物語No.52『前哨戦』
「『結殿』」
花園にいる十一人の少年少女を囲む巨大な結界。
四方八方を半透明な壁に塞がれる。
「これは……」
穂琉三は周囲を塞ぐ壁を見て騒然とする。
神妹は全員を見つめる。
「現在、魔法十家の当主数名がこの場に来ています。それは裏切り者を始末するため」
この結界をつくったのも魔法十家当主の一人。
当主がつくった結界は全員の逃げ場を奪う。
「本当にこの中に裏切り者がいるってことですね」
白髪の少年は横柄な口調をやめ、丁寧な言葉遣いで話し始めた。
神妹はさほど気にする様子はなく、ただ話す。
「まずはルールを再確認しましょう。魔法十家を争うに従って、次のようなルールが存在しています。
原則として、各魔法家は一人にのみ魔法を与える。
魔法十家のみ二人まで魔法を与えて良い。
最初に魔法を与えた者(接続者)以外に、魔法を与える行為、もしくは魔法の存在を漏らす行為を禁止とする。
接続者は魔法の存在を漏らしてはいけない。
他にも様々なルールが存在しますが、今回破られた禁は、『異世界の存在の漏洩』です」
「もしかして今回の一件か」
黒髪の少女が問いかける。
「はい。今回、悪魔は何者かに操られ、この世界にモンスターを引き連れて出現しました。それは異世界の存在の漏洩と同義です」
「なるほど。犯人は気になるけど、異世界の存在を漏らしてメリットなんてないと思うけど」
「それは直に犯人へ聞いてみましょう」
結界の一部が流動的に隙間を開け、そこから背中まで垂らした黒髪の女性が片目を閉じる男に引き連れられて現れた。
女性は穂琉三らに比べ年齢は十歳ほど上、男はほぼ同年代に見える。
女性の両手首には手錠がされている。
「彼女は黒廻家当主、黒廻冥。黙示録の魔術の使い手です」
「黙示録の魔術……」
穂琉三は直感していた。
「私の知る限り、悪魔を操ることができるのは黙示録の魔術のみ。今回の容疑者は黙示録の魔術が使え、この世界にいたあなた方二人というわけです」
もう一人を、神妹は目で追う。
「当然あなたも容疑者となります。黒廻家に選ばれし接続者、奈落魔宵」
紫紺の髪を肩まで垂らし、前髪も目にかかりそうなほど伸ばしている少女。
どことなく落ち着くがなく、居心地が悪そうにしている。
「私は……」
全員の視線が魔宵に集まる。
途端に魔宵はうつむきがちになり、口をもごもごさせる。
「私はやっていない。やったのはそこにいる女だ」
突如、黒廻冥が声を荒げて言った。
「私は無実だ。だからそこにいる女が犯人だ。処分したければ好きにしろ」
全員の視線が魔宵へ集まる。
「私は……や…………な……っ」
魔宵は誰に目を向けることもなく、地面を見たままボソボソと言う。
だがその声は誰にも届かない。
黒廻の口角が上がる。
「ほらな。本当に犯人じゃなければ声高らかに反論するはずだろ。それなのにあいつは反論をしない。これはもう自分が犯人ですって言っているようなものでしょ」
自分が犯人として貶められても尚、魔宵は決して声を張り上げることはない。
むしろ弱々しい声になり、徐々に口を閉ざしてしまう。
「捕まえるならあいつを捕まえろ。私は犯人じゃないって証明されたんだ。だから早く手錠を解け」
強気な態度で側に立つ男に言い寄る。
男は神妹へ視線を送るが、その神妹は沈黙を続ける魔宵を見ている。
「反論はしないのですか」
「私は……」
穂琉三は魔宵を見つめる。
彼女を見て、穂琉三はあることを感じた。
「そうですか。では今回の騒動はあなたが引き起こしたものとし、拘束しましょう」
男は黒廻にかけられた手錠を外し、魔宵へ歩み寄る。
全員が静観を続ける。
誰も事情を詳しく把握しているわけではない。
神妹がそう言うのであれば、きっとそれが事実に違いない。そう全員が思った。
愛六も接続者のことを詳しく知らされているわけではないし、魔宵という人物がどんな者なのかも知らない。
