を過ぎた頃、高校には無数のモンスターが発生した。
百はそれを見て困惑する。
「何……これ……?」
千代はモンスターと勇敢に戦っている。
千代は様々な生物を召喚し、時に龍を召喚し、悪魔と戦っていた。
「やっぱお姉ちゃんはスゴい!」
瞬く間に千代はモンスターを倒し、学園に出現した扉を塞いだ。
千代に見とれるあまり、百は隠れきれていなかった。
千代は百を見つける。
「あ……!」
「やべ……」
百は逃げようとするが、千代がその腕を掴む。
「そっか。バレちゃったか」
千代は少し考え、異世界について話すことにした。
この高校が毎晩異世界と接続すること、自分が魔法を使えること、他にも様々なことを打ち明けた。
百は興味津々で話を聞いた。
最後に千代は言った。
「私が内緒にしていることを打ち明けたんだ。百が隠していることも教えてよ」
「それは……」
「私は百のお姉ちゃんだよ。弟が困っているのを見過ごせるほど他人じゃないんだよ。長い間そばで見てきたから、百には笑っていてほしい」
千代は真っ直ぐ百を見つめる。
百はずっと隠そうとしていた。
彼が理想とする正義はいつだって最強。
だからこそ弱さはない。
百は弱さを誰にも打ち明けないことで、自分が最強であると思い込みたかった。
でも限界は来た。
百は千代に打ち明けた。
「頑張ったね。さすがは私の弟だ」
千代はぎゅっと百を抱き締めた。
その瞬間に百の目からは涙が溢れた。
そこで気づいた。
百はずっと救われたかったのだと。
いつだって百は誰かを救う側だった。
「ありがとう。お姉ちゃん」
百は千代に感謝を伝えた。
「今の状況を解決するための方法はたくさんある。転校するのも良いし、百が新しい自分を見つけるのも良い。しばらく休むのだって良いし、戦うのだって良い。これからのことを、二人でじっくり話し合おう」
そして百は千代と話し合った。
やがて百は今まで通り戦うことを選んだ。
この先も百は自分が苦しみ続けることを悟った。それでもそばで千代が支えてくれる。相談にのってくれる。
だから百は戦える。
百は辛い学校生活を送りながらも、幸せと感じることができる日々を過ごした。
そんな日々が少しだけ続いた。
ある晩のこと。
両親は出張でどちらも出掛けており、家には千代と百の二人だけ。
そこへ窓を破壊し、純白の服に身を包んだ人物が侵入した。
千代の部屋から窓ガラスが割れた音を聞き、百は飛び起きて部屋に入る。
「お姉ちゃん……!」
百が見たのは、千代の顔を掴む白服の男だった。
両手には手袋をし、背中には適当な星座が刻まれている。
両目は純白、両目の下には王冠マークがあり、耳には華麗な耳飾りをした金髪の男。
「おっと、禁則事項を口外した相手はお前だな」
男は千代の顔を掴んだまま百に近づき、顔を掴んだ。
「丁度良い。二人まとめて運んでやるか」
次の瞬間、男は別の場所へ移動していた。掴んでいた千代と百も一緒に。
場所はどこかの建物の中。百以上の机や椅子が並んでおり、その所々に白服の者が何人か座っている。
「しっかり連れてきたぜ。ってかこんな場所でやっていいのかよ」
「問題ない。この建物内にいた人間は全て洗脳魔法で帰宅させているし、結殿で覆っているから一般人は近づけない」
金髪の男の疑問に、青い髪をし、ネックレスのようのトライアングルをぶら下げた男が言う。
「まあいいや。じゃあ早速だが一国千代、貴様の罪を伝える」
「罪……?」
「接続者は次の条件を守らなくてはいけない。その内の一つが、異世界の存在を漏洩しないこと。お前はそこの弟に異世界の存在、他にも魔法の存在についても教えたな。当然処罰の対象だ」
「待ってくれ。私はそんなことを聞いていない」
「聞いていない? あ、そうか。そういえばお前が契約を交わした魔法家ってあそこだったな。今の当主は大分適当な女だからな。酒ばかり飲んでるぐーたらか。確かに伝えられていないのかもしれない。おい、洗脳魔法で吐かせてやれ。それが事実かどうか」
金髪の男が青髪の男へ言うが、青髪の男は一切動こうとしない。
「もし本当にそうだった場合、裁くのが面倒になるからね。だったら知ってる前提でさっさと処罰を下してしまった方が懸命だ」
「相変わらず面倒くさがりだな。ま、俺も賛成だよ。必要なのはその掟を知っているかではなく、破ったかどうかだ。ならば裁くのは当然」
「待て。裁くって一体……」
千代は必死に訴えようとするが、金髪の男が口を塞いだ。
「一国千代。貴様は異世界の存在を漏洩したことにより、以下の処罰を下す。──異世界流し」
「これから君には異世界へ行ってもらう。そこは我々が普段暮らしているような異世界ではなく、安全の保証はなく、むしろ危険と判断された場所だ。そこへ君を流す。罪人にはふさわしい処罰だろ」
金髪の男と青髪の男は話を進めていく。
「待ってよ。お姉ちゃんが何をしたっていうんだ」
百は金髪の男に駆け寄り、胸ぐらを掴む勢いで迫った。しかし金髪の男に蹴られ、床を転がる。
「おい、私の弟に何をする」
千代は両手を合わせる。
金髪の男は舌打ちをする。
「お前の魔法は面倒だ。できればこんな場所で戦うのは避けたい。そこで提案だ」
千代はいつでも魔法を発動できるよう構えつつ、男の話に耳を傾ける。
「もしここで大人しく処罰を受ける決断をすれば、弟は助けてやる。見た感じ魔法の才能はありそうだし、時が来たらアルス家と契約させてやる」
「拒むなら、どんな洗脳をしようかな」
青髪の男は百の頭に触れ、千代を見る。
この場のは二人の他にも数名の白服がいる。
千代は両手を離す。
「分かった。私は処罰を受け入れよう」
「待ってよ。お姉ちゃん」
「百、すまないな。私はこの先お前のそばにいてやることはできない」
「そばにいてよ」
「本当はそうしたい。でも……」
百は涙を流して訴えるが、青髪の男に床に押し倒され、動けない。
千代は泣きたい気持ちをぐっと押さえる。
「ごめんね百。私はあなたの正義を一番そばで支えるつもりだった。でもそれは叶わなくなっちゃったよ。本当にごめん」
「お姉ちゃん……」
「それでも、私は百の正義を応援してる。この先何があっても、強く生きてね」
千代と百は引き離される。
「『魔戸』」
異世界へ繋がる扉が出現し、白服の男たちと扉の先へ行ってしまった。
百は思った。
正義はどこにある。
やがて彼は力を手に入れる。
力がなければ守りたい者を守れない。
だが既に、守りたい者はもうなかった。