それでも今まで神妹と接してきて、彼女が常に未来を見据えたような発言ばかりをしてきたことを知っている。
だから犯人は魔宵であると感じた。
男が持つ手錠が魔宵にかけられようとしている。
魔宵は泣きそうになりながら、それでも声が出ず現状を拒むことができなかった。
間もなく手錠がかかる。
その刹那に、勇気が光った。
「ちょ、ちょっと待って」
神妹の側に立つ少年が、滅多に出さない大声を出して全員の注目を集めた。
男も手錠をかける手を止め、視線を向けた。
「穂琉三!?」
愛六は穂琉三の行動に驚いた。
今まで内気な少年が、いきなり声を上げたのだ。
「ね、ねえ神妹。今この場にいる接続者は、全員四月から契約を交わしたのか?」
全員が魔法十家を争うゲームを行っている。
それを聞いた上で、そのゲームにある程度の公平性があると推測した上で、穂琉三は今言ったような推測した。
「はい。その通りです」
神妹の肯定を聞き、その上で生じた疑問を穂琉三は投げる。
「そもそもあの悪魔は黙示録の魔術によって出現させられた。自然発生はしない。これは信用のおける人に調べてもらったことだから合ってる。だけどあの悪魔はもっと昔から、何年も前に楓夏と契約を交わしていた。じゃあ彼女がやったっていうのはおかしいんじゃない…………かな」
途中までは自分の推測を述べたくて早口で、声に力を込めていた。
だが話が終わるにつれて周囲の視線が集まっている状況に動揺し、声は不安げになっていった。
「なるほど。確かに穂琉三の言う通りならあの子が犯人っていうのはおかしいね」
愛六はすぐに穂琉三の意図を汲み取り、穂琉三の意見を援護した。
「はっ!? 部外者は黙っていなさいよ」
魔宵に向けられていた疑いが傾きかけている状況の中、黒廻が激昂する。
「部外者じゃありません。私は黙示録の魔術によって出現した悪魔のせいで、仲間が深い傷を負った。無関係などと言われては少々腹が立つ」
黒廻に怯むことなく、愛六は反論する。
黒廻は眉間にシワを寄せ、怒りのままに言葉を発しようとしたが、
「なるほど。確かに奈良魔宵に犯行は難しいのかもしれませんね」
「ちょっと待ってよ。それじゃあ私が犯人になっちゃうじゃない」
一度神妹に遮られたが、黒廻が声を張り上げる。
「少し考えてたんだけどさ、やっぱりまだ私たち接続者には無理な話なんじゃない?」
白髪の少年からアイズと呼ばれていた黒髪の少女が口を開いた。
「なぜそう思ったのですか」
「この空間を覆う結界のように、異世界と繋がる扉を生み出す術ってたった一ヶ月ちょっとで習得できるほど簡単じゃないでしょ。だったら悪魔だけならまだしも、大量のモンスターをこの場所に連れてくることはできないんじゃないかな」
「確かに『結殿』や『魔戸』などの術は高度な魔力操作が必要であり、簡単に身につけることはできませんね」
神妹が肯定したことで、より一層魔宵への疑いが薄くなっていく。
「ちょっと待って」
それに異を唱えたのは当然黒廻だ。
「それはあくまでも自分が扉をつくった場合でしょ。異世界と繋がる方法は一つじゃないし、それにここにいたモンスターがいた異世界が勝手に繋がった可能性だってある。そもそもあの悪魔が異世界と繋がる術を持っていた可能性だってあるでしょ」
「あなたは黙示録の魔術を使えますし、分かるのではないですか」
「し、知らない。私は黙示録の魔術の全てを使えるわけじゃないし、その全てを知っているわけじゃない」
「そうですか。分かりました」
神妹の追及に黒廻は汗を浮かべながら言葉を返す。
穂琉三や他の少年少女は全員黒廻をあやしいと思い始めていたが、なぜか神妹は深く追及しようとしない。
より詳しく訊けばボロを出すかもしれないが、なぜか神妹は淡々としていた。
しかし彼女は結論を出さない。
ただ黙々と、何かを待っているようだった。
その横で、片目だけ閉じている男が空を見上げた。
四方八方を覆う半透明な結界。
結界は魔力によって強度を変えられ、男は少年少女の魔法の威力では出られない程度の強度で設定していた。
結界に亀裂が走り。
結界は崩壊する。
「なんだ!?」
白髪の少年やアイズと呼ばれた黒髪の少女はすぐに戦闘態勢をとる。
他の者は崩壊する結界を呆然と見ていた。
警戒する人物はいた。
結界の外では魔法十家の当主数名が待機していた。
結界内でも戦闘に長けた者はいた。
それでも尚、その者は神妹のすぐ前に立っていた。
「……はっ!?」
「なんで……!」
「いつだ……?」
警戒の内側にいても尚、その者は気付かれることなく神妹の正面に現れた。
その者の全身は黒い靄で覆われている。
顔は見えず、人なのかさえもあやしい何かがそこにはいた。
神妹は平然とその者を見る。
「もう九年も前ですか。あなたが闇に堕ちたのは」
「ククッ。俺は闇に堕ちたつもりはない」
「そうですか」
神妹は静かに答え、そんな神妹を黒い靄に覆われた人物は見る。
「やっぱお前、俺が今回の犯人だって分かってたな」
「分かっていた、というより、可能性のある全ての未来を考えただけです。その中でどんな行動をすれば犯人が絞れるか考え、実行しただけのことです」
「相変わらずハイテクな脳みそだな。だから俺はお前が嫌いだ」
二人の会話にますます穂琉三と愛六は置いていかれた。
そして今回は白髪の少年らも置いていかれていた。
「神妹様、その者はいったい……」
全員が彼の正体を気になっていた。
神妹は答える。
「彼は九年前の接続者。黒廻家と契約し、その年に契約した接続者を大量に殺した接続者狩り。黒廻家を含む全魔法家から指名手配を受けたが、異世界へ失踪して以来行方不明となっていた、接続者史上最悪の魔法使い────」
名は──
「──魔神零」
神妹の話を聞き、多くの少年少女が動揺する。
「接続者を……殺した……!?」
「今お前らは何を抱いた。同情か? 哀れみか? それとも自分が殺されるかもしれないという恐怖か?」
黒い靄は集まった少年少女を眺める。
「いずれにせよ、魔法使いは全員殺す。それが俺の願いだ」
「おい──」
それに反応したのは白髪の少年。
「魔法使いは全員殺す? お前にそれができるのか」
彼だけは恐怖せず、黒い靄への反撃を始めた。
「王家魔法か。その魔法は血さえあれば誰でも強くなれる魔法だったか」
「舐めるな」
白髪の少年が拳に電気を纏わせる──までもなく、黒い靄が背後に回り込んでいた。
「そう言うからには強さを示せ」
白髪の少年は一瞬の出来事に動けない。
すぐさまアイズ家に選ばれた少女が動こうとするも、気付いた時には全身を黒い鎖で縛られていた。
(速い……なんてもんじゃない)
「まずはアイズから──」
黒い靄が殺傷の魔法を放とうとしたところで、無数の剣が戦場に落ちる。
黒い靄は即座に少女から離れ、距離をとる。
降り注ぐ剣は少年少女に当たることなく地面に刺さった。
「これは……アリア家の当主だな」
黒い靄は遠いどこかを見つめて言う。
「この場には他にも当主が集まっている。逃げ場はない」
「お前の噂は聞いてるぜ。魔力操作だけで魔法十家に登り詰めた逸材」
片目を閉じる男に向け、黒い靄が不敵に微笑む。
「さすがにこれだけの当主に囲まれれば厳しいな」
「逃げる気か。逃がすつもりはないが」
「生憎と、逃げる準備をしてから来たんだ」
黒い靄から球状の発光が見える。
片目を閉じる男が光へ手をかざすが、
「間に合わないか」
発光とともに黒い靄はこの場から一瞬で消えた。
男は神妹へ視線を向ける。
「どうしますか?」
「彼が今日姿を現したということは、何かしらの準備ができたのでしょう。間もなく彼は動き出す。私たちは彼がどんな手を使おうと止めなければいけません」
神妹は語る。
「やがて災いを連れて彼は来る。それまでに希望あるあなた方魔法十家の接続者は強くなってください。でなければ、あなた方は皆死んでしまうでしょう」




